がん治療で薬を使う場合、一般的には「抗がん剤」と呼ばれますが、厳密にいえばがん治療で使う薬は抗がん剤だけでなく、分子標的薬やホルモン療法などがあります。そのため、薬を使った治療は「化学療法」と分類されます。
化学療法とは化学物質(抗がん剤)を使って、がん細胞の分裂を抑え、がんが大きくなるのを抑えたり、がん細胞を死滅させたりする方法です。
がん細胞は、正常の細胞に比べ速いスピードで"分裂→増殖"を繰り返して大きくなります。抗がん剤の多くは、遺伝子を傷つけたり、細胞の分裂・増殖に必要な酵素の働きを邪魔したりすることで、がん細胞を死滅させたり、大きくなるのを抑えます。投与された抗がん剤は血液中に入り、全身を巡ってからだの中のがん細胞を攻撃しますが、一方で正常な細胞にも影響を及ぼします。
抗がん剤は現在約100種類あり、その中には飲み薬(経口薬)もあれば、点滴(注射薬)もありますが、疾患ごとに使用できる種類(保険適応)は限られています。
また、がん細胞に作用する仕組みや投与する間隔・期間もさまざまで、単剤での使用や複数の薬剤を組み合わせて治療に用いられています。
食道がんにおける化学療法の目的
食道がんに化学療法を行う目的は、大きく2つあります。
1つは、手術後の再発を予防することです。手術でがんをすべて取り切ったと思われても、からだの中に見えないがん細胞が残っていて、再発を起こす危険性があります。その残っているかもしれない見えないがん細胞を攻撃し、再発を防ぐ、あるいは再発をできるだけ遅らせることを目的として、化学療法を行う場合があります。
これを「(術後)補助化学療法」といいます。食道がんの場合は、主に手術時にリンパ節転移を認めた患者さんに対して行われます。
また、近年日本で行われた大規模臨床研究において、欧米のTNM分類のステージⅡ・Ⅲの食道がんに対しては、手術の前に化学療法を行い、その後、手術を行ったほうが手術のあとに化学療法を行うよりも、生命を長く保つことができるという結果も報告されるようになり、化学療法を行ったのちに手術を行うケースも増加してきています。
化学療法のもう1つの目的は、手術では取りきれない場合に、がんが大きくなるのを抑えることです。
がんが全身に広がっている非常に進行したがんや、手術後に再発したがんのうち、手術や放射線療法でコントロールできないものに対しては、化学療法が治療の中心となります。
また、完全に治すことが期待できない場合でも、がんが大きくなるスピードを抑えつつ、痛みなどのがんの症状を和らげたり、QOL(生活の質)を改善したりすることを目標に、化学療法が行われます。
食道がんの化学療法の流れ
手術前や手術後の人に行われる化学療法は、1コースもしくは2コースなどと回数を決めて行われますが、転移や再発などの治療のターゲットとなる食道がんに対する化学療法は、おおむね次の①~④のような流れに沿って行われます。
①治療法の選択
化学療法の目的、患者の病状(がんの進み具合、転移・再発の場所、個数など)や体力、年齢や社会的背景に応じて、どの抗がん剤をどのように投与するか十分に検討します。最終的には医師と患者さんで相談してどのような治療を行うか決定します。
②抗がん剤の投与
治療法を決めたら、抗がん剤の投与を開始します。治療法によって、外来で行う場合と入院して行う場合があります。入院で治療を行う場合、2週間程度かかることもあります。重い副作用がないことを確認したら、1~2日で退院となります。
入院、外来のどちらでも、化学療法を行っている期間中は、定期的に副作用をチェックすることが大切です。通常は1~3週間に1回は通院し、採血(血液検査)と診察によって副作用の有無を確認します。副作用が強く出ているときは、それらの症状を和らげる薬を追加してコントロールします。
③治療効果の判定
2~3か月治療を行ったあと、がんの大きさや広がりがどのように変化しているか、治療効果の判定を行います。効果判定のためには、CTやMRI、さらにはFDG-PETなどの画像診断や血液検査で、腫瘍マーカーの測定を行います。
④今後の治療方針の検討
「抗がん剤が効いている」というのは、がんの大きさが小さくなったということで、完全に治ったという意味で使われるものではありません。これまで行ってきた治療法が効いている場合は、通常、これまでの治療法を続けて行います。
残念ながら、効果が今ひとつであったり、あるいは効いてないと判断されたりした場合には、別の抗がん剤を使った治療法に変更することを検討します。
また、効果が見られていても、副作用が強いために治療を継続することが困難な場合は、治療をいったん休んだり、投与量や投与方法、治療法を変更したりすることがあります。治療の効果と今後の治療方針については、医師とよく相談して決定します。
