がんがもつ特徴の1つに「転移」があります。最初に発生した悪性腫瘍からがん細胞が遊離すると、それは血流やリンパの流れに乗って体内を移動します。そして、そのがん細胞が別の臓器や組織に付着すると、そこで増殖を始めます。これが「転移」です。
肝細胞がん(肝臓がん)の転移は、ほとんどの場合、肝臓の内部で起こります。つまり、肝臓内の原発した場所から同じ肝臓内の別の場所に転移が起こるのです。しかしときには、肝臓以外の場所である肺や骨、副腎、腹膜、リンパ節、それに脳などに転移することがあります。
いっぽう肝内胆管がんは、肝臓内の転移も多いものの、肝細胞がんよりずっと高い確率で、他の臓器や組織に転移します。リンパ節や肺、腹膜、副腎、脳、骨、さらには皮膚にも転移する例があります。
一般に、がんが転移した場合、1.転移した腫瘍が1個だけであり、2.もとの腫瘍が治療によって成長が止まっている、3.全身状態が良い、などの場合は、手術で切除します。手術ができない場合は、通常、化学療法(全身もしくは局所)や放射線治療が行われます。
しかし、肝細胞がんは、肝臓内に最初に生じたがんが治っても、多くの場合、次々に新しいがんが発生します。また予後(治療後の延命年数)を決定するのも、おもに肝臓の機能の状態や肝臓内の腫瘍です。
そのため通常は、肝臓内の腫瘍の治療を優先して行います。そして、転移したがんに対しては積極的に治療を行わず、対症療法のみをほどこすことが少なくありません。これは、肝細胞がんには、化学療法や放射線治療の効果が、あまり期待できないためでもあります。
いっぽう、肝内胆管がんは進行が速く、がんと診断されたときにはすでに体のさまざまな場所に転移していることが少なくありません。この場合は、全身化学療法か、対症療法が中心になります。
肝内胆管がんでは、手術で肝臓内の腫瘍をすべて切除した後で、他の臓器に転移(遠隔再発)が発見されることもあります。転移巣の数が少なく(1~2個)、かつ状態が良ければ、手術などの積極的な治療を行います。しかし、全身状態が悪いときや、転移したがんの数が多いときには、やはり化学療法か対症療法を行います。
肝臓がんの肺への転移
1.一般的な治療法
肝臓がんが肺に転移したときには、一般に1個だけであれば手術が優先されます。がんが複数個あっても、それらが片側の肺のみに存在し、全身状態が良く、肝臓の最初のがんも治癒しているか休眠状態にあるとみなせるときには、手術を行うことがあります。この場合の手術は、最近では、内視鏡を使う例が増えています。
しかし、肺への転移は多発する場合が多く、必ずしも手術が可能ではありません。また、患者の全身の状態が悪く、手術に耐えられないと予想されることも少なくありません。このような場合は、おもに全身化学療法を行います。抗がん剤の種類は、最初のがんの治療に対するものと同じです。
肺は放射線に対して弱い臓器ですが、腫瘍とそのまわりのみに放射線を照射する治療を行う例もあります。こうした治療を行っても、かえって生活の質(QOL)が悪くなると予測される場合には、残されている治療は対症療法のみとなります。
たとえば、呼吸困難に対して酸素吸入を行う、激しい咳に対して咳止め薬を使うなどです。また、肝臓の腫瘍が進行し続けているときには、その治療を優先し、肺の腫瘍の治療は行わないこともあります。
その場合でも、まれに、肝臓の腫瘍に対する動注法で用いられた一部の抗がん剤(シスプラチンなど)が体全体をめぐり、肺の腫瘍が消滅した例が知られています。
2.新しい治療法
まだ行っている病院は限られているものの、最近では新しい治療法も登場しています。たとえば、放射線治療の一種である定位照射、原発性の肝臓がんの治療で用いるマイクロ波熱凝固療法やラジオ波焼灼療法などです。これらは一般に、腫傷の大きさや数に制限があります。
腫瘍が多発していたり、大きくなりすぎているときには、気管支の動脈から抗がん剤を注入する気管支動注法も試みられています。大量のリンパ球を体内に注入する免疫療法を行う病院もあります。
肝臓がんの骨への転移
肝臓がんが骨に転移すると、患者はきわめて強い痛みを感じます。それだけではなく、転移した腫瘍が大きくなると骨折しやすくなり、また脊椎に転移した場合には、脊髄中の神経が圧迫されて、体が麻痺するおそれも出てきます。
そこで骨の転移に対しては、放射線治療を行います。がんが生じた場所に対し、1回に少ない線量(放射線の照射量)をあてる治療を10~15回行います。
肝臓のがんが治癒しているか、休眠状態であり、余命も長いと考えられるときには、手術で腫瘍の部分を切除することもあります。しかし、切除部位を人工骨で置き換えるなどの処置が必要になります。
肝臓がんの腹膜への転移
肝臓がんなどの腹部のがんでは、がん細胞が腹腔内に散らばることがあります。その結果、がん細胞が腹膜(腹腔や臓器を被う膜)に付着し、成長しはじめます(がん性腹膜炎)。
この状態になると、腹膜から水分がにじみ出し、腹の内部に腹水がたまります。腹水中には一般にがん細胞が混じり、血液によってうすいピンク色になることもあります。
治療は一般に、体の外から針で腹水を抜くとともに、腹腔内に抗がん剤を注入します。開腹して肉眼で確認できる腫瘍を切り取る方法もありますが、肝臓がんの患者に対して行うことはまれです。生活の質(QOL)を下げる可能性が高いからです。
肝臓がんの脳への転移
脳内にがんが転移すると、頭痛のほか、できた場所によって、言語障害、麻痺などさまざまな異常が現れます。また、しばしば脳が腫れたり、脳内の水の量が増えて、脳圧が上がります。脳圧が著しく高くなると、生命が危険です。
治療は、患者の生活の質(QOL)を第1に考えます。転移した腫瘍が1個だけなら、手術を行うこともあります。複数存在する場合には、放射線を腫瘍に集中させるガンマナイフや、脳全体への放射線照射が選択肢として考えられます。
しかし、余命が短いと考えられる場合には、対症療法のみとなります。たとえば、ステロイド剤で脳の腫れを抑えたり、利尿剤で脳内の水の量を減らすことによって、脳圧を下げます。
肝臓がんの副腎への転移
がんが副腎(2個の腎臓のすぐ上にある小さな臓器。さまざまなホルモンを産生する)に転移した場合、一般には、全身化学療法を行います。転移が片方の副腎のみなら、手術でその副腎を切除することもあります。
以上、肝臓がんについての解説でした。