はじめに
がんの治療において、手術(外科治療)は最も基本的で重要な治療選択肢の一つです。2025年現在、手術技術は飛躍的に進歩し、患者さんの体への負担を軽減しながら、より高い治療効果を目指すことが可能になっています。この記事では、がんの手術治療について、その種類と目的を最新の医療情報とともに詳しく解説します。
がん手術の基本分類
がん治療で行われる手術は、その目的に応じて大きく3つのカテゴリーに分類されます。それぞれの手術には明確な目的があり、患者さんの状態やがんの進行度に応じて選択されます。
1. 根治手術
根治手術は、手術終了時点で体内にがんが残っていない状態を目指す手術です。これは外科治療の最も理想的な形態であり、完全な治癒を目標としています。
根治手術が実施可能かどうかは、手術を行うかどうかの重要な判断基準となります。がんの位置、大きさ、転移の状況などを総合的に評価し、完全な切除が可能と判断された場合にのみ実施されます。遠隔転移が認められるステージ4や末期がんでは、通常、根治手術は適応されません。これは、臓器や機能を失うリスクが治療効果を上回る可能性があるためです。
根治手術はさらに2つのタイプに分類されます:
「肉眼的根治手術」は、手術中に摘出されたがんや切除した組織を肉眼で観察し、がんが患者さんの体内に残存していないと判定される手術です。
一方、「病理学的根治手術」は、切除した組織を顕微鏡で詳細に調べ(病理学的検査)、がんの残存がないことを確認する手術です。この検査により、より正確ながんの切除状況を把握できます。
2. 非根治手術
非根治手術は、手術後も体内にがんが残る状態となる手術です。これには計画的に行われる場合と、結果的にがんを取り残してしまう場合の2つのパターンがあります。
意図的に行われる非根治手術は「姑息手術」または「対症的手術」と呼ばれます。これらの手術は、がんの存在が患者さんの生命に深刻な影響を及ぼしている場合に実施されます。例えば、腫瘍からの大量出血や、腫瘍による腸閉塞や気道閉塞などの症状を改善することを目的としています。
姑息手術では、根治性は重視せず、患者さんの生活の質(QOL)の改善や症状の緩和に重点を置きます。がんそのものの切除だけでなく、バイパス手術やステント留置術なども含まれます。これらの処置により、患者さんの状態を一時的に改善し、より良い生活を送れるよう支援します。
3. 診断的手術
診断的手術は、治療目的ではなく、がんの確定診断を得るために行われる手術です。画像検査だけでは、腫瘍ががんであるかどうかを断定することは困難なため、実際の組織を採取して病理学的検査を行う必要があります。
針生検は最も侵襲性の低い診断的手術の例です。これは腫瘍に細い針を刺して細胞や組織を採取する方法で、外来で実施可能な場合も多くあります。
一方、内視鏡や開胸・開腹による組織切除では、より大きな検体を採取できるため、より詳細な診断が可能になります。これらの場合、診断と同時に治療効果も期待できることがあります。つまり、がんと疑われる腫瘍を切除することで、診断と治療を同時に行うことができるのです。
2025年最新の手術技術
がん手術の技術は急速に進歩しており、2025年現在では従来の開腹・開胸手術に加えて、より低侵襲な手術方法が広く普及しています。
腹腔鏡・胸腔鏡手術
腹腔鏡手術は、腹部に小さな穴を数か所開け、そこからカメラと専用の手術器具を挿入して行う手術です。患者さんの体への負担が大幅に軽減され、多くのメリットをもたらします。
手術創が小さいため、術後の痛みが少なく、回復が早いのが特徴です。入院期間も短縮され、早期の社会復帰が可能になります。また、美容的な観点からも優れており、患者さんの心理的負担の軽減にもつながります。
さらに、腹腔鏡の高解像度カメラにより、術野を拡大して観察できるため、細かい血管や神経も明確に見えます。これにより、出血量を最小限に抑え、より精密な手術が可能になります。
ロボット支援手術
