
がん患者さんの口の渇き(口渇)とは
こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
がんの治療を受けている患者さんの多くが経験する症状の一つに、「口の渇き(口渇。こうかつ)」があります。
公益財団法人がん研究振興財団の口腔乾燥症対応マニュアルによると、がん患者さんにおける口腔乾燥症とは「自覚、他覚を問わず口腔の乾燥(あるいは乾燥感)があり、それを苦痛に感じている、あるいは日常生活に何らかの支障があるもの」と定義されています。
終末期がん患者さんでは、実に80~90%の方が口腔乾燥の症状を訴えるとの報告があり、多くの患者さんにとって日常生活の質に影響を与える重要な問題となっています。
口渇には大きく分けて2つのタイプがあります。「冷たい水を飲みたい」と感じる場合は、体内の水分不足や代謝性の問題が関係しています。一方、「なんとなく口の中が乾燥する」と感じる場合の多くは、唾液の分泌量が減少することで起こります。
がん患者さんに口の渇きが起きる主な原因
がん(腫瘍)そのものによる口渇
消化管閉塞や悪液質などによって水分摂取量が低下すると、口の渇きが生じる可能性があります。特に消化器系のがんでは、悪心、嘔吐、下痢などの消化器症状が出現すると、脱水症状が起きやすくなります。
また、骨転移がある患者さんの場合、破骨細胞による骨吸収が亢進することで、骨から多量のカルシウムが血液中に溶け出す高カルシウム血症が発生することがあります。高カルシウム血症では腎臓からのカルシウム排泄が増加するため、多尿となり、結果として脱水と口渇を引き起こします。
さらに、がんによる耐糖能異常によって高血糖状態となることでも、口の渇きが生じる可能性があります。
化学療法(抗がん剤治療)による口渇
国立がん研究センターがん情報サービスによると、がんの薬物療法を受けた患者さんの約半数で口腔乾燥症が起こるとされています。
抗がん剤治療では、以下のような理由で口の渇きが起こります。
治療に伴う悪心や嘔吐によって水分摂取量が低下します。また、一部の抗がん剤は唾液腺の細胞に損傷を与え、唾液を厚くしたり分泌量を減少させたりします。化学療法による口渇は一時的な副作用であることが多く、治療終了後2週間程度で改善することが一般的です。
腎機能障害を引き起こす抗がん剤もあり、これによって体内の水分バランスが崩れ、口渇を感じることがあります。
放射線治療による口渇
頭頸部がん(口、耳、鼻、のどなどのがん)に対する放射線治療を受けた患者さんでは、ほとんどの方に口腔乾燥症が発生します。
大唾液腺(耳下腺、顎下腺、舌下腺)や口腔が照射範囲に含まれる場合、放射線療法開始後2~3週目ごろから口渇を自覚し始め、治療経過とともに症状が悪化する傾向があります。
唾液腺がどの程度障害を受けるかは、放射線があたる範囲や照射量によって異なります。放射線治療後約1年で部分的に回復するという報告もありますが、照射線量が多い場合や照射範囲が広い場合は、回復が難しいこともあります。
放射線療法による口渇は、口内炎や味覚障害といった他の副作用も同時に引き起こし、それらの症状を悪化させる要因にもなります。
薬剤の副作用による口渇
がん治療以外の薬剤でも、唾液分泌障害を副作用として引き起こすものが多数存在します。国立歯科研究所とCraniofacial Researchによると、400種類以上の薬剤が口渇を引き起こす可能性があるとされています。
| 薬剤分類 | 具体例 |
|---|---|
| 向精神薬 | 抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬 |
| 循環器系薬剤 | 降圧薬、利尿剤 |
| 消化器系薬剤 | 制吐剤、胃酸分泌抑制薬 |
| 鎮痛剤 | オピオイド鎮痛薬(モルヒネなど)、NSAIDs |
