膵臓がんの手術において日本と外国では考え方に大きな開きがあり、それが切除率に現われています。たとえばイギリスでは数パーセントの切除率ですが、日本では過去、約60パーセントにもなったことがあります。
これだけ大きな差があって、結果はどうかというと、膵臓がん全体の成績はあまり変わりありません。
つまり日本では、切っても改善の見込みのない患者さんの身体にまでメスを入れていた、という可能性があります。
膵臓がんで手術の対象になるのはがん細胞が小さく、しかも近くの血管や後腹膜などへの浸潤が見られない、もしくは少ない場合です。
検査法が発達していなかった昔は、がん細胞がどこに、どの程度浸潤しているかということがわからなかったのですが、検査機器や検査法が発達したいまでは、門脈へ浸潤しているかどうかが明確にわかるようになりました。
門脈へ浸潤している場合には予後が悪いため、手術をしても無駄なケースが多いので、手術を見送るケースがほとんどです。
後腹膜に多く浸潤している場合も、成績はよくありません。
リンパ節に広範に転移している場合も同様です。肝転移があれば手術はしません。
局所に進展している場合、外科医のなかには「取ったほうがいいんじゃないか」ということで手術する人もいますが、たとえば大動脈のリンパ節にたくさん転移している患者さんにどんなに大きな手術をしても1~2年以内には再発して、患者さんは亡くなります。
最近は画像検査で、手術をしたほうがいい場合と、手術をしても生存率に変化はなく、単に患者さんを苦しめるだけで終わってしまう可能性が高いと判断した場合、手術を見送るケースも増えてきました。
そのためこれまで異常に高かった日本の切除率は減少傾向にあります。
膵臓がんの切除手術
手術は膵臓がんの治療の中では最も確実な治療法とされ、最初に検討される手段です。がんを含めて膵臓と周囲のリンパ節などを切除する方法です。
手術の対称となるのはステージ0、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳaの症例の一部です。膵臓周囲の重要な血管に浸潤がなければ、手術治療が第一選択となります。しかし、膵臓周囲の重要な血管に浸潤が疑われても切除可能なことがあります。その際は血管の合併切除などが必要になる場合があります。
がんの存在する場所によってさまざまな手術方法があります。大きく分けると膵頭部領域にがんがあれば、「膵頭十二指腸切除術」が選択されます。がんが膵臓の体部から尾部にあれば、「尾側膵切除術」になります。
転移の可能性のあるリンパ節を同時に切除します(リンパ節郭清)。通常は第二群リンパ節まで切除しますが、一部の悪性度の低い腫瘍の場合は第一群リンパ節までの切除になります。また、術後に「抗がん剤治療」を組み合わせる場合があります。
がんに対する治療を目的とはせず、症状を和らげることを目的とした手術治療もあります。がんによって胆管が閉塞したり黄疸になったり、消化管が閉塞したり狭窄したりして
食べ物が通らない場合のバイパス手術です。
症状にあわせて、胆管と空腸を吻合したり、胃と空腸を吻合することにより、症状緩和や経口摂取が可能となったりします。
なお、症状によっては、膵全摘術で膵頭十二指腸切除と尾側膵切除を同時に行うこともあります。
がんの周囲の血管や臓器を切除する拡大手術は、標準治療と治療成績が変わらないことがわかり最近ではあまり行われなくなっています。
また、術後の再発の防止などを目的に術前術後の抗がん薬治療が行われることが一般的です。手術に放射線を組み合わせる治療に術中照射があります。
手術中に、取り残した可能性のあるがんに直接放射線を照射する治療法で、治療効果は臨床試験では評価されていません。
周囲の組織に浸潤した浸潤性膵管がんの切除に術中照射を加えると、手術は7~10時間くらいかかります。
がんの手術の中でも最大級の手術といわれています。
膵臓がんの手術「膵頭十二指腸切除術」の切除範囲
膵頭部(膵臓の右側)にがんがある場合は、すい頭十二指腸切除といって膵臓の右側、胃の一部、十二指腸、小腸の一部、胆のう、胆管をまとめて切除します。
膵臓の周囲のリンパ節、脂肪、神経なども一緒に摘出します。
摘出した後は、膵臓と小腸、胆管と小腸、胃と小腸の順につなぎ直してすい液、胆汁と食べ物の通る経路を作ります。
膵臓がんの手術「尾側膵切除術」の切除範囲と術中照射
膵臓の体部・尾部(膵臓の左側)にがんがある場合には尾側膵切除といって膵臓の左側と脾臓を一緒に摘出します。
この手術に加えて手術中に放射線療法を加えること(術中照射)もあります。
術中照射とは手術中に肉眼的には見えないが、がんが残っている可能性のある部分に直径6cmから8cmの筒を当て、その内側に一度に大量の放射線を照射する方法です。
手術中ですから放射線に弱い胃や腸を筒の外に避けることにより、放射線に比較的強い血管やその周囲の神経組織を含む結合組織に放射棋を照射でき、その中に潜んでいるがん細胞を攻撃ことが目的です。
体外からの放射線照射では目的の病巣に治療を行う際、胃や腸などを照射する範囲(照射野)からはずすことは困難です。
この術中照射ではそれが確実にできるため、思った所に安全に一度に大量(通常の体外から一度に照射する線量の10倍以上)の放射線を照射できます。
この治療ができるのは特殊な設備を備えた限られた専門施設のみです。
なお、がんが進行し食べ物の道である十二指腸が閉塞している場合には、がんが例えすべて摘出できなくても食べ物の通り道をつける手術(バイパス手術といいます)を行うこともあります。
膵臓がんの手術時間は?
膵臓がんの手術には5~6時間で終わる手術から、10時間かかる手術まであります。
膵頭十二指腸切除で、リンパ節などを取らない場合は5~6時間で終わります。ところが浸潤性膵管がんのような、周囲の組織まで取るような手術をすると7時間くらいかかります。
術中照射が組みこまれると9~10時間はかかります。
膵臓がんの手術に関する合併症
いちばん多いのは、膵臓と腸をつなぐところに起こる合併症です。
膵液にはものを溶かす性質があるため、腸との接続部が膵液で溶けてしまい、その液がお腹のなかに漏れると血管が溶けて大出血をひき起こし、それが原因で死亡することもあります。(昔は多かったのですが、最近は減っています)
それでも100人手術すると10人くらいは液が漏れて、そのうちの1人は大出血で死亡する可能性があります。
死亡率については、在院死(ホスピタル・デス)といって、入院して手術して、退院できないまま亡くなるのが7~8パーセント。手術中に亡くなる患者さんは限りなくゼロに近く、「手術死」という場合には在院死のことをいいます。
実際には手術後30日以内に亡くなることは少ないといえます。
手術が出来ない膵臓がんへの基本的な対処
まず、局所進行がんには放射線化学療法(放射線+抗がん剤)が検討されます。
これはがん細胞を死滅させる作用を持つ放射線と、がん細胞を殺傷する作用のある抗がん薬フルオロウラシル(商品名・キマジン、5-FU)などを組み合わせて治療するものです。
また、術前の放射線化学療法で切除不能のがんを縮小させ手術することもあります。
放射線には、通常の体の外から放射線を照射する外部照射と、手術中にがん病巣に直接照射する術中照射があります。
進行・切除不能のがんにはQOL(生活の質)改善を目的にバイパス手術を行うことがあり、十二指腸の狭窄で食事がとれない人に対し胃と腸をつないだり、黄疸が出ないように胆菅と腸をつないだりします。
痛みの制御にも放射線療法が有効な場合があります。