がん組織におけるがん細胞はこれまで、どれも同じ性質をもつ細胞であると考えられてきました。
しかし近年、がん細胞の中には、他のがん細胞よりも浸潤、転移、増殖の能力が高く、放射線治療や化学療法(抗がん剤治療)に抵抗性を示す細胞が含まれていることが明らかになってきました。
多くのがん細胞が抗がん剤や放射線治療によって死滅しても、その後にこのような治療抵抗性をもつがん細胞が残存するなら、それは再発の大きな原因になります。
もともと、がん細胞が化学療法に対して示す「薬剤抵抗性」は、治療を長く継続することによってがん細胞が獲得する性質であると考えられてきました。つまり、長く同じ薬を使うことによってがん細胞がその攻撃に慣れ、耐力をじょじょにつけていく、という考えです。
もちろん治療薬に対する反応としてそのような細胞が出現することは十分に考えられます。しかし最近では、がんの原発巣の中にすでにこうした治療抵抗性をもつ細胞が存在することが明らかになってきました。
正常な組織で薬剤抵抗性を獲得している細胞といえば、種々の臓器や器官に存在する「組織幹細胞(そしきかんさいぼう」です。これらの幹細胞は長期にわたって生存し、自己と同じ細胞に分裂する能力(自己複製能力)を有し、またその組織の成熟細胞へと分化する能力を持っています。
こうして分化した細胞はいずれ細胞死(アポトーシス)に陥ります。そのため組織の幹細胞は、このような分化細胞を継続的に供給していかなくてはなりません。
幹細胞が細胞死を起こすと、それは正常な組織を維持するしくみを破綻させて臓器不全に直結することになります。そこで幹細胞は、さまざまな外的要素に対する抵抗性を保持することにより、組織の長期生存を可能にしているのです。
これは正常な組織についての話ですが、同じしくみががん組織においても見いだされたのです。つまり「がん組織の中に、さまざまな外的要素に抵抗性を示すがん細胞が存在すること」が明らかになったのです。
こうした細胞はただ1個から始まってがん組織を形成できることが実験的に確認されたことから、「がん幹細胞」と呼ばれるようになっています。
さて、重要なポイントとして正常な組織や臓器の幹細胞が枯渇すると、その組織や臓器の維持が不可能になります。
そのため幹細胞はさまざまな外的要因に対して抵抗性を示し、細胞死を回避しているのです。このことから、がん幹細胞もまた、正常幹細胞と同様に、細胞死を回避する能力が高いと考えられています。
実際、乳がんのがん幹細胞も、それ以外のがん細胞よりも化学療法および放射線治療に対する抵抗性を示すことが実験によって報告されています。
ほかにもこれまでに、脳腫瘍細胞中のがん幹細胞が放射線抵抗性を示すこと、また固形がんではないものの、慢性骨髄性白血病の白血病幹細胞の抗がん剤イマチニブに対する抵抗性、Tリンパ球性白血病の白血病幹細胞の治療抵抗性なども報告されています。
このような治療抵抗性に関しては、がん幹細胞の休眠状態(活発に動いていないから薬が効かない)がその原因となっているという考え方に加え、別の原因も指摘されています。
たとえば細胞内に入った薬剤を排出するポンプ作用(多剤耐性因子)や細胞死を抑えるたんぱく質の強い発現、それに、DNAの損傷に対する抵抗性、あるいは損傷に対して高度なDNA損傷修復機構を有する、などです。
ただし、個々のがん幹細胞で、その治療抵抗性に関わる分子のはたらきは異なっていると見られています。したがって、個々のがん幹細胞が共通してもつ治療抵抗性がどのようなしくみによるものかは、まだ明らかではなっていません。
がん幹細胞のしくみや、その幹細胞を死滅させるための手段が見出されてくれば、がん治療は重大な転換期を迎えられると考えられています。
以上、がん幹細胞に関するお話でした。