
キチン・キトサンとは何か
こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
キチン・キトサンについて、がん患者さんから「効果はあるのか」「摂取すべきか」といったご相談をいただくことがあります。今回は、科学的な論文データを基に、キチン・キトサンのがんに対する効果について客観的に検証していきます。
キチンは、カニやエビなどの甲殻類の殻、昆虫の外皮、キノコ類の細胞壁などに含まれる天然の多糖類です。このキチンに化学的な処理(脱アセチル化)を施したものがキトサンです。
通常、キトサンを精製する過程で約16%程度のキチンが残ることから、一般的には「キチン・キトサン」として扱われています。両者とも動物性食物繊維の一種であり、植物性のセルロースとは異なり、窒素を含むアミノ基を持つ構造をしています。
特定保健用食品としてのキチン・キトサン
2026年現在、キトサンは特定保健用食品(トクホ)の関与成分として、消費者庁から許可を受けています。許可されている表示内容は「コレステロールの吸収を抑え、血清コレステロール、特にLDL(悪玉)コレステロールを低下させる働きがある」というものです。
大正製薬、アサヒ緑健、小林製薬など複数のメーカーから、キトサンを配合した青汁タイプの特定保健用食品が販売されています。これらの製品では、1日摂取目安量として750mg〜1,000mg程度のキトサン配合が一般的です。
キトサンのコレステロール低下メカニズム
キトサンがコレステロール値を低下させる仕組みは、以下のように考えられています。
人の体内では、コレステロールを材料として肝臓で胆汁酸が作られます。この胆汁酸は小腸に分泌されて脂肪の消化吸収を助けた後、一部は再び肝臓に吸収されます(腸肝循環)。
キトサンは、小腸内でこの胆汁酸を吸着して便として排出する働きがあります。胆汁酸が排出されると、肝臓では新たに胆汁酸を作るためにコレステロールが使われます。その結果、血液中からコレステロールが肝臓に取り込まれ、血中コレステロール値が低下するという仕組みです。
ただし、この効果はあくまでもコレステロール値に関するものであり、がんに対する直接的な効果とは異なることに注意が必要です。
キチン・キトサンとがんに関する臨床試験
では、キチン・キトサンのがんに対する効果について、どのような科学的検証が行われているのでしょうか。
医学的に信頼できる論文として、世界的に認められているのはアメリカ国立衛生研究所のアメリカ国立医学図書館(NLM)によるPubMed(パブメド)です。ここに掲載される論文は、現役の医学生や医師も参照する信頼性の高い情報源とされています。
Pubmedで「キチン・キトサンとがん」に関する臨床試験を検索すると、重複している文献を除き、がん患者さんに対する直接的な臨床試験として報告されているのは限られた件数となります。
モルヒネとキトサンの合成製剤による疼痛緩和
2002年に発表された論文では、がんによる痛みを抱えた14名のがん患者さんを対象とした臨床試験が報告されています。
この試験では、モルヒネ(痛み止め)とキトサンの合成製剤を鼻から投与して、痛みの軽減効果を検討しました。
従来、がんの痛みに対してモルヒネは頻繁に使用されていましたが、経口投与では効果が現れるまでに時間がかかることが課題でした。一方、モルヒネ単独では鼻からの投与でも吸収率が低いという問題がありました。
この臨床試験では、キトサンと合成することでモルヒネの鼻からの吸収が改善され、効率的に痛みを軽減できたと報告されています。
ただし、この研究はキトサン自体に鎮痛効果があるというものではなく、薬剤の吸収を助ける役割を評価したものです。
肝細胞がんに対する放射性物質投与試験
2006年に発表された論文では、肝細胞がん患者さん40名を対象とした臨床試験が報告されています。
この試験では、キトサンが結合した放射性物質を血管から投与して、がんの治療効果と安全性を検討しました。その結果、比較的小さな肝細胞がんに対しては、一定の有効性と安全性が確認されたとしています。
しかし、この臨床試験には重要な限界があります。他の標準的な治療法と比較した試験ではないため、この方法がどの程度有効で安全なのかを断定することはできません。また、2026年現在、このような放射性物質を用いた治療を実施している医療機関は極めて限られていると考えられます。
キトサンナノ粒子による薬物送達システムの研究
2024年から2025年にかけて、キトサンに関する新しい研究分野として注目されているのが、キトサンナノ粒子(CNPs)を用いた薬物送達システム(Drug Delivery System: DDS)です。
