
こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
がん治療を受けている患者さんの中には、不整脈という症状に悩まされる方がいらっしゃいます。不整脈とは、心臓の拍動のリズムが乱れる状態のことです。正常な心臓のリズムである正常洞調律以外の状態を指し、心臓の電気的興奮のリズムに異常が生じた状態といえます。
不整脈には、心拍数が速くなる頻脈性不整脈、遅くなる徐脈性不整脈、通常のリズムに余分な拍動が入る期外収縮などがあります。がん治療中に不整脈が起きると、「これはがんの影響なのか」「抗がん剤の副作用なのか」といった不安を感じることが多いものです。
不整脈の症状が現れた場合は、速やかに主治医に相談して診断を受けることが重要です。この記事では、がん治療中に起きる不整脈の主な原因と、一般的に行われる対策について解説します。
がん治療関連心機能障害(CTRCD)という考え方
近年の医療では、がん治療に伴う心臓への影響を「がん治療関連心血管毒性(CTR-CVT)」という概念で捉えるようになっています。これは心機能の低下や心不全、心筋炎、不整脈、高血圧、血管毒性などを含む幅広い心臓の問題を指します。
特に、がん治療に伴って症状のない心機能障害や心不全が生じることを「がん治療関連心機能障害(CTRCD)」と呼び、最も注意すべき心血管合併症と考えられています。CTRCDは、左室駆出率(LVEF)の低下だけでなく、心筋の収縮能を示すGLS(グローバル縦軸ストレイン)の低下やトロポニンI、BNPなどのバイオマーカーの上昇によっても診断されます。
この概念が重要なのは、がんと心血管疾患の両方を持つ患者さんの長期予後が、心血管疾患を持たない患者さんよりも明らかに不良であることが複数の研究で報告されているためです。ある研究では、8年全生存割合が心血管疾患を持たないがん患者さんで81%であったのに対し、心血管疾患を有する患者さんでは60%と有意に予後不良でした。
がん患者さんの不整脈が起きる原因
がん治療中に不整脈が起きる原因は、大きく分けて以下の3つに分類されます。
化学療法(抗がん剤治療)による不整脈
抗がん剤による心毒性が原因で不整脈が発生することがあります。化学療法による心筋障害は、心筋細胞の電気活動に関わるイオンチャネルへの影響、血管攣縮、心筋虚血などを引き起こし、結果として不整脈が誘発されます。
心筋障害の発症には、フリーラジカル産生による酸化ストレス、心筋細胞のミトコンドリア障害、マクロファージや単球からのサイトカイン放出などが関わっていると考えられています。すでに不整脈がある患者さんでは、抗がん剤投与により症状が悪化する可能性があります。
抗がん剤による心毒性は、不可逆的な心筋障害を起こすタイプI(心筋傷害)と、可逆的な心筋障害を中心とするタイプII(心機能障害)に分類されています。アントラサイクリン系抗がん剤は不可逆的な障害を起こしやすく、投与終了後の数カ月から数十年後に心不全を発症する可能性もあるため、長期的な経過観察が必要です。
| 薬剤分類 | 主な薬剤名 |
|---|---|
| アントラサイクリン系 | ドキソルビシン、エピルビシンなど |
| タキサン系 | パクリタキセル、ドセタキセルなど |
| アルキル化剤 | シクロホスファミドなど |
| 代謝拮抗剤 | フルオロウラシルなど |
| プラチナ製剤 | シスプラチンなど |
| 分子標的薬 | スニチニブ、ソラフェニブ、ラパチニブ、ニロチニブなど |
| その他 | サリドマイドなど |
放射線治療による不整脈
胸部への放射線治療を受けた患者さんでは、放射線による心毒性が晩期有害事象として現れることがあります。これは放射線関連心疾患(RIHD)と呼ばれ、心筋障害、刺激伝導障害による不整脈、冠動脈疾患、弁膜症、心膜疾患などを引き起こす可能性があります。
発生しうる不整脈としては、房室ブロック、洞性徐脈、QT延長、上室性頻拍、心室性頻拍などがあります。心筋細胞は比較的増殖能が低いため、急性の有害事象として心毒性が生じることはまれで、放射線療法から自覚症状や他覚所見が現れるまでには長期間(早ければ数年後、多くは10年後、遅い場合は20~30年後)かかることがあります。
最近の研究では、放射線治療から20年以上経過してもなお、主要心血管イベントのリスクが残っていることが報告されており、RIHDは長期的な注意が必要な問題として認識されています。心臓の伝導系(洞房結節や房室結節)は特に放射線の影響を受けやすく、不整脈発生の重要な要因となります。
| リスク要因 | 内容 |
|---|---|
| 総線量 | 照射される放射線の総量が多いほどリスクが高まる |
| 1回当たりの線量 | 1回2Gy/日を超える照射ではリスクが上昇 |
| 照射野 | 心臓が照射野に含まれる体積が大きいほどリスクが高い |
| 線源の種類 | コバルトなど特定の線源でリスクが上昇 |
| がんの位置 | 肺がん、食道がん、乳がんなど心臓近隣のがんへの照射 |
