乳がんの手術により乳房を失うことは、女性にとって大きな心理的負担となります。体のバランスが崩れることで肩こりや腰痛を引き起こすだけでなく、温泉やプールに入りにくいといった日常生活の制約も生まれます。そのような状況で注目されているのが「乳房再建術」です。
2025年現在、日本では年間約6万人が乳がんを発症し、そのうち約2万人が全摘手術の対象となっています。一方で、実際に乳房再建手術を受ける患者さんは全摘手術を受けた方の約10%にとどまっており、まだまだ普及の余地があると考えられています。
本記事では、乳房再建について検討している方に向けて、一次再建と二次再建の違い、それぞれのメリット・デメリット、費用、再建が困難な場合の条件などを詳しく解説します。
乳房再建術とは:女性の生活の質を守る重要な治療選択肢
乳房再建術とは、乳がんの手術で失われたり変形したりした乳房の形を取り戻すための形成外科手術です。単なる美容面での改善だけでなく、患者さんの身体的・精神的なQOL(生活の質)を向上させる重要な医療行為として位置づけられています。
乳房を失うことによる影響は想像以上に大きく、体のバランスが悪くなることで肩や腰に負担がかかったり、下着の選択肢が限られたりと、日常生活に様々な不便をもたらします。また、温泉や更衣室などで他の人の視線を気にしてしまうなど、社会活動にも影響を与える場合があります。
乳房再建を行うことで、これらの問題の多くが解決され、患者さんは以前と同じような生活を送ることができるようになります。現在、乳房再建術は健康保険の適用を受けることができ、経済的な負担も軽減されています。
乳房再建の基本的な方法:自家組織移植法と人工物による再建法
乳房再建の方法は大きく分けて、自分の体の組織を使用する「自家組織移植法」と、シリコンインプラントなどの人工物を使用する「人工物による再建法」の2つがあります。
自家組織移植法
お腹や背中の皮膚、脂肪、筋肉を移植して乳房を再建する方法です。自分の体の組織を使用するため、触感が自然で、経年変化も健側の乳房と同様に起こります。手術は複雑で時間がかかりますが、長期的な満足度は高いとされています。
人工物による再建法
シリコンインプラントを使用して乳房を再建する方法です。手術時間が短く、体への負担が少ないのが特徴です。ただし、定期的な検診が必要で、将来的にインプラントの入れ替えが必要になる場合があります。
乳房再建のタイミング:一次再建と二次再建の違いと特徴
乳房再建を行うタイミングによって、「一次再建」と「二次再建」に分類されます。それぞれに特徴があり、患者さんの状況や希望に応じて選択されます。
一次再建:乳がん手術と同時に行う再建
一次再建は、乳房切除術と同時に乳房再建を開始する方法です。多くの場合、まず組織拡張器(ティッシュエキスパンダー)を挿入し、数か月後に最終的な再建材料(インプラントや自家組織)に交換する「二期法」が採用されます。
一次再建のメリット
- 乳房がない状態を経験せずに済むため、精神的な負担が軽減される
- 手術回数が二次再建より少なく、総合的な費用も抑えられる
- 入院期間の短縮が期待できる
- 皮膚の条件が良好で、より自然な仕上がりが期待できる
一次再建のデメリット
- 乳がんの診断から手術までの短期間で再建方法を決定する必要がある
- 手術時間が長くなり、初回の入院期間も延長される
- 乳腺外科医と形成外科医の連携体制が整った医療機関でないと実施困難
- 術後の抗がん剤治療や放射線治療の開始が遅れる可能性がある
二次再建:乳がん手術後に時間をおいて行う再建
二次再建は、乳がんの手術で傷が回復した後、改めて乳房再建を行う方法です。手術後何年経過していても再建は可能で、じっくりと検討してから決断できるのが特徴です。
二次再建のメリット
- 乳がん治療に専念できる
- 再建について十分に検討する時間がある
- 何年経過しても再建が可能
- 切除後の皮膚組織が安定しており、美容面での精度が高められる
- 抗がん剤治療や放射線治療が完了してから行うため、合併症のリスクが低い
二次再建のデメリット
- 乳房を失った状態での生活期間が長くなる
- 再度の入院・手術が必要で、時間的・経済的負担が大きい
- 瘢痕組織の影響で、一次再建より技術的に困難な場合がある
