
大腸がんと診断され、ステージ4で手術の対象にならない場合や、手術後に再発した場合、多くの患者さんは「これからどのような治療が行われるのか」「自分に合った治療法はどれなのか」という疑問を抱えます。
現在の大腸がん治療では、がん細胞の遺伝子の状態を調べ、その結果に基づいて薬を選ぶという考え方が基本になっています。
この記事では、手術ができない進行大腸がんや再発大腸がんに対して実施される遺伝子検査と、薬物治療(化学療法)の全体像について、治療の流れに沿って解説します。
切除不能・再発大腸がんにおける遺伝子検査の重要性
大腸がんの治療において、2025年現在、がん細胞の遺伝子変異を調べることは治療方針を決めるうえで欠かせない手続きとなっています。特に、抗EGFR抗体薬と呼ばれる分子標的薬を使用する際には、遺伝子検査の結果が治療の効果を大きく左右します。
遺伝子検査によって調べる項目を「バイオマーカー」と呼びます。バイオマーカーとは、がん細胞が持つ特定の遺伝子変異やタンパク質の状態を指し、これを調べることで「この薬が効きやすいか、効きにくいか」を事前に予測できるようになります。
RAS遺伝子変異検査
大腸がん治療において最も重要な遺伝子検査の一つが、RAS遺伝子変異の検査です。RAS遺伝子には複数の種類があり、具体的にはKRAS遺伝子のエクソン2、3、4とNRAS遺伝子のエクソン2、3、4の変異を調べます。
この検査が重要な理由は、抗EGFR抗体薬(ベクティビックス、アービタックスなど)がRAS遺伝子に変異がある患者さんには効果を示さないことが明らかになっているためです。複数の臨床試験の結果、RAS遺伝子に変異を持つ患者さんでは、抗EGFR抗体薬を使用しても腫瘍の縮小効果、無増悪生存期間、全生存期間のいずれにおいても改善が認められませんでした。
日本では2015年に、複数のRAS遺伝子変異を同時に検出できる検査キットが保険適用されています。このため、実際の医療現場では、この検査結果に基づいて抗EGFR抗体薬を使用するかどうかを判断する体制が整っています。
RAS遺伝子に変異がない状態を「RAS野生型」と呼び、この場合のみ抗EGFR抗体薬の使用が推奨されます。大腸がん患者さんのうち、約40~50%がRAS野生型に該当するとされています。
BRAF V600E遺伝子変異
BRAF V600E遺伝子変異は、全大腸がんの5~9%程度で検出される遺伝子変異です。この変異が見つかった場合、予後が良くない傾向があることが知られています。また、抗EGFR抗体薬の効果も期待しにくいという特徴があります。
BRAF V600E変異を持つ患者さんに対しては、BRAF阻害薬と分子標的薬を組み合わせた治療法の臨床試験が国際的に行われてきました。しかし、現時点では十分な効果が確認されておらず、標準治療としては確立されていません。この変異が見つかった場合、治療選択肢が限られる可能性があるため、主治医との十分な相談が必要です。
HER2遺伝子変異
HER2遺伝子変異は、HER2タンパク質が過剰に発現している状態を指します。RAS野生型の大腸がんのうち、約5%でこの変異が見られます。
乳がんや胃がんの治療では、HER2陽性の場合にハーセプチン(トラスツズマブ)などのHER2標的薬が使用されますが、大腸がんにおいては2025年現在、保険適用されていません。ただし、ハーセプチンとラパチニブの併用療法を検証した臨床試験では、約30%の症例で腫瘍縮小効果が認められており、今後の治療選択肢として注目されています。
マイクロサテライト不安定性(MSI)検査
マイクロサテライト不安定性(MSI)は、ミスマッチ修復(MMR)遺伝子の機能が失われることで生じる状態です。この状態はMSI検査、またはMMR関連タンパク質の免疫組織化学染色検査によって確認できます。
MSI-H(高度マイクロサテライト不安定性)またはdMMR(ミスマッチ修復機能欠損)の大腸がんに対しては、免疫チェックポイント阻害剤が高い効果を示すことが臨床試験で明らかになっています。
具体的には、キイトルーダ(ペンブロリズマブ)、オプジーボ(ニボルマブ)、ヤーボイ(イピリムマブ)といった免疫チェックポイント阻害剤が、MSI-HまたはdMMRの患者さんに対して承認されています。大腸がん全体ではMSI-Hは約5%程度とされていますが、該当する場合には従来の化学療法とは異なる治療選択肢が広がります。
