乳がんでは手術前や手術後、あるは進行時に手術ができない場合などにおいて、化学療法(薬をつかった治療)が行われます。
乳がんで使われる薬には、分子標的薬(ハーセプチンなど)、ホルモン薬、そして抗がん剤があります。このうち、もっとも副作用がでやすいのが抗がん剤です。抗がん剤の種類によりさまざまな副作用がありますが、それぞれに対して有効な予防法や対処法があります。また、副作用の出かたや程度には個人差があります。
抗がん剤の主な副作用としては、吐き気・嘔吐や脱毛、白血球減少などがあります。これは、抗がん剤が増殖の盛んな細胞を攻撃するため、正常細胞の中でも増殖の盛んな細胞、例えば消化管や髪の毛の細胞、白血球を作っている骨髄が攻撃された結果、起きる副作用です。
ただし、副作用ががんに対する効果のバロメーターになるわけではなく、「副作用が出なかったから、がんに対する効果もなかった」とか「副作用が強かったから効果もある」と一様にいえるわけではありません。
吐き気・嘔吐
吐き気(むかむか)・嘔吐(吐くこと)は、消化管粘膜や嘔吐に関係する脳の一部が刺激されるために起こります。坑がん剤を使用した直後から24時間以内に現れる急性の症状のほか、24時間から1週間ほどの間に起こる遅延性の症状、精神的なものが原因となって起こる症状(薬を用いることが心配になり予測して吐き気や嘔吐が起きること)があります。
吐き気や嘔吐は、すべての抗がん剤で起こるわけではなく、症状の強さは抗がん剤の種類により異なります。吐き気・嘔吐の対策としては、抗がん剤の症状の強さに応じて、吐き気止めの薬が用いられます。アドリアマイシン(アドリアシン)、エピルビシン(ファルモルビシン)、シクロホスファミド(エンドキサン)など、比較的吐き気の強い抗がん剤を使用する場合は、抗がん剤の点滴の前に予防的に吐き気止めの注射をします。
また、家に帰ってからの吐き気・嘔吐に対して、5HT3受容体拮抗薬、副腎皮質ステロイドホルモンが吐き気止めとして処方されることがありますので、内服の方法を医療者と相談して症状にあわせて使用しましょう。1つの薬に効果がなくても、別の薬が効く場合もありますので、吐き気が治まらない場合は医師に相談しましょう。
好中球減少・貧血・出血
抗がん剤の影響により、骨髄(血液を細胞を造っているところ)が影響を受け、血液の中の白血球、赤血球、血小板が低下します。
白血球の中の好中球は病原菌と闘う役割がありますので、これが減少すると、病原菌に十分抵抗できず、肺炎などの感染症を起こすことがあります。しかし、実際に感染症を起こすことはまれで、感染症が起きたとき(発熱など)は、抗菌薬などで対処します。
好中球が減少しただけでは、特に何か症状があるわけではないので、それほど神経質になる必要はありません。「白血球が減って、免疫力が下がる」という説明を聞いて、「免疫力を高くする代替療法をやらなくてはいけない」と思う人もいるようですが、その必要はありません。
好中球は一般に、抗がん剤使用後7~10日で減少しはじめ、10~14日くらいで最低値となり、3週間ほどで回復します。この間の日常生活では手洗いやうがいをする、人が集まる場所はなるべく避けるなど、少し気をつける必要があります。好中球が減少しすぎた場合や回復しない場合は、好中球を増やす薬(G-CSFなど)を使用することもあります。
また、赤血球が減少し貧血になったり、血小板が減少して出血しやすくなることもあります。これらの症状が強い場合は輸血をすることもあります。38度以上の発熱や出血があるときは医療機関に連絡しましょう。
脱毛
毛髪を作る細胞は盛んに活動しているため、抗がん剤による影響を受けやすく、脱毛が生じることがあります。脱毛は治療を開始して2、3週間後くらいから始まります。眉毛、まつ毛や体毛が抜けることもあります。髪の毛が長い人は、短くしておくことが事前の準備としてはポイントになります。
脱毛を予防する有効な手段がないので、かつら(ウィッグ)、バンダナ、帽子などの使用で対処することになります。髪の毛付きのバンダナや帽子、伸縮性のあるバンダナなど、手軽で便利なものもありますので、これらを利用するのがよいでしょう。髪の毛は治療が終わるとすぐに生えてきて、元どおりになります。
心臓への影響
アンスラサイクりン系薬剤(アドリアマイシン、エピルビシン)には心臓に対する副作用があり、心臓がドキドキしたり、息苦しくなったり、からだにむくみが出ることがあります。薬の使用量が増えるほど症状が出現することが多いといわれています。
分子標的薬であるトラスツズマブ(ハーセプチン)も100人に2~4人程度の割合で、心臓に悪い影響を与えることがあります。心臓がドキドキしたり、息苦しくなったりしたときは、医療機関に連絡しましょう。
神経への影響