| 抗アレルギー薬 | 抗ヒスタミン薬、風邪薬 |
| その他 | 抗パーキンソン病薬、抗けいれん薬 |
これらの薬剤は唾液分泌神経の働きを抑制したり、唾液腺そのものに作用したりすることで、唾液の分泌量を減少させます。
精神的・心理的要因による口渇
がんの診断や治療に対する不安、緊張、ストレスなどの精神的・心理的な刺激によっても、唾液分泌が抑制されることがあります。これは自律神経系の影響によるもので、交感神経が優位になると唾液の分泌が減少します。
実際に口の中の乾燥を認めない場合でも、患者さんが口の渇きを訴えることがあり、その場合は精神的なものが原因であることが疑われます。
口の渇きによって起こる問題
口腔乾燥症は単に不快感を感じるだけでなく、さまざまな合併症を引き起こす可能性があります。
唾液には口の中をきれいに保つ自浄作用、消化作用、抗菌作用、粘膜保護作用など、口腔内を守る重要な働きがあります。そのため、唾液分泌が減少すると、口腔内の衛生状態が悪化し、以下のような問題が生じやすくなります。
むし歯や歯周病のリスクが増加します。口腔カンジダ症などの感染症が発生しやすくなります。味覚障害が起こり、食事の楽しみが減少します。口臭が強くなります。食べ物が飲み込みにくくなり、誤嚥のリスクが高まります。会話がしにくくなります。舌のひび割れや痛みが生じます。入れ歯の装着が困難になります。
これらの症状により、食事量が減少し、栄養状態が悪化すると、体力が低下してがん治療の継続が困難になる可能性もあります。
口の渇きの診断と評価
医療機関では、以下のような方法で口腔乾燥症の程度を評価します。
唾液分泌量の測定
ガムテストやサクソンテストなどを用いて、一定時間に分泌される唾液の量を測定します。一般的には、ガムを噛んでもらい、10分間に分泌される唾液量が10mL以下の場合、唾液分泌量の低下と判断されます。
口腔水分計による測定
舌の表面に保持されている唾液による湿り具合を、専用の口腔水分計で測定する検査も行われることがあります。
原因疾患の検査
シェーグレン症候群が疑われる場合は、血液検査、口唇腺の病理検査、唾液腺造影検査、眼科での涙液分泌検査などが行われます。高カルシウム血症や高血糖が疑われる場合は、血液検査で血清カルシウム値や血糖値を確認します。
がん(腫瘍)による口の渇きへの対応
緊急性の高い症状への対応
脱水や高カルシウム血症による口渇は、緊急対応が必要な状態です。医師の指示のもと、適切な治療を受けることが重要です。
骨転移が指摘されている患者さんや終末期の方の場合は、定期的に血清カルシウム値を確認します。消化器症状出現後に口渇が現れた場合は、脱水の有無を血液検査(ヘマトクリット値の上昇、BUN-Creの上昇など)で確認します。
予防的対応
悪心、嘔吐や下痢がある場合、脱水予防のために、必要に応じて輸液による水分補給が検討されます。骨転移を認める場合は、定期的に血清カルシウム値を確認し、早期発見に努めます。
症状出現時の対応
脱水が生じている場合は、必要に応じて輸液が行われます。高カルシウム血症による口渇では、生理食塩水の大量輸液やビスホスホネート製剤の投与により、尿中へのカルシウム排泄を促進させる治療が行われます。
口腔ケアや氷片を口に含むなどの看護ケアも、口渇の緩和につながります。
放射線治療による口の渇きへの対応
保湿剤・人工唾液の使用
2025年の市場調査によると、口腔乾燥症治療薬の市場は世界的に拡大しており、人工唾液製剤は依然として治療の基礎となっています。日本でも複数の保湿製品が利用可能です。
| 製品タイプ | 特徴 | 使用場面 |
|---|---|---|
| 保湿スプレー | 手軽に使用でき、持ち運びに便利 | 外出時、頻繁な保湿が必要な場合 |
