
がんの薬物療法で複数の抗がん剤を使う理由
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
がんの薬物療法を受けることになった患者さんから「なぜ複数の薬を同時に使うのですか」「1種類の薬ではだめなのですか」というご質問をいただくことがあります。
確かに、複数の抗がん剤を使うことで副作用が増えるのではないかと心配になる気持ちは理解できます。しかし、多剤併用療法には単剤療法にはない明確なメリットがあり、多くのがん種で標準治療として確立されています。
この記事では、がんの薬物療法において複数の薬を併用する理由と、その治療法の特徴について詳しく解説します。
がん細胞の特性と多剤併用療法の必要性
がん細胞は均一ではない
がん細胞には「不均一性」という特徴があります。同じ腫瘍の中でも、細胞ごとに性質が異なっており、抗がん剤への感受性も様々です。
1種類の抗がん剤だけで治療を行うと、その薬が効きやすいがん細胞は死滅しますが、効きにくいがん細胞は生き残ってしまいます。生き残ったがん細胞が増殖することで、治療効果が限定的になってしまうのです。
異なる作用機序を持つ複数の抗がん剤を組み合わせることで、様々な特性を持つがん細胞に対して多角的にアプローチすることができます。これにより、より多くのがん細胞を攻撃できる可能性が高まります。
薬剤耐性の発生を防ぐ
抗がん剤を長期間使用していると「薬剤耐性」が生じることがあります。薬剤耐性には2種類あります。
| 耐性の種類 | 特徴 |
|---|---|
| 自然耐性 | 最初から薬が効きにくいがん細胞が存在している状態 |
| 獲得耐性 | 治療を続けるうちに、がん細胞が変異して薬が効かなくなる状態 |
多剤併用療法では、異なる仕組みでがん細胞を攻撃する薬を組み合わせるため、1つの薬に対して耐性を持つがん細胞が現れても、他の薬が効果を発揮する可能性があります。これにより、薬剤耐性の発生を抑制することができます。
がん研究会がん化学療法センターの研究によると、複数の抗がん剤を併用することで、副作用の出方を抑えながらより高い腫瘍縮小効果を得られることが報告されています。
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がん専門アドバイザー 本村ユウジ
多剤併用療法のメリット
治療効果の向上
異なる作用機序を持つ薬を組み合わせることで、単剤療法よりも高い治療効果が期待できます。例えば、大腸がんに対するFOLFOX療法では、単剤使用時の奏効率が約40%であるのに対し、分子標的薬を加えた多剤併用療法では50〜60%まで向上することが報告されています。
副作用の分散
一見すると、複数の薬を使うことで副作用が増えるように思えるかもしれません。しかし、実際には副作用の出方が異なる抗がん剤を組み合わせることで、特定の副作用が強く出ることを避けることができます。
各薬剤の投与量を調整しながら併用することで、「重い副作用が1つ」ではなく「軽い副作用を少しずつ」という形で身体の負担を軽減することが可能です。
最適な用量での使用
多剤併用療法では、それぞれの薬を最適な用量で使用できるという利点もあります。単剤で高い効果を得ようとすると、副作用が強く出てしまう投与量が必要になることがありますが、複数の薬を組み合わせることで、耐えられる範囲の副作用で最大の効果を引き出すことができます。
代表的な多剤併用療法
多剤併用療法は、組み合わせる薬によって名前がつけられています。使用する薬剤名の頭文字を組み合わせて呼ばれることが一般的です。ただし、同じ薬の組み合わせでも、対象となるがんによって治療名が異なる場合があります。
悪性リンパ腫に対するCHOP療法
CHOP療法は、悪性リンパ腫の標準的な治療法の1つです。1970年代に開発された第一世代の化学療法ですが、その後開発された第二世代、第三世代の治療法と比較しても治療効果に差がなく、副作用が最も軽度であることから、現在でも標準的な治療として用いられています。
| 頭文字 | 薬剤名 |
|---|---|
| C | シクロホスファミド(エンドキサン) |
| H | ドキソルビシン(別名:Hydroxydaunorubicin、アドリアシン) |
| O | ビンクリスチン(商品名:オンコビン) |
| P | プレドニゾロン(ステロイド薬) |
近年では、CHOP療法にリツキシマブ(抗CD20抗体薬)を加えたR-CHOP療法が主流となっており、治療効果がさらに向上しています。
乳がんに対するFEC療法
FEC療法は、乳がんの代表的な抗がん剤治療です。手術前に腫瘍を小さくして摘出しやすくしたり、手術後に再発を予防する目的で用いられます。
| 頭文字 | 薬剤名 |
|---|---|
| F | フルオロウラシル(5-FU) |
| E | エピルビシン(ファルモルビシン) |
| C | シクロホスファミド(エンドキサン) |
