小細胞肺がんは肺がん全体の10~15%を占めます。2016年の年間肺がん死亡者数は男性で約52,000人、女性で約21,000人、合計で73,828人です。
小細胞肺がんの発生頻度は加齢とともに増加し、性別で5:1で男性に多くほとんどが喫煙者に発症します。
小細胞肺がんはリンパ節を巻き込んだ腫瘤形成や、気管支や血管の長軸に沿った進展傾向を示す。
小細胞肺がんは腫瘍の増殖速度が速く遠隔転移の頻度が高いことが知られており、主要随伴症候群の頻度が高いことなどの特徴があります。
その一方で、化学療法や放射線療法に対する感受性が高く、非小細胞肺がんとは、治療の進め方が異なります。
小細胞肺がんの病期分類としては、1969年の分類がその後も広く用いられています。
病巣が一側胸郭に存在し、同側肺門リンパ節、両側縦隔リンパ節、両側鎖骨上窩リンパ節転移までに限られ、悪性胸水や心嚢水を有さないのが「限局型(LD)」と分類され、それを超える範囲になると「進展型(ED)」と定義されます。
小細胞肺がんで最も重要な予後因子は、病期(LDかEDか)とパフォーマンスステータス(PS)です。それ以外にも年齢、依存症、LDH値、ALP値、転移部位などが予後に関連することが指摘されています。
※パフォーマンスステータス(PS)とは?
0:まったく問題なく活動できる。発症前と同じ日常生活が制限なく行える。
1:肉体的に激しい活動は制限されるが、歩行可能で、軽作業や座っての作業は行うことができる。例:軽い家事、事務作業
2:歩行可能で、自分の身のまわりのことはすべて可能だが、作業はできない。日中の50%以上はベッド外で過ごす。
3:限られた自分の身のまわりのことしかできない。日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす。
4:まったく動けない。自分の身のまわりのことはまったくできない。完全にベッドか椅子で過ごす。
小細胞肺がん治療のこれまでの歴史
第二次世界大戦後からしばらくのあいだ、小細胞肺がんを含め腫瘍全般に対しては「手術」がその治療のほとんどを担っていました。「腫瘍があれば広く切る」という手段です。
1969年に報告された英国の比較試験では、手術適応とされた小細胞肺がんを対象として、手術での5年生存率が1%であったのに対して、放射線治療を行った場合の5年生存率は4%でした。(放射線が手術を上回る)
また、化学療法(抗がん剤など薬剤をつかった治療)としてCPA(シクロフォスファミド)の3サイクルとBSC(ベストサポーティブケア。緩和医療のみ)との比較試験が実施され、生存期間中央値は化学療法群で8カ月、BSC群で4ヶ月と化学療法の有用性も示されました。
その後、化学療法としてはCPA、DXR(ドキソルビシン)、VCR(ビンクリスチン)の3剤併用療法(CAV療法)が開発され、放射線治療についても主に限局型小細胞肺がんを中心に化学放射線療法の知見が積みかさねられるようになりました。
限局型(LD)小細胞肺がんに対する治療
小細胞肺がんにおいて、1960年代に放射線治療が手術を上回る成績を示したことから、手術の役割が否定的になってきました。
しかしその後、完全切除された(根治手術後の)小細胞肺がんを対象に術後化学療法の有用性が検討され、病期1期については手術後にETP(エトポシド)とCDDP(シスプラチン)の併用療法(EP療法)を加えることで、5年生存率66%という数字が得られました。
いっぽうで限局型でもリンパ節転移の状況により予後が異なり、病期3a期については5年生存率13%と不良な結果に終わりました。
これらの所見から、病期1期の末梢型肺がんは手術で小細胞肺がんと確定された症例を中心に術後に化学療法が行われるようになりました。
それ以外の小細胞肺がんでは手術は標準治療になっていません。EP療法を上回る成績の術後化学療法の手段は開発されておらず、生存期間の延長を期待してCPT-11(イリノテカン)とCDDPの併用療法とEP療法の比較試験などが続けられています。
