放射線治療の方法として、肝臓がんでは一般にX線を照射します。
かつての外部照射では、腫瘍だけでなく、肝臓全体に放射線をあてていました。肝臓は放射線に弱いため、肝硬変でなくても、放射線の吸収線量の限界は30~40グレイであり、それ以上の照射を行うと、肝臓に重い障害が現れると報告されています。
ところが、肝細胞がんは放射線に強く、少しの放射線を照射されても死にません。肝細胞がんを殺すには、腫瘍に50グレイ以上の放射線をあてなければならないとされます。しかしこれでは、肝臓自体が重い障害を負うことになります。
そのため、比較的最近まで、肝細胞がんに対して放射線治療を行うことは困難と考えられてきました。しかし現在では、以下に見るように、腫瘍とその周囲のみを正確に照射する技術が開発されました。その結果、以前よりも副作用は小さく、治療効果の高い方法が実現しています。
多門照射/回転照射/原体照射
これらはいずれも、腫瘍にできるかぎり多くの放射線を照射し、他方で、他の健康な組織にあたる放射線の量をより少なくする方法です。かつての外部照射では、1方向のみから腫瘍に向けて放射線をあてていました。しかし、X線照射の場合、これでは腫瘍の手前や背後の組織も、腫瘍と変わらない量の放射線を浴びることになってしまいます。
そこで「多門照射」が登場しました。多門とは、放射線を照射する装置(1門、2門と数える)を多数用いることを意味します。つまり、体の複数の方向から腫瘍に向けて放射線を照射する方法です。こうすれば、腫瘍には何度も放射線があたるのに対し、周囲の正常な組織は1~2回しか放射線を受けることがないため、全体としてあまり放射線を浴びずにすみます。
また、腫瘍に放射線をより正確に集中させるために、放射線の照射装置を回転させ、体の周囲から放射線をあてる技術も開発されています。これを「回転照射」と呼びます。
さらに、「原体照射」という方法もあります。これは腫瘍の形(原体)そのままに照射することを意味します。従来の放射線治療では、照射範囲は長方形、もしくは円状でした。しかし、実際の腫瘍の形はいびつです。
そこで、最新の放射線の発生装置には、"絞り"がついています。これは、放射線を遮蔽する複数の細長い板からできています。遮蔽板を細かくずらして積み木のように重ねれば、放射線の照射範囲を、1方向から見た腫瘍(がん)の形とほぼ同じにすることができます。
そこで、回転照射や多門照射を行う際に照射の方向を変えるとき、その方向から見える腫瘍の形状に合わせて絞りを変化させます。これはコンピューター制御によって行います。こうすれば、腫瘍以外の組織が浴びる放射線の量を非常に少なくすることができます。
コンピューターを使ったIMRT
コンピューター時代を反映して、現在の放射線治療は、コンピューターを駆使したものになっています。ここでとりわけ重要な作業は、治療計画です。高い治療効果が得られるよう、コンピューターに最適の治療計画を立てさせます。
まずCTで、腫瘍や肝臓、周囲の組織や臓器を細かく撮影します。そのデータをもとに、体内の状態をコンピューター上で3次元的、つまり立体的に再現します。
ついでコンピューターは、腫瘍を治療するための計画を何万とおりも立てます。そして、1つの計画ごとに、腫瘍やその他の組織に吸収される放射線の量を細かく計算します。最終的にこれらの計画を比較し、治療効果がもっとも高く、かつ副作用が小さい方法を見いだします。
この結果、どの方向からどのくらいの強さの放射線を、どのくらいの時間にわたって照射すればよいかが、示されます。計画にしたがって、コンピューターが遮蔽板の配置(絞り)や装置の方向を制御し、自動的に照射を行うこともあります。
なお、コンピューター制御による照射で、照射の方向ごとに放射線の強度を変える手法を、とくに「強度変調放射線治療(IMRT)」といいます。これによって、腫瘍や周囲の組織・臓器にあたる放射線の線量を、より細かく調節することができます。
呼吸同期装置/動体追跡装置
前記のような手法を用いて腫瘍に放射線を集中させようとしても、患者の体が動くと照射の領域もずれてしまいます。とくに、呼吸による腫瘍の動きは、患者の意志では止めることができません。
そのため患者は、治療時に腹部を拘束するベルトを着用して、呼吸による動きを抑えることがあります。しかし、これでも動きは完全には避けられず、また、呼吸によって体が動かないようにしようとすると、患者側の負担も大きくなってしまいます。
そこで、最近登場したのが、「呼吸同期装置」や「動体追跡装置」です。前者は、呼吸のタイミングに合わせて照射を行うものです。この装置は体の動きをモニターし、呼吸によって腫瘍が一定の位置に入ったときだけ照射することができます。
また、動体追跡装置は、腫瘍やその近くに目印となる金の球体を挿入し、腫瘍の位置を把握する方法です。やはり、腫瘍が一定の位置に入ったときのみ照射を行います。
ラジオサージェリー(定位的放射線治療)
脳腫瘍の治療にしばしば使われる技術です。ラジオサージェリーは、高いエネルギーの放射線(X線やガンマ線)を細く絞り、体のさまざまな方向から腫瘍に集中させる方法です。1カ所に集中した放射線は強い破壊力を発揮して、がんを殺します。
ラジオサージェリーは、専門的には「定位的放射線治療」ともいいます。また、ガンマ線を使って治療を行う場合(おもに脳腫揚)は、とくに「ガンマナイフ」とも呼ばれます。ふつうの放射線治療との違いはおもに、ビームを細く絞ること、また1度に大量の放射線を照射することです。
ラジオサージェリーで完治を目指す場合は、比較的小さな腫瘍(3センチ以内)が対象になります。肝臓に血液を送り込む門脈が腫瘍によってふさがれている場合に、この方法で腫瘍を治療することがあります。
粒子線治療
人間の目にまったく見えない粒子である陽子や炭素イオンなどは、プラスの電気(電荷)をもっています。粒子線治療は、磁石が発生する磁場を用いて、これらの粒子を光に近いほどの高スピードにしてから腫瘍にあてて、腫瘍細胞(がん)を破壊する方法です。
原子の世界における粒子の中でも、陽子や炭素イオンは電子より重い(重粒子)ので、これらを用いる治療をとくに「重粒子線治療」とも言います。
これらのうち、陽子を用いる粒子線治療は「陽子線治療」と呼ぶこともあります。また、陽子より重い粒子(ヘリウムイオンや炭素イオン)を利用するときには、前記よりも狭い意味で、重粒子線治療と呼ぶことがあります。
粒子線は、電磁波にはない特徴をもっています。X線やガンマ線などの電磁波は、少しずつエネルギーを失っていき、その大部分が体を通り抜けてしまうのに対して、粒子線は体内で止まります。そして停止の直前に、粒子は自分自身のもつエネルギ-の大半を放出します。
そこで、ちょうど腫瘍の内部で粒子が止まるように粒子線のエネルギーを調節すれば、腫瘍に非常に大きな損傷を与えることができます。しかも、停止した位置より深い部分の健康な組織を、傷つけることがありません。
このようなことから、粒子線治療は、ふつうの放射線治療に比べて、正常な組織への副作用は小さく、腫瘍に対する治療効果が高いとされます。
粒子線治療の問題点は、これらの粒子を非常に高い速度まで加速するための、大規模な設備(サイクロトロンやシンクロトロン)が必要になることです。そのため、粒子線治療を行うことのできる医療機関は、少しずつ増えているとはいえ、いまのところ限られています。
以上、肝臓がんの放射線治療についての解説でした。