肝臓がんの治療では古くから現在まで中心的な役割を担っている「肝動脈塞栓療法」。肝臓という重要な臓器に影響を与える治療法なので、事前にその特徴と効果(再発率・生存率)を知っておくことが重要です。
長所
肝動脈塞栓療法は、体の負担が比較的少ない(侵襲度がやや小さい)治療法です。そのため、必要に応じてくり返し治療を行うことができます(ただし、くり返し治療にも限界があります)。
さらに、がんの進行度に応じて、肝切除や局所的治療(エタノール注入法やマイクロ波凝固法、ラジオ波焼灼法など)など、他の治療法と組み合わせて、治療効果を高めることが可能です。
肝臓の機能がかなり低下しているときでも、塞栓療法を行うことはできます。これは近年、塞栓の範囲を腫瘍の周辺のみに限定する手法(選択的塞栓療法)が飛躍的に進展したためです。
この手法では、腫瘍以外の肝臓の組織を傷つけることが少なく、「肝障害度C」でも治療が可能なことがあります。さらに、効果的に腫瘍を攻撃できるため、局所再発率が低くなるというメリットもあります。
選択的塞栓療法は、多発しているときでも、肝臓を部分ごとに区切り、時間をおいて順次、塞栓を行うことで、すべての肺瘍の治療を行うことができます。いっぽう肝臓全体を塞栓するときには、多発している小さな腫瘍に対して、いちどに損傷を与えることができるという利点があります。とはいえ、その場合には、肝臓の機能が低下するおそれが大きくなります。
問題点
この治療法には、おもに5つ問題があります。それらは、①再発率が高い、②治療効果が低いタイプのがんがある、③高度な技術を必要とする場合がある、④治療によっては肝臓の障害度が高まる、そして⑤治療のくり返し回数にも限界がある、というものです。
①再発率が高い
肝動脈塞栓療法は、それだけでは腫瘍を完全に壊死させることが難しく、再発率が高いといえます。肝細胞がんは、腫瘍の被膜やその外側にもがん細胞が浸潤することが多いがんです。
その場合、被膜の内側は効果的に殺すことはできても、被膜やその外側のがん細胞が残ってしまいます。これは、被膜の外側には抗がん剤やリピオドールが浸透しにくいこと、さらに被膜の外側のがん細胞は門脈からも血液を受けとっていることが多く、その部分の塞栓の効果が小さいことが原因です。
ただし最近では、選択的塞栓療法によって、かなり効果的に、被膜の外側を含めてがんを壊死させることができるようになりました。被膜の外側にもリピオドールが十分に浸透すれば、その部分から再発することはまれです。
②治療効果が低いタイプのがんがある
治療効果が低いがんとは、おもに高分化型のがんです。このようながんでは、腫瘍が多発していて、肝動脈塞栓療法が適しているように思えても、それ以外の治療法を選択しなくてはならなくなります。
ただし、高分化型のがんは初期の肝細胞がんに多く、他の治療法を選択できることも少なくありません。さらに、多発例では他の局所的治療法(エタノール注入療法など)と組み合わせたり、肝動脈塞栓療法の代わりに動注法を選ぶこともあります。
問題は、病院によっては、治療効果が期待できなくても、しばしば塞栓療法を行っているということです。これは、単に肝臓の状態を悪化させるだけに終わりかねません。そこで患者は、自分の腫瘍が本当に塞栓療法に向いているのかどうか、医師に説明を求めるべきです。
③技術的熟練を必要とする
この問題は、他の治療法でも共通しています。しかし、肝動脈塞栓療法は、動脈の内部にカテーテルを入れる治療法であるという点で、医師の専門的知識と技術が不可欠です。とりわけ選択的塞栓療法では、カテーテルの内部からさらにマイクロカテーテルをくり出し、目的の細い血管まで到達させねばなりません。
最近では、カテーテルなどの器具が著しく進歩したため、失敗例は少なくなったとされています。しかし、熟練した医師以外の治療にはやはり、失敗の可能性がついてまわります。患者は、その病院ではどのくらい塞栓療法の経験があるか、選択的治療法を行う場合にはその実施回数なども確認すべきでしょう。
さらに塞栓療法では、治療をくり返すうちに血管が損傷を受け、それ以上の治療ができなくなりますが、医師が熟練していないと、より早い時期に塞栓療法が困難になることもあります。
選択的塞栓療法では、別の問題として、腫瘍に向かう血管をすべて塞栓できるかどうかが重要になります。それにはまず、適切に血管造影を行って、腫瘍に向かう血管の位置を確認し、そのうえで、それらの血管を確実に塞栓しなくてはなりません。塞栓が十分に行われたかどうかは、治療後の効果判定のときに明らかになります。
④肝臓に傷害を与える
塞栓を行うと、正常な肝臓の組織も多少は傷つき、また使用する抗がん剤も、肝機能を悪化させることがあります。がんが進行していると、塞栓を行っても再発をくり返すことになり、治療のたびに肝臓に傷害を与えることになります。
進行した肝細胞がんの患者は、がんが直接の原因となって死亡するよりも、むしろ肝臓の機能が失われ、肝不全で死亡することが少なくありません。したがって、治療によって肝臓に傷害を与えることは、極力避けなければなりません。
近年、選択的塞栓療法によって、この問題は大きく改善されました。抗がん剤を適切に選べば、肝臓に損傷を与えることは少なくなります。
⑤くり返し治療に限界がある
塞栓療法では、治療を何度もくり返すと、カテーテルを通す動脈の傷がひどくなっていき、それ以上の治療が困難になります。
腫瘍に栄養を与えている肝動脈が、カテーテルの刺激に反応して完全にふさがって、治療が困難になることもあります。これは一見良いことのようですが、腫瘍は肝動脈ではなく、近くを通る別の臓器の血管などによって生き延びるようになります。
肝動脈塞栓療法の再発率、生存率
肝動脈塞栓療法は広く普及した治療法であり、他の治療と併用した場合も含めて、肝臓がんの患者さん全体の半数近くがこの治療を受けています。
この治療法では根治は期待できません。また、再発しやすい状態の患者が治療の対象になることもあり、生存率はあまり高くありません。
日本肝癌研究会の最近の調査報告によると、この治療を受けた全患者の3年生存率は43パーセント、5年生存率は24パーセントです。ただし、これは過去約20年間のデータをまとめたものであり、近年の治療成績はまだ明らかではありません。
この治療法は最近、技術的に大きく進歩しており、とりわけまだ歴史の浅い選択的塞栓療法は、局所再発率がかなり低いとされています。病院によっては、ステージ1の患者に対する選択的塞栓療法を行っており、この場合、5年生存率が50~60パーセントに達するという報告もあります。これは、肝臓の切除やエタノール注入療法とほぼ同じ治療成績です。
以上、肝臓がんの治療についての解説でした。