
はじめに
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
乳がんと診断された後、病理検査の結果を聞く際に「ルミナルA」や「ルミナルB」という言葉を耳にすることがあります。これらは乳がんのサブタイプ分類と呼ばれるもので、治療方針を決める上で重要な情報です。
乳がん全体の約7割がこのルミナルタイプに分類されます。一見すると似た名前ですが、ルミナルAとルミナルBでは、がんの性質も推奨される治療法も異なります。
この記事では、ルミナルAとルミナルBの診断基準、それぞれの違い、再発リスク、そして治療方法について、2026年時点での最新情報を基に詳しく解説します。
乳がんのサブタイプ分類とは
乳がんの治療方針は、2008年頃までは主に腫瘍の大きさやリンパ節転移の有無で決められていました。しかし2009年のザンクトガレン国際乳がん学会で、がん細胞の性質によって分類する「サブタイプ分類」が提唱され、現在では治療方針を決める重要な基準となっています。
サブタイプ分類は、本来はがん細胞の遺伝子発現パターンによって行われるものです。しかし遺伝子発現解析検査は実施が複雑なため、日常の臨床現場では、免疫染色という方法で調べられる以下の指標を用いてサブタイプを推測しています。
- エストロゲン受容体(ER)の有無
- プロゲステロン受容体(PgR)の有無
- HER2タンパクの発現状況
- がん細胞の増殖能を示すKi67の値
これらの検査結果を組み合わせることで、乳がんは主に5つのサブタイプに分けられます。
| サブタイプ | ホルモン受容体 | HER2 | Ki67 | 乳がん全体に占める割合 |
|---|---|---|---|---|
| ルミナルA | 陽性 | 陰性 | 低値 | 約40-50% |
| ルミナルB(HER2陰性) | 陽性 | 陰性 | 高値 | 約20-30% |
| ルミナルB(HER2陽性) | 陽性 | 陽性 | - | 約10-15% |
| HER2エンリッチド | 陰性 | 陽性 | - | 約10-15% |
| トリプルネガティブ(ベーサルライク) | 陰性 | 陰性 | - | 約10-15% |
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がん専門アドバイザー 本村ユウジ
ルミナルAとルミナルBの基本的な違い
ルミナルAの特徴
ルミナルAタイプは、ホルモン受容体が陽性でHER2が陰性、かつKi67の発現が低いタイプです。乳がん患者さんの約40-50%がこのタイプに分類されます。
このタイプの主な特徴は以下の通りです。
- がん細胞の増殖スピードが比較的遅い
- 分化度が高く、元の細胞に近い性質を持つ
- 一般的に予後が良好
- ホルモン療法の効果が高い
- 女性ホルモンを栄養源として増殖する
ルミナルBの特徴
ルミナルBタイプは、ホルモン受容体が陽性であることはルミナルAと同じですが、以下のいずれかの条件を満たすものです。
- HER2陰性でKi67の発現が高い(ルミナルB HER2陰性)
- HER2陽性(ルミナルB HER2陽性)
ルミナルBタイプの主な特徴は以下の通りです。
- がん細胞の増殖スピードがルミナルAより速い
- 再発リスクがルミナルAより高い
- ホルモン療法は効果的だが、それだけでは不十分な場合が多い
- 化学療法や抗HER2療法の追加が検討される
診断の要となるKi67とは
Ki67の意味
Ki67は、がん細胞の増殖能力を示す指標です。細胞が分裂して増えようとしている状態を示すタンパク質で、数値が高いほどがん細胞の増殖が活発であることを意味します。
Ki67の検査では、免疫染色によって陽性に染まった細胞の割合を測定します。例えば「Ki67が20%」という結果は、顕微鏡で観察したがん細胞のうち20%が増殖している状態を示しています。
Ki67のカットオフ値をめぐる議論
ルミナルAとルミナルB(HER2陰性)を区別する際、Ki67の値が重要な判断材料となります。しかし、このカットオフ値については長年議論が続いています。
過去には14%や20%という基準値が提唱されたこともありましたが、現在では以下のような考え方が主流となっています。
| Ki67の値 | 判定 | 信頼性 |
|---|---|---|
| 5%未満 | 明らかに低値 | 高い |
| 5-30% | 中間領域(グレーゾーン) | 施設間で差が出やすい |
| 30%以上 | 明らかに高値 | 高い |
日本乳癌学会の乳癌診療ガイドライン2022年版では、Ki67の評価について「10-25%の間にカットオフ値が存在すると考えられるが、この範囲は病理医間の判定の一致率や再現性が低い」としています。
そのため、Ki67が10-25%の中間領域にある場合は、この値だけで治療方針を決めるべきではないとされています。
