
エピルビシン(ファルモルビシン)とはどんな薬か
こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
エピルビシン(一般名:エピルビシン塩酸塩)は、商品名「ファルモルビシン」として知られる抗がん剤です。1975年にイタリアで開発され、日本では1989年に承認されました。
この薬は「アントラサイクリン系抗がん性抗生物質」という分類に属します。同じ分類の先発薬であるドキソルビシン(アドリアシン)と似た作用を持ちながら、心臓への毒性を軽減することを目指して開発された薬剤です。
現在、沢井製薬などからジェネリック医薬品(後発医薬品)も販売されており、「エピルビシン塩酸塩注射用」という名称で流通しています。
エピルビシンの作用機序と特徴
がん細胞への作用メカニズム
エピルビシンは、がん細胞のDNA(遺伝情報を持つ物質)に直接働きかける薬です。具体的には、DNAの二重らせん構造の間に入り込み、DNAとRNAの合成を妨げます。
また、DNAポリメラーゼやRNAポリメラーゼという酵素の働きを阻害することで、がん細胞の増殖を抑制します。細胞周期においては、特にS期(DNA合成期)および初期G2期において最大の抗腫瘍効果を発揮します。
ドキソルビシンとの違い
エピルビシンは、ドキソルビシンの4'位のヒドロキシ基が反転した立体異性体(エピマー)です。この構造の違いにより、同様の抗腫瘍効果を示しながらも、心臓への毒性が軽減されています。
ただし、心毒性が完全になくなったわけではなく、総投与量の上限(体表面積あたり900mg/m²)が設定されています。ドキソルビシンの上限が500mg/m²であることと比較すると、より多くの投与が可能ですが、依然として注意が必要です。
代謝と排泄
エピルビシンは主に肝臓で代謝され、胆汁を通じて排泄されると推定されています。一部は尿中にも排泄されます。そのため、肝機能や腎機能に障害がある患者さんでは、投与に際して慎重な判断が求められます。
対象となるがんの種類
エピルビシンは、幅広いがん種に対して保険適用が認められています。固形がんから血液のがんまで、多様な疾患に使用されています。
保険適用が認められているがんの種類
| がんの種類 | 投与方法 | 備考 |
|---|---|---|
| 乳がん | 静脈内投与 | 術前・術後化学療法、転移・再発 |
| 肝がん | 肝動脈内投与 | 肝動脈塞栓療法との併用が一般的 |
| 胃がん | 静脈内投与 | 状況により選択されることがある |
| 卵巣がん | 静脈内投与 | 多剤併用療法の一部として |
| 尿路上皮がん | 静脈内投与または膀胱腔内注入 | 膀胱がん、腎盂・尿管腫瘍 |
| 悪性リンパ腫 | 静脈内投与 | 他の抗がん剤との併用が多い |
| 急性白血病 | 静脈内投与 | 連日投与のスケジュール |
代表的な治療レジメン
乳がんの術前・術後化学療法では、EC療法(エピルビシン+シクロホスファミド)やFEC療法(フルオロウラシル+エピルビシン+シクロホスファミド、CEF療法とも呼ばれる)が広く用いられています。
これらのレジメンは2005年に乳がんに対する併用療法として適応が認められ、国際的にも標準的な治療法として確立されています。
肝がんでは、肝動脈塞栓療法に組み合わせて、カテーテルを通じて肝動脈内にエピルビシンを注入する方法が一般的に行われています。
エピルビシンの投与方法とスケジュール
投与経路
エピルビシンは以下の方法で投与されます。
・静脈内投与(点滴静注):最も一般的な投与方法
・肝動脈内投与:肝がんの治療に用いられる
・膀胱腔内注入:表在性膀胱がんに対して
投与時には、他の薬剤との混注は避けるべきとされています。
がん種別の標準的な投与量と投与スケジュール
| がんの種類 | 投与量(体表面積あたり) | 投与間隔 | クール数 |
|---|---|---|---|
