卵巣がん手術に伴う腸閉塞のメカニズム
腸閉塞(イレウス)とは、腸の内容物がうまく肛門側に流れなくなる状態のことです。卵巣がんをはじめとする開腹手術は、すべて腸閉塞の原因となる可能性があります。
手術後の創が治る過程で、腸と腸、腸と腹壁などが癒着することがあります。この癒着によって腸が変形すると、腸閉塞が発症するのです。癒着性腸閉塞は、腸閉塞全体の約60%を占める最も頻度の高いタイプです。
卵巣がんの手術後は特に注意が必要です。卵巣がんの手術では、転移を防ぐため、大綱(胃から腹腔内に垂れ下がっている網状の組織)を切除することが一般的です。大綱がなくなると、腸と腹壁が接する部分が増えるため、癒着が起こりやすくなります。
また、癒着のほかにも、便秘が悪化して腸閉塞を引き起こすケースもあります。
腸閉塞の種類と特徴
腸閉塞は、原因によって以下のように分類されます。
種類 | 原因 | 特徴 |
---|---|---|
単純性腸閉塞(閉塞性イレウス) | 癒着、腫瘍、便塊など | 血行障害を伴わない。90%がこのタイプ |
絞扼性腸閉塞(複雑性イレウス) | 腸捻転、腸重積、ヘルニア嵌頓など | 血行障害を伴う。緊急手術が必要 |
麻痺性イレウス(機能的イレウス) | 手術後の腸管麻痺、薬剤の影響など | 腸の運動機能が低下 |
腸閉塞の症状と早期発見のポイント
主要な症状
腸閉塞の主な症状は以下の通りです。症状は徐々に進行することが多いため、早期発見が重要です。
- 腹部膨満感(お腹の張り)
- 腹痛(波のような間欠的な痛み)
- 吐き気・嘔吐
- 排ガス・排便の停止
- 食欲不振
症状の進行具合によって、その深刻度が変わります。軽度の場合は腹部膨満感や軽い腹痛から始まりますが、重症化すると激しい腹痛や頻回の嘔吐が見られるようになります。
特に注意すべき症状
絞扼性腸閉塞の場合は、突然強い持続性の腹痛が起こります。この場合、血流障害により腸管が壊死する危険があるため、緊急手術が必要となります。
また、嘔吐物に便臭がする場合は、腸閉塞が進行している可能性が高いため、直ちに医療機関を受診する必要があります。
症状に気づいたらすぐに病院へ
腸閉塞が疑われる症状に気づいたら、我慢せずにすぐに医療機関を受診しましょう。特に過去に腹部手術を受けた患者さんは、癒着性腸閉塞のリスクが高いため注意が必要です。
経験的に、一度腸閉塞になったことがある患者さんは、再発する傾向が高いことが知られています。そのため、過去に腸閉塞の経験がある場合は、より早期の受診を心がけることが大切です。
腸閉塞の診断方法
腸閉塞の診断には、問診、身体診察、画像検査が重要な役割を果たします。
問診では、手術歴、症状の経過、排便・排ガスの状況などを詳しく聞き取ります。身体診察では、腹部の膨満や圧痛、腸音の確認を行います。
画像検査では、腹部X線検査で特徴的な鏡面像(二ボー)の確認、CT検査による腸管拡張や狭窄部位の特定、血液検査による炎症や脱水の程度の評価を行います。
腸閉塞の最新治療法
保存的治療
軽度から中等度の腸閉塞では、まず保存的治療を行います。これは腸を安静にして自然回復を促す治療法です。
具体的には、絶食により腸を休ませ、点滴で必要な水分と栄養を補給します。症状が重い場合は、鼻から胃や腸までチューブ(経鼻胃管やイレウス管)を挿入し、腸管内容物を吸引して腸管内圧を減圧します。
保存的治療により、多くの単純性腸閉塞は1~3日程度で改善します。ただし、この治療を1週間ほど続けても改善しない場合は、手術が必要になります。
内視鏡治療
大腸での閉塞に対しては、大腸内視鏡を用いた治療が行われることがあります。これにより、非外科的に閉塞の解除を試みることができます。
手術治療
以下の場合には手術が必要となります。
- 保存的治療で改善しない場合
- 絞扼性腸閉塞が疑われる場合
- 腸閉塞を繰り返す場合
- 腫瘍が原因の場合
手術では、癒着を剥離したり、腸管の狭窄部分を切除して再吻合したりします。最近では、従来の開腹手術に加えて、腹腔鏡下手術も積極的に行われています。
腹腔鏡下手術のメリット
