
カプマチニブ(タブレクタ)とは何か
カプマチニブは、商品名「タブレクタ錠」として使用される分子標的治療薬です。特定の遺伝子変異を持つ非小細胞肺がんの患者さんに対して効果を発揮する薬剤として、日本では2020年に承認されました。
この薬は、MET遺伝子エクソン14スキッピング変異という特定の遺伝子異常を持つ肺がん細胞に対して作用します。MET遺伝子は細胞の増殖や生存に関わるタンパク質を作る設計図のような役割を持っており、この遺伝子に特定の変異が生じると、がん細胞の増殖が促進されます。
カプマチニブはこのMETタンパク質の働きを選択的に阻害することで、がん細胞の増殖を抑える仕組みです。錠剤として経口投与されるため、点滴治療と比較して通院の負担が少ないという特徴があります。
カプマチニブの適応となる患者さん
カプマチニブが使用できるのは、次の条件を満たす患者さんです。
MET遺伝子エクソン14スキッピング変異陽性であることが検査で確認されている非小細胞肺がんの患者さんで、手術による切除ができない進行がんや再発したがんが対象となります。
この遺伝子変異は、非小細胞肺がん全体の約3~4%に見られるとされています。比較的まれな変異ですが、この変異を持つ患者さんにとっては、カプマチニブは重要な治療選択肢の一つとなります。
遺伝子変異の有無は、がん組織や血液を用いた遺伝子検査によって調べます。肺がんと診断された際、担当医から遺伝子検査の提案があることが一般的です。検査には数週間かかる場合があり、その結果に基づいて最適な治療薬が選択されます。
投与方法と治療スケジュール
カプマチニブの標準的な投与方法は以下のとおりです。
1回400mgを1日2回、朝夕に服用します。食事の影響を受けるため、食事の1時間以上前または食後2時間以降に服用することが推奨されています。
治療は病気が進行するまで、または耐えられない副作用が出現するまで継続されます。定期的な画像検査や血液検査で効果と副作用を確認しながら治療を続けていきます。
副作用の程度によっては、休薬したり用量を減らしたりする調整が行われます。用量調整には段階があり、1段階減量では1回300mg(1日2回)、2段階減量では1回200mg(1日2回)となります。
カプマチニブの治療効果
化学療法の治療歴がある患者さんでの効果
国際共同第Ⅱ相試験(GEOMETRY mono-1試験)のデータによると、以前に化学療法を受けたことがある患者さん(コホート4)での治療成績は次のとおりです。
| 評価項目 | 結果 |
|---|---|
| 奏効率(がんが縮小した割合) | 40.6% |
| 無増悪生存期間(中央値) | 5.42カ月 |
| 全生存期間(中央値) | 13.57カ月 |
奏効率とは、治療によってがんが一定以上縮小した患者さんの割合を示します。40.6%という数値は、約4割の患者さんでがんの縮小効果が認められたことを意味します。
無増悪生存期間は、治療を開始してからがんが進行するまでの期間です。中央値が5.42カ月ということは、半数の患者さんで5カ月以上、がんの進行を抑えられたことを示しています。
化学療法の治療歴がない患者さんでの効果
一方、初回治療としてカプマチニブを使用した患者さん(コホート5b)では、より良好な治療成績が報告されています。
| 評価項目 | 結果 |
|---|---|
| 奏効率(がんが縮小した割合) | 67.9% |
| 無増悪生存期間(中央値) | 12.42カ月 |
| 全生存期間(中央値) | 15.24カ月 |
初回治療での奏効率は67.9%と高く、約7割の患者さんでがんの縮小が確認されました。無増悪生存期間も12.42カ月と、治療歴のある患者さんと比較して長い結果となっています。
これらのデータから、カプマチニブはMET遺伝子エクソン14スキッピング変異陽性の肺がんに対して、特に初回治療として使用した場合に高い効果が期待できることが分かります。
主な副作用とその頻度
カプマチニブの使用にあたって注意が必要な副作用について、GEOMETRY mono-1試験での発現頻度を示します。
| 副作用 | 全グレード発現率 | グレード3以上発現率 |
|---|---|---|
| 末梢性浮腫(手足のむくみ) | 51.5% | 12.4% |