タキサン系薬剤「パクリタキセル(タキソール)、ドセタキセル(タキソテール)」には末梢神経に対する副作用があり、手や足のしびれ、ピリピり感、刺すような痛み、感覚が鈍くなったりすることがあります。薬の使用量が増えるほど症状が出現することが多くなります(一般に症状はパクリタキセルに比べてドセタキセルのほうが軽度です)。
治療にはビタミンB剤やグルタミン漢方薬などが試みられていますが、確実な効果とはいえません。しびれの症状は半年くらいで気にならなくなる場合も多いようです。しかし、症状が強く出た場合は、お箸や包丁が持ちにくくなったり、歩くときに足が十分上がらず敷居につまづいたりすることがあるので、気をつけましょう。
関節や筋肉の症状
タキサン系薬剤で関節の痛み・筋肉の痛みが現れることがあります。ほとんどは一時的で1週間以内に回復しますが、消炎鎮痛薬、漢方薬などが処方されることがあります。
浮腫(むくみ)
ドセタキセルの投与を重ねていくと、手足や顔にむくみが生じることがあります。予防のために副腎皮質ステロイドホルモンが使われます。むくみには、利尿薬の投与が行われることがあります。急にむくみが出たときは、医療機関に連絡しましょう。
アレルギー(過敏症)
タキサン系薬剤はアレルギー症状を起こすことが知られています。アレルギ一症状は点滴開始直後(10分以内)に起こることがあります。パクリタキセルの注射前にステロイド、ヒスタミンH1、H2受容体拮抗薬を注射します。
手足症候群
フルオロウラシル系の薬剤「フルオロウラシル(5-FU)、カペシタビン(ゼローダ)、テガフール・ギメラシル・オテラシル(ティーエスワン)など」の副作用には、手のひらや足の裏の刺すような痛み、手足の感覚が鈍くなったり、腫れ、発赤、発疹、皮膚の乾燥やかゆみ、変色などの症状が現れる手足症候群があります。
症状が軽い場合は、保湿クリームやステロイド外用薬を塗ることにより改善します。中等症以上では、抗がん剤の量を減らしたり中止することもあります。
口内炎
抗がん剤が口の中の粘膜にダメージを与え、口の中がヒリヒリする症状が出ることがあります。感染を予防するために、歯みがきやうがいで口腔内を清潔に保ちましょう。
うがいは口腔内全体の清潔を保つのに有効で、起床時、毎食後、就寝時の1日7~8回以上行うのがよいでしょう。抗がん剤治療前に歯科受診をして、虫歯・歯周病の治療や歯石除去などをしてもらうと口内炎予防により効果的です。
下痢
抗がん剤が腸の粘膜にダメージを与え、下痢を起こすことがあります。重症の場合は整腸剤や下痢止めを使用します。
倦怠感(だるさ)
抗がん剤投与後2~3日目に、全身のだるさが出現することがあります。だるいときには無理をして体を動かさず、しばらく横になるなどして安静に努めましょう。
血管炎
アンスラサイクリン系薬剤、ビノレルビン(ナベルビン)は血管の炎症を起こしやすく、血管痛(血管に沿った痛み)が起きることがあります。抗がん剤注射当日は温め、翌日は冷やすとよいといわれています。
抗がん剤の注射や点滴中に注射部位の皮膚に抗がん剤が漏れると、皮膚がただれたり、潰瘍になってしまうことがあります。点滴中に注射をしている部位に痛みがあったり、針の周囲がふくらんできたりしたときは、すぐに看護師に連絡しましょう。ステロイド注射などの処置が必要となります。
爪の異常
爪が黒くなったり、爪が割れやすくなったりすることがあります。爪の変色が気になる場合は、マニキュアでカバーしても構いません。ただし、割れたり剥がれたりして症状がひどい場合には、医療者に相談しましょう。
味覚の障害
苦味を強く感じたり、金属味を感じたり、味に敏感になったり鈍感になったりすることがあります。亜鉛製剤の使用で改善することがあります。
肝機能の障害
血液中のAST、ALT、ALP、ビリルビン値が上昇することがあります。これらは、肝臓の細胞が障害を受けていることの指標になります。障害の程度が大きい場合は、抗がん剤の量を減らしたり、中止したりします。
分子標的薬トラスツズマブ(ハーセプチン)の副作用
初回治療時に発熱・悪寒が生じることがありますが、非ステロイド系消炎鎮痛薬投与で改善します。心臓に対する副作用があるので、定期的に心臓超音波検査など心臓の検査が必要となります。
不妊(卵巣機能の障害,閉経)
抗がん剤が卵巣に障害を与え、閉経状態になることがあります。閉経になる確率は治療開始時の年齢と抗がん剤の治療内容により変わります。治療開始時の年齢が40歳以上の場合は閉経になるリスクは高まります。また、いったん閉経状態になった場合、特に40歳以上の方の場合はそのまま閉経となる可能性が高いようです。
抗がん剤以外の副作用
制吐薬(5HT3受容体括抗薬など)による便秘があります。抗がん剤の点滴前に制吐薬を点滴することがありますが、これにより便秘が起こることがあるのです。緩下剤で対処できるケースが多いので、便秘が起きたら担当医に相談しましょう。