
こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
直腸がんと診断され、手術を勧められた際に、「リンパ節郭清も一緒に行います」と説明を受けた患者さんは少なくありません。
リンパ節郭清とは、がんが転移する可能性のあるリンパ節を予防的に切除する処置のことで、特に直腸がんの手術では重要な要素となっています。
しかし、リンパ節郭清には後遺症のリスクも伴うため、「本当に必要なのか」「回避する方法はないのか」と疑問を持つ方も多いでしょう。
この記事では、直腸がんにおけるリンパ節郭清の意味と目的、そして回避する選択肢について、最新の情報をもとに詳しく解説します。
直腸がん手術におけるリンパ節郭清とは
直腸がんの手術では、がん病巣のある直腸を切除することが基本ですが、それだけでは不十分とされています。
がん細胞はリンパ管を通じて周囲のリンパ節に転移する可能性があるため、手術の際にはリンパ節も同時に切除します。これをリンパ節郭清(かくせい)といいます。
リンパ節郭清の範囲は、がんの進行度や位置によって決定されます。大腸がん治療ガイドラインでは、D1郭清、D2郭清、D3郭清の3つに分類されています。
| 郭清範囲 | 切除対象 | 適応 |
|---|---|---|
| D1郭清 | 腸管傍リンパ節のみ | 早期がん(リンパ節転移リスクが低い場合) |
| D2郭清 | 腸管傍リンパ節+中間リンパ節 | 進行がん(転移リスクが中程度の場合) |
| D3郭清 | 腸管傍リンパ節+中間リンパ節+主リンパ節 | 標準的な進行大腸がん |
多くの進行直腸がんの手術では、D3郭清が標準となっており、がんの取り残しを防ぐために広範囲のリンパ節を切除します。
直腸がん特有の側方リンパ節郭清の必要性
直腸がんの中でも、肛門に近い下部直腸がんの場合、他の大腸がんとは異なる特徴があります。
それは、腸に沿った縦方向だけでなく、直腸の左右(側方)にあるリンパ節にも転移しやすいという点です。この側方リンパ節への転移を防ぐために、日本では「側方リンパ節郭清」が標準治療として行われています。
大腸癌治療ガイドライン2022年版によると、側方リンパ節郭清の適応基準は「腫瘍下縁が腹膜反転部より肛門側にあり、かつ壁深達度がT3以深の症例」とされています。
T3とは、がんが固有筋層を越えて浸潤している状態を指します。このような局所進行がんでは、側方リンパ節への転移率が15~20%程度と報告されており、予防的な郭清が推奨されているのです。
側方リンパ節郭清が重視される理由
直腸がんは再発しやすいがんの一つであり、特に切除した周辺部分や側方リンパ節に再発することが多いことが分かっています。
この局所再発を防ぐことは、患者さんの予後を大きく左右します。なぜなら、直腸やリンパ節へ再発した場合、再手術の難易度が高くなり、手術で取り切れないケースも増えるからです。
仮に再手術が可能だったとしても、永久的な人工肛門が必要になる可能性が高まります。そのため、初回の手術で側方リンパ節を郭清し、再発リスクを下げることが重要視されています。
| 直腸がんの特徴 | 側方リンパ節郭清の必要性 |
|---|---|
| 局所再発率が他の大腸がんより高い(約4%) | 側方リンパ節を予防的に切除することで局所再発を減らせる |
| T3以深の進行がんでは側方リンパ節転移率が15~20% | 転移の可能性が高いため郭清が推奨される |
| 再発時の再手術は困難で人工肛門が必要になることも | 初回手術で徹底的に郭清することで再発を防ぐ |
側方リンパ節郭清に伴うリスクと後遺症
側方リンパ節郭清は再発予防に有効である一方、無視できないリスクも存在します。
直腸と側方リンパ節の間には、膀胱や前立腺につながる「骨盤神経」が走っています。この骨盤神経は、排尿機能や性機能を司る重要な自律神経です。
手術では、がんを含む直腸と間膜の内側にある通常のリンパ節を切除した後、骨盤神経を温存しながら側方リンパ節を切除する必要があります。しかし、この操作は技術的に難しく、神経を損傷してしまうケースがあります。
主な後遺症