| 急性白血病 | 15mg/m² | 1日1回、5~7日間連日投与後3週間休薬 | 必要に応じて2~3クール |
| 悪性リンパ腫 | 40~60mg/m² | 1日1回投与後3~4週休薬 | 通常3~4クール |
| 乳がん、卵巣がん、胃がん、尿路上皮がん | 60mg/m² | 1日1回投与後3~4週休薬 | 通常3~4クール |
| 肝がん(肝動注) | 60mg/m² | 1日1回投与後3~4週休薬 | 通常3~4クール |
| 乳がん(術前・術後、他剤併用) | 100mg/m² | 1日1回投与後20日間休薬 | 通常4~6クール |
| 膀胱がん(表在性、膀胱腔内注入) | 60mg(力価) | 1日1回3日間連日注入後4日間休薬 | 通常2~4クール |
投与量は年齢、症状、副作用の程度により適宜減量されます。
投与時の注意事項
エピルビシンは血管外漏出による皮膚障害のリスクが高い薬剤に分類されています。投与中は患者さんに安静を保っていただき、治療前には排尿を済ませておくことが推奨されます。
血管外に薬液が漏れると、血管炎や皮膚壊死などの深刻な合併症を引き起こす可能性があるため、投与時には細心の注意が払われます。
エピルビシンの効果と奏効率
エピルビシンは、乳がん、血液のがん、固形がんなど幅広いがん種に対して効果を示すことが臨床試験で確認されています。
1977年にミラノ国立がん研究所で臨床試験が開始され、各種のがんに対する効果が確立されました。日本では1980年代に入ってから臨床試験が始まり、1989年に承認されています。
乳がんの術後化学療法において、EC療法やFEC療法は国際的にも標準的な治療法として位置づけられており、再発リスクの軽減に貢献しています。
ただし、個々の患者さんにおける効果は、がんの種類、進行度、患者さんの全身状態など様々な要因によって異なります。治療効果については、定期的な画像検査や腫瘍マーカーの測定などで評価されます。
主な副作用とその対策
重大な副作用:減量・休薬が必要となるもの
エピルビシンの投与により、以下のような重大な副作用が現れることがあります。
骨髄抑制
白血球減少、好中球減少、血小板減少、貧血などの骨髄抑制が高頻度で見られます。これらは感染症、出血傾向、貧血症状などにつながる可能性があります。
定期的な血液検査でモニタリングし、必要に応じて減量や休薬、G-CSF製剤(白血球を増やす薬)の使用などが検討されます。
心筋障害
アントラサイクリン系の薬剤に共通する特徴として、蓄積性の心毒性があります。総投与量が900mg/m²を超えると、うっ血性心不全の発現率が増加することが知られています。
心電図や心エコー検査などで定期的に心機能をモニタリングすることが重要です。息切れ、動悸、むくみなどの症状が現れた場合は、すぐに医師に報告する必要があります。
間質性肺炎
発熱、咳、呼吸困難などの症状が現れた場合、間質性肺炎の可能性があります。早期発見・早期対応が重要で、症状が現れた際には速やかに医療機関を受診することが求められます。
胃・十二指腸潰瘍
消化管の潰瘍が形成されることがあります。腹痛、吐血、下血などの症状に注意が必要です。
その他注意が必要な副作用
| 副作用 | 症状・特徴 | 対策 |
|---|---|---|
| 脱毛 | 高頻度で出現、治療終了後に回復 | ウィッグ、帽子、スカーフなどの使用 |
| 悪心・嘔吐 | 中等度の催吐リスク | 5HT3受容体拮抗薬+デキサメタゾンの予防投与 |
| 食欲不振 | 治療期間中に見られることが多い | 食べやすいものを選ぶ、少量ずつ頻回に摂取 |
| 肝機能障害 | ALT、ASTの上昇 | 定期的な血液検査でモニタリング |
| 血管外漏出 | 血管炎、皮膚壊死のリスク | 投与中の安静、早期発見・早期対応 |
| 膀胱刺激症状 | 膀胱腔内注入時:頻尿、排尿痛 | 症状が強い場合は医師に相談 |
副作用への対応と日常生活での注意点
