
肝臓がんにおける緩和ケアの位置づけと開始時期
肝臓がんの治療において、緩和ケアは単に「末期の治療」ではなく、診断時から並行して考えるべき重要な医療的アプローチです。
肝臓がんには独特の特徴があり、緩和ケアの重要性が他のがんよりも高いといえます。
肝臓がんの中で最も多い肝細胞がんは、その背景に肝硬変を伴っていることが多く、肝機能の低下により積極的な治療が制限されるケースがあります。また、肝内胆管がんは進行が速く、発見時にはすでに進行していることも少なくありません。
こうした理由から、診断時点で根治的な治療が難しい状況に直面する患者さんも存在します。緩和ケアは、このような状況において、残された時間をより良い状態で過ごすための医療として重要な役割を果たします。
緩和ケアとは何か
緩和ケアとは、がんそのものを治すことを目的とするのではなく、がんやその治療に伴うさまざまな症状を和らげ、患者さんの生活の質(QOL)を向上させることを目指す医療です。
具体的には、痛みや吐き気、呼吸困難などの身体的な苦痛を軽減すること、不安や抑うつなどの精神的な苦痛に対応すること、そして患者さんとご家族の生活全体を支えることが含まれます。
重要なのは、緩和ケアは末期の患者さんだけが受けるものではないという点です。がんの診断直後から、抗がん治療と並行して緩和ケアを受けることで、治療の副作用を軽減し、より良い状態で治療を継続できる可能性が高まります。
緩和ケアを開始する時期
緩和ケアを「いつから」始めるかについては、明確な基準はありません。患者さんの状態、症状の程度、本人とご家族の希望によって判断されます。
一般的には以下のような状況で緩和ケアの導入が検討されます。
がんの進行により、手術や抗がん剤治療などの積極的治療の効果が期待できなくなった時、治療を継続することで体の状態が悪化し、かえって余命を短くする可能性がある時、長期の闘病により患者さん自身がそれ以上の治療を望まない時、治療によって延命は可能でも生活の質が著しく低下する恐れがある時です。
ただし、これらはあくまで目安であり、実際には医師と患者さん、ご家族が十分に話し合い、患者さんの意思を尊重しながら決定していきます。
肝臓がんにおける緩和ケアの必要性
肝臓がんで緩和ケアが特に重要とされる理由は、肝臓という臓器の特性と、肝臓がんの進行パターンに関係しています。
肝細胞がんの場合、多くの患者さんがB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスによる慢性肝炎、あるいは肝硬変を背景として発症します。肝硬変が進行している状態では、肝臓の機能が低下しており、抗がん剤の投与や手術などの治療が体に大きな負担となる可能性があります。
また、肝内胆管がんは早期発見が難しく、発見時にはすでに進行していることが多いため、根治的な治療の選択肢が限られるケースがあります。
このような背景から、肝臓がんでは診断時点ですでに有効な治療手段が残されていない状況も珍しくありません。そのため、緩和ケアが治療の中心となる場合があるのです。
ステージ4・末期における緩和ケアの役割
ステージ4や末期の肝臓がんにおいて、緩和ケアは患者さんの苦痛を軽減し、残された時間をできるだけ快適に過ごすための重要な手段となります。
末期とは、医学的には余命が数週間から数か月程度と予測される状態を指します。この段階では、がんを縮小させたり進行を抑えたりする治療よりも、症状のコントロールに重点が置かれます。
具体的には、痛みの管理、呼吸困難の緩和、食欲不振や吐き気への対応、腹水のコントロール、精神的なサポートなどが行われます。これらの対応により、患者さんが自分らしく過ごせる時間を少しでも長く確保することを目指します。
緩和ケアで対応する消化器症状とその治療
肝臓がんが進行すると、消化器に関するさまざまな症状が現れます。これらは患者さんの生活の質に大きく影響するため、適切な対症療法が必要です。
吐き気と嘔吐への対応
吐き気や嘔吐は、がんの進行、抗がん剤の副作用、肝機能の低下など、さまざまな原因で起こります。原因によって使用する薬剤が異なるため、まず原因を特定することが重要です。
制吐薬としては、ドパミン受容体拮抗薬、セロトニン受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬などが使用されます。薬の副作用で症状が出ている場合は、薬の種類を変更したり、投与量を調整したりすることもあります。
吐き気がひどい時は、氷をなめて少しずつ水分を補給します。嘔吐により水分と電解質が失われた場合は、経口補水液やスポーツドリンク、スープなどで補充します。脱水が重度の場合は、点滴による水分補給が必要になることもあります。
下痢と便秘の管理
下痢は、抗がん剤の副作用や感染症、食事内容などが原因で起こります。止瀉薬を使用するとともに、水分と電解質の補給を行います。下痢が続く場合は、医師に相談して原因を特定し、適切な治療を受けることが大切です。
