
卵巣がんの薬物療法で使われる薬剤の全体像
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
卵巣がんの薬物療法は、ここ数年で目覚ましい進歩を遂げています。従来からのプラチナ製剤やタキサン系の抗がん剤に加えて、分子標的薬やPARP阻害剤といった新しい治療薬が登場し、患者さんの治療選択肢は大きく広がってきました。
現在、卵巣がんの治療では、初回治療から再発治療、維持療法まで、さまざまな段階で異なる薬剤が使われます。それぞれの薬剤には特徴があり、患者さんの病状や遺伝子の状態、治療歴などに応じて使い分けられています。
この記事では、卵巣がんで実際に使われている薬剤について、その種類と名前、使われ方を詳しく説明していきます。
初回治療で中心となるTC療法とは
卵巣がんの初回治療では、カルボプラチンとパクリタキセルを組み合わせた「TC療法」が基本となっています。この治療法は、国内外の多くの臨床試験で効果が確認されており、現在の標準治療として広く行われています。
カルボプラチンはプラチナ製剤と呼ばれる抗がん剤の一種で、がん細胞のDNAに作用して細胞の増殖を抑えます。以前はシスプラチンが使われていましたが、腎障害や強い吐き気などの副作用が問題となっていました。カルボプラチンはシスプラチンと同等の効果がありながら、副作用が比較的軽いため、現在では多くの施設でカルボプラチンが選択されています。
パクリタキセルはタキサン系と呼ばれる抗がん剤で、がん細胞の分裂を妨げる働きがあります。術後の化学療法だけでなく、進行した卵巣がんや再発した卵巣がんの治療にも広く用いられています。
TC療法の投与スケジュールには、通常の3週間ごとの投与と、パクリタキセルを毎週投与する「ドーズ・デンスTC療法(ddTC療法)」があります。ddTC療法は、日本の臨床試験(JGOG3016試験)で良好な結果が示されており、一部の施設では積極的に採用されています。
「自分の判断は正しいのか?」と不安な方へ
がん治療。
何を信じれば?
不安と恐怖で苦しい。
がん治療を左右するのは
治療法より“たった1つの条件”です。
まず、それを知ってください。
がん専門アドバイザー 本村ユウジ
プラチナ製剤の種類と使い分け
プラチナ製剤には、いくつかの種類があります。
| 一般名 | 製品名 | 特徴 |
|---|---|---|
| シスプラチン | ブリプラチン、ランダ | 最も古くから使われているプラチナ製剤。効果は高いが、腎障害や吐き気などの副作用が強い。入院治療が必要なことが多い |
| カルボプラチン | パラプラチン | 現在の標準的なプラチナ製剤。シスプラチンと同等の効果があり、副作用が比較的軽い。外来治療が可能 |
| ネダプラチン | アクプラ | 日本で開発されたプラチナ製剤。卵巣がんでの使用頻度は少ない |
現在では、カルボプラチンが第一選択として使われることがほとんどです。外来での治療が可能で、患者さんの生活の質を保ちながら治療を続けられるという利点があります。
タキサン系薬剤とその他の抗がん剤
タキサン系の薬剤には、パクリタキセルとドセタキセルがあります。
パクリタキセルは、タキソールという製品名で知られており、卵巣がん治療で最も広く使われているタキサン系薬剤です。通常は3週間に1回の投与ですが、毎週投与する方法(ドーズ・デンス療法)も行われています。
ドセタキセルはタキソテールという製品名で、パクリタキセルが使えない場合や、再発治療で用いられることがあります。
その他の抗がん剤として、以下のものが使われています。
| 分類 | 一般名(製品名) | 使用される場面 |
|---|---|---|
| トポイソメラーゼ阻害剤 | イリノテカン(カンプト、トポテシン) ノギテカン(ハイカムチン) |
プラチナ製剤抵抗性の再発卵巣がん |
| 代謝拮抗薬 | ゲムシタビン(ジェムザール) | プラチナ製剤抵抗性の再発卵巣がん |
| アルキル化剤 | シクロホスファミド(エンドキサン) | 一部の卵巣がんタイプ |
| アントラサイクリン系 | リポソーム化ドキソルビシン(ドキシル) | 再発卵巣がん |
ゲムシタビンとノギテカンは、当初は卵巣がんでの保険適用がありませんでしたが、海外で標準的に使われていたことから、「公知申請」という特別な制度で保険適用が認められました。専門家が必要性を認めた薬剤については、正式な承認前でも保険で使えるようにする仕組みです。
分子標的薬による治療の進歩
ベバシズマブ(アバスチン)
ベバシズマブは、血管新生を阻害する分子標的薬です。がん細胞が増殖するためには新しい血管が必要ですが、ベバシズマブはその血管ができるのを妨げることで、がんの増殖を抑えます。