| 年齢 | 若年での照射ではリスクが高くなる |
| 照射技術 | 古い照射技術ではリスクが高い |
その他の薬剤による不整脈
がん治療に使用される制吐薬や抗精神病薬などの支持療法の薬剤も、不整脈の原因となることがあります。特に薬剤性QT延長が問題となります。
QT延長とは、心電図のQT間隔が延長した状態で、トルサード・ド・ポワント(TdP)という重症な心室性不整脈を引き起こすリスクが高まります。薬剤性QT延長症候群は、心拍数で補正したQT間隔(QTc)が500ミリ秒以上、あるいは薬剤開始や増量後に60ミリ秒以上延長した場合に診断されます。
抗精神病薬は、抗不整脈薬を除外した場合、TdPの原因として最も頻度が高い薬剤といわれています。QT延長を引き起こす要因には、薬剤以外にも女性、低カリウム血症、低マグネシウム血症、徐脈性不整脈、心疾患、遺伝子変異などがあり、これらの因子が相加的・相乗的に影響し合って発症します。
| 薬剤分類 | 主な薬剤名 |
|---|---|
| 抗精神病薬 | クロルプロマジン、レボメプロマジン、ハロペリドール、リスペリドンなど |
| 制吐薬 | ドンペリドン、パロノセトロンなど |
| 抗不整脈薬 | リドカイン、メキシレチンなど |
その他の原因としては、精神的・心理的なストレス、精神的緊張、疲労、睡眠不足、加齢、心疾患や不整脈の既往なども不整脈を引き起こす要因となります。
不整脈が起きたときの基本的な対処
不整脈の症状が現れた場合、以下のような基本的な対処が重要です。
まず、使用している薬剤に心毒性があるかどうかを主治医と確認することが大切です。心毒性のある抗がん剤を使用している場合は、定期的な心機能評価が推奨されます。
不整脈によってめまいやふらつきが生じる場合は、転倒のリスクが高まります。急な動作を避け、ゆっくりと慎重に行動することが重要です。立ち上がるときは、座った状態で少し待ってから立ち上がるなど、めまいを防ぐ工夫をしましょう。
不整脈によるめまい、失神、動悸、胸の苦しさ、息苦しさなどの症状がある場合、不安や恐怖を感じることがあります。このような症状を自己判断で放置せず、必ず主治医の診断を受けてください。早期発見・早期対応が重要です。
化学療法による不整脈への対処法
抗がん剤による不整脈が疑われる場合、症状の程度に応じて以下のような対処が行われます。
軽度の症状であれば、まず安静にすることが基本です。呼吸困難や酸素飽和度の低下がある場合は、酸素投与が行われることがあります。
持続する心房細動、房室ブロック、失神や血圧低下などを伴う徐脈がある場合は、より積極的な治療が必要です。心毒性が低い薬剤への変更や、治療の一時中止などが検討されます。また、症状が重篤な場合は、抗不整脈薬の使用や、ペースメーカーの留置が必要になることもあります。
欧州心臓病学会(ESC)などのガイドラインでは、CTRCDの高リスク患者において、ACE阻害薬/ARB、β遮断薬の予防的使用が推奨されています。これらの薬剤は、心筋保護効果があることが研究で示されています。
また、デクスラゾキサンという薬剤は、アントラサイクリン系抗がん剤による心毒性を抑制する効果が報告されています。海外では既にドキソルビシンを一定量以上使用する患者さんの心毒性予防に使用されています。
放射線治療による不整脈への対処法
放射線治療による心毒性は、発症早期は無症状のことが多いという特徴があります。症状を認めたとしても、がん患者さんの病態は複雑であるため、自覚症状のみで心毒性を鑑別することは困難です。
そのため、早期発見のための長期的なフォローアップとして、定期的な心機能評価が重要です。心エコー図検査による左室駆出率(LVEF)の測定や、心筋の縦軸方向の収縮能を示すGLSの測定、トロポニンやBNPなどのバイオマーカーの測定が有用です。
最近の研究では、放射線治療時に心臓への照射量を最小限にすることが重要であることが強調されています。平均心臓線量(MHD)や心臓の各部位(冠動脈、弁、伝導系など)への線量を管理することで、RIHDのリスクを低減できることが示されています。
また、2025年のCSCO(中国臨床腫瘍学会)の腫瘍循環器ガイドラインでは、放射線治療によるRIHDの予防として、心臓への照射範囲と線量を最小限にすることが推奨されています。さらに、スタチンやACE阻害薬、抗酸化薬などの二次予防薬の使用も検討されていますが、現時点では確立された治療法はありません。
その他の薬剤による不整脈への対処法
制吐薬や抗精神病薬によるQT延長が認められた場合、あるいは房室ブロックがある場合には、原因薬剤をすみやかに中止することが基本です。
QT延長のリスクがある薬剤を使用する際は、事前に心電図検査を行ってベースラインのQT間隔を確認し、薬剤投与後も定期的に心電図モニタリングを行うことが推奨されます。
また、QT延長を悪化させる要因(低カリウム血症、低マグネシウム血症など)がないかを確認し、電解質異常がある場合は補正することが重要です。複数のQT延長リスク薬剤の併用は避けるべきです。
