放射線は細胞の中の遺伝子に作用してがん細胞を死滅させます。
多くの場合、副作用は軽度で外来治療が可能です。ただし、原則として過去に治療したととろに再び照射することはできません。
そもそも放射線とは?
電球や太陽は光線を出していて目にみえますが、放射線は目にはみえない光線のようなものです。放射線は宇宙から降り注いでいたり、いろいろな物質から出ていたりするので、私たちはほんの少しの量ですがいつも放射線を浴びています。電球の光は熱を感じますが、放射線は熱くも痛くもありません。
放射線の種類はたくさんありますが、がんの治療に使われるのはX(エックス)線γ(ガンマ)線、電子線などです。放射線と目にみえる光が大きく異なるのは、物質を通過する力です。目にみえる光は厚紙1枚でさえぎられて、人間のからだを通過することはできませんが、放射線は人間のからだを通過します。
放射線がからだの中の細胞を通過するとき、細胞増殖に必要な情報が書いてある部分(遺伝子)にダメージを与えます。そうすると、細胞は増殖することができなくなって死滅します。
放射線はがん細胞も正常細胞も通過するのですが、がん細胞のほうが放射線によるダメージを受けやすく、正常細胞はダメージを受けにくいうえにダメージを受けても回復しやすいため、がん組織を効率よく攻撃することができます。
放射線照射では、リニアックやマイクロトロンといった名前の装置を使いますが、これらは通常のX線写真を撮る装置よりも格段に高いエネルギーの放射線を発生するので、からだの深部にあるがんでも効率的に攻撃することができます。
放射線治療の進め方
まず、放射線治療の専門医が、患者さんが受けた手術の状況やCT検査の結果などをみながら、シミュレーターと呼ばれる装置を使って、どこにどれくらいの量の放射線をかけたらよいかを決めます。
次に、実際に放射線を当てる部分に消えにくいインクで印をつけます。この印は照射範囲を示す大事なものですので、治療が終わるまでつけておきます。色落ちすることも多いので、念のために下着は色がついてもよいものを着けたほうがよいです。
そして、通常は1日に1回放射線をかけます。放射線をかけている時間は1分程度です。
放射線治療は入院が必要か
多くの放射線治療は外来治療が可能です。しかし、化学放射線療法(化学療法と放射線治療を同時期に行う治療法)の場合や、からだの具合がすぐれず通院がつらい場合(骨転移、脳転移など)には入院治療が勧められます。乳がんの場合、一般的には化学放射線療法は行いませんので、からだの具合がすぐれない場合以外は外来治療が多く行われます。
放射線治療による副作用は?
放射線の副作用は、治療中から終了後まもなく現れる急性期の副作用と、照射が終わったあと数力月以降に現れる晩期の副作用があります。
一度照射した部分に再び照射することができないのはなぜか?
患者さんの日常生活においては、放射線の副作用のうち、後から出てくるもののほうがより注意が必要です。特に過去に治療したところに再び照射を行うと、それだけ副作用の頻度が増加し、放射線の効果よりもむしろ副作用が前面に現れる可能性が大きくなります。したがって一部の例外を除いては、一度照射したところには再照射しないというのが原則です。
乳がんの場合、この例外となるのは脳転移に全脳照射(脳全体に照射すること)をした後の再発病巣に対する定位照射(病巣だけをねらって照射すること)や、一度治療を受けたあとに再び症状が悪化している骨転移に対する再照射などです。
これらも含め再照射には細心の注意を払うことが必要で、副作用と効果を熟知した専門家による治療が望まれます。
新しい放射線治療
最近、陽子線や重粒子線を使った放射線治療が行われるようになってきました。これらはX線と比べて、周辺組織への無駄な被曝が少ないうえに、重粒子線ではX線よりもがん組織に対する効果が高いという特徴があります。そのため、からだの深いところにあるがん(例えば肝臓がんや前立腺がん)に用いられます。
まだ限られた施設でしか行われておらず、健康保険の適応もありません。乳がんはからだの表面近くにあり、X線や電子線によって安全かつ効率よく治療できますので、これらの治療は適応にはなりません。
乳がん手術後に放射線治療を行う理由
手術後の放射線治療は、温存した乳房や乳房を切除したあとの胸壁、その周囲のリンパ節からの再発を防ぐために行います。
すべての乳房温存手術後の患者さん、および乳房切除術を受けた患者さんのうち、わきのリンパ節に4個以上転移があった患者さんや、しこりの大きかった(5cm以上)患者さんには、手術後の放射線治療が勧められます。
乳房温存療法における手術の役割は、目にみえるがんのしこりを摘出することであり、放射線治療の役割は、手術で取りきれなかった可能性のある目にはみえないがん細胞を根絶やしにすることです。手術と放射線治療が揃って初めて乳房を温存しつつ、がんを根治することに近づきます。
乳房温存手術後に放射線治療が必要かどうかについては、海外で多くの臨床試験が行われました。手術で切除した組織の断面を顕微鏡で詳しく調べた結果、断面およびその近くにがん細胞がみられないことが確認された(断端陰性といいます)患者さんに対して、放射線治療を加えた場合と加えない場合で比べた試験では、放射線治療を加えることにより乳房内再発が約1/3に減ることが明らかになっています。
ただし、放射線治療を行っても再発を100%防ぐことはできません。切除断面の間近(5mm以内)にがん病巣が迫っていた、あるいは切除断面にがん細胞があると確認された(断端陽性といいます)患者さんや年齢の若い患者さんは、乳房内再発の危険度が高くなるといわれています。さらに乳房内再発を防ぐことにより、生存率も向上させる可能性があることが臨床試験の長期観察から示されています。
最近では、わきのリンパ節に転移が多数あった患者さんには、温存した乳房に加えて頸の付け根(鎖骨上窩)のリンパ節にも放射線をかけることが勧められています。
乳房温存手術後に放射線治療をやりたくない場合
放射線治療は正しく行えば安全な治療ですが、時間や費用がかかり、また軽度ながら副作用もあります。したがって、放射線治療を省略しても乳房内再発の危険性が変わらないのであれば、それに越したことはありません。
放射線治療の省略が考慮される場合としては、もともと再発する危険度が低い場合(例:高齢でホルモン治療が効くタイプ)が考えられます。最近70歳以上でホルモン治療が有効なタイプの患者さんに対して、放射線治療を加えた場合と加えなかった場合を比べた臨床試験の結果が報告されました。
放射線治療を加えたほうが乳房内再発が少なかったとはいえ、その差はごく小さなものであり、患者さんが十分に納得すれば放射線治療の省略も許容されるという考え方もあります。
以上、乳がんの治療についての解説でした