乳がんで手術を行ったあと、切除した腫瘍や組織を調べることを病理検査といいます。病理検査はその後の治療方法を選択するために必要な情報を明らかにすることを目的としています。
病理検査とは
患者さんのからだから採取された組織や細胞を染色し、顕微鏡で観察する検査を病理検査、その結果を病理診断といいます。病理検査は病理医が担当しています。乳腺に関する診療で病理検査が行われる場面は、大きく2つに分けられます。
1つは、乳房のしこりや分泌物の原因がどのような病気によるものかを判断し、症状の原因ががんか良性かを診断する場合です。この場合の病理検査には、症状の原因と思われるところの組織を針や小さな手術で取ってくる生検と細い針を用いて細胞を採取する細胞診があります。
もう1つは、乳がんと診断された後にその生検標本や手術で切除された標本を観察し、乳がんの種類や性格を診断する場合です。どのような乳がんかの情報はその後の治療方法を選択するのに必要不可欠です。
乳がん組織の病理検査では何を検査するのか?
病理検査では浸潤の有無、腫瘍の大きさ、がんの種類(組織型)、がん細胞の悪性度(グレード)、リンパ節転移の有無と個数、脈管侵襲(がん周囲の血管やリンパ管にがん細胞がみられるかどうか)、ホルモン感受性の有無、HER2タンパクの過剰発現あるいはHER2遺伝子増幅の有無を検査しています。これらの項目と年齢などをもとに、術後の治療を選択します。
浸潤がんと非浸潤がん
乳がん細胞は、乳汁をつくって乳頭から分泌する乳管・小葉という組織の中に発生し、時間が経過すると乳管・小葉の周囲(簡質)に広がります。がん細胞が乳管・小葉の周囲に広がることを浸潤といいます。この浸潤の有無によって、乳がんは大きく非浸潤がんと浸潤がんに分けられます。
非浸潤がんは、がん細胞が乳管・小葉の中にとどまる乳がんで、適切な治療を行えば転移や再発をすることはほとんどありません。一方、浸潤がんは、乳管・小葉の周囲に広がった乳がんで、転移や再発をする危険性があります。
がん細胞の悪性度とは
がん細胞の悪性度とは、顕微鏡でみたがん細胞の形のことで、わかりやすくいうとがん細胞の顔つきのことです。浸潤がんでは、がん細胞の悪性度が高いと転移・再発の危険性が高くなります。悪性度はグレード1~3の3段階に分けられます。
脈管侵襲とは
血管やリンパ管は脈管ともいい、がん周囲の血管やリンパ管の中にがん細胞がみられることを脈管侵襲といいます。乳がんが肺や骨・肝臓などの乳腺以外の臓器に転移する場合、必ずがん細胞は脈管を通ります。このため、病理検査で脈管侵襲が確認されると、転移・再発する危険性が高くなります。
ホルモン感受性とは
ホルモン感受性とは、がん細胞が女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロンの2種類があります)の刺激を受けて増殖する性質のことです。がん細胞がこの性質をもっていると、女性ホルモンはがん細胞の核に存在するホルモン受容体(エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体)にくっついて、がん細胞が増殖するように刺激します。
乳がん患者のうち60~70%がホルモン受容体をもっており、このような乳がんを「ホルモン感受性がある」といい、女性ホルモンをブロックするホルモン療法が有効だといえます。ホルモン受容体の有無は、乳がんの組織を用いた免疫組織化学染色法という病理検査でわかります。ホルモン感受性がある乳がんでは、ホルモン受容体の免疫組織化学染色法を行うと、がん細胞の核が茶色く染まります。
HER2(ハーツー)とは
HER2とは、Human Epidermal Growth Factor Receptor type2(ヒ卜表皮成長因子受容体2型)の略です。HER2タンパクは、細胞の表面にあるアンテナのようなもので、正常な細胞にもわずかに存在していますが、乳がん患者の約25%では、がん細胞の表面に正常の1,000~10,000倍の量のHER2タンパクが存在しています。
HER2タンパクは細胞の増殖を調節していると考えられており、過剰に発現していると乳がん細胞の増殖を強くうながします。このような乳がんを「HER2タンパクの過剰発現がある乳がん」と呼びます。
このような乳がんでは、HER2タンパクをつくるように司令を出す遺伝子の数も増えており、この状態を「HER2遺伝子の増幅がある」といいます。
HER2は、乳がん組織を用いてHER2タンパクの過剰発現を調べる免疫組織化学染色法、またはHER2遺伝子の増幅を調べるFISH法で検査します。通常は、まず免疫組織化学染色法で検査し、必要に応じてFISH法で追加検査します。
免疫組織化学染色法で3+の場合とFISH法で陽性となった場合は、「HER2陽性」と判定します。HER2タンパクの過剰発現あるいはHER2遺伝子の増幅がある浸潤がんは、そうでないものに比べて転移・再発の危険性が高いと考えられています。
また、トラスツズマブ(ハーセプチン)やラパチ二ブ(タイケルブ)は、HER2タンパクに対する薬で、HER2タンパクの過剰発現あるいはHER2遺伝子の増幅がある浸潤がんに対して使用されます。
HER2に対する検査は、がんの転移・再発の危険性を予測したり、トラスツズマブやラパチ二ブの有効性を予測するために行われ、現在の乳がん診療においてはとても重要な検査の1つとなっています。
乳がんは病理検査の結果で、その後の治療法がほぼ決まります。
そのため、検査の結果やその意味をきちんと把握しておくことはとても大切です。また、何よりも必要なのは「がんという病気の本質」です。