| 悪心(吐き気) | 37.1% | 0.0% |
| 血中クレアチニン上昇 | 25.8% | 0.0% |
| 嘔吐 | 18.6% | 0.0% |
| 食欲減退 | 15.5% | 1.0% |
| 疲労 | 12.4% | 5.2% |
| 下痢 | 11.3% | 0.0% |
| リパーゼ上昇 | 11.3% | 8.2% |
| ALT上昇(肝機能検査値) | 10.3% | 7.2% |
| AST上昇(肝機能検査値) | 7.2% | 3.1% |
| 間質性肺疾患 | 6.2% | 5.2% |
グレード3以上とは、日常生活に支障をきたす程度以上の副作用を指します。表から分かるように、多くの副作用は軽度から中等度にとどまっていますが、一部では重い症状が現れる場合もあります。
最も頻度の高い副作用:末梢性浮腫
カプマチニブで最も多く見られる副作用は、手足のむくみ(末梢性浮腫)です。半数以上の患者さんで何らかの程度のむくみが生じますが、重症化するのは約12%です。
むくみは体液が体内に貯留することで起こります。カプマチニブの作用機序と関連して、体液のバランスが変化することが原因と考えられています。多くの場合、治療開始後数週間から数カ月以内に出現します。
消化器症状
吐き気や嘔吐、食欲不振といった消化器症状も比較的多く見られます。これらの症状は多くの場合、軽度から中等度で、制吐剤などの対症療法によって管理できることが多いです。
肝機能検査値の上昇
血液検査でASTやALTといった肝機能を示す数値が上昇することがあります。多くは無症状ですが、定期的な血液検査による監視が必要です。重度の上昇が見られた場合は、休薬や減量が検討されます。
特に注意が必要な副作用
間質性肺疾患
間質性肺疾患は、肺の組織に炎症が起こる状態で、重篤化する可能性があるため特に注意が必要です。発現頻度は6.2%と比較的低いものの、そのうちの多くが重症例です。
症状としては、息切れ、呼吸困難、咳、発熱などが挙げられます。これらの症状が現れた場合は、すぐに医療機関を受診する必要があります。特に治療開始後の早期に発現する可能性があるため、初期の注意深い観察が重要です。
間質性肺疾患が疑われる場合、カプマチニブの投与は中止されます。胸部CT検査などで診断が確定した場合、治療の再開は通常行われません。
肝機能障害
AST、ALTの上昇に加えて、総ビリルビン値の上昇が同時に見られる場合は、より重篤な肝機能障害の可能性があります。この場合、カプマチニブの投与を中止する必要があります。
定期的な血液検査で肝機能を監視し、異常値が検出された場合は早期に対応することで、重篤化を防ぐことができます。
副作用が出た場合の対処法
用量調整の基準
副作用の種類と重症度に応じて、カプマチニブの用量を調整します。調整方法には休薬(一時的に服用を中止)、減量、治療中止の3つがあります。
間質性肺疾患が発現した場合は、グレードに関わらず投与を中止します。これは最も重要な中止基準です。
肝機能に関しては、ASTまたはALTが基準値上限の3倍を超え、かつ総ビリルビンが基準値上限の2倍を超える場合、投与を中止します。この組み合わせは重篤な肝障害のサインとなり得るためです。
ASTまたはALT上昇への対応
グレード3のASTまたはALT上昇(基準値上限の5倍超~20倍以下)が見られた場合、グレード1以下またはベースラインに回復するまで休薬します。
7日以内に回復すれば同じ用量で再開できますが、7日を超えて回復に時間がかかった場合は、1段階減量して再開します。グレード4(基準値上限の20倍超)の場合は投与を中止します。
総ビリルビン上昇への対応
グレード2の総ビリルビン上昇では、グレード1以下に回復するまで休薬します。7日以内の回復で同量再開、7日超の回復で減量再開となります。
グレード3では、グレード1以下に回復するまで休薬し、7日以内に回復すれば減量して再開、7日以内に回復しなければ投与を中止します。グレード4では直ちに投与を中止します。
その他の副作用への対応
上記以外の副作用については、グレード2で管理が困難な場合、グレード1以下に回復するまで休薬し、再開時は減量します。グレード3の場合もグレード2以下への回復を待って減量再開、グレード4では投与中止となります。
併用薬に関する注意点
