がん患者さんの下血(肛門からの出血)について
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
がん治療中に下血(げけつ、肛門からの出血)が起きると、患者さんやご家族は大きな不安を抱えられます。お尻から出血するという状況は日常的に起こることではないため、驚かれるのも当然です。
下血とは、肛門を通じて大便に混じって観察される消化管の出血のことを指します。出血部位が肛門から離れるほど、消化液や腸内細菌の影響を受けて黒色便(タール便)となります。直腸や肛門からの出血は鮮紅色、上行結腸から直腸の出血は赤褐色から鮮紅色となることが多いです。
重大な原因による出血の可能性もあるため、医療機関で診察を受けることが第一です。ここでは予備知識として、がん患者さんに下血が起きる原因と、基本的な対策について整理しています。
がん患者さんで下血が起きる主な原因
がん患者さんに下血が生じる原因は多岐にわたります。下血の背景にある状況を理解することで、適切な対応につながります。
がん(腫瘍)そのものによる下血
消化器がん(胃がん、大腸がんなど)では、腫瘍組織から直接出血が生じることがあります。がん細胞は血管新生を促進して栄養を取り込もうとしますが、この新しく作られた血管(腫瘍血管)は血管壁が脆弱で出血しやすい特徴があります。
また、がんの増大や転移に伴う腸管出血、がんの大血管への浸潤、穿孔(腸管に穴が開くこと)などでも下血が生じます。血液がんや固形がんの骨髄浸潤によるDIC(播種性血管内凝固症候群)や血小板減少も出血の原因となります。
2026年現在、がんによる消化管出血の治療には、内視鏡による止血術が第一選択とされています。近年の内視鏡技術の進歩により、早期の段階で出血源を特定し、止血処置を行うことが可能になっています。
手術後の合併症による下血
がんの手術後に、縫合不全や消化管穿孔といった術後合併症が生じた場合、下血が起こることがあります。これらは術後数日から数週間の経過で発生する可能性があり、早期発見と適切な対応が求められます。
化学療法(抗がん剤治療)による下血
抗がん剤治療では、複数の機序で下血が起こり得ます。
骨髄抑制による血小板減少
多くの抗がん薬は骨髄の造血機能を抑制し、血小板が減少します。オキサリプラチン、カルボプラチンなどのプラチナ製剤をはじめ、ほとんどの抗がん薬で血小板減少が起こり得ます。血小板減少は投与後7日目ごろから始まり、14から21日目が最低値となることが多く、出血リスクが高まります。
粘膜障害
フルオロウラシル、メトトレキサート、イリノテカンなどの抗がん薬は消化管粘膜にダメージを与え、粘膜からの出血を引き起こすことがあります。
血管新生阻害薬の副作用
ベバシズマブ(アバスチン)、ラムシルマブ、ソラフェニブ、スニチニブなどの血管新生阻害薬は、がんの栄養供給を断つ効果がある一方で、正常な血管の修復機能にも影響を与えます。
特にベバシズマブでは、消化管出血や消化管穿孔が重大な副作用として知られています。2025年の添付文書改訂により、消化管穿孔の発現率は約0.4%、消化管出血は一定の頻度で報告されています。出血の出現時期には一定の傾向がなく、投与開始時から投与終了後しばらくは注意が必要です。
腸管病変のある場合の特殊な状況
腸管にがん病巣がある場合、治療効果によってがんが縮小する過程で、穿孔や出血が起こることがあります。これは治療が効いている証拠でもありますが、慎重な経過観察が必要です。
放射線治療による下血
腹部や骨盤部への放射線治療では、照射部位の消化管粘膜が障害され、下血が生じることがあります。放射線による消化管への影響は、発症時期によって急性期有害事象と晩期有害事象に分けられます。
急性期有害事象(治療中から数週間以内)
治療開始後2から3週ごろ(総線量20から30グレイ)から下血が起こることがあります。特に照射範囲が広い婦人科がんに対する全骨盤照射では頻度が高くなります。急性期の症状は多くの場合、治療終了後2から4週間で徐々に改善します。
