がん治療の臨床試験・治験とは何か
がん治療においては、国内外で多くの臨床試験が実施されています。臨床試験とは、新しい薬や治療法の有効性と安全性を、実際に患者さんに協力してもらって確かめる研究のことです。
臨床試験という言葉と治験という言葉がありますが、治験は臨床試験の一種です。具体的には、製薬会社が新しい薬を国の承認を得て市販するために実施する臨床試験を「治験」と呼びます。一方、すでに承認されている薬を組み合わせて、より良い治療法を見つけるための研究も臨床試験に含まれます。
患者さんが受けるリスクや利益は、それぞれの試験の内容によって異なります。例えば全く新しいタイプの新薬の臨床試験では効果が期待できる一方で、予期しないリスクもあります。一方、すでに他の部位のがんで使われている薬をテストする臨床試験もあります(例えば胃がんで使われていた薬を肺がんで使うなど)。
臨床試験の目的や効果、リスクなどの説明を十分に受けて納得できれば参加する、という形が理想的です。強要されることはありませんが、参加するには条件を満たす必要がありますので、希望しても参加できない場合があります。
臨床試験が必要とされる理由
臨床試験の目的は、新しく開発された薬や新しく考案した治療法が実際に「人間の病気にどれくらい効くか」「副作用はどの程度なのか」を調べることです。
臨床試験を経ずに薬や治療法が世に出てしまうと、予期しない副作用で多くの人が被害を受けたり、効果のない薬に費用を使うことになります。現在使われている薬や標準とされている治療法は、臨床試験を重ねることで開発されたものです。
治療法は患者さんの協力と長い年月をかけた調査と研究によって少しずつ進歩します。医学の発展には不可欠な取り組みといえます。2025年現在も、免疫療法や分子標的薬、がんゲノム医療など、新しい治療法の臨床試験が進められています。
臨床試験の実施方法とステップ
臨床試験は人間を対象にした実験ともいえますが、参加する患者さんが不当な被害を受けたりしないように、そして科学的に信頼できる結果が得られるように、様々なルールが設けられています。法律としては医薬品医療機器等法(旧薬事法)、ガイドラインとしては「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」があります。
臨床試験の種類
臨床試験には大きく分けて2つの種類があります。
1つ目は、製薬会社が新しい薬を市販するために必要なデータを集めるための「治験」と呼ばれる試験です。2つ目は、医師や研究者が中心となって、市販されている薬を組み合わせてより良い治療法を開発するための試験です。
臨床試験の段階(フェーズ)
それぞれの臨床試験にはいくつかの段階があり、段階的に進められます。
段階 | 対象人数 | 主な目的 |
第Ⅰ相試験 | 数人~数十人 | 安全性の確認、適切な投与量の決定 |
第Ⅱ相試験 | 数十人 | 効果と副作用の確認 |
第Ⅲ相試験 | 数百人 | 標準治療との比較、優位性の検証 |
まず数人から数十人の患者さんを対象にどれくらいの量を投与できるかを調べて、適切な投与量を決めます(第Ⅰ相試験)。次に数十人の患者さんを対象にどれくらいの効果があるか、副作用はどの程度かを調べます(第Ⅱ相試験)。
ここで効果があることが確認されたものは、数百人の患者さんを対象に現在最も良いとされている治療(標準治療)と新治療をランダムに割り付けて、どちらがどれくらい良いかを比べます(第Ⅲ相試験)。
製薬会社が抗がん剤を開発する場合の試験(治験)は、第Ⅱ相試験まで実施して、厚生労働省に製造販売承認の申請を行い、承認されれば市販されます。薬が市販された以降は、現場の医師や研究者が中心となって、市販後の薬を組み合わせてより良い治療法を開発するための試験を行います。
臨床試験における治療効果の評価方法
通常、治療効果の判定には以下のような指標が用いられます。
評価 | 英語表記 | 内容 |
著効 | CR(Complete Response) | がんが完全に消失 |
有効 | PR(Partial Response) | がんが縮小 |
不変 | SD(Stable Disease) | がんの大きさに変化なし |
進行 | PD(Progressive Disease) | がんが増大 |
実施された治療法により、具体的にどのような変化(効果)がみられたかにより、これら4つのどれに分類できるのかを決定します。
がんの治療に限らず、有効性の科学的な評価は、治療効果を示す客観的事実をみて信頼性があるかどうかによって決められます。その信頼性を評価するため、最終的には新しく考案された治療法を患者さんに実施して、効果を確かめなければなりません。
試験管内の細胞実験や動物実験の結果だけでは、実際の患者さんに広く治療法として用いることは許されていません。動物実験などで科学的にがん治療法としての価値が認められている治療法に限って、実際の人間に応用される許可が与えられる仕組みです。
信頼性の高い試験デザイン
信頼性が高いとされているのが「ランダム化比較試験」や「二重盲検試験」という治験の方法です。ランダム化比較試験では、治験の対象者をランダムに2つのグループに分け、1つのグループには標準治療を、もう1つのグループに効果を検証したい新しい治療を実施します。これにより、公平な比較が可能になります。
一方で「効果があったとされる患者さんの症例報告」などは、科学的な信頼性に乏しいとされます。