2013年より、TC療法にベバシズマブを併用する治療法が用いられるようになりました。特に進行した卵巣がんの患者さんでは、化学療法と併用し、その後も維持療法として継続することで、再発を遅らせる効果が認められています。
PARP阻害剤の登場
近年、卵巣がん治療で大きな注目を集めているのがPARP阻害剤です。PARPは、細胞内でDNAの修復に関わる酵素で、PARP阻害剤はこの酵素の働きを妨げることで、がん細胞を死滅させます。
特に、BRCA1/2遺伝子に変異がある患者さんや、相同組換え修復機能欠損(HRD)がある患者さんでは、PARP阻害剤が高い効果を示します。これは、DNA修復機能が元々低下しているがん細胞に対して、さらにPARPを阻害することで、がん細胞を選択的に死滅させることができるためです。
日本で承認されているPARP阻害剤は以下の2つです。
| 一般名 | 製品名 | 承認時期と適応 |
|---|---|---|
| オラパリブ | リムパーザ | 2018年1月:プラチナ製剤感受性の再発卵巣がんにおける維持療法 2019年6月:BRCA遺伝子変異陽性卵巣がんの初回化学療法後の維持療法 2020年12月:相同組換え修復機能欠損を有する卵巣がんにおけるベバシズマブを含む初回化学療法後の維持療法 |
| ニラパリブ | ゼジューラ | 2020年11月:卵巣がんにおける維持療法 |
PARP阻害剤は、初回治療後の維持療法として使われます。プラチナ製剤を含む化学療法で効果が得られた後に、PARP阻害剤を継続して内服することで、再発を遅らせることができます。
オラパリブは1回300mgを1日2回、ニラパリブは1回300mgを1日1回内服します。ベバシズマブとオラパリブを組み合わせた維持療法も行われており、PAOLA-1試験という大規模な臨床試験で良好な結果が示されています。
免疫チェックポイント阻害剤の可能性
免疫チェックポイント阻害剤は、患者さん自身の免疫の力でがんと戦う治療法です。がん細胞は、免疫細胞の攻撃を逃れるための仕組みを持っていますが、免疫チェックポイント阻害剤はその仕組みを解除して、免疫細胞ががん細胞を攻撃できるようにします。
ペムブロリズマブ(キイトルーダ)は、PD-1という免疫チェックポイント分子を阻害する薬剤です。2025年の臨床試験(KEYNOTE-B96試験)で、プラチナ抵抗性の再発卵巣がんに対して、ペムブロリズマブと化学療法を組み合わせた治療が効果を示すことが報告されました。
この結果を受けて、アメリカのFDAでは優先審査の対象として受理されており、日本でも将来的に使える可能性があります。ただし、2026年1月現在、卵巣がんに対するペムブロリズマブは日本では未承認です。
再発時の治療戦略と薬剤選択
卵巣がんは、初回治療が成功しても再発することが多い疾患です。再発した場合の治療方針は、前回の治療終了から再発までの期間によって大きく変わります。
プラチナ製剤感受性再発とプラチナ製剤抵抗性再発
初回のTC療法などの治療終了後、6か月以上経ってから再発した場合を「プラチナ製剤感受性再発」と呼びます。この場合、プラチナ製剤が再び効果を示す可能性が高いため、TC療法を再開することができます。
一方、治療終了後6か月以内に再発した場合は「プラチナ製剤抵抗性再発」と呼ばれ、プラチナ製剤が効きにくくなった状態と考えられます。この場合は、プラチナ製剤以外の抗がん剤を単剤で使用します。
| 再発のタイプ | 定義 | 治療方針 |
|---|---|---|
| プラチナ製剤感受性再発 | 前回治療終了後6か月以降の再発 | TC療法やその他のプラチナ併用療法を再開 効果が得られた後にPARP阻害剤の維持療法を検討 |
| プラチナ製剤抵抗性再発 | 前回治療終了後6か月以内の再発 | イリノテカン、ゲムシタビン、ノギテカン、ドセタキセル、リポソーム化ドキソルビシンなどの単剤治療 免疫チェックポイント阻害剤の併用(臨床試験中) |
プラチナ製剤感受性再発の場合、再発までの期間が長いほど、次の治療でプラチナ製剤が効く可能性が高くなります。
再発治療で使われる併用療法
プラチナ製剤感受性再発に対しては、カルボプラチンを中心とした以下のような併用療法が選択肢となります。
- TC療法(カルボプラチン+パクリタキセル)
- DC療法(カルボプラチン+ドセタキセル)
- GC療法(カルボプラチン+ゲムシタビン)
- PLD-C療法(カルボプラチン+リポソーム化ドキソルビシン)
これらの治療法は、患者さんの状態や前回の治療での副作用、生活スタイルなどを考慮して選択されます。
維持療法の重要性
維持療法とは、初回治療や再発治療で効果が得られた後に、再発を遅らせるために継続して行う治療のことです。
卵巣がんの維持療法では、PARP阻害剤が中心的な役割を果たしています。特に、BRCA1/2遺伝子変異がある患者さんでは、PARP阻害剤の維持療法により無増悪生存期間が大きく延長することが示されています。