FEC療法は通常21日を1サイクルとして、4サイクル繰り返します。初日に抗がん剤を投与した後、残りの20日間は休薬期間として体調の回復を待ちます。
なお、エピルビシン(E)の代わりにドキソルビシン(A)を使用する場合はFAC療法またはCAF療法と呼ばれます。
大腸がんに対するFOLFOX療法
FOLFOX療法は、大腸がんをはじめ、胃がん、食道がん、膵がんなどに用いられる治療法です。2019年には食道がんに対する使用も審査上認められ、適応が拡大しています。
| 頭文字 | 薬剤名 |
|---|---|
| FOL | レボホリナート(フォリン酸) |
| F | フルオロウラシル(5-FU) |
| OX | オキサリプラチン(エルプラット) |
FOLFOX療法には「FOLFOX4療法」と「mFOLFOX6療法」があり、各薬剤の投与量や投与時間が異なります。どちらも14日を1サイクルとして治療を進めます。
また、患者さんの状態によっては、これらの療法に分子標的薬(ベバシズマブ、セツキシマブ、パニツムマブなど)を加えた治療が行われることもあります。
治療スケジュールと休薬期間の重要性
多剤併用療法では、投与と休薬を繰り返すサイクルで治療が進められます。この休薬期間は、正常細胞が回復するために必要な期間です。
がん細胞は一度ダメージを受けると回復できませんが、正常細胞は約3週間程度で回復する能力を持っています。この性質を利用して、休薬期間を設けながら治療サイクルを繰り返すことで、副作用を管理しながら治療効果を最大化することができます。
2026年時点での治療の進歩
がん薬物療法は年々進化しており、2025年から2026年にかけても新しい治療法や薬剤が登場しています。
免疫チェックポイント阻害薬との併用
従来の化学療法に免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる治療が増えています。例えば、進行胃がんに対しては、従来の化学療法(フッ化ピリミジン系薬剤とプラチナ系薬剤)にペムブロリズマブを併用する治療が承認されました。
抗体薬物複合体(ADC)の登場
がんを認識する抗体に抗がん剤が結合した薬剤(ADC)も開発されています。尿路上皮がんなどで使用されており、従来の治療法に新たな選択肢を提供しています。
二重特異性抗体の実用化
多発性骨髄腫に対して、BCMAとCD3を標的とした二重特異性抗体が承認されました。皮下投与が可能で、患者さんの利便性も向上しています。
治療を受ける上での注意点
副作用への対策
多剤併用療法では複数の薬剤を使用するため、想定される副作用も多岐にわたります。しかし、2026年現在、多くの副作用に対する支持療法(症状を軽減するための治療)が開発されており、以前と比べて副作用のコントロールが容易になっています。
吐き気に対しては5-HT3受容体拮抗剤やNK1受容体拮抗剤などの制吐剤が使用されます。骨髄抑制(白血球減少など)に対しては、抗菌薬の予防投与や白血球を増やす薬剤が用いられることもあります。
医師との情報共有
治療中に気になる症状が現れた場合は、些細なことでも医療スタッフに相談することが大切です。副作用の程度によっては、薬剤の減量や投与スケジュールの調整が必要になる場合があります。
また、他の医療機関を受診する際には、現在受けている多剤併用療法について必ず伝えてください。抗がん剤と相互作用を起こす可能性のある薬もあるためです。
治療効果を高めるために
多剤併用療法の効果を最大限に引き出すためには、治療スケジュールを守ることが重要です。体調不良などで投与を延期せざるを得ない場合もありますが、可能な限り予定通りに治療を進めることで、がん細胞に対する攻撃を継続することができます。
また、栄養状態を良好に保つこと、適度な運動を続けること、十分な休息を取ることも治療を完遂するために大切です。日常生活を平穏に過ごすことが、治療継続の鍵となります。
個別化医療の進展
近年では、がん細胞の遺伝子検査を行い、その結果に基づいて最適な薬剤を選択する「個別化医療」が進んでいます。次世代シークエンサーを用いた遺伝子パネル検査により、多数の遺伝子を調べることが可能になっています。
遺伝子変異が見つかった場合、その変異に対応した分子標的薬を従来の化学療法に組み合わせることで、より効果的な治療が期待できます。ただし、遺伝子検査で適応となる薬剤が見つかるのは、現時点では調べた患者さんの一部に限られています。
まとめ
がんの薬物療法で複数の抗がん剤を併用する理由は、がん細胞の不均一性に対応し、薬剤耐性を防ぎ、治療効果を向上させるためです。
多剤併用療法には様々な種類があり、がんの種類や進行度、患者さんの状態に応じて最適な組み合わせが選択されます。副作用への懸念はあるかもしれませんが、適切な支持療法を併用することで、多くの患者さんが治療を完遂できています。
治療について疑問や不安がある場合は、担当医や医療スタッフに遠慮なく相談してください。治療内容を理解し、納得した上で治療を受けることが、前向きに治療に取り組むために重要です。