小細胞肺がんに対する化学放射線療法(抗がん剤+放射線)
限局型の小細胞肺がんを対象とした化学放射線療法と化学療法単独の比較試験では、死亡の相対リスク比は0.86、3年生存率が改善し(14.3%、8.9%)胸部放射線を併用することで生存期間が延長することが示されました。
放射線と化学療法の併用時期については、早期同時併用、後期同時併用、交替併用、逐次併用などが試みられてきました。
化学療法としてEP療法を実施し、放射線療法を早期同時併用と逐次併用を比較した試験では、生存期間(中央値:27ヶ月、20ヶ月)、5年生存率(24%、18%)ともに早期同時併用のほうが良好であることが分かりました。
放射線の実施方法については、45Gy/30分割、1日2回照射(AH-TRTというやり方)と、45gy/25分割、1日1回照射との比較試験が行われました。
AH-TRT群で食道炎の頻度が高かったものの、生存期間(中央値:23ヶ月、19ヶ月)、5年生存率(26%、16%)ともにAH-TRT群が上回りました。
化学療法のレジメン(抗がん剤の組み合わせや計画のこと)については、進展型小細胞肺がんの知見に基づき、EP療法を用いた化学放射線療法後にIP療法(イリノテカン+シスプラチン)に変更する群とEP療法を継続する群の比較試験が行われましたが、生存期間の延長は得られませんでした。
これらの臨床試験の結果などにより、現時点(2018年~2019年時点)での標準治療はEP療法とAH-TRTの早期同時併用が行われています。
いっぽうでPS(パフォーマンスステータス)不良、病変の範囲が広いなどの理由で標準治療の実施が困難な患者さんにおいては、化学療法を先行させ、放射線を後期同時併用もしくは逐次使用することもしばしば行われます。
進展型の小細胞肺がんに対する治療
1.初回化学療法
まず、過去の歴史を紐解くと、進展型小細胞肺がんを対象とした、CPA(シクロフォスファミド)とBSC(ベストサポーティブケア。緩和医療のみ)との比較試験が1969年に報告され、CPAを実施した場合に生存期間が約2倍に延長されることが示されました。
その後、CPAを含む併用化学療法、特にCAV療法が広く用いられるようになり、1980年代に入るとEP療法など併用療法の意義が検証されました。
CAV療法を標準として、EP療法、CAV/EP交替療法の3群比較試験では、奏効率、生存期間ともに有意差が認められなかったものの、有害事象(副作用)の面ではEP療法が軽微で優れていました。
アメリカの試験でも同様の結果がえられ、EP療法がその後の標準治療とされました。
次にPSが0~2、70歳以下の患者さんを対象としてIP療法とEP療法の比較試験が実施され、生存期間(中央値:12.8ヶ月、9.4ヶ月)、2年生存率(19.5%、5.2%)とIP療法が良好でした。
その後に欧米で行われた同じ試験では、日本の試験のような差はみられませんでしたが、生存期間でCPT-11(イリノテカン)とプラチナ製剤の併用が、ETP(エトポシド)とプラチナ製残の併用より優れていたことが分かりました。
これらいくつかの臨床試験の結果から、現在(2018年~2019年時点)の進展型小細胞肺がんにおける標準治療は日本ではIP療法、欧米ではEP療法となっています。
2.高用量の化学療法について
高用量の化学療法(大量の抗がん剤を投与する手段)は、骨髄移植の併用も含め、限局型、進展型のいずれにも試みられてきましたが、ほとんどの試験で奏功割合の向上がみられるものの、延命効果は得られず、毒性による副作用がより重篤に生じる結果になりました。
また、時間単位の薬剤投与量を増やすことで治療効果を向上させようとする試みも進展型小細胞肺がんにおいて行われましたが、通常の投与と比べて大きな効果は得られない、ということが分かっています。
3.治療期間の変更や、維持療法
