がん闘病中に下痢が続いたり、重度の下痢が起きると生活上に大きな影響を与えます。
一般に知られているのは「抗がん剤の副作用による下痢」ですが、それだけが原因とは言えません。脱水症状など重篤な状況になることもあるため、医師の診断を受けるのが第一です。
この記事は「がん患者さんに下痢が起きる理由、原因」を網羅的に挙げることで、予備知識を得ることが目的です。また、医療的にどんな対策、治療法があるのかについても解説します。
【下痢の重症度把握】
現在は「CTCAEv4.0」という基準について行われ、Grade2以上が看護介入対象。
・通常時より4~6回/日の排便回数増加(人工肛門の場合は排泄量の中等度増加)がGrade2。
・通常時より7回/日以上の排便回数増加や便失禁(人工肛門の場合は排泄量の高度増加)があり、身の回りの日常生活動作が制限される状態がGrade3に該当。
下痢が起きる原因として考えられるもの
がん(腫瘍)による下痢
・がんによる消化機能の低下(消化酵素の分泌低下や水分吸収機能低下など)
・がんの増大に伴う門脈圧亢進(主に消化管を流れた血液が集まって肝臓へと注ぎ込む部分の血管=肝門脈を指します。門脈は腹部の消化管、脾臓および膵臓からの血液を肝臓に送り込む役割があります。門脈圧亢進は門脈内の圧力が上昇した状態のこと)。
手術による下痢
・器質的変化(膵頭十二指腸切除、結腸切除やストーマ造設など)
・消化機能の低下(神経の郭清(切除)、消化酵素の分泌低下、水分吸収機能の低下)
化学療法(抗がん剤などの投薬)による下痢
・副作用として下痢が生じる抗がん剤、分子標的薬は多い。主にイリノテカン、フッ化ピリミジン系薬剤、EGFR阻害薬などの副作用として生じる。
放射線治療による下痢
・照射の副作用(後遺症)によるもの。頻度や重症度は照射野や照射部位により異なる。
その他の原因による下痢
・下剤の過剰摂取(便秘時に下剤を服用しすぎる)。
・精神的・心理的な刺激=不安や恐怖、緊張、ストレスなどによる自律神経への刺激。
下痢に対する基本的な治療やケア
医療機関で行われる主な下痢の対処策、治療法は以下のとおりです。
・下痢の発症時期、排便回数と便の性状、持続期間を確認する(記録にも残す)。
・適切な止痢薬(下痢止め)を使用し、反応を観察する。
・乳製品や香辛料、アルコール、カフェイン、食物繊維・脂肪の多い食事、生も
のを避ける。
・脱水が生じないよう、水分(ミネラルウォーターやスポーツ飲料など)を摂取する。
・温器法により腸蠕動運動を抑える。
・不安やストレスの原因を把握し、心身の安静を保つ。
・症状が持続する場合やおむつ内排泄のある場合は皮膚トラブル・感染予防のため清潔を徹底する(温水洗浄便座やウェットシートの使用、陰部洗浄の実施)。
がん(腫瘍)による下痢の原因と対策
がんで下痢が起きる理由
・がん切除後の機能低下(神経郭清による腸管運動の抑制の不良や消化酵素分泌低下、吸収機能の低下)により、下痢が生じる可能性がある。
リスク因子としては以下の原因が挙げられる。
・がんの部位(特に下部消化管のがん)
・高齢者、女性、全身状態悪化、既往症(腸疾患)など。
・下痢を誘発する化学療法の併用
・消化管・腹部・骨盤部への放射線照射の併用
主な対応・対策・治療法
・「基本的な治療やケア」と同じ。
手術による下痢の原因と対策
手術により下痢が起きる理由
・大腸がん術後(特に結腸切除術:低位前方切除術、ISR [肛門括約筋切除直腸切除術])
・直腸がん術後:がんの発現部位により、低位前方切除術や肛門括約筋切除直腸切除術(ISR)が行われる。どちらも肛門を温存できるが、直腸を切断するため、便をためる場所がなくなることや肛門括約筋切除による筋力低下などが原因で排便障害(頻便)が出現する。
多くは数か月~1年程度で徐々に改善するが、ほとんど改善しない場合もある。
・結腸切除による水分吸収機能低下が原因で下痢が発症する。
・口腔側に近いストーマ造設も原因となる。
・膵臓がん術後。特に、膵頭十二指腸切除術、膵尾部切除術。(がんの発現部位により、膵頭十二指腸切除術か、膵尾部切除術が行われる。どちらも上腸間膜動脈に沿った神経叢郭清を行うため、腸管運動の制御が不良となり難治性の下痢が発症する)
・術後、さまざまな感染性合併症に対して抗菌薬を使用すると、腸管内の菌交代症(抗菌薬に感受性のある細菌は減少するが、それに耐性をもつ細菌が腸内で異常に増殖すること)によって下痢が出現する。
主な対応・対策・治療法
・大腸がん手術では、骨盤底筋群を鍛えることで予防を図る場合がある。