2025年現在、ロボット支援手術は日本のがん治療において重要な位置を占めています。手術支援ロボット「ダヴィンチ」をはじめとする最新機器により、従来の腹腔鏡手術よりもさらに精密な操作が可能になっています。
ロボット支援手術の最大の特徴は、3次元の高精細画像と、人間の手首よりも自由度の高いロボットアームです。これにより、狭い部位での繊細な操作が可能になり、神経や血管の損傷リスクを大幅に低減できます。
2024年度の診療報酬改定では、ロボット支援下の肺切除術や弁置換術なども新たに保険適用となり、適応範囲が着実に拡大しています。現在では、前立腺がん、腎がん、膀胱がん、大腸がん、胃がん、肺がん、食道がんなど多くのがん種で実施されています。
単孔式手術
最新の技術として、臍部(おへそ)の1か所のみから手術を行う単孔式手術も登場しています。2025年には、がん研有明病院などの先進的医療機関で単孔式ロボット手術システム(ダヴィンチSP)が導入され、より整容性に配慮した治療が可能になっています。
手術方法の選択基準
どの手術方法を選択するかは、複数の要因を総合的に考慮して決定されます。
がんの病期(ステージ)
早期がんでは内視鏡治療や腹腔鏡手術が適用されることが多く、進行がんでは開腹・開胸手術が必要になる場合があります。ただし、技術の進歩により、従来は開腹手術が必要とされていた進行がんでも、腹腔鏡やロボット支援手術で対応できるケースが増えています。
がんの部位と大きさ
がんの発生部位や腫瘍の大きさによって、適用可能な手術方法が決まります。アクセスが困難な部位や、重要な臓器に近接している場合は、より精密な手術が求められます。
患者さんの全身状態
年齢、基礎疾患、体力などの患者さんの状態も重要な選択基準です。高齢の方や心肺機能に問題がある方では、体への負担が少ない低侵襲手術が選択されることが多くなります。
外科医の技術と施設の設備
腹腔鏡手術やロボット支援手術は高度な技術を要するため、経験豊富な外科医と適切な設備が必要です。日本内視鏡外科学会の技術認定医制度なども参考にして、適切な施設を選択することが重要です。
手術の流れとプロセス
がんの手術は、事前の準備から術後の経過観察まで、一連のプロセスで構成されています。
術前検査と準備
手術前には、患者さんの全身状態を把握し、手術の安全性を確保するための詳細な検査が行われます。血液検査、心電図、胸部レントゲン、呼吸機能検査などの基本的な検査に加えて、必要に応じてCTやMRI、PET検査なども実施されます。
また、麻酔に関するリスク評価も重要です。麻酔科医による術前診察により、適切な麻酔方法が選択され、手術中の安全が確保されます。
手術中の管理
手術中は、麻酔科医、外科医、看護師、臨床工学技士などの医療チームが連携して、患者さんの安全と手術の成功を目指します。最新のモニタリング機器により、患者さんのバイタルサインを常時監視し、必要に応じて適切な対応を行います。
術後管理と回復
手術後は、痛みの管理、感染予防、早期離床などの術後管理が行われます。低侵襲手術の普及により、多くの患者さんが手術翌日から歩行可能となり、術後3-7日程度で退院できるようになっています。
手術のメリットとデメリット
がんの手術治療には、明確なメリットがある一方で、考慮すべきデメリットやリスクも存在します。
手術治療のメリット
手術の最大のメリットは、がん組織を物理的に除去できることです。適切に実施された根治手術により、がんの完全な治癒が期待できます。早期の胃がんでは、手術により約100%に近い治癒率が報告されています。
また、手術は局所治療であるため、全身への影響が限定的で、他の治療法と比較して副作用が少ないという特徴があります。
手術治療のデメリットとリスク
手術には必然的に体への負担が伴います。全身麻酔のリスク、術後の痛み、感染症の可能性、臓器機能の低下などが挙げられます。
また、手術により臓器の一部または全部を切除するため、その臓器が担っていた機能が失われる可能性があります。消化器系の手術では食事摂取に影響が出ることがあり、適切な栄養管理やリハビリテーションが必要になります。