転移や再発のある患者に対する化学療法は、人によってさまざまですが基本的には①~④を繰り返しながら治療を進めていきます。
食道がんの治療に使われている抗がん剤
食道がんの治療に使われる抗がん剤は、さまざまな種類があります。食道がんの化学療法では、がん細胞を死滅させる仕組みの異なるいくつかの抗がん剤を組み合わせて使うのが一般的です。複数の薬を組み合わせて使ったほうが、より高い効果を期待できると考えられています。
現在、食道がんに対して使われている抗がん剤の形態は注射薬であり、点滴による化学療法が行われています。いくつかの抗がん剤を組み合わせて行う場合では、入院による治療が一般的ですが、単剤での治療では、抗がん剤の種類によって外来通院で行うことも可能です。
また、抗がん剤の場合は、同じ薬でも人によって、合う人もいれば合わない人もいます。状況やがんの状態、部位などに合わせて1人ひとりに合った薬を選択し、投与されることになります。
一般的な食道がん化学療法の具体的な方法
現在、日本で最も行われている食道がんに対する化学療法は、フルオロウラシル(5-FU)とシスプラチンの2剤を組み合わせた化学療法です。
この組み合わせの場合は、シスプラチンは治療開始日に投与を行い、フルオロウラシルは初日から5日間連続で点滴注射を行います。一般的には入院での治療となります。また、ドセタキセルなど単剤で化学療法を施行する場合は、入院して行う場合と外来通院で行う場合があり、どのような方法で投与を行うかは担当の医師と相談しましょう。
・フルオロウラシル(5-FU)の効果と副作用
DNAの合成を阻害して、がん細胞の増殖を抑える作用があります。抗がん剤の一般的な副作用である嘔吐、食欲不振、倦怠感などのほか、激しい下痢やそれに伴う脱水症状などが起こる可能性があります。
・シスプラチン(ブリプラチン、ランダなど)の効果と副作用
細胞分裂を阻止する作用があります。一般的な副作用のほか、腎機能の低下や、白血球の減少などの重大な副作用が起こることがあります。また聴覚が障害されることもあります。
※化学療法中は尿が大量に出ます。シスプラチンを使う場合、副作用の腎臓障害を防ぐため、大量の点滴と利尿薬を使用します。そのため、頻回にトイレに行くことになります。
化学療法(抗がん剤)の副作用
抗がん剤は「細胞毒性」といって、細胞の分裂や増殖を邪魔したり、細胞の遺伝子にダメージを与えたりするなど、細胞を攻撃する働きを持っています。この働きによって、がん細胞の増殖を抑え、死滅させることができます。
しかし、それと同時に、抗がん剤によって正常な細胞も攻撃されてしまうと、副作用としてからだにさまざまな症状が現れます。
がん細胞にだけ作用して、正常な細胞にはまったく作用せず、副作用のない薬が理想的ですが、残念ながらそのような薬はありません。どんな薬でも効果がある反面、少なからず副作用があります。
抗がん剤は「副作用が強い」というイメージがありますがどれも一定に副作用が起きるわけではありません。副作用の種類や程度は抗がん剤の種類によっても異なります。さらに、同じ抗がん剤を同じ量使っても、個々によって副作用の出方は異なります。
また、副作用には、本人が感じるものと採血などの検査でわかるものとがあります。化学療法を受ける場合は、担当の医師から、どのような副作用(症状や出やすい時期など)が出るのか、よく説明を受けましょう。
これらの副作用は、抗がん剤を投与した直後から数日後、あるいは数週間後に起こります。しかし、たいていの副作用は、いったん治療を休めば治ります。また、吐き気や下痢などの副作用による症状に対しては、それらを和らげる薬(吐き気止めや下痢止めなど)を使います。化学療法による治療中の体調は、治療を続けていくうえで大変重要です。
気になる症状が出たときには我慢せずに医師に相談しましょう。
化学療法のアレルギーについて
蜂に刺されて死亡するというニュースを耳にしますが、これがいわゆる全身性の急性アレルギー反応によるショック症状で、「アナフィラキシー」といいます。
この症状は、頻度は非常に低いですが、食道がんで使用される抗がん剤でも起こりえます。通常、化学療法を行うときには、ステロイド薬やヒスタミンH1拮抗薬を用いることで、アレルギーが起こるのを予防しています。
抗がん剤の投与中あるいは直後に、呼吸困難、血圧低下、発疹などのアレルギー症状が現れますが、とりわけ呼吸困難は、アナフィラキシーショックの予兆の可能性があります。この場合、生命危機に直結するケースもあるので、ただちに薬の投与を中止して、血圧や全身状態の観察を行う必要があります。
以上、食道がんの化学療法についての解説でした。