| 保湿ジェル | 効果の持続時間が長い | 就寝前、重症の口腔乾燥症 |
| マウスウォッシュ | 口腔内全体に広がりやすい | 日常的な口腔ケア |
| 人工唾液 | 天然唾液の成分を模倣 | 唾液分泌が著しく低下している場合 |
具体的な製品としては、オーラルバランス(保湿ジェル)、オーラルウェット(保湿スプレー)、サリベート(人工唾液)などが医療機関や薬局で入手できます。
使用方法としては、食事前や口渇を感じた際に使用します。マウスウォッシュは保湿成分が入っており、刺激が少ないノンアルコールタイプを選ぶことが推奨されます。
天然オイルによる保湿
国立がん研究センター中央病院では、乾燥がひどい時や就寝前に、太白ごま油(生しぼりで無味・無香のごま油)やオリーブオイルを口の中の粘膜に塗ることを推奨しています。これらの天然オイルは保湿効果が高く、化学物質を含まないため、粘膜への刺激が少ないとされています。
環境調整
就寝中は特に口の中が乾燥しやすいため、加湿器を使用したり、マスクをつけたりすることが効果的です。ただし、マスクをつける際は鼻を覆わないようにします。
枕元に保湿スプレーを置いておくと、夜間に目が覚めた際にすぐに保湿できるため安心です。
唾液分泌の促進
唾液分泌を促すためには、以下の方法が有効です。
砂糖不使用のガムやキャンディを利用します。キシリトール配合のものは、むし歯予防にも効果的です。
唾液腺マッサージを行います。耳下腺(耳の下)、顎下腺(あごの下)、舌下腺(舌の下)の3カ所を優しくマッサージすることで、唾液の分泌が促されます。ただし、頭部や頸部の放射線治療を受けた方は、皮膚にダメージを与える可能性があるため、唾液腺のマッサージは控えてください。
レモン水でうがいをすることで、唾液分泌が刺激されます。
薬物療法
唾液分泌促進薬として、以下の薬剤が使用されることがあります。
セビメリン塩酸塩水和物(サリグレン、エボザック)は、シェーグレン症候群に伴う口腔乾燥症に対して保険適用があります。服用後半年で症状の改善率が最大となります。副作用として下痢や吐き気が見られることがあるため、最初は少量から始めて徐々に増量する方法がとられます。
塩酸ピロカルピン(サラジェン)は、シェーグレン症候群や頭頸部の放射線治療に伴う口腔乾燥症に対して保険適用があります。短期間で唾液が増えやすい傾向があり、ドライアイにも効果があるとされています。副作用として多汗や頻尿が見られることがあります。
日常生活での対策
水分補給
最も基本的な対策は、こまめな水分補給です。水の入った水筒やペットボトルを常に持ち歩き、少量ずつ頻繁に水分を摂取することが推奨されます。高齢者では喉の渇きの感覚が減退するため、意識的に水分補給を行うことが重要です。
1日あたりの水分摂取量の目安は1.5~2リットル程度ですが、心不全や腎不全などで水分制限がある場合は、担当医の指示に従ってください。
食事の工夫
口腔乾燥症がある場合の食事では、以下の工夫が有効です。
水分の多い食品を選びます。スープ、ゼリー、ヨーグルト、アイスクリーム、プリンなど、飲み込みやすい食品を摂取します。
とろみをつけた料理を活用します。片栗粉でとろみをつけた料理や、シチュー、茶碗蒸しなどは飲み込みやすくなります。
野菜や果物など、よく噛む必要がある清掃性食品を摂取することで、唾液の分泌が促されます。
酸味のある食品は唾液分泌を促しますが、口内炎がある場合は刺激になるため避けます。
硬いパン、辛い食べ物、塩分の強い食べ物、酸味の強い食べ物は、口腔粘膜を刺激する可能性があるため控えます。
砂糖の摂取を控え、キシリトールなどの代用甘味料を使用します。
口腔ケアの徹底
唾液には口の中を洗浄する働きがあるため、分泌が減るとむし歯や歯周病になりやすくなります。そのため、口腔乾燥症がある場合は、1日3回以上、通常よりも丁寧に歯磨きを行うことが重要です。
