がん闘病中、自宅にいるときなどに下血(げけつ)があったとき、ご本人やご家族は大きな不安を抱えます。
お尻から出血する、という事態はそうあることではないのでパニックになりがちです。
重大な原因による出血の可能性もあるため、病院で診察を受けるのが第一ですが、ここでは予備知識として「こういう理由で下血が起きることがあり、こんな対策がある」という理解しておくための情報を掲載しています。
※下血とは?=肛門を通じて大便に混じって観察される消化管の出血のことです。下血は上部(胃や小腸など)・下部(直腸など)いずれの消化管の出血でも出現します。
出血部位が門から離れるほど、消化液や腸内細菌の作用を受けて黒色便(タール便)となります。直腸・肛門からの出血は鮮紅色、上行結腸~直腸の出血は赤褐色から鮮紅色となることが多いです。
下血が起きる原因として考えられるもの
がん(腫瘍)による下血
・がんの大血管への浸潤による出血・穿孔(頭頸部がん、消化器がん、婦人科がん、
泌尿器がんなどで起こりうる)
・がんの骨髄浸潤、血液がんによるDIC(播種性血管内凝固症候群 )/血小板減少
手術による下血
・縫合不全や消化管穿孔(術後合併症)
化学療法(抗がん剤などの投薬)による下血
・血管新生阻害薬、骨髄抑制による血小板減少や粘膜障害(症状の出現頻度や程度は、使用する抗がん薬によって大きく異なる)
放射線治療による下血
・晩期有害事象:腸炎や潰瘍形成(腹部・骨盤部への放射線照射による)
・骨髄抑制による血小板減少(骨髄、骨への照射。頻度や重症度は照射野の大きさ・照射部位・線量によって異なる)
その他の要因による下血
・副腎皮質ステロイド薬(胃潰瘍対策として)消炎鎮痛薬や抗凝固薬(血小板凝集抑制として)など。
・消化管疾患(大腸ポリープ、虚血性大腸炎、メッケル憩室、大腸憩室出血など)や痔核。
・特に高齢者に多い、動脈硬化、糖尿病などによる合併症。
・強い便秘傾向や、開腹術の既往、化学療法や放射線療法の既往など。
下血に対する基本的な治療やケア
・まずは出血の原因特定が第一。主治医に相談し、診察を受けたあと、原因・重症度に応じた治療が行われる。
・診察では出血の部位・量・持続時間・性状、随伴症状、バイタルサイン、貧血症状、意識レベルなどが確認される。
・出血部位の確認後、内視鏡下での止血術を行う。重症で止血できない場合、手術などが検討される。
・がん腫瘍に対する治療、輸血(大量出血時)、副腎皮質ステロイド薬投与、凝固因子補充療法、止血薬投与などが行われる。
・出血部位の安静を保ち、感染予防に努め、排便コントロールを行う(排便時に下腹部に力を入れてしまうことをできるだけ避ける)。
がん(腫瘍)による下血の原因と対策
下血が起きる理由
・胃がんや大腸がんなどの消化器がんの症状として下血が起こる(血管新生によってつくられた血管は、血管壁が弱く出血しやすい)
・がんの増大・転移に伴う腸管出血・穿孔、がんの骨髄浸潤による造血能低下、消化管疾患(大腸ポリープ、虚血性大腸炎、メッケル憩室、大腸憩室出血など)でも下血が生じる。
・大血管や骨髄へのがん浸潤、血液がんによるDICなどでも生じる。
・がん治療が行われていないとき(診断時)、がん治療無効時にも出血が生じる可能性がある。
主な対応・対策・治療法
・消化管出血は致命的となる場合もあるため、症状が出現した場合は速やかに診察を受ける。
・粘膜からの出血が15分以上持続する場合、量が増えた場合は、何らかの処置が必要となる可能性が高い。
・排便時の怒責(力を入れていきむこと)により、肛門部位や他臓器の出血をきたすこともある。便秘の場合は緩下薬を使用するなど、定期的な排便習慣をつける。