さらに、目に見えない微小ながん細胞を完全に除去することは困難な場合があり、再発のリスクも考慮する必要があります。
2025年のがん手術における最新動向
2025年現在、がん手術の分野では革新的な技術開発が続いています。
人工知能(AI)の活用
AIを活用した手術支援システムの開発が進んでいます。画像解析技術により、がん組織と正常組織の境界をより正確に識別し、最適な切除範囲を決定することが可能になりつつあります。
個別化医療の進展
がんゲノム医療の発展により、患者さん一人ひとりのがんの特性に応じた個別化された手術アプローチが可能になっています。遺伝子情報に基づいて、最適な手術方法や術後治療を選択することで、より良い治療成績が期待されます。
免疫チェックポイント阻害薬との併用
2025年2月に発表された国立がん研究センターの研究では、手術で切除できない局所進行食道がんに対して、放射線化学療法と免疫チェックポイント阻害薬の併用により、高い完全奏効率が得られることが示されました。このような新しい治療戦略により、従来は手術適応外とされていた症例でも良好な治療成績が期待できるようになっています。
術後の経過観察の重要性
手術が成功しても、その後の経過観察は非常に重要です。がんの再発は多くの場合、手術から5年以内に起こるとされており、定期的な検査により早期発見・早期治療が可能になります。
定期検査の内容
術後の定期検査には、血液検査(腫瘍マーカーを含む)、画像検査(CT、MRI、PETなど)、内視鏡検査などが含まれます。検査の頻度や内容は、がんの種類、病期、手術の内容などにより個別に決定されます。
リキッドバイオプシー
最新の検査技術として、血液中のがん細胞やがん由来のDNAを検出するリキッドバイオプシーが注目されています。この技術により、より早期に再発を発見し、適切な治療を開始することが可能になると期待されています。
手術と他の治療法との併用
現代のがん治療では、手術単独ではなく、他の治療法と組み合わせた集学的治療が標準となっています。
術前化学療法(ネオアジュバント療法)
手術前に薬物療法を行い、腫瘍を縮小させてから手術を実施する方法です。これにより、手術の成功率を高め、臓器温存手術が可能になる場合があります。
術後補助療法(アジュバント療法)
手術後に残存する可能性のある微小ながん細胞に対して、薬物療法や放射線療法を行います。これにより、再発リスクを低減し、長期生存率の向上が期待できます。
患者さんとご家族へのサポート
がんの手術は、患者さんとご家族にとって大きな負担となります。適切なサポート体制の構築が重要です。
インフォームドコンセント
手術前には、医師から手術の内容、期待される効果、リスク、代替治療などについて詳細な説明が行われます。患者さんが十分に理解し、納得した上で治療に同意することが重要です。
心理的サポート
がん診断や手術に対する不安や恐怖は自然な反応です。医療ソーシャルワーカー、臨床心理士、看護師などの専門職により、心理的なサポートが提供されます。
セカンドオピニオン
治療方針について他の医師の意見を聞くセカンドオピニオンは、患者さんの権利です。より良い治療選択のために、積極的に活用することが推奨されます。
まとめ
がん治療における手術は、根治手術、非根治手術、診断的手術という明確な目的に基づいて実施されます。2025年現在、腹腔鏡手術、ロボット支援手術、単孔式手術などの低侵襲技術により、患者さんの体への負担を軽減しながら、高い治療効果を達成することが可能になっています。
手術方法の選択は、がんの特性、患者さんの状態、医療技術の水準などを総合的に考慮して決定されます。また、手術単独ではなく、他の治療法との組み合わせにより、より良い治療成績が期待できます。
重要なことは、「手術ができれば治る」という単純な考えではなく、何のための手術なのか、どのような結果が期待できるのかを明確に理解することです。