CYP3A阻害薬・誘導薬との併用
カプマチニブは主にCYP3Aという酵素によって代謝されます。そのため、この酵素の働きを変化させる薬との併用には注意が必要です。
CYP3A阻害薬(イトラコナゾール、リトナビル、クラリスロマイシンなど)を併用すると、カプマチニブの血中濃度が上昇し、副作用が強く出る可能性があります。
反対に、CYP3A誘導薬(リファンピシン、カルバマゼピンなど)を併用すると、カプマチニブの血中濃度が低下し、効果が減弱する可能性があります。
カプマチニブが影響を与える薬剤
カプマチニブはCYP1A2、P糖蛋白質(P-gp)、BCRPという薬物の輸送や代謝に関わる分子を阻害する作用があります。
このため、CYP1A2の基質となる薬剤(テオフィリン、チザニジン、ピルフェニドンなど)、P-gpの基質となる薬剤(ジゴキシン、フェンタニル、タクロリムスなど)、BCRPの基質となる薬剤(ロスバスタチン、アトルバスタチン、メトトレキサートなど)の血中濃度を上昇させ、これらの薬剤の副作用を強める可能性があります。
胃酸分泌抑制薬との併用
プロトンポンプ阻害薬やH2ブロッカーなど、胃酸の分泌を抑える薬を併用すると、カプマチニブの吸収が低下し、血中濃度が下がる可能性が示唆されています。
これらの薬を服用している場合は、担当医に必ず伝えることが重要です。
日常生活での注意点
体液貯留の早期発見
むくみや胸水貯留といった体液貯留は、カプマチニブで高い頻度で見られます。これらを早期に発見するため、毎日同じ時間に体重を測定し、記録をつけることが推奨されます。
急激な体重増加(数日で2~3kg以上の増加)、呼吸困難、足のむくみの悪化などが見られた場合は、速やかに医療機関に連絡してください。これらは体液が過剰に貯留しているサインかもしれません。
光線過敏症への対策
動物実験において光感作性の可能性が示されているため、光線過敏症が発現する可能性があります。
服用中は日光や紫外線への曝露を最小限に抑える工夫が必要です。具体的には、外出時には長袖の衣服を着用する、日焼け止めを使用する、帽子や日傘を利用するなどの対策が有効です。
呼吸器症状の観察
間質性肺疾患は重篤な副作用であり、早期発見が重要です。息切れ、呼吸困難、咳、発熱などの症状が現れた場合は、すぐに医療機関を受診してください。
特に治療開始後の数カ月間は、これらの症状に注意深く観察することが大切です。
服薬時の具体的な注意事項
カプマチニブは食事の影響を受けるため、服用のタイミングが重要です。食事の1時間以上前、または食後2時間以降に服用することが推奨されています。
飲み忘れた場合は、次回の服用時間まで6時間以上ある場合のみ、気づいた時点で服用できます。6時間未満の場合は、その回はスキップして次回から通常通り服用してください。決して2回分を一度に服用してはいけません。
錠剤は噛んだり砕いたりせずに、水で丸ごと飲み込んでください。薬の効果や副作用に影響を与える可能性があるためです。
定期的な検査の重要性
カプマチニブによる治療中は、定期的な検査が欠かせません。血液検査では肝機能、腎機能、膵酵素などを確認し、副作用の早期発見に努めます。
画像検査(CTスキャンなど)は、治療効果の判定と病気の進行の有無を確認するために行われます。通常、数カ月ごとに実施されます。
これらの検査結果に基づいて、治療の継続、休薬、減量、中止などが判断されます。検査スケジュールは担当医の指示に従って必ず受けるようにしてください。
治療を受けるにあたっての心構え
カプマチニブは、MET遺伝子エクソン14スキッピング変異陽性という特定の遺伝子変異を持つ肺がんに対して開発された分子標的治療薬です。この遺伝子変異を持つ患者さんにとっては、効果が期待できる治療選択肢となります。
臨床試験のデータから、特に初回治療として使用した場合に高い奏効率が示されています。一方で、副作用、特にむくみや消化器症状は多くの患者さんで経験される可能性があります。
副作用の多くは適切な管理により対処可能ですが、間質性肺疾患のような重篤な副作用もあり得るため、症状の変化には常に注意を払う必要があります。
担当医や医療スタッフと密にコミュニケーションを取り、気になる症状があれば早めに相談することが、安全で効果的な治療を続けるための鍵となります。

