がん専門のアドバイザー、本村です。
鍼灸(しんきゅう)治療とは、鍼(はり)を体に接触または刺したり、艾(もぐさ)を体の上で燃焼させたりする方法です。
経穴(けいけつ)、いわゆるツボを使った治療として2000年以上の歴史があります。
経穴は、経絡(けいらく)上に位置していて、その数は世界保健機関(WHO)で361穴と定められています。
経穴の多くは、筋肉の間、関節や骨の陥凹部、動脈の拍動部や分岐部、神経線維や血管が密集しているところなどに存在しています。
日本の鍼灸治療の歴史は古く、最近の調査でも日本人の2~3割の人が一生のうち一度は何らかの鍼灸治療を受けたことがあるとされています。
また、世界的にも、20か国以上の国々で鍼灸治療は実践されていて、それぞれの国で資格制度も整備されつつあります。
鍼灸の効果の検証については、世界各国の大学・研究機関において積極的に研究が行われてきた歴史があり、米国立補完代替医療センター(NCCAM)においても、がんに関連した鍼灸治療の大規模なヒト臨床試験が複数行われてきました。
NCCAMにおける鍼灸治療の評価項目は、がん患者さんの痛みや息切れなどの身体症状の軽減、心理的・精神的苦痛の軽減、QOL(生活の質)全般の改善、化学療法の副作用である吐気や嘔吐の軽減、手術後の腸閉塞の予防、乳がん治療の副作用である顔面紅潮、のぼせなどの治療となっています。
しかし過去も現在も、標準治療を実施する病院で、がん治療や緩和ケアに鍼灸治療が導入されているわけではありません。
基本的な考え方として、鍼灸治療は、特定の病気や疾患に対して治療を行うのではなくて、痛み、こり、むくみ、冷え、しびれなどさまざまな身体的症状を緩和したり除去したりすることを目的としています。
そのため鍼灸治療はがんを縮小させたり消失させたりするものとしては考えられていない、といえます。
鍼灸治療のメカニズム
鍼灸治療がなぜ効果を発揮するのか、そのメカニズムの解明のための研究は長く行われてきました。
特に、痛みを抑える効果に関しては、次のようなメカニズムが推測されています。
・痛みのある部位の経穴に鍼を刺入することで局所の血管を広げる物質が分泌され、血流が改善し、痛み刺激を引き起こす物質を痛みのある場所から流し出し、痛みの症状を軽減させる。
・痛みを生じている場所から離れた経穴へ鍼を刺入することで得られる効果は、中枢神経へ働いてエンドルフィンなどの物質を産生させ、脳が痛みを感じるのを軽減させる。
しかし、いまだ諸説があり、決定的なメカニズムの解明までは至っていません。
国際的な鍼灸治療の位置づけ
経穴、いわゆるツボの数は、WHOによって361穴と決められています。しかし、経穴の位置については、日本、韓国、中国など国によって微妙に異なっているという問題点があったため、国際的に鍼灸療法の効果・効用を議論する際に混乱のもとになっていました。
そこで、WHOを中心とした国際会議で検討を重ね、2006年に日本のつくば市で開かれた国際会議において、361の経穴の位置が統一されています。
鍼灸治療と癌との関係
世界的な論文のデータベースであるPubmed(パブメド)に掲載されている、鍼灸と癌に関連する論文を調べてみました。
実際に鍼治療を行って、がん患者さんのQOLや化学療法、放射線療法、手術の副作用を検討している論文は9件ありました。
また、灸治療を行って、QOLや化学療法、放射線療法、手術の副作用を検討している論文は1件ありました。
鍼灸治療のがん患者さんに対する臨床試験の結果
検索された論文が多いため、1つ1つの論文に触れることは難しいですが、鍼灸治療の効果を検証した論文の要点のみを紹介したいと思います。
まず、鍼治療については、がん患者の生活の質(QOL)の改善を評価項目とした論文が以下の3件ありました。
1.乳がん患者さんにおける顔面紅潮(ホットフラッシュ)などの症状改善を認めた論文
2.種々のがんにおける痛みの症状改善を認めた論文
3.胃がん患者さんにおける痛みの症状改善を認めた論文
また、化学療法、放射線、手術の副作用の軽減を評価項目とした論文が以下の6件ありました。
1.肝臓がん患者さんが抗がん剤の動注療法を施行されたときの吐き気、嘔吐の症状軽減を認めた論文
2.乳がん患者さんが手術された後の嘔吐の症状軽減を認めた論文
3.末梢血幹細胞移植を受ける患者さん(白血病や悪性リンパ腫で行われる)高容量化学療法を施行されたときの嘔気の症状改善を「認めなかった」論文
4.乳がん患者さんが化学療法を施行されたときの嘔吐の症状軽減を認めた論文
5.消化管手術を受けた患者さんが、手術後の腸の蠕動運動の改善を認めた論文
6.頭頚部がん患者さんが放射線療法を施行されたあとの唾液の分泌量を改善し口内乾燥の症状軽減を認めた論文
次に、灸治療については、化学療法、放射線の副作用軽減を評価項目とした論文が1件のみが報告されていました。
1.鼻咽頭がん患者さんが放射線化学療法を施行されたときの副作用の出現頻度の軽減を認めた論文
以上の結果から、種々のがんにおいて、鍼灸治療をすることによって、抗がん剤、放射線治療の副作用を軽減できる可能性があるとされています。
また、鍼治療をすることによって、手術のあとの吐き気や嘔吐の症状を軽減できる可能性があることがわかります。
しかし、有効性を認めなかったとする報告もありますので、確実に改善するとはいえません。
がん患者さんが鍼灸治療をするときの注意点
鍼灸治療、特に鍼治療において気をつけておかなければならない点があります。
鍼を刺す鍼治療では、稀に出血あるいは内出血することがありますが、健康な人であれば問題となることはほとんどありません。
しかし、抗がん剤治療をして出血を止める細胞の血小板が少なくなっている場合やがんが進行して出血しやすい状態の場合には、鍼治療を行う際、注意が必要です。
その他全身的な副作用として、稀ではありますが、疲労感や眠気、症状の一時的な悪化、ふらつき.めまいなどを起こすことがあります。
鍼による感染を心配する声もありますが、最近では使い捨ての鍼も普及してきていますので、專門資格をもった施術者に鍼治療をしてもらう限り、それに関する問題はないと思われます。
癌と鍼灸 まとめ
【QOL(生活の質)を改善するか?】
様々なタイプのがん患者さんにおいて、鍼治療をすることによってQOL(生活の質)を改善できる可能性があります。
【手術、抗がん剤、放射線治療の副作用や後遺障害を軽減するか?】
鍼灸治療をすることによって、抗がん剤・放射線治療の副作用を軽減できる可能性があります。しかし、有効性を認めなかったとする報告もあります。
また、鍼治療をすることによって、手術後の吐き気や嘔吐の症状を軽減できる可能性があります。
【再発を予防したり、生存期間を延長したりするか?】
鍼灸治療をすることによって、再発を予防したり、生存期間を延長したりすることを人間に対する臨床試験で証明した報告は、現段階ではありません。
【気を付けるべきこと】
出血しやすい状態の場合には、内出血の危険があるので避けたほうがよいと思われます。