バイオマーカー検査の実施タイミングと費用
これらの遺伝子検査は、通常、切除不能・再発大腸がんと診断された段階で実施されます。検査には、手術で摘出した腫瘍組織や生検で採取した組織を使用します。検査結果が出るまでには通常1~2週間程度かかります。
RAS遺伝子検査やBRAF検査、MSI検査は保険適用されており、患者さんの自己負担は3割負担の場合で数千円から1万円程度です。これらの検査費用は、治療方針を決める重要な情報を得るための投資として位置づけられています。
一次治療(ファーストライン)の選択肢
切除不能・再発大腸がんの一次治療では、複数の抗がん剤を組み合わせた化学療法が中心となります。使用される薬剤は、フッ化ピリミジン系代謝拮抗薬、オキサリプラチン、イリノテカンといった殺細胞性抗がん剤です。
主な治療レジメン
一次治療で用いられる代表的な治療レジメン(薬剤の組み合わせ)は以下の通りです。
| レジメン名 | 使用薬剤 | 特徴 |
|---|---|---|
| FOLFOX | フッ化ピリミジン系薬剤 + オキサリプラチン | 最も標準的な組み合わせの一つ |
| CapeOX | カペシタビン(経口薬)+ オキサリプラチン | 点滴回数を減らせる利点がある |
| SOX | S-1(経口薬)+ オキサリプラチン | 日本で開発された組み合わせ |
| FOLFIRI | フッ化ピリミジン系薬剤 + イリノテカン | オキサリプラチンが使えない場合の選択肢 |
| IRIS | S-1(経口薬)+ イリノテカン | 経口薬を含む組み合わせ |
分子標的薬の併用
現在の標準的な一次治療では、上記の化学療法に分子標的薬を併用することが推奨されています。併用される分子標的薬には大きく分けて2種類あります。
一つ目は抗VEGF抗体薬のアバスチン(ベバシズマブ)です。アバスチンは腫瘍への血管新生を阻害する薬で、単剤では効果がほとんどないため、必ず化学療法と組み合わせて使用します。
臨床試験では、FOLFOXやCapeOXにアバスチンを併用することで、無増悪生存期間が延長することが示されています。また、FOLFOX+アバスチンとFOLFIRI+アバスチンを比較した試験では、両者の効果に大きな差がないことも確認されています。
SOX+アバスチンについても、FOLFOX+アバスチンに対する全生存期間における非劣性が証明されており、選択肢の一つとなっています。
二つ目は抗EGFR抗体薬で、アービタックス(セツキシマブ)またはベクティビックス(パニツムマブ)があります。これらはRAS野生型の患者さんにのみ使用が推奨される薬剤です。
RAS野生型大腸がんに対する一次治療において、FOLFIRIにアービタックスまたはベクティビックスを併用することで、全生存期間の延長が認められています。アービタックスとベクティビックスは、単剤同士での効果はほぼ同等と考えられています。
抗EGFR抗体薬とアバスチン、どちらを選ぶか
RAS野生型の患者さんの場合、一次治療で抗EGFR抗体薬を使用するか、アバスチンを使用するかは明確な基準が定まっていません。現時点では、患者さんの全身状態、副作用の特徴、治療目標などを総合的に判断して選択することになります。
ただし、近年の研究で、腫瘍の発生部位が治療効果に影響する可能性が指摘されています。左側結腸がんや直腸がんでは、一次治療においてアバスチン併用よりも抗EGFR抗体薬併用の方が予後が良い傾向が示されています。このため、原発部位も治療選択の重要な要素の一つとして考慮されるようになっています。
BRAF変異陽性の場合の選択肢
BRAF V600E遺伝子変異を持つ患者さんの場合、予後が良くない傾向があるため、より強力な治療が検討されることがあります。
FOLFOXIRI(フッ化ピリミジン系薬剤+オキサリプラチン+イリノテカン)にアバスチンを併用する治療法は、BRAF変異陽性の患者さんにおいて生存期間延長効果が大きいという臨床試験の結果があり、選択肢の一つとされています。ただし、複数の抗がん剤を同時に使用するため副作用も強く、患者さんの体力や臓器機能を十分に考慮して選択する必要があります。
二次治療(セカンドライン)の考え方
一次治療を行った後、がんが進行した場合や効果が不十分になった場合には、二次治療へ移行します。二次治療では、一次治療で使用しなかった薬剤を中心に組み立てるのが基本的な考え方です。
