がん闘病中におきるおしっこ(排尿)のトラブル。排尿障害(尿の勢いが弱い、途切れる、お腹に力を入れないと尿が出ないなど)や排尿痛(おしっこが出るときに痛い)は生活の質に多大な影響を与えます。
排尿に関する問題は主に尿路系のがん(膀胱がん、前立腺がんなど)が関与していることが多いですが、その他にもいくつかの原因、理由があります。
排尿に関するトラブルや痛みがある場合は主治医の診察を受けたうえで対処してもらうことが前提ですが、この記事では予備知識として、尿に関する症状や問題が何によって起きるのか?医療で実施される対処法や治療法にはどんなものがあるのか?整理しています。
※排尿障害、排尿症状とは?
尿勢低下(尿の勢いが弱く尿線も細くなる)、尿線途絶(尿線が排尿中に意図せず途切れる)、排尿遅延(排尿開始までに時間がかかる)、腹圧排尿(排尿開始や尿線維持のために腹圧を要する)など。
「尿閉」は、膀胱内に充満した尿をまったく排出できない(排出がきわめて困難)状態のこと。
※排尿痛とは?
排尿痛は、排尿時に下腹部、膀胱、尿道に感じる灼熱感や痛みのこと。初期排尿痛、終末時排尿痛、全排尿痛に分かれ、痛みの発現時期により病変部位を推測できる。特に、前立腺や尿道・膀胱などに炎症が起こったときに生じやすいが、まれに、心因性でも生じることがある。
がん(腫瘍そのもの)による排尿障害の原因と対策
原因として考えられるもの
・前立腺がん、尿道がん、陰茎がんの進行による下部尿路の狭窄や閉塞、膀胱実質の障害による膀胱排尿筋の収縮不全などの器質的な異常により、排尿症状や尿閉が生じる。
・中枢神経系疾患(脳腫瘍、脊髄腫瘍など)、婦人科がんおよび直腸がんなどの骨盤内手術による神経障害、脊髄腫瘍、骨転移による脊髄圧迫に伴い、上位排尿中枢もしくは下位排尿中枢が障害されることにより、排尿障害や尿閉が生じる可能性がある(神経因性膀胱)。
・リスクが高いのは前立腺肥大症、尿道結石、糖尿病、脳血管疾患などの合併、加齢に伴う排尿筋低活動、尿道狭窄など。
主な対応・対策・治療法
・適切な水分摂取、体位の工夫、適切なカテーテル管理による尿路感染、水腎症、腎不全などの合併症の予防が必要。
・根本的な原因除去には、がん治療(腫瘍を取り除く、あるいは縮小させる)が基本となる。
・がんの種類と進行度に基づき、適応とされる治療(手術療法、放射線治療、がん薬物療法)が検討される。
・前立腺がんの浸潤では、経尿道的前立腺切除術、レーザー蒸散、尿道ステント留置などが考慮される。
・残尿が多い場合は、膀胱留置カテーテルの留置または間欠的導尿が行われる(膀胱留置カテーテルの長期留置は、尿道損傷や膀胱結石、尿路感染症やQOL低下を招くため適切とはいいがたい。長期的に導尿が必要な場合は、間欠的自己導尿を選択するよう勧められることが多い)。
・終末期になると倦怠感も強く薬物療法による自排尿の改善が期待できない場合が多いため、患者の希望やQOLを考慮しながら、カテーテルの留置が検討される。
・がん(前立腺がん以外)による尿閉に対しては、膀胱留置カテーテルの留置が妥当とされるが、管理困難な場合には、膀胱瘻の造設も視野に入れた治療が検討される。
α1受容体遮断薬を中心とした薬物療法で使われる主な薬
【男性の場合】
・α1受容体遮断薬(プラゾシン、テラゾシン、ウラピジル、タムスロシン、ナフトピジル、シロドシン)
・抗アンドロゲン薬(クロルマジノン、アリルエストレノール、デュタステリド)
・アミノ酸製剤(パラプロスト9
・植物製剤(エビプロスタット、セルニルトン)
【女性の場合】
・α1受容体遮断薬(ウラピジル)
・コリン作動薬(ベタネコール、ジスチグミン)
手術による排尿障害・排尿痛の原因と対策
原因として考えられるもの
・排尿障害は骨盤内手術後の神経損傷=婦人科がん、直腸がんなどでありうる。
・手術後の膀胱留置カテーテルや導尿など経尿道的操作によって、尿道が損傷することで排尿痛が生じることがある。
・膀胱留置カテーテル挿入により、細菌が体内に侵襲することで、感染症を起こす可能性がある。
・排尿痛のリスクが高いのは、高齢、認知症、術後せん妄などの既往症。また、TUR-BT(経尿道的膀胱がん切除術)など経尿道的手術をはじめとする泌尿器科領域の手術を実施した場合。