・結腸切除後は、水分吸収機能が低下するため、整腸薬を服用する。
・止痢薬を使用すると便秘になり、術後腸閉塞の原因となる可能性もあるため、まずは整腸薬で対応することが多い。
・肛門を温存した直腸がん術後は、排便障害が生じるため、止痢薬を用いて排便を促すため、それにより下痢が起きる可能性がある。
・骨盤体操(肛門を締める運動)を繰り返し行う方法もあるが、効果には限界がある。
・膵臓がん術後は、消化酵素の分泌低下が考えられる。膵消化酵素薬の確実な内服に加え、適宜、止痢薬によるコントロールが必要とされる。
【膵消化酵素薬】
パンクレアチン、パンクレリパーゼ(リパクレオン)、膵臓性消化酵素配合剤、ヒロダーゼ配合剤、ジアスターゼ配合剤、サナクターゼ配合剤など。
化学療法(抗がん剤治療などの薬物療法)による下痢の原因と対策
化学療法で下痢が起きる理由
まず、「早発性下痢か遅発性下痢か」により、発症機序は異なる。
【早発性下痢とは?】
薬剤投与中~投与後24時間以内に起る下痢。副交感神経が刺激されて腸液分泌過多や蠕動運動の促進が生じ、下痢が起きる。
特にイリノテカンで起きやすい。投与中から出現することもあるため、トイレに近い病床を選択する、常に使えるトイレを確保するなど、あわてずに対処できるように準備しておくことが重要。
【遅発性下痢】
薬剤投与後、数日後以降に起きる下痢。多くの化学療法薬による腸管粘膜の直接的な障害により、水分吸収阻害や腸液分泌過多、体液の漏出が起こり、下痢が起きる。
下痢の原因としては以下のものがある
・骨髄抑制(好中球減少)時に、腸内感染を起こし下痢が起きる。
・免疫チェックポイント阻害薬による自己免疫活性による腸管への攻撃が原因で下痢が起きる。
・毎週投与する化学療法
・腹部放射線照射と化学療法のの併用
・高齢者や女性
・全身状態悪化
・腸疾患の既往
・多剤併用療法(2剤以上の薬剤を併用投与)
【下痢を誘発しやすい薬剤】
・抗がん剤(イリノテカン、シスプラチン、パクリタキセル、シクロホスファミド、フルオロウラシルとその誘導体=カペシタビン、テガフール・ウラシル、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(TS-1)など)
・分子標的薬(EGFR阻害薬であるゲフィチニブ、アファチニブなど)
・免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブ、イピリムマブ)
主な対応・対策・治療法
・基本的には、下痢が発症したら支持療法で対応する。
・早発性下痢には抗コリン薬、遅発性下痢には止痢薬を用いる。
・免疫チェックポイント阻害薬による下痢にはプレドニゾロン(プレドニン)が用いられることが多い。
・免疫チェックポイント阻害薬の適応拡大が進んでおり、使用頻度も増えている。初回治療開始から数日で発現する症例や、治療終了から数か月経過した後に発現する症例もあり、どの時期でも起こりうる。
・免疫チェックポイント阻害薬による下痢は、軽微な場合は対症療法で軽快するが、止痢薬(ロペラミドなど)を用いると治療開始が遅れて重症化(大腸炎)することがある。
・その他は「基本的な治療やケア」と同じ。
【下痢止めで用いられる薬】
腸蠕動抑制薬=ブチルスコポラミン(ブスコパン)、リン酸コデイン、ロペラミド(ロペミン)など。
整腸藥=ラクトミン(ビオフェルミン)、ビフィズス菌(ラックビーなど)
漢方薬=半夏瀉心湯
収斂作用薬=タンニン酸アルブミンなど
放射線治療による下痢の原因と対策
放射線で下痢が起きる理由
・消化器は、放射線感受性が高いため、治療により粘膜上皮細胞の再生が障害され、血管内皮細胞の崩壊と血管浸透圧の亢進によって消化管の浮腫・炎症が生じる(放射線腸炎)。その結果、腸の機能が低下して、下痢が起きる。
・放射線による消化器症状は照射線量20Gy前後から出現することが多い。
・放射線治療を受けた患者の50~75%に発症すると報告がある。
・個人差があり、同じ照射野でもほとんど症状が出現しない場合もある。
・消化器症状は、放射線療法終了後2~3週間以内に軽快することが多いが、晩期障害として残る可能性もある。
・腹部への照射、骨盤部への照射で起きやすい。
(腹部照射=悪性リンパ腫、膵臓がん、胆道がん、肝がん、結腸がん、胃がん、腹部リンパ節転移)
(骨盤部照射=前立腺がん、子宮頸がん・体がん、膀胱がん、直腸・肛門がん、精巣腫瘍など)
主な対応・対策・治療法
・「基本的な治療やケア」と同じ。