照射回数が増えるほど症状が悪化しやすく、照射終了後1から2週間でピークを迎えることが多いです。化学療法を併用している場合、症状がより強く出ることがあります。
晩期有害事象(治療後6か月以降)
治療終了後6か月以上経過してから、腸炎や潰瘍形成による下血が起こることがあります。晩期障害は動脈内膜炎による血流障害からくる二次的変化と考えられており、不可逆性です。
2026年現在、放射線性直腸炎の治療には、アルゴンプラズマ凝固法(APC)による内視鏡治療が有効とされています。APCはアルゴンガスを用いた非接触型の凝固法で、浅い深度の焼灼が可能です。毛細血管拡張の範囲が広い場合には、1回の治療で終わらせようとせず、2から3回に分けて治療を計画します。
晩期障害は発症することはまれですが、生じると回復困難であることが多いため、放射線治療後も定期的な診察による慎重な経過観察が重要です。
その他の要因による下血
| 要因 | 具体例 |
|---|---|
| 薬剤による影響 | 副腎皮質ステロイド薬(胃潰瘍対策として)、消炎鎮痛薬や抗凝固薬(血小板凝集抑制として)など |
| 消化管疾患 | 大腸ポリープ、虚血性大腸炎、メッケル憩室、大腸憩室出血、痔核など |
| 基礎疾患による合併症 | 動脈硬化、糖尿病などによる血流障害(特に高齢者に多い) |
| その他のリスク因子 | 強い便秘傾向、開腹術の既往、化学療法や放射線療法の既往など |
下血に対する基本的な診察と治療
初期対応と診察
下血が起きた場合、まずは出血の原因を特定することが第一です。主治医に連絡し、診察を受けることが重要です。
診察では以下の点が確認されます。
- 出血の部位、量、持続時間、性状(鮮紅色か黒色か)
- 随伴症状(腹痛、発熱、めまいなど)
- バイタルサイン(血圧、脈拍、呼吸など)
- 貧血症状の有無
- 意識レベル
消化管出血の約80%は自然に止血するとされています。しかし、残りの20%では何らかの介入が必要となります。特に高齢患者さんでは、死亡率を最小限に抑えるため、出血コントロールのための介入を早期に開始することが重要です。
検査と診断
2026年現在、消化管出血の診断には以下の方法が用いられています。
内視鏡検査
上部消化管内視鏡検査や大腸内視鏡検査により、出血部位を直接確認します。高リスク患者さんに対しては、血行動態を安定させた上で24時間以内に内視鏡検査を行うことが推奨されています。
CT検査
造影CT検査(CTA)は、出血源の特定に有用です。3時間以内にCTを実施することで、内視鏡での病変検出率が向上することが報告されています。CTA陽性であれば、内視鏡で出血源が同定できる可能性が高くなります。
止血治療
出血部位が確認された後、以下の治療が検討されます。
内視鏡的止血術
消化性潰瘍やがんによる出血に対する第一選択の治療法です。2025年のガイドライン改訂により、以下の方法が標準的に用いられています。
| 止血法の分類 | 具体的な方法 |
|---|---|
| 局注法 | 純エタノール局注法、高張食塩水エピネフリン局注法など |
| 機械的止血法 | クリップ法、結紮法など |
| 熱凝固法 | バイポーラ鉗子、ヒータープローブ法など |
| 散布法 | 止血パウダー(特に消化性潰瘍やがんで使用) |
血管造影下止血術(IVR)
内視鏡的治療で止血できない場合、X線透視下に血管を通してカテーテルを出血部分まで導き、血管を収縮させたり、塞栓物質で血行を遮断したりして止血する方法です。血管造影による塞栓術は外科手術より再出血率が高い一方、合併症の発生率が低く、入院期間も短いという利点があります。
外科手術
重症で止血できない場合、また内視鏡や血管造影での治療が困難な場合に検討されます。
薬物療法
- がん腫瘍に対する治療の継続または調整
- 輸血(大量出血時)
- 副腎皮質ステロイド薬投与
- 凝固因子補充療法
- 止血薬投与
- 酸分泌抑制剤の投与(消化性潰瘍の場合)
がん患者さんが注意すべき下血のサイン
緊急性の高い状況
