がんゲノム医療の普及とともに、「がん遺伝子パネル検査」という言葉を耳にする機会が増えました。この検査は一人ひとりのがんの特徴を遺伝子レベルで詳しく調べ、最適な治療選択肢を見つけるための検査です。
本記事ではがん遺伝子パネル検査について最新の情報をもとに分かりやすく解説します。
がん遺伝子パネル検査とは
がん遺伝子パネル検査は、がん細胞に起きている遺伝子変異を一度に複数調べることができる検査です。従来の検査では1つまたは数個の遺伝子しか調べることができませんでしたが、次世代シークエンサーという最新の解析装置を用いることで、数十から数百の遺伝子を同時に解析できるようになりました。
検査では、患者さんのがん組織や血液を使って遺伝子変異を確認し、その結果をもとに効果が期待できる治療薬があるかどうかを検討します。この検査によって得られた情報は「エキスパートパネル」と呼ばれる専門家の集まりで検討され、担当医が治療方針を患者さんに提案する際の参考となります。
ゲノムプロファイル検査とコンパニオン診断の違い
がん遺伝子パネル検査には主に2つの目的があります。
がんゲノムプロファイリング検査
標準治療がない、または標準治療が終了した患者さんを対象に、新たな治療選択肢を探すための検査です。検査結果をエキスパートパネルで総合的に検討し、治療方針を決定します。現在保険適用となっている主な用途です。
コンパニオン診断
特定の分子標的薬が効果を示すかどうかを事前に調べる検査です。2011年頃から普及が始まり、EGFR阻害薬やALK阻害薬などの使用前に実施されます。コンパニオン診断では、目的となる遺伝子変異が見つかればその薬剤の効果が期待でき、見つからなければ効果は期待できないと判断されます。
保険適用の条件と費用
2019年6月からがん遺伝子パネル検査の保険適用が開始され、現在多くの患者さんが利用できるようになっています。
保険適用の対象者
- 標準治療がない固形がんの患者さん
- 局所進行または転移が認められ、標準治療が終了した(終了見込みも含む)固形がんの患者さん
- 全身状態および臓器機能などから、検査後に薬物療法の適応となる可能性が高いと主治医が判断した患者さん
血液のがん(造血器腫瘍)については、2025年3月に国内初の造血器腫瘍遺伝子パネル検査「ヘムサイト」が保険適用となりました。
検査費用
保険診療での検査費用は56万円となっています。患者負担は以下のとおりです:
負担割合 | 患者負担額 |
---|---|
1割負担 | 5万6千円 |
2割負担 | 11万2千円 |
3割負担 | 16万8千円 |
なお、検体の準備などの費用が追加で必要となる場合があります。高額療養費制度の対象となるため、多くの場合で実際の負担額はさらに軽減されます。
検査を受けられる病院
がん遺伝子パネル検査は、全国のがんゲノム医療体制の指定医療機関でのみ実施可能です。2025年6月現在、以下の施設が指定されています:
がんゲノム医療中核拠点病院
全国13施設が指定されており、がんゲノム医療を牽引する高度な機能を有する医療機関です。独自でエキスパートパネルを実施でき、人材育成、治験、先進医療の主導、研究開発について中心的な役割を担っています。
がんゲノム医療拠点病院
全国32施設が指定されており、中核拠点病院と連携してがんゲノム医療を提供します。独自でエキスパートパネルを開催でき、治療方針の決定を単独で行うことができます。
がんゲノム医療連携病院
全国237施設が指定されており、中核拠点病院や拠点病院と連携してがんゲノム医療を行います。このうち35施設では独自でエキスパートパネルの開催が可能です。
検査を希望される場合は、まずかかりつけの主治医にご相談ください。必要な書類の準備や、検査可能な医療機関への紹介状の作成など、適切な手続きを進めてもらえます。
保険適用されるがん遺伝子パネル検査の種類
2025年現在、保険適用となっているがん遺伝子パネル検査は5種類あります:
1. OncoGuide NCC オンコパネルシステム
国立がん研究センターが開発した検査で、124個の遺伝子について調べます。がん組織と血液の両方を用いて実施します。
2. FoundationOne CDx がんゲノムプロファイル
米国で開発された検査で、324個の遺伝子変異を一度に調べることができます。がん組織を用いた検査です。
3. FoundationOne Liquid CDx がんゲノムプロファイル
血液中に浮遊するがん由来のDNAを調べるリキッドバイオプシー検査で、採血のみで実施できます。
4. Guardant360 CDx がん遺伝子パネル
