乳がんの治療法については大きく局所治療(手術とそれに追加した放射線)と全身治療(全身薬物療法として、抗がん剤、内分泌(ホルモン)療法、分子標的治療)があります。
この全身薬物療法の治療の方針決定に、がん細胞の内的因子(性格)が大きく関与しています。乳がんは全身疾患として治療を決定していくのが、今日の状況です。
具体的治療としては手術・薬物療法放射線療法などか行われていますが、単独で行われることは少なくいくつかの治療を組み合わせた集学的治療が中心になっています。手術だけで終了、となるのは乳がんのステージ0期の非浸潤がんのみです。
乳房の治療という局所的な治療として行われているのは、手術と放射線療法の組み合わせです。手術は「乳房温存術」と「乳房切除術」があります。乳房温存術は乳がん部分を取り除く手術で乳房切除術は乳房全体を切除する方法です。
今、日本で最も多く行われているのが乳房温存術です。一般的に直径3センチ以下が適応条件ですが、手術前に薬物療法を行い、がんが3センチ以上あったものが3センチ以下になった場合などは温存手術を行うケースもあります。
ただし、乳房温存術にはシコリの大きさを問わず、術後に放射線療法を行うことが条件となっています。
通常、乳房温存術を終えて2週間程度で乳房の傷も治ってくるので、このころから放射線治療は始められます。週に5日通って1回10分程度の照射を行い、これを5~6週続けます。温存術は手術のあとに放射線を行うところまでがワンセットです。
ただし、シコリが3センチ以下であれば誰もが乳房温存術の対象になるわけではありません。放射線療法が必須とされているので、放射線が受けられない人は対象とならないのです。妊娠中の人とか重度の強皮症、全身性エリテマトーデス、関節リウマチといった重い膠原病のある人です。そのほか、がんが複数発生している、といった人です。
乳房を残したいという希望があっても、条件によっては受けられないことがあるのです。
もう1つの乳房温存術の特徴として「乳房付近のリンパ節を切除する(リンパ節廓清)」というものがあります。
リンパ節の切除は過去は大きな範囲で行われてきましたが、腕が上がらなくなるなどの生活上のダメージが大きいことが問題でした。
その乳房温存術のリンパ節切除をより少なくする方法として「センチネルリンパ節生検」があり、2010年4月から、保険診療が認められています。
センチネルとは"見張り番"という意味です。乳がんのリンパ節転移で最初にがんがたどりつくリンパ節がセンチネルリンパ節です。そのセンチネルリンパ節を取って調べ、がんが転移していなければその先のリンパ節への転移はないと考え、それ以上のリンパ節の切除は省略しようというものが「センチネルリンパ生検」です。
リンパ節をまったく切除しないのではなく、センチネルリンパ節だけは、そこにがんが転移していなくても切除します。ポイントとなるセンチネルリンパ節は次のようにして発見します。
方法は1つありますが、まずは「色素注入法」の場合、乳がんのシコリの周囲に青色の色素を4~5か所に注入すると10分後に色素はわきの下のセンチネルリンパ節に到達します。術者は色素に染まったリンパ節を探し出します。
もうひとつの「アイソトープ注入法」は色素に変わってアイソトープ(ヨードの放射性同位元素)を同じところに注入し、ガイガーカウンター(放射線測定器)でアイソトープの集まったセンチネルリンパ節を見つけます。
センチネルリンパ生検が定着してきたことで、過去、リンパ節を広く切除することで起きていた「腕がむくむ」「腕があがりにくい」「腕がしびれる」といった合併症に苦しめられることが少なくなりました。しかし、センチネルリンパ節にがんが転移していると、その先のリンパ節は切除することになります。
現在、広い範囲のリンパ節の切除については、生存率に大きな変化がないという報告もでてきたため、さらなる研究がおこなわれています。
さて、乳房温存術では手術後の補助療法として薬物療法も行われています。対象となるのはリンパ節に転移のあったケースです。あるいはリンパ節に転移がないとしても、将来の再発をぬぐいきれないケースなどです。
現在、再発予防を図る医師が増えてきており、多くの患者が術後補助療法の対象となっているのが現実です。その時使用されるのは、抗がん剤での化学療法、ホルモン療法などです。
その背景には「再発の増加」があります。乳房温存術が盛んに行われるようになって10年以上が経過してきましたが、手術がうまくいっても再発が増えてきているのです。
そのため、乳がんを数多く手術している病院などでは、2005年、06年ころに乳房温存術が、70%を占める勢いでしたが、最近は50~60%程度へと減少してきています。
乳房温存術を行っても、乳がんの場合は他のがんよりもかなり術後の治療が多くあり、効果も実績もあるのですが、放射線や化学療法を行っても再発の確率が0%になるわけではありません。
美容面から乳房温存術を考えると放射線が照射された皮膚はダメージが残っていて美しい乳房再建とはいかない、という現実もあります。美容性と根治性を考えた場合、がんが再発しやすい乳房に対して、温存術を第一選択にするのが正解なのか?という疑問を持っている医師が増えてきているのです。
以上、乳がんの手術についての解説でした。