がん専門のアドバイザー、本村です。
当記事では非小細胞肺がんの遺伝子変異(「EGFR」「ALK」「ROS1」「BRAF」など)について解説します。
非小細胞肺がんの遺伝子検査から治療薬選択までの基本的な流れ
肺がんの85%を占める非小細胞肺がんでは、遺伝子変異の研究と新薬の開発が著しく進歩し、検査や治療法について大きな変化が続いています。
具体的には「肺がんの増殖に関連する遺伝子変異が明らかになり、その遺伝子変異に応じた薬が次々に開発されている」ということです。
2005年から現在までは「EGFR」「ALK」という2つの遺伝子変異を調べて、陽性であればそれに対応できる治療薬を使うという流れが一般的でした。現在はそれに加えて「ROS1」「BRAF」「HER2」という遺伝子変異も調べて、それぞれに対する薬を使っていく形になっています。
「複数の遺伝子変異を検査し、それぞれに対応できる分子標的薬を使っていく」という非小細胞肺がん治療について詳しく解説していきます。
がん細胞の特徴を調べる遺伝子検査
がん細胞を採取して検査をすると、どの遺伝子に変異があるのか(陽性なのか)が分かります。調べる主要な遺伝子は「EGFR」「ALK」「ROS1」「BRAF」「HER2」です。
技術的には、すべての遺伝子変異検査を1回で実施可能ですが、保険診療では段階的に検査することが一般的です。まずEGFRとALKの検査を行い、いずれかが陽性であればそれに応じて治療を開始します。これらが陰性ならば別の遺伝子を調べるという流れになります。
検査のたびに新たに細胞を体から採取する必要はありません。ある程度の質量の組織を採取していれば、小分けにして検査に出すことが可能だからです。
各遺伝子変異の発生頻度
遺伝子変異 | 発生頻度 | 特徴 |
---|---|---|
EGFR遺伝子変異 | 非小細胞肺がんの約30~50% | 腺がんでは特に高頻度 |
ALK融合遺伝子転座 | 約3~5% | 肺腺がんに多い |
ROS1融合遺伝子転座 | 約1~2% | 非喫煙者に多い |
BRAF遺伝子変異 | 約1~3% | 希少な変異 |
HER2遺伝子変異 | 約3~5% | 日本人で認められる |
EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんで使える分子標的薬
EGFR遺伝子変異は現在でも非小細胞肺がん治療における最も重要な遺伝子変異です。日本人の肺腺がんでは約50%の確率でこの変異が起きており、多くの患者さんがEGFR阻害薬による治療を受けています。
使用できる薬剤
EGFR遺伝子変異陽性の場合、以下の薬が使えます:
- 第1世代EGFR阻害薬:イレッサ(一般名ゲフィチニブ)、タルセバ(エルロチニブ)
- 第2世代EGFR阻害薬:ジオトリフ(アファチニブ)、ダコミチニブ
- 第3世代EGFR阻害薬:タグリッソ(オシメルチニブ)
現在は第3世代のオシメルチニブが初回治療として推奨されています。これらの薬に耐性がついたとき(効かなくなったとき)は、T790M遺伝子変異の有無を再度検査し、陽性であればオシメルチニブが使えるかどうかを判断します。
最近では、オシメルチニブ耐性に対する第4世代のEGFR阻害薬の開発も進んでおり、BI-4020やBLU-945などの新薬が臨床試験で評価されています。
ALK融合遺伝子陽性の非小細胞肺がんで使える分子標的薬
ALK融合遺伝子は肺腺がんの3~5%に認められ、比較的若い患者さんに多いことが知られています。
使用できる薬剤
ALK融合遺伝子陽性の場合、以下の薬が使えます:
- 第1世代ALK阻害薬:ザーコリ(クリゾチニブ)
- 第2世代ALK阻害薬:アレセンサ(アレクチニブ)、ジカディア(セリチニブ)
- 第3世代ALK阻害薬:ローブレナ(ロルラチニブ)、アルンブリグ(ブリグチニブ)
ALK融合遺伝子が見つかった患者さんの最初の治療としては、アレクチニブが最も推奨されています。がんの病巣が治療前に比べて明らかに縮小する割合は約90%で、半数の患者さんで3年以上効果が持続します。
2024年8月には、ALK融合遺伝子陽性の非小細胞肺がんにおける術後補助療法として、アレクチニブの効能・効果が追加承認されました。
ROS1融合遺伝子陽性の非小細胞肺がんで使える分子標的薬
ROS1融合遺伝子は非小細胞肺がんの約1~2%に見られ、ほとんどは非喫煙者の非扁平上皮非小細胞肺がんです。
使用できる薬剤
ROS1融合遺伝子陽性の場合、以下の薬が使えます:
- ザーコリ(クリゾチニブ)
- ロズリートレク(エヌトレクチニブ)
- オータイロ(レポトレクチニブ)
クリゾチニブでがんの病巣が治療前に比べて明らかに縮小する割合は約70%で、半数の患者さんで1年半以上効果が持続します。レポトレクチニブはクリゾチニブやエヌトレクチニブが無効となった患者さんにも有効な可能性があり、2024年に本邦でも使用可能となりました。
BRAF遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんで使える分子標的薬
BRAF遺伝子変異は非小細胞肺がんの約1~3%に起きる希少な変異ですが、最近になって有効な治療法が確立されました。
使用できる薬剤
BRAF V600E遺伝子変異陽性の場合、以下の併用療法が使えます:
- タフィンラー(ダブラフェニブ)+メキニスト(トラメチニブ)併用療法