便秘は、活動量の低下、食事摂取量の減少、オピオイド系鎮痛薬の使用などで起こります。対応としては、可能な範囲で体を動かすこと、食物繊維を含む食品を摂取すること、十分な水分を取ることが基本です。必要に応じて緩下剤や浣腸を使用します。
オピオイド系鎮痛薬を使用している場合は、便秘が必発の副作用となるため、予防的に下剤を処方されることが一般的です。
口の乾燥と口内炎への対処
口の乾燥(口渇)は、脱水、薬の副作用、放射線治療の影響などで起こります。対応としては、頻繁にうがいをすること、薄い炭酸水を飲むこと、氷やガム、パイナップル(タンパク質分解酵素が含まれます)をなめることが効果的です。症状が強い場合は、唾液分泌を促進するピロカルピンなどの薬剤を使用することもあります。
口内炎は、抗がん剤の副作用や栄養状態の悪化で起こります。うがい薬での洗浄、抗生物質の使用、ビタミンB群の補充などで治療します。痛みが強い場合は、局所麻酔薬を含む洗口液を使用することもあります。
食欲不振への対応
食欲不振は、肝臓がんの患者さんに非常によく見られる症状で、さまざまな原因が関係しています。吐き気などの消化器症状、味覚や嗅覚の変化、精神的な落ち込み、がんによる代謝の変化などが原因となります。
まず原因を特定し、それに応じた対応を行います。味覚や嗅覚の異常は主に薬の副作用で起こるため、可能であれば薬の種類を変更したり、用量を調整したりします。
食事の工夫としては、一度に多くの量を食べられない場合は食事回数を増やすこと、比較的食べられる時間帯(多くの場合は朝)に栄養価の高いものを摂取すること、好きな食べ物を用意しておくことなどがあります。
病院の管理栄養士や看護師に相談すれば、患者さんの状態に合わせた具体的なアドバイスを得られます。
栄養補給の方法
食事からの栄養摂取が困難な場合、以下のような方法で栄養を補給します。
| 栄養補給法 | 方法 | 特徴 |
|---|---|---|
| 経口栄養補助食品 | 市販の栄養ドリンクやゼリーを摂取 | 比較的手軽に栄養補給が可能 |
| 経腸栄養法 | 胃や腸にチューブを通して栄養液を注入 | 消化管機能が保たれている場合に有効 |
| 中心静脈栄養法 | 中心静脈から高カロリー輸液を投与 | 消化管が使えない場合の選択肢 |
ただし、がんの進行により悪液質(カヘキシー)の状態になった場合は、注意が必要です。悪液質とは、がんによって体重が著しく減少し、筋肉量も失われる状態で、体内の代謝が変化して栄養を十分に利用できなくなっています。
この段階では、無理に食べさせたり、積極的な栄養補給を行ったりすることが、かえって患者さんの苦痛を増す可能性があります。好む食べ物を少量ずつ提供し、患者さんのペースに合わせることが大切です。
体重減少を抑える目的で、メゲストロール酢酸エステル(女性ホルモンの一種)などの薬剤を投与することもあります。
呼吸器症状への対応
進行した肝臓がんの患者さんの約半数に、呼吸困難や咳などの呼吸器症状が現れるとされています。
呼吸困難の緩和
呼吸困難が起こった場合、まず原因を特定することが重要です。肝臓がんでは、腹水による横隔膜の挙上、胸水の貯留、肺転移、貧血、不安などが原因となることがあります。
胸水や腹水が原因の場合は、穿刺により液体を排出します。貧血が原因であれば輸血を検討します。
対症療法としては、以下のような治療が行われます。
抗不安薬の投与により、呼吸困難に伴う不安を軽減します。ステロイド剤は炎症を抑え、気道の浮腫を改善します。気管支拡張薬により、気道を広げて呼吸を楽にします。少量のモルヒネは、呼吸困難感を軽減する効果があります。酸素吸入により、血中酸素濃度を維持します。
在宅療養中の患者さんでも、医師の指示により在宅酸素療法を導入することが可能です。
咳への対処
咳の対応は、痰を伴うかどうかで異なります。
痰を伴う咳の場合は、室内の空気が乾燥しないよう加湿すること、ネブライザー(噴霧器)を使用して痰の排出を容易にすること、必要に応じて吸引を行うことが有効です。
乾いた咳の場合は、鎮咳薬(咳止め)を使用して咳を抑えます。コデインリン酸塩などのオピオイド系鎮咳薬が効果的です。
緩和ケアの提供場所:入院と在宅の選択
緩和ケアは、病院での入院治療だけでなく、在宅でも受けることができます。どちらを選択するかは、患者さんの状態、本人とご家族の希望、利用可能な医療資源などを総合的に考慮して決定します。
病院での緩和ケア
病院での緩和ケアには、一般病棟での緩和ケア、緩和ケア病棟(ホスピス)、緩和ケアチームによる診療などの形態があります。
緩和ケア病棟は、終末期の患者さんに特化した病棟で、症状コントロールとQOLの向上を専門的に行います。医師、看護師、薬剤師、ソーシャルワーカー、臨床心理士などが協力して、患者さんとご家族を支援します。
緩和ケア病棟の特徴としては、個室または少人数の部屋が中心で、プライバシーが保たれること、面会時間の制限が少なく、家族が付き添いやすいこと、患者さんの希望に応じた柔軟な対応が可能なことなどがあります。
ただし、緩和ケア病棟は数が限られており、希望しても入院までに待機期間が必要なこともあります。
