現在"重い粒子"を用いてがん細胞を殺す「粒子線治療」が脚光を浴びています。
重いといっても、この治療で用いられるのは陽子や炭素の原子核などであり、電子や、質量のないX線(電磁波の一種)に比べて重いということです。陽子を使う粒子線治療は、とくに「陽子線治療」といいます。
また、陽子より重い炭素の原子核などを使う場合には、「重粒子線治療」と呼ばれることもあります。陽子や炭素原子核はプラスの電気(正電荷)をもっているので、電磁気力を用いれば、これらの粒子を光の速度近くまで加速することができます。
それには、「サイクロトロン(円形加速器)や「シンクロトロン(同期加速器)」と呼ばれる装置を使用します。こうして加速された粒子を患者の体に撃ち込むと、粒子は体の途中までは突き抜けますが、あるところで停止します。
粒子線治療のしくみ
粒子のもつエネルギーが大きければ大きいほど、その到達距離(飛程)も長くなります。しかし、粒子のエネルギーの大半は、それが止まる直前に放出されます。したがって患者の体が吸収するエネルギー量は、この「停止点」のまわりがもっとも高くなります。さらに、停止点より深いところには、ほとんどエネルギーは与えられません。
「物質を通り抜けるときに粒子が放出するエネルギーは、粒子が停止する直前に最大(ピーク)になる」というこの現象は、20世紀初頭のイギリスの物理学者ウィリアム・H・ブラッグが発見しました。そこでこのピークを「ブラッグピーク」と呼びます。従来の放射線治療で利用されていたのは、おもにX線でした。
しかし、X線の照射による治療には、ひとつの問題がありました。X線を患者に照射すると、その大部分は患者の体を完全に突き抜けます。このときX線は、組織を通り抜けながら、エネルギーを周囲に少しずつ与えていきます。
そのため、X線による放射線治療では、標的(がん病巣)の手前にも背後にも、かなりの線量が与えられることになるのです。これに対して粒子線治療では、いったん標的の位置を定め、そこで粒子が止まるようにすれば、標的にもっとも大きなエネルギーを与えることができます。
粒子線治療の効果
これが粒子線とX線との際立った違いであり、粒子線治療の大きな特徴となっています。粒子線治療は、このブラッグピークを利用します。それには、粒子ビームを放出する装置と患者との間に、適当な厚さの物体を入れます。すると、ブラッグピークは物体の分だけ手前、つまり患者の体の浅いところに移動します。
粒子のエネルギーを弱めるこの物体は、「吸収体」と呼ばれます。そこで、吸収体を出し入れしながら照射を行えば、がん(正確には計画標的体積)の深さと厚みに合わせてブラッグピークを移動させることが可能です。
つまり、周辺の組織になるべく損傷を与えず、がんだけに強いエネルギーを与えることができるのです。このように、粒子線治療では「がんに高い総量を、周囲には低い線量を」という放射線治療の目標が理想的な形で達成されるのが大きな特徴だといえます。
以上、放射線治療についての解説でした。