- 皮膚の拘縮により、満足のいく形態を得るのが困難な場合がある
2025年最新:乳房再建の費用と保険適用の現状
2013年にシリコンインプラントによる乳房再建が保険適用となったことで、乳房再建のハードルは大幅に下がりました。現在、主要な乳房再建術はすべて健康保険の適用を受けることができます。
保険適用される再建法
- 自家組織移植法(腹直筋皮弁、広背筋皮弁など)
- シリコンインプラントによる再建法
- 組織拡張器を使用した段階的再建法
- 乳頭・乳輪の再建(医療用刺青を除く)
実際の自己負担額
健康保険適用により、実際の自己負担額は高額療養費制度の上限内に収まります。69歳以下で年収約370~770万円の方の場合、月額約9万円程度の自己負担で済みます。ただし、手術の内容や入院期間により費用は変動するため、詳細は医療機関にご確認ください。
なお、一部の美容的な処置(医療用刺青、脂肪注入による調整など)については自費診療となる場合があります。
乳房再建が困難な場合:知っておきたい制限事項
乳房再建を希望していても、医学的な理由により再建が困難な場合があります。2025年現在の主な制限事項を以下に説明します。
放射線治療を受けた場合
放射線治療を受けた皮膚は、血流が悪くなり、伸縮性が低下します。そのため、特にインプラントを使用した再建では合併症のリスクが高くなります。放射線治療後の再建は可能ですが、自家組織移植法が推奨される場合が多くなります。
進行がんで再発リスクが高い場合
がんの再発リスクが高いと判断される場合、一次再建は推奨されません。まず、薬物療法や放射線療法などの術後治療に専念し、治療が完了してから二次再建を検討することになります。
医療機関の対応体制
乳房再建には乳腺外科医と形成外科医の緊密な連携が必要です。すべての医療機関で実施できるわけではないため、再建を希望する場合は事前に実施可能な医療機関を探すことが重要です。
患者さんの全身状態
糖尿病や心疾患などの合併症がある場合、手術リスクが高くなるため、再建が困難な場合があります。また、喫煙は創傷治癒を阻害するため、再建前の禁煙が必要です。
乳房再建の選択における重要なポイント
乳房再建を検討する際には、以下の点を十分に考慮することが重要です。
十分な情報収集と相談
再建方法にはそれぞれメリット・デメリットがあります。形成外科医との十分な相談を通じて、自分に最適な方法を選択することが大切です。実際の再建例の写真を見せてもらい、現実的な期待値を持つことも重要です。
ライフスタイルの考慮
仕事や家庭の状況、趣味や活動内容なども再建方法の選択に影響します。例えば、スポーツを頻繁に行う方では、インプラントよりも自家組織移植の方が適している場合があります。
長期的な視点
乳房再建は一度で完璧な結果が得られるとは限りません。数回の修正手術が必要になる場合もあることを理解し、長期的な治療計画を立てることが大切です。
2025年の乳房再建を取り巻く環境
近年、乳房再建に対する社会的な理解が深まってきています。「アピアランスケア」という概念の普及により、がん治療において外見の変化への対応も重要な医療行為として認識されるようになりました。
しかし、地域格差はまだ大きく、首都圏や大都市圏に比べて地方では再建手術を受けられる医療機関が限られているのが現状です。また、高齢者への情報提供不足も課題となっており、年齢を理由に再建を諦める必要はないことが広く知られていません。
今後は、より多くの患者さんが適切な情報に基づいて選択できるよう、医療機関や患者支援団体による啓発活動の継続が重要と考えられています。
まとめ:自分らしい生活を取り戻すための選択肢
乳房再建は、乳がん治療の重要な一部として位置づけられる医療行為です。一次再建と二次再建にはそれぞれ特徴があり、患者さんの状況や希望に応じて選択する必要があります。
2025年現在、多くの再建方法が保険適用となり、経済的な負担も軽減されています。しかし、すべての患者さんに適応があるわけではないため、専門医との十分な相談が不可欠です。
乳房再建を検討している方は、遠慮せずに主治医や形成外科医に相談することをお勧めします。十分な情報を得た上で、自分らしい生活を取り戻すための最適な選択をすることが大切です。