| 後遺症の種類 | 詳細 |
|---|---|
| 排尿障害 | 尿が出にくい、残尿感がある、頻尿になるなどの症状が出ることがある |
| 性機能障害(男性) | 勃起機能障害や射精機能障害が起こる可能性がある |
| 排便機能の変化 | 便の回数が増える、便を我慢できなくなるなどの症状が出ることがある |
これらの後遺症は患者さんの生活の質(QOL)に影響を与えるため、手術前に十分な説明を受け、理解しておくことが重要です。
側方リンパ節郭清を回避する選択肢:術前化学放射線療法
日本では側方リンパ節郭清が標準治療ですが、欧米では異なるアプローチが取られています。
欧米の標準治療では、側方リンパ節郭清を省略し、その代わりに術前に化学放射線療法(抗がん剤+放射線治療)を行います。この方法は、全米総合がん情報ネットワーク(NCCN)のガイドラインでも推奨されています。
日本でも、東京大学医学部附属病院などの一部の施設が、欧米スタイルの術前化学放射線療法を長期間にわたり実施し、その効果を確認してきました。
術前化学放射線療法の効果
東京大学病院の研究では、側方リンパ節郭清を行う場合と術前化学放射線療法を行う場合で、再発率に差がないことが報告されています。
2001年と2002年に発表された研究では、以下のような結果が示されました。
- 術前放射線療法を行ったグループ(22人)と、術前放射線療法+側方リンパ節郭清を行ったグループ(23人)を比較したところ、術後5年生存率、無病生存率に差はなかった(2001年)
- 下部直腸がん115人を対象とした研究で、「術前放射線療法+側方郭清なし」グループ(25人)と「術前放射線療法なし+側方郭清」グループ(22人)では、無病生存率に有意差はなかった(2002年)
術前化学放射線療法の最大のメリットは、骨盤神経を傷つけることなく治療が可能なため、排尿障害や性機能障害が回避できる点です。
| 治療法 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 側方リンパ節郭清 | 局所再発を防ぐ 日本で広く行われている |
排尿障害、性機能障害のリスク 手術時間が長くなる |
| 術前化学放射線療法 | 神経障害を避けられる 腫瘍を縮小できる 肛門温存の可能性が高まる |
治療期間が長い 放射線による副作用がある |
術前化学放射線療法の具体的な方法
術前化学放射線療法は、以下のような手順で行われます。
放射線治療
1日1.8グレイ(Gy)の放射線を、週5日間照射し、2日休むサイクルで28日間継続します。総線量は50.4グレイとなります。
近年では、短期放射線療法という方法もあります。これは1回5グレイの放射線を5日間のみ照射する方法で、治療期間を短縮できます。
化学療法(抗がん剤治療)
放射線治療と同時に、抗がん剤を投与します。主に使用される薬剤は以下の通りです。
| 抗がん剤 | 投与方法 |
|---|---|
| カペシタビン(ゼローダ) | 内服薬。放射線照射日に服用 |
| S-1(ティーエスワン) | 内服薬。放射線照射日に服用 |
| UFT+ロイコボリン | 内服薬と点滴の組み合わせ |
| オキサリプラチン | 点滴薬。CAPOX療法やSOX療法として併用 |
化学放射線療法における抗がん剤の主な役割は、放射線の感受性を高めることです。全身療法としてのがん殲滅効果はそれほど期待されていません。
手術のタイミング
放射線治療終了後、約2カ月の期間を置いてから手術を行います。これは、放射線の効果が最も現れるのを待つためです。
この治療により、がんの約70%が縮小し、15~30%の患者さんでは腫瘍が完全に消失すると報告されています。腫瘍が縮小することで、従来の手術だけの方法では人工肛門が必要だったケースでも、肛門を温存できる可能性が高まります。
副作用について
術前化学放射線療法にも副作用があります。
| 副作用の種類 | 詳細 | 回復時期 |
|---|---|---|
| 放射線による副作用 | 下痢、肛門痛、下血、頻尿、排尿痛、血尿、皮膚炎、会陰部の炎症 | 治療後2~4週間で回復することが多い |
