
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
大腸がんが進行した際に起こる「腹膜播種」や「腹膜転移」という状態について、患者さんやご家族から多くの質問をいただきます。
この記事では、腹膜播種がどのように発生するのか、その原因や進行速度、予後(余命や生存率)、そして現在行われている治療手段について、最新の医学的知見をもとに詳しく解説します。
大腸がんにおける腹膜播種・腹膜転移とは
「播種(はしゅ)」という言葉は、もともと「種をまく」という意味を持ちます。医学用語としては、がん細胞が種をまくように広がっていく状態を指します。
大腸がんが大腸の壁の中で成長を続けると、がん細胞は次第に壁の深い層へと浸潤していきます。大腸の壁は複数の層から構成されていますが、がんが最も外側の層である漿膜(しょうまく)を越えて壁を突き破ると、大腸の外側の空間、つまり腹腔(ふくくう)へとがん細胞が露出することになります。
この段階になると、がん細胞が腹腔内にこぼれ落ち、腹腔内で増殖を始める可能性が生じます。腹腔内には胃、腸、肝臓、膵臓、脾臓といった多くの臓器が存在し、これらの臓器は「腹膜」と呼ばれる薄い膜に覆われた状態で配置されています。
こぼれ落ちたがん細胞が腹膜の表面に付着して増殖すると、腹膜全体にがん細胞が散らばり、小さな結節(しこり)を形成したり、腹膜の表面から液体(腹水)が分泌されたりするようになります。
この状態を「腹膜播種」または「がん性腹膜炎」と呼びます。腹膜播種は腹膜への転移の一形態であり、「腹膜転移」という用語と同義で使われることもあります。
腹膜播種が引き起こす身体への影響
腹膜に転移したがん細胞が増殖して大きくなると、さまざまな症状が現れます。
腹膜に形成されたがんの結節が腸管を外側から圧迫すると、食べ物や便の通過が妨げられ、腸閉塞の状態に近づきます。また、腹膜播種によって腹膜から分泌される液体(腹水)が腹腔内に蓄積すると、腹部の膨満感や圧迫感が生じ、呼吸が苦しくなることもあります。
腹水は通常、腹膜から少量ずつ分泌され、同時に吸収されることでバランスが保たれています。しかし、がん性腹膜炎の状態では分泌量が増加する一方で吸収能力が低下するため、腹水が貯留しやすくなります。
大腸がんの腹膜播種の原因とメカニズム
大腸がんから腹膜播種が発生する主な原因は、がんの壁深達度が深いことです。つまり、がんが大腸壁の深い層まで浸潤し、最終的に壁を貫通することが直接的な原因となります。
大腸壁の構造は内側から粘膜層、粘膜下層、固有筋層、漿膜下層、漿膜という順に層を成しています。がんが漿膜に達し、さらにこれを突き破って腹腔側に露出すると、がん細胞が腹腔内に遊離する可能性が高まります。
遊離したがん細胞は腹腔内を循環する腹水の流れに乗って移動し、腹膜の表面に付着します。付着したがん細胞が生存に成功すると、その場所で増殖を開始し、腹膜播種の病巣を形成します。
腹膜播種を起こしやすい大腸がんの特徴
すべての大腸がんが腹膜播種を起こすわけではありません。腹膜播種のリスクが高いがんには、以下のような特徴があります。
| 特徴 | 説明 |
|---|---|
| 壁深達度が深い | がんがT4段階(漿膜浸潤または他臓器浸潤)に達している場合 |
| 分化度が低い | 低分化腺がんや未分化がんなど、悪性度が高い組織型 |
| 腫瘍の穿孔 | がんによって腸管に穴が開いた状態 |
| リンパ節転移が多い | 広範囲のリンパ節転移がある進行がん |
腹膜播種・腹膜転移の進行速度
腹膜播種の進行速度は個人差が大きく、がんの悪性度や患者さんの体の状態によって異なります。一般的には、腹膜播種が確認された時点で、がんはかなり進行した段階にあると考えられます。
腹膜播種の初期段階では、播種の病巣は小さく、症状もほとんど現れません。この段階では画像検査でも発見が困難なことが多く、手術中に偶然発見されることもあります。
しかし、腹膜播種が進行すると、播種の病巣が大きくなり、数も増えていきます。この過程で腹水の貯留が始まり、腹部膨満感などの症状が現れるようになります。
進行速度の目安としては、腹膜播種が確認されてから症状が顕著になるまでの期間は、数か月から1年程度と報告されることが多いですが、これはあくまで平均的な傾向であり、個々のケースでは大きく異なります。
腹膜播種の進行に伴う症状の変化