在宅での緩和ケア
在宅緩和ケアは、住み慣れた自宅で療養しながら、訪問診療や訪問看護などのサービスを受ける形態です。
在宅緩和ケアの利点は、自宅という慣れた環境で過ごせること、家族との時間を大切にできること、自分のペースで生活できること、ペットと一緒に過ごせることなどです。
在宅緩和ケアを実施するためには、訪問診療を行う医師、訪問看護ステーションの看護師、必要に応じて訪問薬剤師やヘルパーなどの支援体制を整える必要があります。
24時間対応の訪問診療や訪問看護サービスを利用すれば、緊急時にも対応が可能です。痛みのコントロールや点滴などの医療処置も自宅で受けられます。
入院と在宅の選択基準
以下のような要素を考慮して、入院か在宅かを選択します。
| 考慮する要素 | 入院が適している場合 | 在宅が適している場合 |
|---|---|---|
| 症状の程度 | コントロールが難しい症状がある | 症状が比較的安定している |
| 医療処置の必要性 | 頻繁な処置や専門的管理が必要 | 訪問診療で対応可能な範囲 |
| 介護力 | 家族の介護が困難 | 家族が介護できる体制がある |
| 患者さんの希望 | 医療者の常時対応を希望 | 自宅で過ごすことを強く希望 |
| 住環境 | 療養に適した環境整備が困難 | 療養に適した環境がある |
入院と在宅は固定的なものではなく、状態に応じて移行することも可能です。症状が悪化した時は入院し、安定したら在宅に戻るという柔軟な対応も検討できます。
終末期から看取りまでの過程
終末期とは、医学的には予後が数週間から数か月程度と考えられる時期を指します。この時期の緩和ケアは、患者さんが穏やかに最期の時を迎えられるよう支援することに重点が置かれます。
終末期の身体的変化
終末期が近づくと、以下のような身体的変化が見られます。
食事や水分の摂取量が減少し、ほとんど食べられなくなります。眠っている時間が長くなり、会話が難しくなります。呼吸のパターンが変化し、不規則になったり、一時的に呼吸が止まったりすることがあります。血圧が低下し、手足が冷たくなります。尿量が減少します。
これらは自然な経過であり、無理に食事や水分を摂取させる必要はありません。口の乾燥が気になる場合は、湿らせたガーゼで口を潤す程度で十分です。
看取りの準備
看取りとは、患者さんの最期に立ち会い、見送ることを指します。病院でも自宅でも、看取りに向けた準備が必要です。
医師や看護師から、今後予想される変化や、その時にどう対応すればよいかについて説明を受けておきます。連絡先を確認し、緊急時の対応方法を共有しておきます。
家族は、患者さんに付き添い、声をかけたり、手を握ったりすることができます。聴覚は最後まで残るといわれているため、話しかけることは意味があると考えられています。
在宅での看取り
在宅で看取りを行う場合、医師の死亡確認が必要です。訪問診療を受けている場合は、かかりつけ医に連絡します。24時間対応の訪問診療であれば、深夜や早朝でも往診してもらえます。
死亡確認後は、医師が死亡診断書を作成します。その後、葬儀社への連絡など、必要な手続きを進めます。
在宅での看取りを希望する場合は、事前に家族全員で話し合い、心の準備をしておくことが大切です。また、訪問診療医や訪問看護師と十分に連携を取り、不安なことは事前に相談しておきましょう。
緩和ケアにおける家族の役割とサポート
緩和ケアでは、患者さんだけでなく、ご家族も支援の対象となります。ご家族は介護者としての役割を担う一方で、自身も精神的・身体的な負担を抱えています。
家族ケアの重要性
家族が心身ともに健康でなければ、患者さんを支え続けることは困難です。緩和ケアチームは、家族の疲労や不安にも目を配り、必要なサポートを提供します。
具体的には、介護方法の指導、休息の確保のための支援(レスパイトケア)、精神的サポート、社会資源の紹介などが行われます。
家族自身も、無理をしすぎないこと、周囲に助けを求めること、自分の時間を持つことが大切です。
グリーフケア
患者さんが亡くなった後も、遺族に対するケア(グリーフケア)が提供されることがあります。悲嘆のプロセスは人それぞれですが、必要に応じて専門家のサポートを受けることで、喪失の悲しみと向き合い、立ち直る助けとなります。
緩和ケアを受けるための相談窓口
緩和ケアについて相談したい場合、以下のような窓口があります。
主治医や担当看護師に相談することが第一歩です。多くの病院には緩和ケアチームや緩和ケア外来があり、専門的なアドバイスを受けられます。また、がん診療連携拠点病院には「がん相談支援センター」が設置されており、緩和ケアに関する情報提供や相談に無料で応じています。
地域の訪問診療クリニックや訪問看護ステーションに相談することで、在宅緩和ケアの可能性を探ることもできます。
緩和ケアは、患者さんとご家族が少しでも良い時間を過ごすための医療です。遠慮せずに、医療者に希望や不安を伝えることが、より良い緩和ケアを受けるための第一歩となります。