薬剤の切り替えパターン
二次治療における薬剤選択の原則は、一次治療で使用した薬剤とは異なる骨格の薬剤を選ぶことです。具体的には以下のようなパターンになります。
- 一次治療でオキサリプラチンベースの治療(FOLFOX、CapeOX、SOXなど)を行った場合→二次治療ではイリノテカンベースの治療(FOLFIRI、IRISなど)
- 一次治療でイリノテカンベースの治療を行った場合→二次治療ではオキサリプラチンベースの治療
アバスチンの継続使用
二次治療において重要な知見の一つは、アバスチンの継続使用の有効性です。一次治療で「化学療法+アバスチン」を投与された患者さんを対象にした臨床試験では、二次治療でも「化学療法+アバスチン」を継続した群が「化学療法単独」群と比較して全生存期間の延長を示しました。
この結果を受けて、一次治療でアバスチンを使用したかどうかにかかわらず、二次治療においてもアバスチンの併用が推奨されています。
新たな血管新生阻害剤の選択肢
二次治療では、アバスチン以外の血管新生阻害剤も選択肢となります。
サイラムザ(ラムシルマブ)は、オキサリプラチンおよびアバスチンによる治療で効果が見られなかった患者さんを対象とした臨床試験で、FOLFIRI単独と比較してFOLFIRI+サイラムザ併用群で全生存期間の延長が認められました。この結果を受けて、サイラムザも二次治療の選択肢として位置づけられています。
アイリーア(アフリベルセプト)も同様に、オキサリプラチンによる治療で効果が見られなかった患者さんを対象とした試験で、FOLFIRI+アイリーア併用群が全生存期間延長を示し、日本でも承認されています。
二次治療における抗EGFR抗体薬の位置づけ
二次治療における抗EGFR抗体薬の有効性については、一次治療ほど明確なデータはありません。
FOLFIRIとFOLFIRI+ベクティビックスを比較した臨床試験では、KRAS野生型患者さんにおいてベクティビックス併用群で無増悪生存期間の延長が見られましたが、全生存期間の延長は確認されませんでした。
ただし、腫瘍縮小率に関しては、FOLFIRI単独が10%であったのに対し、FOLFIRI+ベクティビックス併用群では41%と高い効果を示しました。このため、症状がある部位の腫瘍を短期間で縮小させる必要がある場合など、特定の状況では二次治療でも抗EGFR抗体薬の併用が選択肢となります。
三次治療以降の選択肢
二次治療まででオキサリプラチンとイリノテカンの両方を使用した後、がんが進行した場合には三次治療へ移行します。
RAS野生型の患者さんで、二次治療までに抗EGFR抗体薬を使用していない場合は、三次治療として抗EGFR抗体薬の単剤使用、またはイリノテカンとの併用が推奨されます。複数の臨床試験で、この状況における抗EGFR抗体薬の有効性が示されています。
抗EGFR抗体薬は、一次治療や二次治療で使用していない場合、三次治療以降でも腫瘍縮小効果や生存期間延長効果が期待できる薬剤です。RAS野生型であることが確認されている場合、治療選択肢として必ず検討されるべきものといえます。
救援療法(サルベージライン)
一次治療から三次治療まで、標準的な化学療法を行っても効果が得られなくなった場合、次の治療手段を救援療法(サルベージライン)と呼びます。大腸がんにおいては、この段階で使用できる薬剤として、スチバーガ(レゴラフェニブ)とロンサーフ(TAS-102)があります。
スチバーガ(レゴラフェニブ)
スチバーガは経口マルチキナーゼ阻害剤と呼ばれるタイプの分子標的薬です。複数の腫瘍増殖に関わる酵素を同時に阻害することで、がん細胞の増殖を抑えます。
標準化学療法に効果が見られなくなった大腸がん患者さんを対象とした臨床試験では、プラセボ(偽薬)と比較してスチバーガが全生存期間を延長することが示されました。この結果を受けて、救援療法の選択肢として承認されています。
スチバーガは1日1回、21日間服用し、7日間休薬するというサイクルで使用します。主な副作用として、手足症候群(手のひらや足の裏の皮膚障害)、高血圧、疲労感などが報告されています。
ロンサーフ(TAS-102)