複数の国際的な学術誌で、キトサンナノ粒子を抗がん剤の運搬体として使用する研究が報告されています。キトサンは生体適合性、生分解性、低毒性といった特性を持つため、薬剤を腫瘍部位まで効率的に届ける運搬体として期待されています。
DDSとしての応用例
具体的には、以下のような研究が進められています。
| 対象がん種 | 研究内容 | 期待される効果 |
|---|---|---|
| 乳がん | ドセタキセルをキトサンナノ粒子に封入 | がん細胞への取り込み増加、アポトーシス誘導 |
| 大腸がん | 経口投与による標的薬剤送達 | 消化管での薬剤保護、吸収率向上 |
| 各種固形がん | 刺激応答性ナノ粒子の開発 | 腫瘍微小環境に応答した薬剤放出 |
DDSとしての特徴
キトサンナノ粒子が薬物送達システムとして注目される理由として、以下の特性が挙げられます。
まず、キトサンは生体内で徐々に分解されるため、長期的な安全性が期待できます。また、粒子の表面を化学的に修飾することで、特定のがん細胞を標的とした薬剤送達が可能になります。
さらに、pH変化や温度変化などの刺激に応答して薬剤を放出する「スマート送達システム」としての応用も研究されています。
現状での位置づけ
ただし、これらの研究は主に基礎研究や動物実験の段階であり、人のがん患者さんに対する臨床試験で効果と安全性が確立されているわけではありません。
また、これは「キトサンそのものにがんを治療する効果がある」という研究ではなく、「キトサンを薬剤の運搬体として利用する」という研究です。つまり、一般の方が健康食品としてキトサンを摂取することとは全く異なる内容であることに注意が必要です。
キチン・キトサンの安全性と副作用
キチン・キトサンを摂取する際の安全性について、現在分かっている情報をまとめます。
副作用や健康被害の報告
Pubmedで調査した文献の中では、キチン・キトサンが原因と考えられる重篤な健康被害の報告は見当たりませんでした。
独立行政法人「国立健康・栄養研究所」のホームページ内にある「健康食品の安全性・有効性情報」では、以下のように記載されています。
キチンについては「ヒトでの安全性については信頼できるデータは見当たらない」とされています。
キトサンについては「安全性については、経口摂取および外用で安全性が示唆されている」とされていますが、「妊娠中・授乳中の安全性については十分なデータがないことから使用は避けること」とされています。
注意が必要な方
特に注意が必要なのは、以下のような方です。
| 該当する方 | 注意内容 |
|---|---|
| 甲殻類アレルギーのある方 | キチン・キトサンは主にカニ・エビの殻から作られるため、アレルギー反応が出る可能性があります |
| 妊娠中・授乳中の方 | 安全性に関する十分なデータがないため、摂取を避けることが推奨されています |
| 抗凝固薬を服用している方 | ワルファリンなどの薬剤の効果に影響を与える可能性があります |
| その他の医薬品を服用している方 | テトラサイクリン系抗生物質、甲状腺薬、強心薬などとの相互作用が報告されています |
過剰摂取のリスク
キトサンは不溶性食物繊維の一種であるため、過剰に摂取すると以下のような症状が現れる可能性があります。
・腹部膨満感
・便秘
・下痢や腹痛
また、長期間の摂取により脂溶性ビタミン(A、D、E、K)や葉酸の吸収を阻害する可能性も指摘されています。
がん患者さんにとってのキチン・キトサン
では、がん患者さんにとって、キチン・キトサンの摂取はどのように考えればよいのでしょうか。現在分かっている範囲で、いくつかの観点から整理します。
QOL(生活の質)の改善について
キチン・キトサンを摂取することによって、がん患者さんのQOL(生活の質)を改善することを人を対象とした臨床試験で証明した報告は、2026年2月時点では見当たりません。
ただし、前述のモルヒネとキトサンの合成製剤による鼻からの投与は、がんによる痛みの軽減に効率的に役立つ可能性があるため、間接的にQOLの改善につながる可能性は考えられます。
しかし、これは一般的に入手できる健康食品としてのキトサン摂取とは異なる医療行為であることに注意が必要です。
治療の副作用や後遺障害の軽減について
キチン・キトサンを摂取することによって、手術、抗がん剤、放射線治療の副作用や後遺障害を軽減することを人の臨床試験で証明した報告は、現段階では見当たりません。
キトサンには免疫賦活作用があるという基礎研究の報告はありますが、これながん治療の副作用軽減に直接つながるという証拠は不十分です。
再発予防や生存期間の延長について
キチン・キトサンを摂取することによって、がんの再発を予防したり、生存期間を延長したりすることを人を対象とした臨床試験で証明した報告は、現段階では見当たりません。