初回化学療法において、CPAを中心とした併用療法では8サイクルや12サイクルなどの治療期間延長について検討されてきたが、生存に寄与するという結果は得られませんでした。
プラチナ製剤を中心とした併用療法では、4~6サイクルの治療が最も効果的かつ有害事象(副作用)が抑えられるということが分かっており、初回化学療法はプラチナ製剤併用療法を4~6サイクル(多くの場合は4サイクル)実施することに落ち着いています。
いっぽう、維持療法(縮小よりも現状維持、進行しないことに主眼を置いた手段)については、IP療法後にCPT-11を最大6サイクル維持療法として継続する群と、経過観察する群のランダム化試験が行われたが、有意差はえられませんでした。
2018年時点では免疫チェックポイント阻害剤の有用性などが検証されています。
分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤について
非小細胞肺がんでは、イレッサなどの分子標的薬が多く使われており、小細胞肺がんでもいくつかの分子標的薬の検討、臨床試験が行われたものの、有効な分子標的薬がないという状況です。
いっぽうで免疫チェックポイント阻害剤については、再発小細胞肺がんに対して有効性が示唆されています。
再発小細胞肺がんに対してニボルマブ(オプジーボ)またはニボルマブとイピリムマブ(ヤーボイ)の併用療法の臨床試験が実施され、主要評価項目である奏効率はニボルマブ単剤で10%、ニボルマブ+イピリムマブの併用で19~23%でした。
なお、有害事象(副作用)により6~11%が治療中止となっています。
また、進展型小細胞肺がんに対する初回治療としてイピリムマブとEP療法の併用を、EP療法単独と比較した試験では、主要評価項目である生存期間の延長は示されず、有害事象による治療中止が増加しました(18%、2%)。
免疫チェックポイント阻害剤に関しては、新薬や従来の抗がん剤との併用が期待されていますが、有害事象(副作用)のマネジメントが課題となっています。
新薬としてのrovalpituzumab tesirine(ロバルピツズマブ)=Rova-T
小細胞肺がんで初めてのバイオマーカーに基づく薬剤として、抗体薬物複合体(ADC)であるrovalpituzumab tesirine(通称Rova-T)が注目されています。
Rova-TはDLL3を標的とした抗体と細胞障害性物質であるSC-DR002を結像した薬物重合体といわれる薬です。
DLL3は正常肺組織ではほとんど見つからない物質ですが、小細胞肺がんなど神経内分泌系の分化した腫瘍細胞での発現が高いことが分かっています。
再発小細胞肺がんの患者さんを対象としたRova-Tの第一相試験では、67%にDLL高発現がみられ、高発現例では39%の奏効率が得られました。その後、いくつかの臨床試験が行われています。
再発した小細胞肺がんに対する治療方針
初回化学療法の奏効率は、限局型小細胞肺がんで80~90%、進展型で60~80%と短期的な腫瘍縮小効果はある程度期待できるものの、局所および中枢神経での再発が多いのが小細胞肺がんの特徴です。
小細胞肺がんでは、初回化学療法終了から再発までの期間が2~3か月以上あり、かつ、初回化学療法により腫瘍縮小効果が認められた場合を「sensitive relapse」とし、この条件に合致しない場合を「refractory relapse」と定義します。
sensitive relapseの患者さんに対しては、いくつかの臨床試験の結果、アメリカのFDAは再発小細胞肺がんに対してNGT(ノギテカン)を最初に認可しました。
refractory relapseに対しても同様にいくつかの試験が行われた結果、AMR(アムルビシン)が標準的な治療とみなされています。
まとめ
小細胞肺がんは、約20年ものあいだ、標準治療に大きな変化がありません。
ただ近年は免疫チェックポイント阻害剤やバイオマーカーに基づく治療といった薬剤の開発、試験が活発に行われています。