白血球・好中球の低下に伴う感染リスクに対しては、手洗い、うがい、マスクの着用など、感染予防行動が重要です。発熱(通常37.5度以上)、悪寒、咳、下痢などの感染症状が現れた場合は、速やかに医師に連絡してください。
脱毛は多くの患者さんに見られますが、治療終了後には回復します。ウィッグやキャップの利用など、生活に合わせたセルフケアを検討しましょう。
乳がん術後などでリンパ節郭清を受けた患者さんでは、リンパ浮腫などの影響も考慮する必要があります。治療を受ける腕での点滴を避けるなど、医療チームと相談しながら対応します。
投与禁忌と慎重投与が必要な患者さん
投与禁忌(投与してはいけない場合)
以下の患者さんには、エピルビシンを投与することができません。
・他の心毒性を有する薬剤(アントラサイクリン系薬剤など)による前治療が限界量に達している患者さん
肝動注の場合には、さらに以下の条件が加わります。
・ヨードアレルギーのある患者さん
・重度の肝機能障害がある患者さん
・甲状腺疾患のある患者さん
・総ビリルビン値が3mg/dL以上の患者さん
慎重投与(注意して投与する必要がある場合)
以下の患者さんでは、投与に際して特に慎重な判断が求められます。
・骨髄機能が抑制されている患者さん
・感染症を合併している患者さん
・間質性肺炎または肺線維症のある患者さん
・肝機能障害または腎機能障害のある患者さん
・高齢の患者さん
・水痘(みずぼうそう)にかかっている患者さん
前投薬について
エピルビシンは中等度催吐性リスクに分類されるため、5HT3受容体拮抗薬とデキサメタゾンの使用が推奨されています。
ただし、多剤併用療法では高度催吐性リスクに分類される場合があり、その際にはより強力な制吐剤の使用が検討されます。
保険適用と治療費用
薬価と薬剤費
エピルビシンは保険適用の薬剤であり、2025年の薬価基準に基づいて価格が設定されています。
例えば、エピルビシン塩酸塩注射用50mg「サワイ」の薬価は、2024年時点で1瓶あたり2,795円となっています(薬価は定期的に改定されるため、最新の情報は医療機関や薬局で確認してください)。
体表面積1.7m²の患者さんが乳がんの術後化学療法(EC療法)でエピルビシン100mg/m²を投与される場合、1回あたり170mgが必要となり、薬剤費は50mg製剤を4瓶使用するため約11,180円となります。
これに加えて、点滴の手技料、診察料、検査料などが加算されます。
高額療養費制度の活用
がん治療では医療費が高額になることが多いため、高額療養費制度を活用することで自己負担を軽減できます。
高額療養費制度とは、1ヶ月(同一月内)に支払った医療費が一定額(自己負担限度額)を超えた場合、その超えた分が払い戻される制度です。
自己負担限度額は年齢と所得によって異なります。70歳未満の場合、以下のように区分されています。
| 所得区分 | 自己負担限度額(月額) | 多数回該当 |
|---|---|---|
| 年収約1,160万円~ | 252,600円+(医療費-842,000円)×1% | 140,100円 |
| 年収約770~約1,160万円 | 167,400円+(医療費-558,000円)×1% | 93,000円 |
| 年収約370~約770万円 | 80,100円+(医療費-267,000円)×1% | 44,400円 |
| ~年収約370万円 | 57,600円 | 44,400円 |
| 住民税非課税 | 35,400円 | 24,600円 |
多数回該当とは、過去12ヶ月以内に3回以上高額療養費の支給を受けている場合、4回目以降の自己負担限度額がさらに下がる仕組みです。
限度額適用認定証の活用
事前に加入している健康保険から「限度額適用認定証」を取得し、医療機関の窓口で提示することで、支払額を自己負担限度額までに抑えることができます。
これにより、高額な医療費を一時的に立て替える必要がなくなります。70歳以上の方でマイナ保険証を使用する場合は、事前の申請が不要になります。