臨床試験に参加するメリットとリスク
参加によるメリット
臨床試験の内容によって、参加する患者さんにもたらされるリスクや利益は様々です。
例えば治験では、市販前の薬を使うため、その薬が良いものであった場合には早く使えることがあります。また、薬剤や検査の費用が無償で提供されることがあります。最新の治療を受けられる機会が得られることも大きなメリットです。
市販後の薬剤を組み合わせてより良い治療を開発するための試験では、市販されている薬を使うため、効果や副作用についてはデータが揃っていて実験的な部分はほとんどありません。標準的な治療と同じくらいかそれ以上に有益な治療が受けられる可能性があります。
考慮すべきリスク
第Ⅰ相試験のように、まだ人での経験が少ない段階の場合では、予期しない副作用が出る可能性もあります。また、ランダム化試験では自分が希望する治療を選べない場合もあります。
通院や検査の回数が増えることで、時間的・身体的な負担が増える可能性もあります。ただし、臨床試験では通常より詳細な検査や観察が行われるため、きめ細かいケアを受けられるという面もあります。
臨床試験の費用負担について
臨床試験に参加する際の費用負担は、試験の種類によって異なります。
治験の場合、試験に使用される薬剤の費用は製薬会社が負担します。また、治験に特有の検査費用も負担されることが一般的です。ただし、通常の診療と同じ部分(例えば通常行われる血液検査や診察料など)については、患者さんの健康保険が適用されます。
市販後の臨床試験の場合は、使用される薬剤はすでに保険適用されているため、通常の治療と同様に健康保険が適用されます。臨床試験特有の追加検査については、研究費から支払われることもあります。
参加に伴う交通費については、一部の臨床試験では負担軽減費として支給されることもありますが、全ての試験で支給されるわけではありません。
臨床試験への参加を医師から勧められたときの対応
臨床試験はそれぞれに目的があるため、前提となる条件や基準があります。それに合致した人だけに参加要請があります。
参加を検討する際の確認事項
臨床試験への参加を依頼された場合は、治験か市販後の臨床試験か、どのような段階の試験か、目的や方法、利益やリスクなどについて詳しく話を聞いて、「参加する意味がある」と判断したときに参加しましょう。
臨床試験の説明を受ける際には、詳しい説明文書がもらえます。また、臨床試験コーディネーター(CRC)と呼ばれる専門の人がいる場合があるので、相談すると良いです。
医師に確認すべき質問項目
以下のような質問をして、十分に理解してから参加を決めることが重要です。
1. 臨床試験の目的は何ですか。実験的な部分(市販前の薬か、すでに他のがんでの有効性が確かめられているかなど)はどんなところですか
2. 具体的な内容はどのようなものですか(どのような薬をどれくらい使うのか、入院か外来かなど)
3. リスク(副作用など)や利益は何ですか
4. 目に見えないリスク(費用や仕事を休むことなど)は何ですか
5. 試験に参加しないときの治療は何ですか。それらと比べて何が良いですか
6. 途中で参加をやめることはできますか
7. 参加しない場合、今後の治療に影響はありますか
参加の自由と権利
臨床試験への参加は強制ではなく患者さんの自由です。断ったら医師と気まずくなるとか、病院で診てもらえないのではと思うかもしれませんが、そのようなことはありません。
また、参加した場合でも、理由がどうであれ途中でやめることも可能です。これらの権利は「インフォームド・コンセント」として法律で守られています。
臨床試験の探し方と参加手順
臨床試験に参加したい場合、いくつかの方法で情報を得ることができます。
情報の入手方法
現在実施されている臨床試験の情報は、国立がん研究センターが運営する「がん情報サービス」のウェブサイトや、日本医薬情報センター(JAPIC)の臨床試験情報などで検索できます。また、主治医に相談することで、適切な臨床試験を紹介してもらえる場合もあります。
参加までのステップ
臨床試験に参加するまでの一般的な手順は以下の通りです。
ステップ1:情報収集 - 実施されている臨床試験の情報を集めます
ステップ2:適格性の確認 - 参加条件(がんの種類、進行度、年齢、治療歴など)を満たしているか確認します
ステップ3:説明と同意 - 試験の内容について詳しい説明を受け、説明文書を読んで理解します
ステップ4:同意書への署名 - 参加に同意する場合、同意書に署名します
ステップ5:スクリーニング検査 - 参加条件を満たしているか詳細な検査を行います
ステップ6:試験開始 - 条件を満たしていれば、臨床試験が始まります
途中で疑問や不安が生じた場合は、いつでも医師やコーディネーターに相談できます。
2025年のがん臨床試験の動向
2025年現在、がん治療の臨床試験では以下のような分野が注目されています。
免疫チェックポイント阻害薬の新しい組み合わせや、CAR-T細胞療法などの細胞治療、がんゲノム医療に基づく個別化治療、抗体薬物複合体(ADC)などの新しい薬剤の開発が進められています。
また、従来は治療選択肢が限られていた希少がんに対する臨床試験も増えてきています。人工知能(AI)を活用した治療効果予測の研究も進んでおり、より効率的な臨床試験の実施が期待されています。
患者さんの負担を減らすために、オンライン診療を組み合わせた臨床試験や、自宅でできる検査を取り入れた試験なども実施されるようになってきています。