主な対応・対策・治療法
・カテーテル操作は、潤滑ゼリーを十分に塗ってから実施すると痛みが軽減することが多い。
・膀胱留置カテーテル挿入時には、無理に挿入せず、できるだけ緊張をやわらげる。場合によっては潤滑ゼリーを多くつけることや、細いカテーテルに変更することが検討される(患者が緊張すると尿道括約筋が収縮するため、カテーテルの挿入が困難になり、尿道損傷のリスクが高まる)。
・膀胱留置カテーテルを挿入する場合は、感染症による炎症を防ぐためできるだけ無菌操作で行うことが望ましい。
・膀胱留置カテーテルの長期間の留置は、感染のリスクが上がる。
化学療法(抗がん剤などの薬物治療)による排尿痛の原因と対策
原因として考えられるもの
・抗がん剤の主な副作用である骨髄抑制(免疫低下)の時期に尿路感染症が生じると排尿痛が出現する(抗がん薬投与後、14日前後の骨髄抑制好発時期(好中球減少時期)に生じやすい)。
・骨髄抑制の時期は、想定外の場所からも感染が生じうるため、陰部や股部などの清潔ケアに努める。
・抗がん剤の1つ、シクロホスファミドによる出血性膀胱炎によっても排尿痛が生じる。
・リスクが高いのは尿路周辺のがん、膀胱留置カテーテル留置中、尿管ステント留置中。
・リスクが高い抗がん剤はシクロホスファミド、イホスファミドなど。
主な対応・対策・治療法
・痛みをはじめ、感染徴候があれば医療者にすぐに報告する。尿路感染症が疑われた場合、中間尿を採取したうえで、抗菌薬が開始されるのが一般的。
・好中球減少時の感染は、発熱性好中球減少症として扱われる。敗血症などの重度の感染症に至る可能性を考慮して、好中球数に応じた施設ごとの基準に従い対応される。
放射線治療による排尿痛の原因と対策
原因として考えられるもの
・放射線照射による尿路上皮障害が原因で、尿道粘膜や膀胱粘膜の炎症が生じる(照射開始後2~3週間あるいは約20Gyで尿道粘膜の変化が出現する。ただし、その時点では排尿痛が観察されず、2か月程度経過しないと症状として現れないことが多い)
・一般的には、照射後1~2か月で症状が自然に改善し、約1年で治療前のレベルに回復する。
主な対応・対策・治療法
・放射線照射後は、尿路感染症を予防する目的で、水分を多めに摂取する(コーヒーや紅茶、アルコールなどは膀胱を刺激するため、可能な限り摂取を控える)。
・治療の経過とともに自然治癒が見込まれる。
・排尿痛以外の膀胱刺激症状(頻尿、尿意切迫感や尿失禁)に対する対策も必要で、トイレに近い場所で過ごす、尿パッドを使用するなどの対策を講じる。
・膀胱炎が生じた場合、排尿回数を意識的に増やす、尿道付近を清潔にするなどのケアも大切になる。
その他の原因による排尿障害と対策
原因として考えられるもの
・排尿障害は薬剤の作用による膀胱収縮力の低下によって起きることがある。
※膀胱排尿筋にはムスカリン受容体が豊富に存在し、副交感神経刺激によってアセチルコリンが分泌されるとムスカリン受容体が刺激され、排尿筋の収縮が起こる。そのため、ムスカリン受容体遮断薬である抗コリン薬、副作用として抗コリン作用を示す薬剤=向精神薬、抗不安薬など、抗ムスカリン作用を有する薬剤投与により、排尿筋収縮力の低下が起こる)
・薬剤の作用による尿道抵抗の増大=尿道および膀胱頸部は交感神経の 受容体に富むため、交感神経α受容体刺激作用を有する薬剤の投与により尿道抵抗が増大することがある。
【排尿障害のリスクがある薬】
筋弛緩薬、ビンカアルカロイド系薬剤、消化性潰瘍薬、抗不整脈薬、抗アレルギー薬、抗パーキンソン薬、抗めまい、メニエール病薬、中枢性筋弛緩薬、総合感冒藥、低血圧治療薬、抗肥満薬、向精神薬、三環系抗うつ薬、オピオイドなどの鎮痛薬、過活動膀胱治療薬、抗不安薬、気管支拡張薬、鎮咳薬など
主な対応・対策・治療法
・薬剤の副作用による尿閉などが疑われる場合には、投与中止可能な場合は中止し、改善が認められるかどうかで原因となっていることを判断するとともに、代替薬が検討される。
・薬物療法として、コリン作動薬、Q1受容体遮断薬などの使用も考慮される。
・残尿が多い場合は、膀胱留置カテーテルの留置または間欠的導尿が行われる。
・薬物療法やカテーテル治療で改善が認められない場合には、尿路変更術も検討される。