・出血のリスクが高い場合、運動は控える。
・基本的な治療法としては、がん腫瘍に対する治療、輸血(大量出血時)、副腎皮質ステロイド薬投与、凝固因子補充療法、止血薬投与など。
化学療法(抗がん剤治療)による下血の原因と対策
下血が起きる理由
・腸管に病巣がある場合、治療効果(がん縮小)に伴い、穿孔や出血が起こりうる。
・抗がん薬の副作用軽減目的で用いる副腎皮質ステロイド薬(胃潰瘍対策)や抗凝固薬(血小板凝集抑制目的)の副作用としても下血が起こりうる。
・骨髄抑制による血小板減少は、抗がん薬投与後7日目ごろに低下し、14~21日目が最低値となる。(血小板の寿命は7~10日間であるため)
・ベバシズマブによる下血の出現時期には、一定の傾向がない。投与開始時から投与終了後しばらくは注意が必要。
・がんと関連のない出血は自然に止血することが多いが、15分以上持続する場合は医療者へ報告することが必要。
・骨髄抑制による血小板減少や粘膜障害、血管新生阻害薬の副作用。
【血小板減少が起こりやすい】
オキサリプラチン、カルボプラチンなどほとんどの抗がん薬で起こりうる。
【粘膜障害が起こりやすい】
フルオロウラシル、メトトレキサート、イリノテカンなどほとんどの抗がん薬で起こりうる。
【代表的な血管新生阻害薬】
ベバシズマブ、ラムシルマブ、ソラフェニブ、スニチニブなどの分子標的薬
主な対応・対策・治療法
・治療手段は「がん(腫瘍)による下血」の場合と同じ。
【予備知識】血管新生のしくみ
がん細胞では、細胞分裂が活発に行われており、正常な細胞よりも、栄養や酸素を多く必要とするため、血管新生(新しい血管をつくること)を行って、専用の血管(腫瘍血管とよばれる)をつくり、栄養を取り込むことで、さらなる増殖を図ります。
腫瘍血管は、通常の血管と比較して血管壁が弱いため、出血が生じやすくなります。
それだけでなく、血漿タンパク質などが漏出し、がん細胞周辺の浸透圧が高まるため、抗がん薬などの成分が届きにくくなります。
血管新生は、がん細胞から放出された血管内皮成長因子(VEGF)が受容体に結合し、血管内皮細胞内でシグナル伝達が起こることによって生じます。
この機序を阻害して血管新生を妨害し、がん細胞の増殖を防ぐのが、血管新生阻害薬(カテゴリとしては分子標的薬)です。
【血管新生阻害薬には、以下のような種類がある】
・血管内皮成長因子に結合し、受容体と結合できなくすることで効果を示すもの=ベバシズマブなど。
・血管内皮細胞の内側から受容体(VEGF受容体のチロシンキナーゼ部位など)に結合し、血管内皮成長因子が受容体と結合しても、シグナル伝達を不可能にするもの=ソラフェニブ、スニチニブ、アキシチニブなど。
放射線治療による下血の原因と対策
下血が起きる理由
・腹部・骨盤部への放射線照射では、照射部位にある消化管の粘膜が障害されて下血が生じる。
・急性期有害事象:治療後2~3週ごろ(総線量20~30Gy)から下血が起こる。特に照射範囲が広い婦人科がんに対する全骨盤照射の患者では頻度が高くなる。
・晩期有害事象:治療後6か月以上で腸炎や潰瘍形成による下血(まれに消化管穿孔)が起こりうる。
・腸管のがんや腸管に浸潤しているがんの場合は、治療効果(がんの縮小)に伴って出血や穿孔が起こりうる。
・化学療法を併用していると、より症状が強く出ることがある。
主な対応・対策・治療法
・急性期有害事象の軽快後も、症状出現時は医師へ報告する。
・治療手段は「がん(腫瘍)による下血」の場合と同じ。