Ki67の測定における課題
Ki67の測定には以下のような課題があります。
- がん組織内で値が不均一である(場所によって異なる)
- 測定する病理医によって結果に差が出る可能性がある
- 標準化された測定方法がまだ確立されていない
- 同じ検体でも、検査施設によって異なる値が出ることがある
このような背景から、Ki67の値は治療方針を決める際の一つの参考情報として用いられ、他の臨床病理学的因子と総合的に判断されています。
それぞれのリスクと予後
ルミナルAの予後
ルミナルAタイプは、乳がんの中でも予後が良好なタイプとして知られています。
- 再発率が比較的低い
- ホルモン療法への反応が良好
- リンパ節転移が少ない場合、化学療法なしでも良好な予後が期待できる
ただし、リンパ節転移が4個以上ある場合など、がん細胞の悪性度が高いケースでは、ルミナルAタイプであっても再発リスクが高くなるため、化学療法の追加が考慮されることがあります。
ルミナルBの予後
ルミナルBタイプは、ルミナルAと比較すると以下の特徴があります。
- 増殖能力が高く、進行が速い傾向がある
- 再発率がルミナルAより高い
- 適切な治療により予後は改善される
特にルミナルB(HER2陽性)タイプは、かつては予後不良とされていましたが、抗HER2療法の登場により治療成績が改善しています。化学療法に抗HER2療法を組み合わせることで、良好な治療結果が得られるようになりました。
治療方法の違い
ルミナルAの治療
ルミナルAタイプの治療は、ホルモン療法が中心となります。
閉経前の患者さんには以下のような治療が行われます。
- タモキシフェン(5-10年間)
- LH-RHアゴニスト製剤による卵巣機能抑制療法との併用
閉経後の患者さんには以下のような治療が行われます。
- アロマターゼ阻害薬(5-10年間)
- タモキシフェンからの切り替え療法
化学療法の追加については、リンパ節転移の状況、腫瘍の大きさ、核グレードなどを総合的に判断します。最近では、オンコタイプDXという遺伝子検査の結果も参考にして、化学療法の必要性を判断できるようになりました。
ルミナルB(HER2陰性)の治療
ルミナルB(HER2陰性)タイプの治療は、ホルモン療法が効果的ですが、多くの場合、化学療法も併用されます。
標準的な治療の流れは以下の通りです。
- 化学療法(アンスラサイクリン系やタキサン系薬剤を使用)
- ホルモン療法(5-10年間)
ただし、すべての患者さんに化学療法が必要というわけではありません。再発リスクが低い場合は、ホルモン療法単独でも十分な効果が期待できることがあります。
最近では、リンパ節転移が多い患者さんの術後ホルモン療法に、CDK4/6阻害薬である「アベマシクリブ」という分子標的薬を加えることで予後が改善することが明らかになっています。
ルミナルB(HER2陽性)の治療
ルミナルB(HER2陽性)タイプは、3種類の治療法が有効です。
- ホルモン療法
- 化学療法
- 抗HER2療法
標準的な治療プログラムでは以下のような組み合わせが行われます。
ステージIの場合:
- 術後にパクリタキセル(週1回/3ヶ月)とトラスツズマブ(3週間に1回/1年間)
ステージII以上の場合:
- 術前に化学療法(アンスラサイクリン系を4サイクル)
- ドセタキセル+トラスツズマブ+ペルツズマブの3剤併用療法(3ヶ月)
- 術後にトラスツズマブ継続(残りの期間)
術前薬物療法で腫瘍が完全に消失しなかった場合は、トラスツズマブ エムタンシン(T-DM1)という抗体薬物複合体に変更して10ヶ月間投与します。
HER2エンリッチドとトリプルネガティブについて
HER2エンリッチド
HER2エンリッチドタイプは、ホルモン受容体が陰性でHER2が陽性の乳がんです。乳がん全体の約10-15%を占めます。
このタイプの特徴:
- 悪性度が高い
- 抗HER2療法が高い効果を示す
- 化学療法と抗HER2療法の組み合わせで治療成績が向上
トリプルネガティブ(ベーサルライク)
トリプルネガティブタイプは、ホルモン受容体陰性、HER2陰性のタイプです。約10-15%を占めます。
このタイプの特徴:
- ホルモン療法も抗HER2療法も効かない
- 化学療法が主な治療手段となる
- 化学療法には比較的反応しやすい
- BRCA遺伝子変異がある場合、PARP阻害薬が有効
「トリプルネガティブ」は臨床的な分類名、「ベーサルライク」は遺伝子発現に着目した分類名で、両者は完全には一致しませんが、約80%が重なるとされています。
遺伝子検査による治療方針の決定
オンコタイプDXとは
オンコタイプDXは、乳がん組織に含まれる21個の遺伝子の発現を解析し、再発リスクと化学療法の効果を予測する検査です。
この検査の特徴:
- 再発スコアが0-100の数値で算出される
- 化学療法による効果が期待できる患者さんを見分けることができる