歯ブラシ、フロス、歯間ブラシを使用して、歯垢を確実に除去します。舌ブラシを用いた舌苔の除去も、口腔細菌数を減らすために重要です。
うがいをこまめに行い、口腔内を清潔に保ちます。
定期的に歯科を受診し、専門的な口腔ケアを受けることも大切です。
生活習慣の改善
飲酒、喫煙、カフェインの過剰摂取は口腔乾燥を悪化させるため、控えることが推奨されます。
鼻呼吸を意識します。口呼吸は口腔内の水分を蒸発させるため、鼻詰まりがある場合は耳鼻科で治療を受けることも検討してください。
十分な睡眠と休養をとり、ストレスを溜めないようにします。
医療機関に相談すべき症状
以下のような症状がある場合は、早めに担当医、歯科医師、看護師、薬剤師に相談してください。
口の渇きが3カ月以上続いている場合
口の中や舌にヒリヒリした痛みがある場合
食べ物が飲み込みにくくなった場合
会話がしにくくなった場合
口臭が強くなった場合
口内炎が繰り返し発生する場合
味覚の異常を感じる場合
むし歯が増えた場合
入れ歯の装着が困難になった場合
口腔乾燥症は放置すると、生活の質の低下だけでなく、栄養状態の悪化や感染症のリスク増加につながる可能性があります。症状に気づいたら、早期に適切な対処を行うことが重要です。
最新の治療動向
口腔乾燥症の治療分野では、近年さまざまな革新が進んでいます。
2024年には、主要な製薬会社が粘度が向上したゲルベースの人工唾液を発売し、患者さんに長時間の緩和をもたらしています。また、天然酵素を含む新しい経口スプレーが開発され、天然唾液の抗菌特性をより忠実に再現することができるようになりました。
2025年には、即座に溶解するポータブル粉末唾液代替品が導入され、外出時の使用がより便利になっています。
バイオエンジニアリング唾液代替物の研究も進行中で、2025年に臨床試験が開始される予定となっています。これらの新しい製品は、従来の人工唾液よりも効果が長持ちし、より自然な使用感を実現することが期待されています。
また、個別化医療の観点から、患者さん一人ひとりの症状や原因に応じたテーラーメイドの治療計画が重視されるようになってきています。
まとめ
がん患者さんの口の渇き(口渇)は、がんそのもの、化学療法、放射線治療、薬剤の副作用、精神的ストレスなど、さまざまな原因によって引き起こされます。
口腔乾燥症は単なる不快感だけでなく、むし歯、歯周病、感染症、味覚障害、嚥下障害など、さまざまな合併症を引き起こす可能性があり、最終的には栄養状態の悪化やがん治療の継続困難につながることもあります。
対策としては、保湿剤や人工唾液の使用、こまめな水分補給、食事の工夫、徹底した口腔ケア、環境調整などが重要です。また、必要に応じて唾液分泌促進薬などの薬物療法も選択肢となります。
症状に気づいたら、早めに医療従事者に相談し、適切な対処を行うことで、生活の質を維持しながらがん治療を継続することができます。
患者さんご自身の「口が乾燥してつらい」という訴えを過小評価せず、症状緩和に向けて医療チームと協力していくことが重要です。
参考文献・出典情報:
公益財団法人がん研究振興財団「がん治療における口腔支持療法のための口腔乾燥症対応マニュアル」
国立がん研究センター がん情報サービス「口内炎・口内の乾燥」
国立がん研究センター中央病院「口の中の乾燥、口内炎を軽減するには」
静岡県立静岡がんセンター「唾液の出が悪くなり、たえず口やのどが渇く」
国立がん研究センター中央病院 歯科「口腔乾燥症」
済生会「口腔乾燥症(こうくうかんそうしょう)とは」
青海社「口腔乾燥患者の緩和ケア」
ナース専科「口渇の看護|口渇の原因とメカニズム、アセスメント」
ファイザー「がんの副作用~吐き気や口の中・喉の痛みに対する解決策」
口腔乾燥症治療薬市場レポート 2025年

