手術は、おもにがんが前立腺内にだけある場合に行われる
前立腺がんを根治目的で治療するときに選択される治療法の一つが手術(根治的前立腺摘除術)です。手術が行われるのは大まかにいえば、がんが前立腺内にだけあると判定された場合です。一般的には低リスク~高リスクの一部に分類されるがんに対して行われます。
手術を選択できる具体的な目安は、PSA値は10ng/ml未満、グリソン・スコアは7以下、TNM分類ではT1からT2(b)までとされています。つまり、低リスクの場合と、中リスクのなかでもPSA値が10ng/ml未満である人が対象です。
しかし、前立腺がんの手術で成否を大きく左右するのは、がんの広がり(進行度)です。グリソン・スコアが8以上、あるいはPSA値が20ng/ml以上といった高リスクでも、がんが前立腺内にだけある場合は根治の可能性がないとはいえないので、手術を選択してもよいといえます。
逆に、ほかの指標の値が低くても、TNM分類で明らかにT3と判定されるような、前立腺の外までがんが浸潤している状態では、手術をしない場合がほとんどです。たとえ、前立腺をすべて取り除いたとしても、外まで浸潤しているのでは、がんをすべて取り除くことができず根治は望めないからです。
部分摘出はない
前立腺がんの手術は、前立腺を全部摘出する根治的前立腺摘除術となります。前立腺の部分摘出という方法はありません。前立腺とともに前立腺に付随する精嚢や精管の一部も摘出します。また、前立腺の中には尿道が通っているため、前立腺を摘出する手術の際には、いったん尿道を切断して術後に尿道を膀胱に縫い合わせること(吻合)が必ず行われます。
手術の3つの方法
前立腺がんの手術には、どこから切開するかによって3つの方法があります。下腹部を切り開く方法(恥骨後式摘出術)、股間の会陰部を切り開く方法(会陰式摘出術)、そして、切開はせず、内視鏡(腹腔鏡)によってこれらの手術と同様に前立腺をすべて摘出する方法があります。
ただし、会陰部を切り開く方法は限られた施設でしか行われていません。手術は全身麻酔で行われるため、手術そのものによる苦痛はありません。手術に要する時間は、切開を伴う手術で2~4時間、内視鏡の場合はそれ以上かかります。
手術にはがんの進行を正確に知る目的もある
前立腺がんの手術には、がんを完全に取り去るという目的のほかに、がんの進行度を正確に再確認する、という目的もあります。これは手術後の治療方針を考えるうえでも重要です。がんの広がり(とくに、T分類でT2なのか、T3なのか)を手術前に正確に鑑別・判定するのは難しく、手術をすることで見極めることができるといえます。
がんが前立腺の被膜まで侵食しているのか、さらにそれすら超えて広がりつつあるのか、取り出した前立腺の組織を顕微鏡で観察し、より詳細で正確な病理診断(T分類とグリソン・スコアによる分類)を行います。
ただし、すでに手術の前にホルモン療法を行っているときには、この病理診断は行われないことがふつうです。これは、ホルモン療法を行うと前立腺の組織が使用した薬の影響を強く受けて、正確な評価ができないためです。
放射線治療を行った場合も同様で、グリソン・スコアによる悪性度の判定は、ホルモン療法や放射線治療の治療前の状態で行わなければなりません。実際には、手術前のホルモン療法はほとんど行われていないのが現状です。
なお、前立腺がんの手術の際、骨盤内リンパ節郭清(骨盤内にあるリンパ節を周囲の脂肪ごと取り除くこと)を行う場合があります。これも、病理診断同様リンパ節に転移があるかどうかを確認し、進行度を確認することが目的です。手術に踏み切ったものの、リンパ節を取ってみたら転移していた、という事例は稀にあります。
手術による入院期間と合併症
前立腺がんの手術を行った場合の入院期間は、施設によって多少の違いがありますがおよそ10日間です。手術による合併症がおこれば、入院はその分長くなることになります。