2018年3月にBRAF遺伝子変異を有する非小細胞肺がんに対して承認され、2023年11月には、がん種に関わらないBRAF V600E遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発固形腫瘍に対する臓器横断的治療薬として追加承認されました。
臨床試験では、化学療法歴のある患者さんで奏効率63.2%、化学療法歴のない患者さんで奏効率61.1%という良好な結果が報告されています。
HER2遺伝子変異陽性の非小細胞肺がんで使える分子標的薬
HER2遺伝子変異は日本人肺がん患者さんの約3~5%に認められ、これまで有効な治療選択肢が限られていました。
使用できる薬剤
HER2遺伝子変異陽性の場合、以下の薬が使えます:
- エンハーツ(トラスツズマブデルクステカン)
2023年8月にHER2遺伝子変異を有する非小細胞肺がんに対して承認された抗体薬物複合体です。HER2遺伝子変異を有する非小細胞肺がんに対して、病巣が治療前に比べて明らかに縮小する割合は約50%、半数の患者さんで約10ヶ月効果が持続しました。
現在は他の抗がん剤治療が無効となった患者さん(2次治療以降)で使用されています。また、HER2遺伝子変異を標的とした内服薬の開発・治験も進行中です。
すべての遺伝子変異が陰性の場合の治療選択肢
現時点で関連のある遺伝子変異(EGFR・ALK・ROS1・BRAF・HER2など)がすべて陰性という患者さんが半数以上を占めます。この場合、いわゆる分子標的薬は使えません。
使える治療薬
分子標的薬が使えない場合は、従来からある「抗がん剤」か「免疫チェックポイント阻害薬」を使用します。
がん細胞の「PD-L1発現」を調べることによって、免疫チェックポイント阻害薬が使えるかが分かります:
- PD-L1発現が50%以上:免疫チェックポイント阻害薬のキイトルーダを使う
- 50%未満:抗がん剤治療後、オプジーボかキイトルーダを使う
これが現在の基本的な治療の流れになります。
がん遺伝子パネル検査による包括的遺伝子検査
最近では、複数の遺伝子を一度に調べることができる「がん遺伝子パネル検査」も保険適用となっています。この検査により、より効率的に治療標的となる遺伝子変異を見つけることができるようになりました。
EGFR、ALK、ROS1、BRAF、HER2の主要な遺伝子変異に加えて、MET遺伝子エクソン14スキッピング変異、RET融合遺伝子、NTRK融合遺伝子、KRAS G12C遺伝子変異なども検査対象となっています。
分子標的薬の副作用と注意点
分子標的薬は従来の抗がん剤とは異なる副作用プロファイルを持ちます。脱毛や強い吐き気といった従来の抗がん剤の副作用は少ない一方で、特有の副作用があります。
主な副作用と対処法
副作用 | 対処法 |
---|---|
皮膚障害(皮疹、ドライスキン) | 保湿剤の使用や皮膚科での治療 |
下痢 | 下痢止めの適切な使用と食事調整 |
間質性肺炎 | 定期的な胸部レントゲン検査での監視 |
肝機能障害 | 定期的な血液検査による監視 |
高血圧(血管新生阻害薬) | 血圧測定と降圧薬による管理 |
分子標的薬治療における耐性と今後の課題
がん細胞の特徴が明らかになり、さまざまな分析手法や新薬が登場していますが、どの薬を使ったとしても「がんを根治できるわけではなく、いずれ耐性がついて効かなくなる」ことは事実として分かっています。
しかし、分子標的薬により従来の抗がん薬と比べて無増悪生存期間が4~7倍に延長するという画期的な改善がみられています。また、耐性メカニズムの解明と、それを克服する新薬の開発も精力的に進められています。
耐性克服への取り組み
最近の研究では、分子標的薬に対する耐性メカニズムが複雑であることが明らかになっています。標的の変異、側副経路の活性化、AXLやIGF-1Rなどの関連分子の活性化などが耐性の原因として知られています。
これらの耐性を克服するために、複数の薬剤の併用療法や、新しい第4世代阻害薬の開発が進んでいます。
治療薬の経済的負担について
分子標的薬の多くは高額な医療費がかかりますが、日本では多くの薬剤が保険適用となっています。高額療養費制度の活用により、患者さんの経済的負担を軽減することができます。
治療開始前に、医療ソーシャルワーカーや医療費相談窓口で相談することをお勧めします。
まとめ
非小細胞肺がんにおける遺伝子変異に基づく個別化医療は、この20年間で画期的な進歩を遂げました。EGFR、ALK、ROS1、BRAF、HER2遺伝子変異に対する分子標的薬により、従来は治療困難とされていたがんに対しても治療選択肢が提供されるようになっています。
参考文献・出典情報
- 日本肺癌学会「肺がん治療に使用される薬剤一覧」
- 肺がんの分子標的治療の最前線:がんナビ
- 国立がん研究センター中央病院「肺がん」
- 国立がん研究センター「BRAF V600E遺伝子変異陽性固形腫瘍に対するがん種横断的治療薬が日本で薬事承認」
- ケアネット「HER2変異陽性非小細胞肺がんにトラスツズマブ デルクステカンが国内承認」
- がん研究所「EGFR遺伝子変異陽性肺がんに対する薬剤耐性克服薬候補の発見」
- オンコロ「既治療のHER2変異陽性転移性非小細胞肺がんに対するエンハーツ最終解析結果」
- ノバルティス「タフィンラー・メキニスト併用療法のBRAF遺伝子変異陽性の固形腫瘍等に係る効能追加承認」
- 日本肺癌学会「肺癌診療ガイドライン2023年版」
- Seminars in Respiratory and Critical Care Medicine「Targeted Therapies in NSCLC」