| 抗がん剤による副作用 | 吐き気、嘔吐、下痢、口内炎、骨髄抑制、しびれなど(使用薬剤により異なる) | 薬剤と個人差による |
放射線治療の副作用は照射中に起こる頻度が高いですが、照射を受けた腸の部分は手術で大半を切除するため、手術後に長期間問題になることは多くありません。
新しい治療戦略:Total Neoadjuvant Therapy(TNT)
近年、世界的に注目されているのが「Total Neoadjuvant Therapy(TNT)」という治療法です。
TNTとは、手術前に化学放射線療法と全身化学療法を組み合わせて行う方法で、従来は術後に行っていた補助化学療法を術前に実施することで、治療効果の向上を目指します。
がん研究会有明病院や京都大学医学部附属病院、三重大学医学部附属病院などの先進的な施設では、すでにこの治療法を積極的に導入しています。
TNTの効果
- 30~50%の患者さんで腫瘍が肉眼的に完全消失する(臨床的完全奏効)
- 手術を回避できる可能性がある(Watch and Wait療法)
- 遠隔転移を抑制する効果が期待できる
- 術後の補助化学療法よりも完遂率が高い
ただし、TNTは標準治療と比べて副作用(特に骨髄抑制)が若干高くなるという報告もあります。2025~2026年の時点では、長期予後についてはさらなる観察が必要とされています。
日本と欧米の治療方針の違いをどう理解するか
直腸がんの治療において、日本と欧米では異なるアプローチが取られています。
| 地域 | 標準治療 | 特徴 |
|---|---|---|
| 日本 | 直腸切除+側方リンパ節郭清 | 徹底的なリンパ節郭清で再発を防ぐ 手術の精度が高い |
| 欧米 | 術前化学放射線療法+直腸切除(側方郭清なし) | 神経障害を避けられる NCCNガイドラインで推奨 |
どちらの方法も、局所再発を予防する一定の効果があることが分かっていますが、どちらが優れているかについては、まだ明確な結論は出ていません。
重要なのは、それぞれの治療法にはメリットとデメリットがあり、患者さんの状態や希望に応じて適切な方法を選択することです。
治療選択における判断のポイント
直腸がんの治療方針を決定する際には、以下のポイントを担当医とよく話し合うことが重要です。
1. がんの進行度と位置
腫瘍の深達度(T因子)、リンパ節転移の有無(N因子)、腫瘍の位置(肛門からの距離)などが治療法の選択に影響します。
2. 術後のQOL(生活の質)
排尿機能や性機能の温存、人工肛門の回避など、患者さん自身が何を優先したいかを明確にすることが大切です。
3. 治療期間と通院の負担
術前化学放射線療法を選択する場合、治療期間が長くなるため、仕事や家庭との両立を考慮する必要があります。
4. 施設の経験と実績
術前化学放射線療法やTNTなどの治療は、すべての施設で実施されているわけではありません。セカンドオピニオンを活用し、経験豊富な施設の情報を集めることも有用です。
5. 再発リスクと予後
どの治療法を選択しても、一定の再発リスクは存在します。治療後のフォローアップ体制についても確認しておきましょう。
まとめ:納得できる判断をするために
直腸がんにおけるリンパ節郭清、特に側方リンパ節郭清は、局所再発を防ぐために重要な役割を果たしますが、排尿障害や性機能障害などの後遺症のリスクも伴います。
一方、術前化学放射線療法を選択することで、側方リンパ節郭清を回避し、神経障害のリスクを減らすことが可能です。この方法は欧米では標準治療として確立しており、日本でも一部の施設で実施されています。
さらに、TNTという新しい治療戦略も登場し、手術を回避できる可能性も示されています。
がん治療においては、治療効果を追求することも重要ですが、それによって何を失うか、どのようなリスクがあるかを見極めることも同じくらい大切です。
担当医にメリットとデメリットを十分に聞き、自分の価値観や生活スタイルに照らし合わせて、納得できる治療法を選択してください。
正しい知識を持ち、自分自身で判断することが、その後の人生を大きく変えることにつながります。