制度利用時の注意点
高額療養費制度は、保険診療分のみが対象です。以下は対象外となります。
・差額ベッド代
・入院時の食事代
・先進医療にかかる費用
・保険適用外の治療(自由診療)
また、制度は1ヶ月単位(月初1日から月末まで)で計算されるため、治療のタイミングによって自己負担額が変わることがあります。可能であれば、治療開始のタイミングを主治医と相談することも検討してください。
治療を受けるうえで知っておきたいこと
治療期間と通院の頻度
エピルビシンの治療は、投与スケジュールに従って定期的に行われます。多くの場合、3~4週間ごとの投与が基本となり、これを複数クール繰り返します。
近年、副作用を抑える治療法が発展したことで、外来(通院)での化学療法が主流となっています。入院が必要な場合でも、短期間で済むケースが増えています。
治療効果のモニタリング
治療の効果を評価するため、定期的に以下のような検査が行われます。
・画像検査(CT、MRI、PETなど)
・腫瘍マーカーの測定
・身体診察
これらの結果に基づいて、治療の継続、変更、中止などが判断されます。
他の薬剤との相互作用
シメチジン(胃酸分泌抑制薬)は、エピルビシンのAUC(血中薬物量の変化指標)を増加させることがあるため、併用には注意が必要です。
また、他のアントラサイクリン系薬剤との併用は、心毒性のリスクが高まるため、総投与量の管理が重要になります。
妊娠・授乳への影響
エピルビシンは胎児に影響を与える可能性があるため、妊娠中または妊娠の可能性がある場合は、必ず医師に伝える必要があります。
治療中は適切な避妊が推奨されます。また、授乳中の場合も、治療中は授乳を避けることが推奨されています。
セカンドオピニオンの活用
がん治療は複雑で、複数の選択肢が存在することがあります。治療方針について疑問や不安がある場合は、セカンドオピニオン(別の医師の意見を聞くこと)を求めることも一つの選択肢です。
多くの医療機関でセカンドオピニオン外来が設けられており、現在の治療方針を確認したり、他の選択肢について情報を得たりすることができます。
患者支援制度の活用
がん治療を受ける際には、医療費の問題だけでなく、仕事との両立、家族のサポート、心理的な問題など、様々な課題が生じることがあります。
多くの病院には医療ソーシャルワーカーやがん相談支援センターが配置されており、これらの相談窓口を活用することで、様々な支援制度や情報を得ることができます。
エピルビシン治療に関するよくある疑問
治療中の日常生活で気をつけることは?
感染予防が最も重要です。手洗い、うがい、マスクの着用を徹底し、人混みを避けるなどの対策を取りましょう。
また、口腔内を清潔に保つことで、口内炎などの副作用を軽減できる可能性があります。柔らかい歯ブラシを使用し、刺激の少ない歯磨き粉を選ぶことが推奨されます。
食事で気をつけることは?
バランスの取れた食事を心がけることが基本ですが、悪心・嘔吐や食欲不振がある場合は、無理に食べる必要はありません。
食べられるものを、食べられる時に、少量ずつ摂取することが大切です。冷たいものや酸味のあるものが食べやすいという患者さんもいます。
仕事や日常生活は続けられる?
副作用の程度には個人差があります。外来で治療を受けながら仕事を続けている患者さんも多くいます。
ただし、骨髄抑制が強く現れる時期(投与後7~14日頃)には、無理をせず休養することが大切です。職場と相談し、勤務時間の調整や休暇の取得なども検討しましょう。
脱毛はいつ始まり、いつ回復する?
脱毛は通常、投与開始から2~3週間後に始まります。治療終了後、3~6ヶ月程度で回復し始めることが多いです。
回復した髪の毛は、以前と質感や色が異なることもありますが、時間とともに元に近い状態に戻っていくことが一般的です。
参考文献・出典情報
日経メディカル処方薬事典 - エピルビシン塩酸塩注射用50mg「サワイ」
がん情報サイト「オンコロ」- ファルモルビシン(エピルビシン)

