前立腺がんの治療による合併症の1つに、勃起障害(ED)があります。
勃起神経は、陰茎海綿体の平滑筋の収縮と弛緩を調節することによって、陰茎を勃起させたり、元に戻すことができます。
前立腺の両側には、神経結束管という神経と血管の束が、ほとんど前立腺に接するようにして走っており、勃起神経もそこにあります。
通常の前立腺全摘除術では勃起神経も切除してしまうため、神経の刺激が陰茎まで伝わらなくなり、ほぼ100%勃起が起こらなくなります。同時に、精液の約70%を占める精嚢腺液を分泌する精嚢も切除するため、射精もできなくなるのが通常です。
最近では、勃起神経を温存したり、神経を移植したりする手術もありますが、それらで性機能を温存できる確率は5割程度です。
いっぽう、放射線療法でも、治療後5年くらいたつと、勃起障害が起こることがあります。勃起が起こるには、陰茎の海綿体が血液で満たされる必要があります。
しかし、放射線で前立腺の横を通る神経血管束が傷ついてしまって血流障害が起こり、勃起機能に影響が出るのです。ただし、多くは勃起が弱くなるといった程度にとどまり、前立腺全摘除術ほど重症にはなりません。
※勃起障害には、全く勃起しないというだけではなく、性交を行うときに十分に勃起しない、勃起する持続時間が短いなどの状態も含まれます。前立腺全摘畭術を行った場合は、勃起障害のほか、射精障害も起こります。
ホルモン療法で性機能障害は避けられない
ホルモン療法では、性機能障害は避けられません。男性ホルモンが抑制されているので、性欲が低下することが原因の1つです。外科的去勢術(両側精巣摘除術)を受けた場合、精子を作れなくなります。
どうしても性機能を温存したいなら、抗アンドロゲン薬単独療法を選ぶという方法もありますが、がん抑制効果がきわめて低くなるリスクを伴います。
性機能障害は、精神状態とも非常に深くかかわっているので、治療によって生じる場合のほか、がんにかかったというストレスや加齢、持病などの影響で起こることも珍しくありません。そのため、性機能障害の治療をする際は、何が原因なのかを明らかにすることも大切です。
勃起神経の片方もしくは両方を切除しないで残す神経温存手術
前立腺全摘除術による勃起障害(ED)を避けるため、患者が希望すれば、神経温存前立腺全摘除術を選択し、勃起神経を切除しないで残すこともできます。
・神経温存前立腺全摘除術
前立腺の左右を走っている勃起神経の、両方もしくは片方を残したまま、前立腺だけを摘出します。生検でがんが前立腺の左右どちらかに片寄っているなら、がんが確認されないほうの神経を温存し、もう片方は切除するという場合も多いです。
この手術を行って勃起機能が温存される確率は、両側を温存して50~80%、片側の温存で20~30%と、あまり高くはありません。それなら、性機能を維持する確率が高い放射線療法という選択も視野に入ります。
また、神経とともに、がん細胞もとり残す可能性を考え、患者さんは慎重に考えなくてはなりません。がんが残る可能性があっても性機能を温存するかどうかは、パートナーも含めてよく話し合い、医師と相談しながら、最終的に判断する必要があります。
足の神経を移植して勃起神経を補う方法
・神経移植術
勃起神経のかわりに、くるぶしの外側を走る「腓腹神経」という足の知覚を司る神経を、1本もしくは2本移植するものです。勃起神経が再生するまでに1年~1年半くらいかかり、神経を再生しても、加齢によって性機能が元どおりにならないこともあります。
神経温存や神経移植は、前立腺全摘除術と同時に行われるため、手術時間は前立腺全摘除術だけの場合より1~2時間長くなります。
神経温存前立腺全摘除術が対象となる人
・とにかく勃起機能を保ちたい人
・神経温存の明確な適用基準は確立していないが、前立腺被膜浸潤のあるT3、グリソンスコアが8~10や、PSA値が10ng/mlを超えているなど、進行している人にはすすめられない
・がんが神経血管束の近くにある場合は、神経を残すことがむずかしい場合もある
以上、前立腺がんの性機能障害についての解説でした。