乳がんと食生活の関係について最新研究から分かること
近年、日本国内で乳がんの患者さんが増加している背景には、食生活の変化が大きな要因の1つとして考えられています。
戦後の日本では、伝統的な和食中心の食事から、欧米型の食事パターンへと変化してきました。この変化が乳がんの増加と関連しているのではないかという指摘があります。
食生活と乳がん発病リスクとの関連を明らかにするには、個人が摂取した食べ物の種類や量を長期間にわたって調査し、乳がん発病との関連を研究・分析する必要があります。こうした疫学的研究は世界中で行われており、そのデータが蓄積されています。
2007年に「世界がん研究基金(WCRF)」と「アメリカがん研究所(AICR)」から「食事、栄養と運動のがんの予防に関する報告書」(以下「WCRF/AICR報告書」)が出版されました。この報告書は世界中の研究データを系統的にまとめたもので、現在でも最も信頼性の高い科学的根拠とされています。
さらに、この報告書は定期的に更新されており、2018年には第3版が公開されました。この最新版では、より多くの研究データが追加され、食生活とがんリスクの関係についての理解がさらに深まっています。
乳がんと肥満の関係:閉経前後で異なる影響
閉経後の肥満が乳がんリスクを高めるメカニズム
WCRF/AICR報告書によると、閉経後の女性では、肥満が乳がん発病リスクを確実に高めることが分かっています。体重が増加し、BMI(体格指数)が高くなるほど、乳がんになりやすい傾向があることが複数の研究で示されています。
閉経後の肥満が乳がん発病リスクを高める主な理由は、脂肪組織における女性ホルモン(エストロゲン)の産生増加が関係していると考えられています。閉経後は卵巣からのエストロゲン分泌が停止しますが、脂肪組織でアンドロゲンからエストロゲンへの変換が起こります。肥満の方は脂肪組織が多いため、血液中のエストロゲン濃度が高くなり、これが乳がんリスクを上昇させる要因となります。
閉経前の女性における肥満と乳がんの関係
興味深いことに、閉経前の女性では、肥満が乳がん発病リスクを逆に低下させるという研究結果が出ています。これは閉経後とは正反対の関係です。
閉経前の肥満が乳がん発病リスクを低下させる正確なメカニズムはまだ解明されていません。一説には、肥満の閉経前女性では排卵障害が起こりやすく、その結果エストロゲンへの曝露期間が短くなることが関係しているのではないかと考えられています。
ただし、この結果は「閉経前であれば太っていても問題ない」という意味ではありません。肥満は心臓病や脳卒中、糖尿病、高血圧など多くの生活習慣病の原因となります。また、閉経後には確実に乳がんリスクを高めることから、日常生活で適正体重を維持することは健康管理の基本として重要です。
適正体重の維持が大切な理由
肥満はあらゆる死亡リスクを高めることが知られています。特に欧米では多くの女性が肥満状態にあり、乳がん発病リスクと肥満との関連についても高い関心が寄せられています。日本でも近年、肥満の割合が増加傾向にあり、注意が必要です。
世界保健機関(WHO)では、BMI25以上を過体重、BMI30以上を肥満と定義しています。日本肥満学会では、BMI25以上を肥満としており、BMI22が最も病気になりにくい標準体重とされています。自分のBMIを把握し、適正範囲に保つことが健康維持の第一歩となります。
乳がんとアルコール摂取の関係について
アルコールが乳がんリスクを高めることは確実
WCRF/AICR報告書では、アルコール飲料の摂取が乳がん発病リスクを高めることは確実であるとしています。この関連は閉経の前後を問わず認められており、摂取量の増加に伴ってリスクも高くなることが分かっています。
多くの疫学研究のメタアナリシス(複数の研究結果を統合した分析)によると、アルコール摂取量が1日あたり10グラム増えるごとに、乳がんリスクが約7〜10%上昇するという結果が示されています。これは比較的少量の飲酒でも影響があることを意味しています。
アルコールが乳がんリスクを高めるメカニズム
アルコール飲料の摂取がどのようなメカニズムで乳がんの発病に影響を与えるのかについては、現在も研究が続けられています。考えられている主なメカニズムとしては以下のようなものがあります。
まず、アルコールが血液中のエストロゲン濃度を上昇させることが指摘されています。また、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドがDNAに損傷を与える可能性や、葉酸の代謝を妨げることで遺伝子の正常な機能に影響を与える可能性などが考えられています。
日本人女性におけるアルコールと乳がんの関係