腹腔鏡下手術には以下のメリットがあります。
- 創が小さく、術後の痛みが少ない
- 新たな癒着の形成が少ない
- 回復が早い
- 精密な手術が可能
特に、再発性の癒着性腸閉塞に対する治療実績が向上しており、多くの専門施設で9割以上の症例が腹腔鏡下で手術されています。
薬物療法と支持療法
腸閉塞の治療では、症状に応じた薬物療法も重要です。
麻痺性イレウスに対しては、腸管運動を促進する薬剤が使用されます。また、水分・電解質バランスの補正、脱水の改善、感染予防のための抗菌薬投与なども行われます。
漢方薬では、大建中湯が腸閉塞の予防や症状緩和に有効とされており、継続的な内服が推奨される場合があります。その他、六君子湯や四君子湯なども使用されることがあります。
腸閉塞の予防方法と日常生活の注意点
食事に関する注意点
腸閉塞を予防するためには、日常生活での注意が重要です。
食事については、以下の点に注意しましょう。
- 食べ過ぎを避ける
- よく噛んで、ゆっくり食べる
- 消化の良いものを選ぶ
- 適切な水分摂取を心がける
- 規則正しい食事を取る
避けるべき食品
以下の食品は腸閉塞のリスクを高める可能性があるため、控えめにすることが推奨されます。
食品カテゴリー | 具体例 | 理由 |
---|---|---|
食物繊維の多い野菜 | レンコン、タケノコ、ゴボウ | 消化が困難で腸を詰まらせやすい |
キノコ類 | シイタケ、エリンギなど | 水分を含んで膨張しやすい |
海藻類 | ワカメ、昆布、もずく | 水分を含んで膨張しやすい |
油分の多い食品 | 揚げ物、脂肪の多い肉類 | 消化に時間がかかる |
その他 | 玄米、こんにゃく、チョコレート | 消化困難または刺激が強い |
便秘対策の重要性
便秘は腸閉塞の原因となるため、適切な対策が必要です。
- 適度な運動を行う
- 十分な水分摂取
- 食物繊維を適量摂取する(過剰摂取は逆効果)
- 規則正しい排便習慣を維持する
- 必要に応じて下剤を適切に使用する
生活習慣の改善
以下の生活習慣も腸閉塞の予防に役立ちます。
- ストレス管理
- 適度な運動習慣
- 十分な睡眠
- 禁煙・節酒
卵巣がん手術後の長期管理
卵巣がん手術後の患者さんは、腸閉塞のリスクが継続するため、長期的な管理が重要です。
定期的な検診では、腸閉塞の兆候がないか確認し、早期発見に努めます。また、患者さん自身も症状の変化に敏感になり、異常を感じたら早期に医療機関を受診することが大切です。
食事指導についても、管理栄養士と相談しながら、個々の患者さんに適した食事内容を決定していきます。
腸閉塞の合併症と注意点
腸閉塞が適切に治療されない場合、以下のような重篤な合併症を引き起こす可能性があります。
- 腸管壊死
- 腸管穿孔
- 腹膜炎
- 敗血症
- 脱水・電解質異常
これらの合併症は生命に関わる可能性があるため、症状の悪化や新たな症状の出現があった場合は、躊躇せずに医療機関を受診することが重要です。
最新の治療動向と今後の展望
近年、腸閉塞の治療分野では以下のような進歩が見られています。
- 腹腔鏡下手術の技術向上と適応拡大
- 癒着防止材の開発と臨床応用
- 早期診断のための画像診断技術の向上
- 個別化医療に基づく治療選択
特に、腹腔鏡下手術については、従来困難とされていた複雑な癒着例や緊急症例にも適応が拡大されており、患者さんの負担軽減と治療成績の向上が期待されています。
専門医療機関での治療
繰り返す腸閉塞や複雑な症例については、専門的な治療が可能な医療機関での診療を受けることが推奨されます。
専門施設では、腸閉塞外来の設置、経験豊富な外科医による手術、チーム医療による包括的なケアなど、より質の高い治療を受けることができます。
また、心疾患や腎疾患などの合併症がある患者さんでも、各専門科との連携により、安全に治療を受けることが可能です。
腸閉塞は、卵巣がん手術後の重要な合併症の一つです。適切な知識を持ち、予防策を実践し、症状に対して適切に対応することで生活の質を維持することができます。不安な症状がある場合は、遠慮せずに相談しましょう。