腹膜播種が進行するにつれて、以下のような症状が段階的に現れることがあります。
| 進行段階 | 主な症状 |
|---|---|
| 初期 | 無症状、または軽度の腹部不快感 |
| 中期 | 腹部膨満感、食欲低下、便秘または下痢 |
| 進行期 | 著明な腹水貯留、腹痛、嘔吐、体重減少 |
| 末期 | 腸閉塞、経口摂取困難、全身衰弱 |
腹膜播種・腹膜転移の症状
腹膜播種は、初期段階では自覚症状がほとんどありません。しかし、播種が進行するにつれて、さまざまな症状が現れるようになります。
最も特徴的な症状は腹部の膨満感です。これは腹膜から分泌される腹水が腹腔内に貯留することによって生じます。腹水が増えると、腹部が張って硬くなり、外見上もお腹が膨らんで見えるようになります。
腹水が大量に貯留すると、横隔膜が押し上げられて呼吸が浅くなり、息苦しさを感じることもあります。また、胃が圧迫されて食欲が低下し、少量の食事でも満腹感を感じるようになります。
腹膜播種の病巣が腸管を圧迫すると、腸の内腔が狭くなり、便秘や腹痛が生じます。さらに進行すると、腸管の狭窄や閉塞が起こり、食事がとれなくなったり、嘔吐を繰り返したりするようになります。
腸閉塞の状態が続くと、経口からの栄養摂取が困難になり、体重減少や全身の衰弱が進行します。
大腸がんの腹膜播種・腹膜転移の診断方法
腹膜播種の診断は、画像検査と細胞診によって行われます。
画像検査による診断
CT検査やMRI検査は、腹膜播種の診断に広く用いられています。これらの検査では、腹膜の肥厚や結節状の病変、腹水の貯留などを確認することができます。
しかし、腹膜播種の病巣が小さい場合、特に数ミリメートル以下の微小な病変は、CTやMRIでも検出が困難なことがあります。このため、画像検査で異常が見つからなくても、腹膜播種が存在する可能性を完全には否定できません。
超音波検査(エコー検査)も腹水の有無を確認するために用いられます。超音波検査は簡便に実施でき、腹水の量を評価するのに適しています。
腹水細胞診
腹水が貯留している場合、腹腔に針を刺して腹水を採取し、腹水中にがん細胞が含まれているかどうかを顕微鏡で調べます。これを腹水細胞診といいます。
腹水中にがん細胞が検出されれば、腹膜播種の診断が確定します。ただし、腹水細胞診でがん細胞が検出されない場合でも、腹膜播種が存在する可能性は残ります。これは、腹水中のがん細胞の数が少ない場合や、採取した腹水のサンプルにたまたまがん細胞が含まれていなかった場合などが考えられます。
腹腔鏡検査
より確実な診断のために、腹腔鏡検査が行われることもあります。腹腔鏡検査では、小さな切開から腹腔内にカメラを挿入し、腹膜の表面を直接観察します。
腹膜播種の病巣を直接目で確認できるため、診断の精度が高まります。また、必要に応じて病巣の一部を採取して病理検査を行うこともできます。
腹膜播種・腹膜転移がある場合の余命と生存率
腹膜播種がある大腸がん患者さんの予後は、一般的に厳しいものとされています。ただし、治療法の進歩により、以前と比べて生存期間の延長が見られるようになってきています。
生存率のデータ
大腸がんで腹膜播種がある場合、従来の治療法では生存期間中央値(50%の患者さんが生存している期間)は約6か月から12か月程度とされてきました。
しかし、近年の化学療法の進歩により、生存期間は延長傾向にあります。現在の標準的な化学療法を適切に実施した場合、生存期間中央値は12か月から24か月程度まで改善されているという報告もあります。
さらに、腹膜播種に対する特殊な治療法として、腹膜切除術と腹腔内温熱化学療法(HIPEC)を組み合わせた治療を行える限られた症例では、5年生存率が30%から40%程度まで向上するという報告もあります。
予後に影響する因子
腹膜播種がある大腸がん患者さんの予後は、以下のような因子によって影響を受けます。
| 因子 | 予後への影響 |
|---|---|
| 腹膜播種の範囲 | 播種の範囲が限局的な場合は予後が良好 |
| 腹水の量 | 大量の腹水貯留は予後不良の指標 |
| 他臓器転移の有無 | 肝転移や肺転移の併存は予後を悪化させる |
| 全身状態 | 良好な全身状態(PS 0-1)は予後良好と関連 |
| 化学療法の反応性 | 化学療法が効果的である場合は予後改善 |
大腸がんの腹膜播種・腹膜転移に対する治療手段