日本人を対象とした研究のまとめは2007年に報告されていますが、その時点では日本人女性で乳がん発病リスクが高くなるかどうかは、十分なデータがないため結論が出せないとされていました。
しかし、その後の研究の蓄積により、日本人女性においてもアルコール摂取と乳がんリスクの関連が認められるようになってきました。国立がん研究センターの多目的コホート研究でも、飲酒習慣のある女性では乳がんリスクが上昇する傾向が報告されています。
安全な飲酒量はあるのか
1日に1杯程度のアルコール飲料の摂取(日本酒なら1合、ビールなら中ぐらいのグラス1杯、ワインならワイングラス1杯など)は危険因子にならないとする報告もあります。しかし、飲む量が増えるほど乳がんリスクが高まることは確かなようです。
2023年にWHOが発表した声明では、アルコールに関して「安全な摂取量は存在しない」という立場が示されました。特に女性の場合、乳がんリスクとの関連を考えると、飲酒習慣については慎重に考える必要があります。
アルコールを飲む習慣がある方は、休肝日を設ける、1回の飲酒量を減らすなど、摂取量をできるだけ少なくする工夫が推奨されます。
パンと乳がんの関係:精製された炭水化物の影響
パンそのものが直接乳がんリスクを高めるという強い証拠はありませんが、精製された小麦粉で作られた白いパンや菓子パンなどは、血糖値を急激に上昇させる高GI(グリセミック・インデックス)食品に分類されます。
高GI食品を頻繁に摂取すると、血糖値の急上昇とそれに伴うインスリンの過剰分泌が繰り返されます。慢性的な高インスリン血症は、体内のホルモンバランスに影響を与え、間接的に乳がんリスクに関連する可能性が指摘されています。
また、白いパンやパスタなどの精製された炭水化物は、全粒穀物と比べて食物繊維やビタミン、ミネラルなどの栄養素が少なくなっています。栄養バランスの観点からも、全粒粉のパンやライ麦パン、雑穀パンなど、精製度の低い穀物製品を選ぶことが推奨されます。
乳がんになりやすい食生活のパターンとは
動物性脂肪の過剰摂取
動物性脂肪の摂取と乳がんリスクの関連については、研究によって結果が分かれていますが、飽和脂肪酸の過剰摂取は避けるべきとされています。肉類の脂身、バター、生クリームなどの摂取が多い食生活は、肥満にもつながりやすいため注意が必要です。
野菜・果物の摂取不足
野菜や果物に含まれる食物繊維、ビタミン、ミネラル、抗酸化物質などは、健康維持に重要な役割を果たします。これらの摂取が不足すると、全体的な健康状態が低下し、がんを含むさまざまな病気のリスクが高まる可能性があります。
加工肉や加工食品の頻繁な摂取
ハムやソーセージなどの加工肉は、大腸がんとの関連が確実視されていますが、乳がんとの関連についても研究が進められています。また、加工食品には塩分や添加物が多く含まれることが多く、健康的な食生活の観点からは、できるだけ新鮮な食材を使った料理を選ぶことが望ましいとされています。
乳がん予防のために心がけたい食生活のポイント
項目 | 推奨される行動 |
---|---|
体重管理 | 適正体重(BMI18.5〜25)を維持する。特に閉経後の体重増加に注意する |
アルコール | 飲酒量をできるだけ少なくする。休肝日を設ける |
炭水化物 | 精製された白いパンよりも全粒穀物を選ぶ。血糖値の急上昇を避ける |
脂肪 | 動物性脂肪の過剰摂取を避け、魚や植物性の油を適度に摂取する |
野菜・果物 | 毎日多様な野菜と果物を摂取する(1日350グラム以上が目安) |
加工食品 | 加工肉や加工食品の摂取を控えめにし、新鮮な食材を使った料理を心がける |
食生活以外の乳がんリスク要因も理解する
食生活は乳がんリスクに影響する要因の1つですが、それ以外にも多くの要因が関わっています。遺伝的要因、初経年齢、出産経験、授乳経験、閉経年齢、ホルモン補充療法の使用歴などが知られています。
また、運動不足もリスク要因の1つです。定期的な身体活動は、体重管理だけでなく、ホルモンバランスの調整や免疫機能の向上にも役立ちます。週に150分程度の中等度の運動(ウォーキングなど)が推奨されています。
さらに、早期発見のための定期的な乳がん検診も重要です。40歳以上の女性には2年に1回のマンモグラフィ検診が推奨されており、自己検診の習慣も大切です。
個別の状況に応じた対策が重要
乳がんのリスク要因は個人によって異なります。家族歴がある方、既往歴のある方、ホルモン治療を受けている方など、それぞれの状況に応じて注意すべき点が変わってきます。
食生活の改善は、乳がん予防だけでなく、総合的な健康維持のために役立ちます。極端な食事制限や特定の食品の過剰摂取ではなく、バランスの取れた食事を継続することが最も重要です。