がん専門のアドバイザー、本村です。
当記事では悪性軟部腫瘍(軟部肉腫)の新しい治療薬について解説します。
悪性軟部腫瘍の治療方法
・悪性軟部腫瘍とは?
軟部肉腫とは、筋肉や脂肪、血管、リンパ管など軟らかい組織にできる悪性腫瘍の総称です。皮膚や胃、腸の粘膜といった上皮細胞に発生するいわゆる「癌(がん)」と区別して、「肉腫(にくしゅ)」と呼ばれます。
悪性軟部腫瘍は体のさまざまな場所に発生します。発生年齢や組織型もさまざまです。なお、悪性度や予後は種類によって大きく異なります。
・悪性軟部腫瘍の標準的な治療法
治療の第一選択は、手術による腫瘍の切除です。
腫瘍が完全に取り切れているかどうかが予後(初期治療後の経過)に最も影響します。切除できない部位に生じた場合には、放射線治療と化学療法の併用が行われますが、完全に切除できた場合に比較して、明らかに予後は悪くなります。
悪性軟部腫瘍はまず進行の様子によって2種類に分けられます。
1つは腫瘍と周囲正常組織との境目が明瞭な「非浸潤性腫瘍」です。もう1つがインクがにじむように周囲組織との境目が不明瞭な「浸潤性腫瘍」です。
浸潤性腫瘍では明確な境界がなく、どこまで浸潤しているか分かりにくいため、腫瘍切除に際して、非浸潤性腫瘍よりも周囲正常組織を広範囲に切除する必要があります。
切除範囲が広ければ、広いだけ再発のリスクは下がりますが、その分、身体機能が失われます。できるだけ身体機能を残しつつ、再発を防げるように悪性腫瘍を切除する必要があります。
また悪性軟部腫瘍はさまざまな場所に発生します。
悪性軟部腫瘍の約半数は、整形外科医が手術できる場所に発生します。その他の部位については、頭頸部にできた腫瘍なら頭頸部専門医、腹部なら消化器外科医、子宮であれば婦人科医、腎臓周囲なら泌尿器科医と、各領域の専門医が手術を行う必要があり、また複数の科が連携して手術を行わなければならない場合もあります。
そうした連携ができているかどうかが、病院を選ぶ際の目安となります。
・悪性軟部腫瘍の化学療法(薬を使った治療)
悪性軟部腫瘍は細胞の形からも2種類に分けられます。
1つは未熟で特徴に乏しい細胞で構成される「円形細胞肉腫」、もう1つが、紡錘(ぼうすい)型の細胞や多形型と呼ばれる大きくて不整な形で構成される「非円形細胞肉腫」です。
さらに、化学療法は目的別に2つに分類されます。「1.補助化学療法(アジュバント療法)」と「2.進行例に対する化学療法」です。
補助化学療法は、手術や放射線で病巣を消滅できたあとに「予防」のために行う化学療法です。円形細胞肉腫は、転移しやすいですが、化学療法や放射線療法が効果的なことが多いという特徴があります。そのため、補助化学療法は必須です。
いっぽう、非円形細胞肉腫は、その種類(組織型)により化学療法の効き目が異なり、また同じ組織型でも個々の症例により転移しやすさが異なります。そのため、転移しやすさを組織像から予測する組織学的悪性度が重要となります。
現在、組織学における「悪性度」の判定には、FNCLCC分類と呼ばれる尺度が使用されます。これは、腫瘍分化度、核分裂像、壊死の程度を参考に、3段階に悪性度を分類する方法です。
悪性度が高い(グレード3)場合は、補助化学療法の対象となります。
術前より補助化学療法を行うことがあります(術前補助化学療法)。その目的は、「原発の腫瘍を縮小させることにより、より安全に機能的な手足を残す」、「画像で判らないような小さな転移巣を早期から治療する」、「どの薬剤が有効かの判定に利用する」などです。
肺やリンパ節に転移が見つかった(進行例)場合には、化学療法は必須となります。この場合は、転移巣を小さくさせることや、新たな転移を起こさせないなど病勢のコントロールを目的として治療が行われます。
悪性軟部腫瘍で使われる薬「アドリアシン」「イホマイド」
悪性軟部肉腫の第一選択は、抗がん薬のアドリアシン単剤投与、もしくはアドリアシンとイホマイドの併用療法です。
補助化学療法としても転移巣の治療として使用されます。
アドリアシン単剤とイホマイド併用の場合とで、その効果に大きな差はありません。
