2006年に「がん対策基本法」が制定されました。その基本理念は次の3点です。
・がんに対する研究を推進する
・どこでも同じようながん医療を受けられるようにする
・がん患者の意向を尊重する医療体制を整備する。
しかし、がん専門医は大きく不足し、比較的専門医が多く設備が充実している都市部と地方との間では現在でも医療水準に格差が存在しています。ほかにも検診が十分に普及しないなど課題は依然山積したままです。
2008年(平成20年)の医師数調査では全国の届出医師数は29万人に達しますが、実際にフルタイムで従事している医師数は21万人あまりと報告されています。人口1000人あたりでみると、OECD(経済協力開発機構)加盟国の平均以下であり、68位の韓国や69位のクウェートと同水準です。つまり、がん医療以前に医師の絶対数が不足しているのです。
どこにいっても病院は大混雑していますが、その背景には需要(患者数)と供給(医師数)のバランスが崩れていることが大きな問題として横たわっているのです。
さらに地域によっては医師が著しく減少し、また外科や産婦人科など若い医師が志願しない診療科もあり、医療崩壊が進んでいます。
かつて地域の病院は、大学の医局から医師を派遣してもらい、診療に必要な人材を確保してきました。しかし、2004年に新しい臨床研修医制度が始まると、研修医は大学医局に属することなく、一般の民間病院においても研修ができるようになりました。
研修医は経験を積むために多彩な症例の多い病院を選択する傾向があり、薄給で下働きの多い大学病院や、症例の少ない地方の病院での研修は敬遠されるようになりました。
しかし、比較的医師の集まりやすい都市部の民間病院でさえ医師は不足しているため、研修医は研修後も地方の大学病院には戻りませんでした。そのため、大学病院は人材不足に陥り、派遣病院から医師を戻したので(いわゆる"引きはがし")結果的に地方の医師不足はさらに悪化していきました。
診療科による医師の偏在に関しては、医療事故に対する刑事処罰や、"完全な安全"を求める社会の空気が大きな影を落とし、外科、産婦人科、小児科、麻酔科などの特定の診療科における医師不足は特に顕著です。
患者や家族の了解を得て行った医療行為において、事故隠しや営利目的による無謀な医療でもないのに結果責任を問われたり、刑事処罰によって犯罪者扱いされるのであれば、若い医師が外科や産婦人科などの治療の危険がともなう科に進むことに二の足を踏むのも自然な流れだといえるでしょう。
もちろん、がんの専門医不足も深刻です。
国はがん対策基本法にもとづき、2007年にがん拠点病院を整備するという方針を掲げました。その結果、過去5年間で拠点病院は当時の286カ所から388カ所に増えました。しかし、専門医の数は十分ではなく、とりわけがん薬物療法(抗がん剤治療)の専門医と放射線治療の専門医の不足が顕著です。
がん薬物療法専門医は2012年でも全国で585名とアメリカの約20分の1、人口比で考えても約10分の1です。
同様に放射線治療の専門医も500名足らずとアメリカの10分の1以下、人口比では5分の1以下となります。放射線の照射装置の精度などを管理する物理工学の専門家に至っては、アメリカの5000人に対して、日本では実質20名以下と深刻に不足しています。
近年、がんにさらに精密に放射線を集中する手法では高度の専門知識と多大な労力が必要となりますが、これでは導入が困難です。
他方、外科医はすべてのがんのうち70パーセント以上の診療を行っています。しかも手術以外にも、マンモグラフィーや内視鏡による検診、薬物療法や緩和医療まで担当していることが少なくありません。その外科医も前述したように減少が続き、がんの医療現場の人材不足は深刻です。
いっぽう、すべてのがんの5~10パーセントは遺伝性とされており、診療や予防には遺伝子カウンセリングが必要になります。にもかかわらず、遺伝子カウンセラーを配している施設は20施設にすぎず、遺伝性のがん患者への対応がほとんど行われていない状況です。
患者さんから「医師の対応が不十分だ」「医師の説明が事務的で人を見ていない」という声が聞こえることが多いですが、一概にコミュニケーション力不足だ、と切って捨てることはできません。このような背景を理解して治療に当たることが大切です。
全てを医師任せにせず、ある程度の基礎知識をきちんと勉強したうえで治療に臨まないと、結果的に患者が痛い目にあうことになります。
以上、がん医療についての解説でした。