以下のような症状がある場合は、速やかに医療機関に連絡してください。
- 粘膜からの出血が15分以上持続する
- 出血量が増えている
- めまい、立ちくらみがある
- 脈が速い、血圧が低い
- 顔色が悪い、冷や汗をかいている
- 意識がもうろうとしている
経過観察が必要な状況
がんと関連のない出血は自然に止血することが多いですが、15分以上持続する場合は医療者へ報告することが必要です。
下血を予防するための日常的な対策
排便管理
排便時の怒責(力を入れていきむこと)は、肛門部位や他臓器の出血をきたすことがあります。便秘の場合は緩下薬を使用するなど、定期的な排便習慣をつけることが大切です。
活動制限
出血のリスクが高い場合、運動は控えめにします。医師の指示に従って活動レベルを調整してください。
感染予防
出血部位の安静を保ち、感染予防に努めることも重要です。
化学療法中の患者さんへの特別な注意点
血小板減少期の管理
抗がん薬投与後、血小板減少は7日目ごろから始まり、14から21日目が最低値となります。この期間は特に注意が必要です。定期的な血液検査で血小板数を確認し、必要に応じて治療を調整します。
血管新生阻害薬使用時の注意
ベバシズマブなどの血管新生阻害薬を使用している場合、投与開始時から投与終了後しばらくは出血に注意が必要です。特に以下の点に留意してください。
- 消化管など腹腔内の炎症を合併している患者さんでは、消化管穿孔のリスクが高まります
- 大きな手術の術創が治癒していない場合、創傷治癒遅延による合併症が起こるおそれがあります
- NSAIDsの長期使用は避け、必要な場合は短期間の使用にとどめます
2026年現在、血管新生阻害薬と放射線療法の併用については、正常組織の放射線感受性を増強させる可能性があるため、特に中枢神経系への照射との併用では慎重なリスク評価と患者さんへの十分な説明が求められています。
放射線治療を受けた患者さんへの注意点
急性期の対応
治療中から治療後数週間は、消化の良い食事を心がけ、水分や電解質を積極的に補給してください。排便後は肛門周囲を優しく洗浄し、清潔に保つことが重要です。
晩期障害への備え
放射線治療後、数か月から数年経過してから症状が現れることがあります。前立腺がんや子宮がんなどで放射線治療を受けた方は、治療後に下血があった場合、放射線性直腸炎を疑って内視鏡検査を受けることをおすすめします。
最近では、標的臓器以外の周辺骨盤内臓器への照射を少なくした強度変調放射線治療(IMRT)や重粒子線治療、前立腺がんに対する小線源治療などの選択肢がありますが、これらの新しい放射線治療でも放射線性直腸炎は発生しうるため、経過観察が重要です。
がん(腫瘍)による下血への対応
早期発見の重要性
消化管出血は致命的となる場合もあるため、症状が出現した場合は速やかに診察を受けることが大切です。粘膜からの出血が15分以上持続する場合、量が増えた場合は、何らかの処置が必要となる可能性が高いです。
基本的な治療方針
がん腫瘍に対する治療を継続または調整しながら、以下の対応を行います。
- 内視鏡的止血術(第一選択)
- 輸血(大量出血時)
- 副腎皮質ステロイド薬投与
- 凝固因子補充療法
- 止血薬投与
まとめ - 下血への適切な対応のために
がん患者さんの下血は、腫瘍そのもの、手術、化学療法、放射線治療など、さまざまな原因で起こります。原因によって対応方法が異なるため、医療チームとの密なコミュニケーションが重要です。
2026年現在、内視鏡技術の進歩により、多くの消化管出血に対して低侵襲な止血治療が可能になっています。また、画像診断技術の向上により、出血源の早期発見も容易になっています。
下血が起きた際は、落ち着いて医療機関に連絡し、症状の詳細(色、量、持続時間など)を伝えてください。適切な診断と治療により、多くの場合、症状の改善が期待できます。
日頃から排便習慣を整え、定期的な診察を受けることで、重篤な状況を避けることができます。気になる症状がある場合は、遠慮なく医療チームに相談しましょう。