- 2023年9月から日本でも保険適用となった
- 保険診療での自己負担額は約13万円(3割負担の場合)
検査の対象となる患者さん
オンコタイプDXの検査対象は以下の条件を満たす患者さんです。
- ホルモン受容体陽性
- HER2陰性
- リンパ節転移が陰性、または1-3個以内
- 早期浸潤性乳がん
再発スコアの解釈
TAILORx試験とRxPONDER試験の結果に基づく治療方針の考え方は以下の通りです。
| リンパ節転移 | 再発スコア | 年齢・閉経状態 | 推奨される治療 |
|---|---|---|---|
| 陰性 | 0-25 | 50歳超 | ホルモン療法単独 |
| 陰性 | 0-25 | 50歳以下 | 一部の患者さんで化学療法の効果あり |
| 1-3個 | 0-25 | 閉経後 | 化学療法の効果は認められず |
| 1-3個 | 0-25 | 閉経前 | 化学療法の上乗せ効果は限定的(2.4%) |
| 0-3個 | 26-100 | - | 化学療法が有効 |
研究によれば、再発スコアが0-25の患者さんは全体の80-87%を占めるとされています。つまり、多くの患者さんが化学療法を省略できる可能性があるということです。
その他の遺伝子検査
日本ではまだ普及していませんが、海外では以下のような遺伝子検査も利用されています。
マンマプリント:
- 70種類の遺伝子を解析
- 5年以内の遠隔転移リスクを予測
- 新鮮な組織が必要
PAM50:
- サブタイプをより正確に診断できる検査キット
- 海外では利用可能だが日本では未承認
サブタイプ診断の精度と限界
免疫染色による診断の精度
現在の臨床現場で行われているサブタイプ分類は、免疫染色という方法に基づいています。しかし、この方法には限界があります。
- ルミナルAと診断されても、その精度は80-85%程度
- 実際にはルミナルBが混じっている可能性がある
- 診断が外れることもある(例:HER2陽性と診断されたが実際は陰性)
今後の展望
より正確な診断を目指して、遺伝子発現解析検査を積極的に導入しようという動きがあります。
将来的には以下のような変化が予想されます。
- 遺伝子発現解析検査の普及
- 先進医療としての保険適用拡大
- より個別化された治療方針の決定
ただし、どんな検査も完璧ではありません。検査結果を参考にしながら、薬の効果や経過をよく観察して治療を進めていくことが重要です。
治療方針を決める際の考え方
総合的な判断が必要
サブタイプ分類は治療方針を決める重要な情報ですが、これだけで治療内容が決まるわけではありません。以下のような要素を総合的に判断します。
- サブタイプ(ルミナルA、ルミナルBなど)
- 腫瘍の大きさ
- リンパ節転移の状況
- 核グレード(悪性度)
- 脈管侵襲の有無
- 患者さんの年齢や全身状態
- 患者さんの希望
シェアードディシジョンメイキング
オンコタイプDXなどの遺伝子検査の登場により、より詳細なリスク評価が可能になりました。再発リスクが数値ではっきりと示されることで、患者さんと医療者が一緒に治療方針を決定する「シェアードディシジョンメイキング」がより重要になっています。
治療方針を決める際のポイント:
- 検査結果が示す再発リスクを理解する
- 化学療法のメリットとデメリットを比較する
- 副作用や生活への影響を考慮する
- ご自身の価値観に基づいて選択する
例えば、再発リスクが低くても「できる限りの治療を受けたい」という患者さんもいれば、「副作用を避けたい」という患者さんもいます。どちらの選択も尊重されるべきです。
まとめ
ルミナルAとルミナルBは、乳がん患者さんの大半を占めるサブタイプです。
ルミナルAは増殖能力が低く予後が良好なタイプで、ホルモン療法が中心となります。一方、ルミナルBは増殖能力が高く、ホルモン療法に加えて化学療法や抗HER2療法が必要となることが多いタイプです。
両者を区別する際にKi67の値が参考にされますが、測定方法の標準化や再現性に課題があり、この値だけで治療方針を決めるべきではないとされています。
2023年9月からオンコタイプDXが保険適用となり、より精密な再発リスク評価と化学療法の効果予測が可能になりました。この検査により、多くの患者さんが不要な化学療法を避けることができる一方で、本当に必要な患者さんには適切な治療を提供できるようになっています。
サブタイプ分類や遺伝子検査の結果は、治療方針を決める重要な情報ですが、これらを含めた様々な要素を総合的に判断し、患者さん一人ひとりに最適な治療を選択することが大切です。
参考文献・出典情報
日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン2022年版 Ki67評価について
国立がん研究センター 最適な治療を提供し、多様なニーズにも対応
ケアネット オンコタイプDXの結果を乳がん治療でどう活用するか