ロンサーフはヌクレオシド系の経口抗がん剤で、2つの有効成分(トリフルリジンとチピラシル)を組み合わせた薬剤です。トリフルリジンがDNAに取り込まれることでがん細胞の増殖を抑え、チピラシルがトリフルリジンの分解を抑えて効果を持続させます。
スチバーガと同様に、標準化学療法に効果が見られなくなった患者さんを対象とした試験で、プラセボと比較して全生存期間の延長が確認され、承認されています。
ロンサーフは1日2回、5日間服用し、2日間休薬するというサイクルを2週間繰り返し、その後7日間休薬します。主な副作用は骨髄抑制(白血球減少、好中球減少、貧血など)、吐き気、食欲不振などです。
スチバーガとロンサーフの使い分け
スチバーガとロンサーフのどちらを先に使用すべきかについては、両者を直接比較した臨床試験がないため、明確な答えは出ていません。現時点では、患者さんの全身状態、臓器機能、これまでの治療で経験した副作用の種類、患者さん自身の希望などを考慮して選択することになります。
| 薬剤名 | 投与方法 | 主な副作用 | 選択のポイント |
|---|---|---|---|
| スチバーガ | 経口・1日1回 | 手足症候群、高血圧、疲労感 | 骨髄機能が保たれている場合 |
| ロンサーフ | 経口・1日2回 | 骨髄抑制、吐き気、食欲不振 | 手足症候群を避けたい場合 |
治療選択における判断のポイント
切除不能・再発大腸がんの治療は、複数の治療ラインを経て進められます。各段階での治療選択は、以下のような要素を総合的に判断して決定されます。
遺伝子検査結果の重要性
RAS遺伝子やBRAF遺伝子、MSI検査の結果は、使用できる薬剤と使用できない薬剤を明確に区別します。特にRAS遺伝子が野生型であるかどうかは、抗EGFR抗体薬という有力な治療選択肢が使えるかどうかを左右する重要な情報です。
腫瘍の発生部位
近年の研究で、大腸がんの原発部位(右側結腸か左側結腸・直腸か)が治療効果に影響することが分かってきています。左側結腸がんや直腸がんでは抗EGFR抗体薬の効果が高い傾向があり、治療選択の一つの判断材料となっています。
治療目標の明確化
腫瘍を縮小させて症状を緩和することが目標なのか、できるだけ長く病状を安定させることが目標なのかによって、選択する治療レジメンが変わることがあります。主治医との十分な話し合いを通じて、治療の目標を明確にすることが大切です。
副作用と生活の質のバランス
それぞれの薬剤には特有の副作用があります。手足症候群、末梢神経障害、下痢、骨髄抑制など、副作用の種類によっては日常生活への影響が異なります。患者さん自身の生活スタイルや価値観を考慮して、許容できる副作用と避けたい副作用を主治医に伝えることも重要です。
治療効果の評価と次の治療への移行
大腸がんの薬物治療では、通常2~3か月ごとにCT検査などで治療効果を評価します。腫瘍が縮小している場合や病状が安定している場合は同じ治療を継続し、がんが進行している場合は次の治療ラインへ移行することになります。
治療効果の判定には、腫瘍マーカー(CEA、CA19-9など)の数値も参考にされますが、最終的な判断は画像検査の結果に基づいて行われます。腫瘍マーカーが上昇していても画像上でがんの進行が確認されない場合は、治療を継続することもあります。
臨床試験という選択肢
標準治療に加えて、臨床試験(治験)も治療選択肢の一つです。臨床試験では、新しい薬剤や既存の薬剤の新しい組み合わせが試されており、標準治療で効果が得られなくなった場合でも参加できる試験があります。
臨床試験への参加を希望する場合は、主治医に相談するか、国立がん研究センターや各地のがん診療連携拠点病院のがん相談支援センターで情報を得ることができます。
まとめ
手術できない・再発大腸がんの治療は、遺伝子検査の結果に基づいて個別化された薬物治療が行われます。RAS遺伝子検査をはじめとするバイオマーカー検査は、どの薬剤が効果を期待できるかを予測する重要な情報源です。
一次治療から救援療法まで、複数の治療ラインが用意されており、各段階で複数の選択肢があります。治療選択にあたっては、遺伝子検査の結果、腫瘍の発生部位、患者さんの全身状態、副作用の特徴、治療目標などを総合的に考慮することが重要です。
この記事で解説した情報が、患者さんやご家族が治療方針について主治医と話し合う際の参考となれば幸いです。
参考文献・出典情報
6. 日本癌治療学会学術誌
9. 厚生労働省 医療保険制度