薬剤性QT延長症候群は、様々な因子が相加的・相乗的に影響し合って出現するため、個々の患者さんごとにリスク評価を行い、慎重な心電図モニタリングが必要です。
不整脈の早期発見と長期フォローアップ
がん治療に関連した不整脈は、早期に発見して適切に対処することが予後を改善するために重要です。特にアントラサイクリン系抗がん剤や胸部への放射線治療を受けた患者さんは、治療終了後も長期的なフォローアップが必要です。
現在では、トロポニンI・T、BNP、NT-pro BNPなどのバイオマーカーの測定や、心エコー図検査でのLVEFやGLSの測定が、心筋障害の早期発見に有用であることが示されています。これらの検査を定期的に受けることで、無症状の段階で心機能の変化を捉えることができます。
2025年版の腫瘍循環器ガイドラインでは、放射線治療前に心血管疾患の既往がある患者さんにはベースライン心エコー検査を行うこと、治療後は定期的な心機能評価を行うことが推奨されています。
また、がんサバイバーの死因として心血管疾患が多いことがわかってきており、がん治療後も心血管系のリスク管理を継続することの重要性が認識されています。医療技術の進歩により高齢者へのがん治療が増加していることや、高血圧や糖尿病などの合併症を有する患者さんが増えていることも、心血管系の管理が重要である理由です。
まとめ
がん治療中の不整脈は、抗がん剤による心毒性、放射線治療による影響、制吐薬や抗精神病薬などの支持療法薬の副作用など、様々な原因で起こります。不整脈の症状が現れた場合は、自己判断せずに必ず主治医に相談することが大切です。
近年、がん治療関連心機能障害(CTRCD)という概念が確立され、がん治療中の心血管系の管理の重要性が認識されるようになっています。早期発見と適切な対処により、多くの場合、症状の改善や悪化の防止が可能です。
定期的な心機能評価や心電図モニタリングを受け、不整脈のリスクを理解しながら治療を進めることで、より安全な治療が実現できます。がん治療後も長期的な心血管系のフォローアップを継続することが、良好な予後につながります。
参考文献・出典情報
- 日本血栓止血学会誌「がん治療関連心機能障害(CTRCD)の最近の動向」https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsth/34/5/34_2023_JJTH_34_5_566-571/_html/-char/ja
- 日本医事新報社「抗がん剤による心毒性への対応─心筋障害を中心に」https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=6314
- 日本薬理学雑誌「抗がん薬の心毒性リスク評価と今後の展望」https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/159/2/159_23094/_article/-char/ja/
- 日本心エコー図学会「抗がん剤治療関連心筋障害の診療における心エコー図検査の手引」http://www.jse.gr.jp/guideline_onco2020-2.pdf
- 厚生労働省「非抗不整脈薬におけるQT/QTc間隔の延長と催不整脈作用の潜在的可能性に関する臨床的評価」https://www.pmda.go.jp/files/000156160.pdf
- 精神神経学雑誌「抗うつ薬によるQT延長」https://journal.jspn.or.jp/Disp?mag=0&vol=118&style=abst&year=2016&number=3&start=147
- Bratislava Medical Journal「Arrhythmogenic Toxicity in Radiotherapy: Cardiac Conduction System as an Emerging Organ at Risk」https://link.springer.com/article/10.1007/s44411-025-00356-6
- Frontiers in Oncology「Cardiac toxicity and intervention strategies during thoracic cancer radiotherapy」https://www.frontiersin.org/journals/oncology/articles/10.3389/fonc.2025.1638035/full
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- Radiation Oncology「Radiation-induced cardiac substructure damage and dose constraints: a review」https://link.springer.com/article/10.1186/s13014-025-02668-x