血液検査による遺伝子パネル検査で、がん組織の採取が困難な場合に有用です。
5. ヘムサイト診断薬
2025年3月に保険適用となった国内初の造血器腫瘍専用の遺伝子パネル検査です。
検査の流れと注意点
検査前の準備
検査を行う前に、患者さんには十分な説明が行われ、同意書への署名が必要です。検査の目的、期待できる効果、リスクなどについて理解していただきます。
検査期間
検査申し込みから結果説明まで約4〜6週間かかります。この期間には検体の解析、C-CATでのデータ登録、エキスパートパネルでの検討が含まれます。
検査結果の限界
がん遺伝子パネル検査を受けても、以下のような理由で治療につながる情報が得られない場合があります:
- がん組織の状態により検査が正確に実施できない場合
- 遺伝子変異が見つからない場合
- 検査結果の解釈が困難な場合
- 適した薬剤がない場合
現在、がん遺伝子パネル検査の結果に基づいて新たな治療選択肢が提示される患者さんは約半数で、実際に治療が実施されるのは全体の約10%程度とされています。
遺伝子変異が見つかった場合の治療選択肢
がん遺伝子パネル検査で治療に有用な遺伝子変異が見つかった場合の治療選択肢は以下のとおりです:
1. 保険診療での治療
検出された遺伝子変異に対して、すでに保険適用されている治療薬がある場合です。
2. 治験・臨床研究での治療
新しい治療薬の臨床試験に参加する形で治療を受ける場合です。参加には一定の条件があります。
3. 先進医療・患者申出療養での治療
保険診療と併用して、一部自己負担で治療を受ける制度です。
4. 自費診療での治療
全額自己負担での治療です。高額療養費制度は適用されません。
遺伝性腫瘍に関する注意点
がん遺伝子パネル検査、特にNCCオンコパネルでは、がん細胞の遺伝子変異だけでなく、ご本人の血液細胞に含まれる生まれつきの遺伝子変異(家族性腫瘍に関連する遺伝子異常)が見つかる可能性があります。
このような情報が得られた場合、ご本人だけでなくご家族(血縁者)にもがんが発症するリスクがあることが示唆される場合があります。検査前に主治医とよく相談し、必要に応じて遺伝カウンセリングの受診も検討してください。
C-CATによるデータ活用
がん遺伝子パネル検査を受けた患者さんの同意のもと、遺伝子変異の情報や臨床情報は国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター(C-CAT)に登録されます。
2025年3月末時点で、C-CATに登録された患者さんの総数は10万例を超えています。これらの情報は厳正な審査のもと、学術研究や医薬品開発に活用され、将来のがん治療の向上に貢献しています。99%以上の患者さんが情報の二次利用に同意されており、世界に類を見ない貴重なデータベースとなっています。
検査を受ける前に考慮すべきこと
検査の目的を明確にする
がん遺伝子パネル検査は診断や早期発見のためのスクリーニング検査ではありません。治療方針を決定するための検査であることを理解してください。
期待値の調整
すべての患者さんに有効な治療が見つかるわけではないことを理解し、検査結果によらず現在可能な治療選択肢についても主治医とよく相談してください。
費用の確認
保険適用の条件を満たさない場合は自費診療となり、40万円以上の費用がかかる場合があります。事前に詳しい費用について医療機関に確認してください。
今後の展望
がんゲノム医療は急速に発展しており、新しい治療薬の開発や検査技術の向上により、より多くの患者さんに有効な治療選択肢が提供されることが期待されています。
また、造血器腫瘍用の遺伝子パネル検査の保険適用開始など、適用範囲も拡大しています。全ゲノム解析等実行計画2022により、さらなるがんゲノム医療の推進が図られています。
参考文献・出典
- 国立がん研究センター がんゲノム情報管理センター:がん遺伝子パネル検査とは
- 国立がん研究センター:保険診療でのがん遺伝子パネル検査の登録患者数が10万例に到達
- 大塚製薬:国内初の造血器腫瘍遺伝子パネル検査「ヘムサイト®」新発売
- 国立がん研究センター C-CAT:がんゲノム医療中核拠点病院・拠点病院・連携病院について
- 厚生労働省:がん診療連携拠点病院等
- 国立がん研究センター中央病院:よくある質問
- 国立がん研究センター がん情報サービス:がんゲノム医療 もっと詳しく
- がんゲノム医療情報サイト:がん遺伝子パネル検査とは
- がんプラス:がんゲノム医療の検査
- GemMed:「造血器腫瘍または類縁疾患」対象の場合も、がんゲノムプロファイリング評価提供料・がんゲノムプロファイリング検査が算定可