ただし、アドリアシンは一定量以上を使用すると心毒性(心臓に悪影響を及ぼす毒性)が出る可能性があります。イホマイドと併用することで、効果を変えずにアドリアシンの使用量を抑えることができます。また、滑膜肉腫にはイホマイドの大量投与が用いられることがあります。
新しい薬「ヴォトリエント」
2012年9月に悪性軟部腫瘍の治療薬として承認された、分子標的薬です。
現在は主に、アドリアシンやイホマイドを使用後に、転移が現れた場合に、それ以上に病巣を拡大させない、新たな転移を起こさせないことを目的として使用されます。
ヴォトリエントは、血管やリンパ管の新生やがん細胞の増殖にかかわる酵素の働きを抑えることにより、がんの増殖を制御する薬剤です。この働きで病気の進行を抑えます。
日本も参加した第Ⅲ相国際共同臨床試験において、ヴォトリエント群は、プラセボ群と比較して無増悪生存期間(PFS)に有意な延長が認められました。いっぽう完全奏効(CR)は認められず、全生存期間の延長には影響を与えないことも明らかになりました。
これまで、アドリアシンやイホマイドの効果がない転移巣のある人への治療は、これまで治療選択肢が限られていました。しかし、このヴォトリエントの登場により、新たな選択肢が加わったといえます。
今後、より多くの肉腫に使われていくことで、ヴォトリエントがより効果を発揮する肉腫のタイプ(組織型)が明らかになることが期待されています。
<投与方法>
ヴォトリエントは経口薬です。1日1回、800㎎(4錠)の食事の1時間以上前、または食後2時間以降に服用します。食後に服用すると薬剤の吸収が高くなり、副作用が現れる可能性があるため服用方法を守ることが大切です。
<副作用>
下痢、嘔気、高血圧、肝機能障害などの当初から指摘されていた副作用の他に、気胸が起きる頻度が高いことが判ってきました。
・気胸とは?
気胸とは、肺を包む胸膜に穴が開く病態です。急に胸が痛くなったり、呼吸が苦しくなるといった症状が現れます。ヴォトリエントは、軟部肉腫がハイ転移を起こしている状態で使用することが多いので、転移巣が破れて気胸が起こることがあります。
ヴォトリエントを服用して、胸痛や呼吸困難などが現れた場合は、すぐに主治医に連絡しましょう。
新しい薬「ヨンデリス」
2015年12月に、悪性軟部腫瘍の治療薬として発売された抗がん薬です。
ヴォトリエント同様、アドリアシンやイホマイドを投与後に転移や再発が認められた悪性軟部腫瘍の人が対象です。
悪性軟部腫瘍は、タイプ(組織型)ごとに化学療法に対する感受性が異なることが知られています。ヨンデリスは、悪性軟部腫瘍の中でも、キメラ遺伝子を持つ腫瘍を治療対象としています。キメラ遺伝子とは、2つの異なる遺伝子の一部が融合した遺伝子のことです。
一部の悪性軟部腫瘍では、このキメラ遺伝子を示すことが判ってきました。キメラ遺伝子を持つ悪性軟部腫瘍を対象に、国内で行われた第Ⅱ相比較試験では、緩和ケア群との比較において、ヨンデリスは無憎悪生存期間を有意に延長するなどの効果が確認されています。
ヨンデリスも新しい薬です。今後、使用経験が蓄積され、データが集まるにつれて、ヨンデリスの有効な悪性軟部腫瘍の特徴が判ってくることが期待されています。
<投与方法>
1回1.2mg/m2(体表面)を24時間点滴静注し、少なくとも20日間休薬します。これを1コースとして投与を繰り返します。
<副作用>
嘔気や倦怠感、肝機能障害や骨髄抑制など、他の抗がん薬にも見られる副作用の他に、横紋筋融解症があります。
・横紋筋融解症(おうもんきんゆうかいしょう)とは?
1.4%(100人に約1人)の確率で、横紋筋融解症が現れるとされています。横紋筋融解症とは、骨格筋の細胞が融解、壊死することにより、筋肉の痛みや脱力などを生じる疾患です。「手足・肩・腰・その他の筋肉が痛む」、「手足がしびれる」、「手足に力が入らない」、「こわばる」、「全身がだるい」、「尿の色が赤褐色になる」などの症状が現れたら、速やかに主治医に連絡しましょう。
以上、軟部肉腫の治療についての解説でした。
がんと診断されたあと、どのような治療を選び、日常生活でどんなケアをしていくのかで、その後の人生は大きく変わります。
納得できる判断をするためには正しい知識が必要です。