BRCA遺伝子変異がない患者さんでも、相同組換え修復機能欠損(HRD)がある場合は、PARP阻害剤が効果を示します。そのため、進行した卵巣がんの患者さんに対しては、HRD検査を行い、PARP阻害剤の適応を判断することが推奨されています。
ベバシズマブも維持療法として使われます。初回化学療法と併用して開始し、化学療法終了後も継続することで効果が期待できます。
遺伝子検査と個別化医療
卵巣がん治療では、患者さん一人ひとりの遺伝子の状態に合わせた治療(個別化医療)が進んでいます。
BRCA遺伝子検査
BRCA1/2遺伝子の検査には、生殖細胞系列の検査(血液検査)と体細胞系列の検査(がん組織の検査)があります。
生殖細胞系列のBRCA遺伝子変異が見つかった場合、それは生まれつき持っている変異であり、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の可能性があります。この場合、ご家族にも影響がある可能性があるため、遺伝カウンセリングを受けることが推奨されます。
体細胞系列の変異は、がん細胞だけに生じた変異で、遺伝することはありません。
PARP阻害剤を使用する際には、BRACAnalysis診断システムなどのコンパニオン診断を行い、遺伝子変異の有無を確認します。
HRD検査
相同組換え修復機能欠損(HRD)を評価する検査も行われるようになりました。HRDにはBRCA遺伝子変異だけでなく、その他の多くの遺伝的異常が含まれます。
MyChoice診断システムなどを用いて、ゲノム不安定性の状態を評価し、PARP阻害剤の効果が期待できるかを判断します。
新しい治療薬の開発状況
卵巣がん治療では、現在も多くの新しい薬剤が臨床試験で研究されています。
抗体薬物複合体と呼ばれる新しいタイプの薬剤では、ミルベツキシマブ ソラブタンシン(Elahere)が注目されています。これは葉酸受容体α(FRα)を標的とする薬剤で、プラチナ製剤抵抗性の卵巣がんに対して効果を示すことが報告されています。アメリカでは既に承認されていますが、日本ではまだ承認されていません。
免疫チェックポイント阻害剤についても、PARP阻害剤や化学療法との組み合わせで、様々な臨床試験が進行中です。
治療を受けるうえで知っておきたいこと
副作用への対策
抗がん剤治療では、吐き気や嘔吐、脱毛、白血球減少、貧血、手足のしびれなどの副作用が起こります。これらの多くは対症療法で管理できますし、治療終了後には回復します。
PARP阻害剤の主な副作用は、悪心、貧血、疲労感などです。これらの副作用が強い場合は、薬の量を減らしたり、一時的に休薬したりすることで対応できます。
治療費について
PARP阻害剤は高額な薬剤ですが、健康保険が適用されます。また、高額療養費制度を利用することで、自己負担額を軽減することができます。医療費の負担について心配な場合は、病院の医療相談室や医療ソーシャルワーカーに相談することをお勧めします。
治療施設の選択
PARP阻害剤などの新しい治療を行うには、適切な診断体制と副作用管理の体制が必要です。婦人科がんの専門医がいる施設や、がんゲノム医療を提供している施設での治療が推奨されます。
まとめにかえて
卵巣がんの薬物療法は、従来の抗がん剤に加えて、分子標的薬やPARP阻害剤、免疫チェックポイント阻害剤など、多くの選択肢が登場してきました。
患者さん一人ひとりの病状や遺伝子の状態に合わせて、最適な治療を選択することが可能になってきています。治療を受ける際には、担当医とよく相談し、それぞれの治療法のメリットとデメリットを理解したうえで、ご自身に合った治療を選択することが大切です。
参考文献・出典情報
卵巣がん・卵管癌・腹膜癌治療ガイドライン 2025年版 | 医書.jp
一部の進行卵巣がんにミルベツキシマブ ソラブタンシン承認、治療選択肢が拡大 | がん治療・癌の最新情報リファレンス
ペムブロリズマブが再発卵巣がんの疾患進行/死亡リスクを低下 | Medical Tribune
プラチナ抵抗性再発卵巣がんに対する KEYTRUDA®(ペムブロリズマブ)と化学療法±ベバシズマブとの併用療法 | MSD株式会社
卵巣がん治療の全て~ステージ別治療法から2025年の治療まで
卵巣がんにおける分子標的治療薬の現状と展望 | 愛知県医師会
卵巣癌CQ4.プラチナ製剤を含む初回薬物療法に奏効したBRCA1/2 病的バリアントを保持する卵巣癌患者に対し,PARP 阻害薬の維持療法が推奨されるか? | 日本婦人科腫瘍学会
卵巣がんのPARP阻害薬(オラパリブ、ルカパリブ、ニラパリブなど)、より多くの患者が有効性を享受するための治療戦略 | オンコロ
アストラゼネカとMSDのリムパーザ、進行卵巣がん、前立腺がん、膵がんの治療薬として日本における適応拡大を同時取得 | アストラゼネカ