腹膜播種がある大腸がんの治療は、播種の範囲や患者さんの全身状態、他の転移の有無などを総合的に評価して決定されます。
全身化学療法(薬物療法)
腹膜播種がある大腸がん患者さんに対する基本的な治療手段は、全身化学療法です。化学療法は、抗がん剤を使用してがん細胞の増殖を抑え、症状の進行を遅らせることを目的としています。
大腸がんに対する標準的な化学療法レジメン(薬剤の組み合わせと投与方法)には、以下のようなものがあります。
| レジメン名 | 使用される薬剤 |
|---|---|
| FOLFOX | フルオロウラシル、レボホリナート、オキサリプラチン |
| FOLFIRI | フルオロウラシル、レボホリナート、イリノテカン |
| CAPOX | カペシタビン、オキサリプラチン |
これらの化学療法に加えて、分子標的薬と呼ばれる薬剤を併用することもあります。分子標的薬には、ベバシズマブ(アバスチン)、セツキシマブ(アービタックス)、パニツムマブ(ベクティビックス)、ラムシルマブ(サイラムザ)などがあり、患者さんのがんの遺伝子変異の状態に応じて選択されます。
化学療法の効果が見られれば、がんの増殖が抑制され、腹水の減少や症状の改善が期待できます。また、生存期間の延長にもつながります。
外科的切除術
腹膜播種が一か所または限られた範囲に限局している場合、外科的な切除が検討されることがあります。
ただし、腹膜播種は通常、腹腔内の複数の場所に散在していることが多いため、完全な切除が可能なケースは限られています。切除が可能と判断される場合でも、術前に化学療法を行ってがんを縮小させてから手術を行う、という戦略がとられることもあります。
腹膜切除術と腹腔内温熱化学療法(HIPEC)
腹膜播種に対する特殊な治療法として、腹膜切除術(CRS: Cytoreductive Surgery)と腹腔内温熱化学療法(HIPEC: Hyperthermic Intraperitoneal Chemotherapy)を組み合わせた治療があります。
この治療法では、まず手術によって可能な限り腹膜播種の病巣を切除します。その後、温めた化学療法薬を腹腔内に直接循環させることで、残存するがん細胞を攻撃します。
この治療法は高度な技術を要し、限られた施設でのみ実施されています。また、適応となる患者さんも、腹膜播種の範囲が比較的限定的であること、他の臓器への転移がないこと、全身状態が良好であることなど、厳しい条件を満たす必要があります。
適応条件を満たす患者さんに対してこの治療を行った場合、従来の治療法と比べて生存期間が延長される可能性が報告されています。
症状緩和のための治療
腹膜播種による腸閉塞や腹水貯留などの症状が強い場合、症状を和らげるための治療が行われます。
腸閉塞に対しては、腸管のバイパス手術や人工肛門(ストーマ)の造設手術が検討されることがあります。これらの手術は、食事の摂取を可能にし、嘔吐や腹痛などの症状を軽減することを目的としています。
大量の腹水が貯留している場合は、腹腔穿刺によって腹水を排出する処置が行われます。ただし、腹水は再び貯留する傾向があるため、繰り返し穿刺が必要になることもあります。
腹水の管理には、利尿薬の投与も併用されることがあります。また、腹腔・静脈シャント(デンバーシャント)という装置を留置して、貯留した腹水を持続的に静脈に還流させる方法もあります。
支持療法と緩和ケア
腹膜播種が進行した段階では、抗がん治療と並行して、または抗がん治療に代わって、支持療法や緩和ケアが重要な役割を果たします。
支持療法は、治療に伴う副作用を軽減し、患者さんの体力や生活の質を維持することを目的としています。栄養管理、疼痛管理、感染予防などが含まれます。
緩和ケアは、がんによる身体的な苦痛だけでなく、精神的、社会的、スピリチュアルな苦痛も含めて、患者さんとご家族の生活の質を向上させることを目指します。
腹膜播種・腹膜転移と向き合うために
腹膜播種は大腸がんが進行した状態であり、治療は困難を伴います。しかし、適切な治療と支持療法を組み合わせることで、症状を緩和し、生活の質を保ちながら可能な限り長く過ごすことができる可能性があります。
治療方針を決定する際には、担当医から治療の目的、期待される効果、起こりうる副作用や合併症について十分な説明を受けることが重要です。また、患者さん自身の希望や価値観を医療チームに伝え、共に最善の治療計画を立てていくことが大切です。

