※この記事は、光免疫療法(近赤外線免疫療法)の解説+直近の臨床試験(治験)の結果について掲載しています。
2019年以降の臨床試験の進捗についてはその都度更新しています。
光免疫療法(近赤外線免疫療法)とは?
テレビのリモコンでも使われている近赤外線。
そのレーザー光を体の表面に照射することでがん細胞を攻撃する、新しい治療法の実用化への期待が年々高まっています。
これは「がん光免疫療法(近赤外線免疫療法)」と呼ばれる治療法で、米国国立衛生研究所(NIH)主任研究員の小林久隆医師が10年以上の研究の成果として発案され、当時のオバマ大統領が「がん治療は大きく変わる」とコメントを出したほどです。
この治療は、化学反応と免疫機能の両方を利用した治療法になります。
まず、がんだけに結合する抗体に光の増感剤を結合させた薬剤を投与します。すると、抗体ががんのところ(抗原)に増感剤を運びます。
そこに体外から近赤外線を当てると、増感剤が化学反応を起こしてがん細胞を破壊します。
壊れたがん細胞から出てきた物質が免疫を誘導すると言われています。それによって全身の免疫細胞が活性化することで、近赤外線が照射されていない部位まで効果が及ぶ可能性があります。
2018年に頭頚部がんの患者を対象にEGFR抗体に光感受性物質を組み込んだ薬剤の効果と安全性を検証する医師主導の(公募ではない)臨床試験が、国立がん研究センター東病院で行われ、2019年には食道がんにおいても臨床試験が開始されると報告がありました。
近赤外線が届くのは体表から2~3センチ
EGFR抗体は分子標的薬のセッキシマブとして、大腸がん、頭頚部がんなどの治療に使われています。分子標的薬の治療では、抗がん剤を付けたEGFR抗体が、がん細胞の表面に出ているEGFRたんぱく質に結合してがんを攻撃します。
他に、放射免疫療法という治療法でも用いられています。その治療では抗体が運んだ放射性物質が放射線を出し、がん細胞を破壊します。
それらに対し、光免疫療法においては、EGFR抗体は抗がん剤や放射性物質の代わりに光感受性物質をがん細胞に運ぶだけにとどまります。がんを攻撃するスイッチは体の外から照射する近赤外線であり、薬剤の投与量が大幅に少ないことが特徴です。
加えて、分子標的薬治療や放射免疫療法においては、抗体が抗原と結合すると自動的に攻撃が開始されるので、正常細胞が攻撃に遭うこともあります。
しかし、光免疫療法では攻撃のスイッチは医師が操作する近赤外線なので、必要な所だけを治療することができます。
正常細胞での障害が起こりにくいため、分子標的薬治療や放射免疫療法に比べても薬剤自身の副作用も少なくなります。
実際の治療は、局所麻酔したあと、がんのある部分に抗体を注射して行われます。近赤外線が届くのは体表から2~3センチメートルで、近赤外線をまんべんなく当てられるよう、色々な方向から照射していきます。
なお光免疫療法で使う近赤外線は高出力ですが、正常な皮膚に照射しても痛みなどの症状はほとんどありません。
以下、臨床試験(治験)の結果や進捗の情報です。
※新しい情報を上部に記載しています。
光免疫療法(近赤外線免疫療法)の2019年8月現在の状況が分かる記事
楽天メディカルが開発中のASP-1929は、1種以上の全身化学療法 (プラチナ製剤を中心とした治療を推奨)を含む、少なくとも2種類以上の治療歴を有する局所再発頭頸部がん患者さんを対象として国際共同第3相臨床試験「LUZERA-301」が行われています。
つまり、現在臨床試験が行われているのは「頭頸部がん」のみで、条件として「過去に抗がん剤治療を実施したあとに局所再発した患者さん」ということになります。まだ体幹部のがん(胃がんや大腸がん、肺がんや膵臓がんなど)には試験が行われていないという段階です。
がんの治療法の承認は「がんの部位ごと」に行われるため、体幹部のがんに対する光免疫療法の実現はまだ道のりが始まっていないということがいえますが、頭頸部がんは第三相という最終試験の段階まで来ている、ということです。
光免疫療法(近赤外線療法)のしくみと、現在の臨床試験の状況が分かる丁寧な記事。
光免疫療法が目指すがん治療の未来―「がんで死なない治療」への挑戦 – がんプラス https://t.co/hvC5uLXH42
— 本村ユウジ@がん治療専門 (@motomurayuji) August 29, 2019
アメリカでの臨床試験の結果(2019年7月)
米国立保健研究所と契約をしている、楽天メディカル(光免疫療法の臨床研究、開発を担っている)が2019年7月に最新の臨床試験の結果を報告しました。
手術や抗がん剤などの治療で効果がなかった米国の30人の頭頸部(けいぶ)がんの患者を対象にした第2a相の治験の結果、4人はがんが消え、9人は縮小していた。この治療法と関連があるとみられる重篤な有害事象は3人にあった。
とのこと。
それを受けての私のツイートです。
光免疫療法の治験、進行頭頸部がん30人のうち4人の腫瘍消え9人が縮小、というニュース。
もし抗がん剤なら凄い話だが、光免疫療法への期待としては「縮小が半分未満?」という印象・・・。#癌 #がん
30人中4人のがん消える 光免疫療法、治験結果を公表 https://t.co/x0gcEXDGrt
— 本村ユウジ@がん治療専門 (@motomurayuji) 2019年7月5日
少し詳しく解説します。
進行頭頸部がん30人のうち4人の腫瘍消え9人が縮小、ということは、13人には効果があり、17人には効果がなかった、という結果です。
奏功したのが半数以下、というのは化学療法(薬をつかった治療)ではふつうというか、そこそこ良い成績といえますし、対象が「手術や抗がん剤などの治療で効果がなかった患者さん」ですので、今までの常識からいえば「かなり高い治療効果」であるといえます。
とはいえ、光免疫療法は「これで人類はがんに勝てるかもしれない」というほど期待されていた治療手段です。
進行して、難治性の頭頸部がん、ということ以外は明らかでないので、具体的にどのがんが、どのくらいの治療を行い、どうなったのか(何にも変化がなかったのか?など)が分かりませんが、期待されていたよりも低調だった、といえるかもしれません。
今後はもう少し大規模な臨床が行われるはずであり、効果が出やすいがんの部位やタイプなども明らかになっていくでしょう。
アメリカでの臨床試験の結果(2019年2月)
アメリカでは頭頸部がんの局所再発進行がんに対する臨床試験が行われ、15人中14人で一定程度のがんの縮小がみられ、うち7人はCTなどでがん細胞がみえない状態になったと報告されています。
ほとんどは経過が良好で、当初数か月の余命と見なされたにもかかわらず、1年以上生存した例も報告されています。
放射線療法や凍結療法などに比べても治療成績は良好で、その背景には免疫の活性化が関与している可能性もあります。
頭頸部がんのほかにEGFRを出す大腸がん、胃がん、食道がん、胆道がんなども展開次第では光免疫療法の治療対象になる可能性があります。
EGFR以外の抗体も開発されれば適応範囲はさらに広がりますし、たとえば、内視鏡の先端から近赤外線が出るような装置が開発されれば、体表から届かないところにあるがんを治療することも可能となるかもしれません。
特に高齢者にとっては体への負担のより少ない治療法として期待が高まっています。光感受性物質はシンプルな構造なため、製造のコストは低くなる見通しで医療費を抑えられる可能性がある点も大きなメリットといえます。