2006年の肝細胞がん患者さんを対象とした臨床試験では、キトサンが結合した放射性物質の投与による一定の効果が報告されていますが、この報告だけでは再発予防や生存期間延長の効果を判断することはできません。
また、2026年現在、このような治療法を実施している医療機関は極めて限られていると考えられます。
抗腫瘍効果に関する基礎研究
キトサンオリゴ糖(キトサンを分解して得られる低分子の糖)については、免疫細胞であるNK(ナチュラルキラー)細胞やマクロファージを活性化させる作用が報告されています。
1999年の研究では、経口投与したキトサンオリゴ糖が免疫細胞を活性化させることが臨床試験で確認されたとされています。また、重合度(分子の大きさ)が6個程度のキトサンオリゴ糖が特に免疫活性を高める効果があるという報告もあります。
しかし、これらの免疫賦活作用が実際にがんの治療や予防につながるかどうかは、別の臨床試験で証明される必要があります。現時点では、基礎的な作用メカニズムが示されている段階と考えるべきでしょう。
キチン・キトサンの位置づけと考え方
以上の情報を踏まえて、がん患者さんやご家族がキチン・キトサンをどのように考えればよいかを整理します。
科学的根拠の現状
2026年2月時点での科学的根拠をまとめると、以下のようになります。
| 評価項目 | 科学的根拠 |
|---|---|
| コレステロール低下作用 | 複数の臨床試験で効果が確認され、特定保健用食品として許可されています |
| がんの治療効果 | 人を対象とした十分な臨床試験による証拠は不十分です |
| QOL改善効果 | 一般的な経口摂取による証拠は不十分です |
| 副作用軽減効果 | 人を対象とした臨床試験による証拠はありません |
| 再発予防・延命効果 | 人を対象とした臨床試験による証拠はありません |
| 薬物送達システムとしての可能性 | 基礎研究では有望な結果が得られていますが、臨床応用は今後の課題です |
摂取を検討する際の視点
がん患者さんがキチン・キトサンの摂取を検討する場合、以下のような視点で考えることが重要です。
まず、キチン・キトサンは「がんを治療する薬」ではなく、あくまでも食品(一部は特定保健用食品)であることを理解する必要があります。
コレステロール値が気になる方で、食生活の改善の一環として摂取することは、特定保健用食品としての科学的根拠があります。ただし、これはがん治療とは別の目的です。
がんに対する直接的な効果を期待して摂取する場合は、現時点では科学的根拠が不十分であることを認識しておくべきでしょう。
安全性の確認
摂取を検討する場合は、以下の点を確認することが大切です。
・甲殻類アレルギーがないか
・現在服用している医薬品との相互作用がないか
・妊娠中・授乳中でないか
特に、抗凝固薬や抗生物質などを服用している場合は、摂取前に主治医や薬剤師に相談することが推奨されます。
過度な期待は避ける
キチン・キトサンに限らず、健康食品やサプリメントに関しては、過度な期待を持つことは避けるべきです。
「がんが消える」「再発を防げる」といった表現は、科学的根拠がない限り信用すべきではありません。広告や口コミ情報だけで判断せず、信頼できる医学的情報を確認することが重要です。
今後の研究の方向性
キトサンに関する研究は現在も進行中であり、特に薬物送達システムとしての応用研究が活発です。
ナノテクノロジーの発展により、キトサンナノ粒子を用いた標的薬物送達システムは、将来的にがん治療の選択肢の一つとなる可能性があります。ただし、基礎研究から臨床応用まで には多くの段階があり、実用化には時間がかかると考えられます。
また、キトサンオリゴ糖の免疫賦活作用についても、より規模の大きな臨床試験による検証が期待されます。
がん患者さんにとって重要なのは、最新の科学的情報を基に、主治医と相談しながら治療方針を決定していくことです。
参考文献・出典情報
本記事の作成にあたり、以下の情報源を参考にしました。
Chitosan Nanoparticles for Targeted Cancer Therapy (2024)
Chitosan nanoparticles: Green synthesis and cancer nanomedicine (2025)
Current Advances in Chitosan Nanoparticles Based Oral Drug Delivery for Colorectal Cancer Treatment
Recent Advances in Chitosan and its Derivatives in Cancer Treatment