手術に伴う合併症としては、術中の出血、術後の尿もれ(失禁)などが考えられます。手術中の出血でとくに注意を要するのが、前立腺のいちばん奥のほう、恥骨の裏のいちばん奥に位置する太い静脈(陰茎背静脈群)からの出血です。
1990年代頃までは大出血を招くこともありましたが、現在ではそのような大出血がおこることはほとんどありません。しかし、万が一輸血が必要になったときに備え手術前に自身の血液を貯えるようになっています。
手術の日程が決まったら、その2~3週間前から1週間に1回、通常の献血と同量の400mlを採血して貯蔵しておきます(全部で800ml)。その間は、必要であれば造血薬を服用します。
泌尿器科のがんの手術のなかでも、前立腺の手術は手術法が確立した安全な手術といえます。肝臓や肺など生命維持に直結する器官ではないので手術中に死亡する確率はほとんどないといえます。
合併症・失禁の確率を事前に確認する
前立腺の手術を行った場合、出血も失禁もまったくなしで済ませることはできません。ただし、それが深刻な事態に結びついてしまうかどうか、術後の生活にかなり不便を強いるかどうかは、医師の技術によるところが大きいといえます。
とくに失禁に関して、手術直後の少量の失禁を避けることはできませんが、的確な手術が行われていれば、特別それに対する治療を行わなくても、約1カ月で回復します。
前立腺の手術実績の豊富な病院では退院するときには、10人の患者さんのうち6人までが、日常生活を送るうえでほとんど不都合がない状態になっています。
失禁を防ぐ、すなわち尿を漏れないようにする働きは、そのごく一部を前立腺上の膀胱頸部が担い、残りのほとんどを前立腺の下にある尿道括約筋が担っています。
前立腺を摘出すると、尿もれを防ぐ機能のうち膀胱頸部の働きは失われます。あとは、尿道括約筋をどれだけ壊さずに温存できるかにかかっており、ミリ単位の技術が問われます。手術を行う医師には、数ミリの誤差を判断し、実際に切除する技量が求められます。
体の臓器も個人差があるのですべてが医師の腕しだいというわけではないですが、手術による影響が強いのは事実です。患者サイドとしては、手術を受ける前に入院日数、手術中に輸血が必要になった割合、失禁のおこった割合、手術件数などを確かめ、納得したうえで手術を受ける施設を選ぶべきだといえます。
勃起機能について
手術による合併症で男性のQOL(生活の質)にかかわる大きな要素が、男性機能(勃起機能)に関することだといえます。
前立腺がんで、前立腺を摘出する場合は、精子を運ぶ精管、精液の一部をつくる精嚢を含めて摘出することになり、精子を運ぶ機能が失われます。また、射精もできなくなります。
ただ、患者の希望によって勃起能力を残すことは可能です。前立腺のすぐわきにある、勃起機能をつかさどる神経を残す、神経温存という手法です。
この神経は左右にあって、両方を温存するか、片方のみを温存するかを選ぶことができます。ただし、温存手術を行った場合でも、勃起能力を失うことがあります。この場合は勃起不全治療薬で回復する可能性がありますが、神経を除去した場合には勃起不全治療薬を用いてもその効果は望めません。
注意すべきことは神経を温存する手術法には、神経とともにがん細胞も一緒に残ってしまう可能性が伴うということです。それを十分に検討したうえで、最終的な選択は個々の判断によります。
がんが残る危険性はあっても、男性機能温存の確率をゼロにしたくないというのであれば、神経を残す神経温存手術が試みられます。片側温存で、手術時間は通常の手術に30分ほど追加される程度です。男性機能温存についての考え方は、個人差が多いので本人、パートナーを含め、よく話し合って、がんの残る確率などを正しく理解したうえで判断することが大切です。
以上、前立腺がんの治療に関する解説でした。