がんに対する薬として、従来は毒性をもってがんを殺す「抗がん剤」が主力でしたが、非小細胞肺がんで使われる薬物の中心は「分子標的薬(イレッサ、タルセバ、ジオトリフ、タグリッソ)」や「免疫チェックポイント阻害剤(オプジーボ、キイトルーダ)」に軸が移ってきています。
簡単にいえば、「分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤が使えるタイプならこれを優先する。これらが使えないときは従来の抗がん剤を使う」という方針です。
この記事では2018年~2019年時点において、「分子標的薬」を使えるタイプはどういったタイプなのか?
遺伝子変異とは何なのか?について平易な言葉を使って解説したいと思います。
がんの発生に関連する遺伝子=「ドライバー変異」
近年、がんの発生に関連する遺伝子のことを「ドライバー変異」と呼ぶようになりました。
肺がん、中でも非小細胞肺がんにおいてこのドライバー変異の有無は後の薬の選定で大きな意味を持つようになってきています。
まず、非小細胞肺がんでは治療開始前に、腫瘍組織の情報として「組織型(扁平上皮がんか、非扁平上皮がんか)」、「ドライバー変異の有無(現時点=2018~19年時点ではEGFR、ALK、ROS-1を検査)」、PD-L1の発現強度を調べるのが基本的なプロセスになっています。
この中でもドライバー変異の情報が最も重要視されています。例えば、ドライバー変異とPD-L1≧50%の両方を有する場合には、ドライバー変異をターゲットとした薬剤の投与を優先します。
(※ただ、PD-L150%の腫瘍にはドライバー変異陽性となるものは少ないという報告があります)
また、ドライバー変異は排他的であり、重複することはかなり少ないとされています。
非小細胞肺がんの組織型
がん細胞の組織型が重要な要素となるのは、非扁平上皮がんに対して効果の高いペメトレキセド(PEM)、および扁平上皮がんに対しては使用できない(致死的な喀血の頻度が高くなるため)ベバシズマブ(BEV)という要注意事項があることが第一です。
また、ドライバー変異の多くは肺腺がんで発見されるためです。
非扁平上皮がんのほとんどは肺腺がんであるため、治療レジメン(薬の組み合わせや投与計画のこと)を選択する場合の組織型は、扁平上皮がんと非扁平上皮がんに区別されます。
ただし十分な組織量が採取できていない場合には、扁平上皮がんと非扁平上皮がんを見誤る場合があるため、特に非喫煙者や若年者などで扁平上皮がんと診断された場合は、ドライバー変異の有無をしっかり調べることが推奨されています。
ドライバー変異の陽性とは
1.EGFR遺伝子変異陽性の例
EGFR遺伝子変異は、ドライバー変異の中で最も起りやすい変異です。
EGFR遺伝子変異を持つ非小細胞肺癌患者さんの90%は、さらに細分化された具体的な遺伝子でいうと「エクソン19」欠失か「エクソン21のL858R点変異」かその両方です。(これをcommon mutationsといいます)。
イレッサ(ゲフィチニブ)、タルセバ(エルロチニブ)、ジオトリフ(アファチニブ)の主な治療対象はこれらの遺伝子変異です。
イレッサ、タルセバ、ジオトリフはEGFR遺伝子変異陽性の進行非小細胞肺がんに対して、プレチナ併用療法(従来の抗がん剤治療)との比較試験が実施され、いずれも奏効率、PFS(無増悪生存期間)で2~3倍の有意な改善を認めたため、ファーストライン(第一の選択肢)での標準的な治療法として位置づけられています。
その他の遺伝子変異はcommon mutationsに対してminor mutationsと呼ばれています。
この場合はイレッサ、タルセバの効果は乏しいか不明です。ジオトリフはminor mutationsに対しても一定の効果があることが示唆されていますが、ファーストラインで使えるほどのエビデンスがありません。
ですので、EGFR遺伝子変異陽性であったとしてもcommon mutationsかどうかを確認することが重要なポイントです。
第三世代の分子標的薬「タグリッソ(オシメルチニブ)」
イレッサ、タルセバ、ジオトリフがEGFR遺伝子変異陽性時のファーストラインですが、これらを使って治療した後に増悪した場合(つまり薬が効かなくなった場合)の約50%にT790Mという耐性遺伝子が顕在化することが分かっています。
タグリッソはT790Mに対して有効な薬であり、簡単にいうと「イレッサ、タルセバ、ジオトリフ」が効かなくなった場合の次の手段として検討される薬です。
T790M陽性となった進行非小細胞肺がんを対象として、抗がん剤との比較試験が実施され、PFS(無増悪生存期間)を延長することが証明されています。
そのため、現時点(2018~2019時点)では、イレッサ、タルセバ、ジオトリフ治療後のT790M陽性例ではタグリッソを使うことが標準治療とされています。
2016年末にT790M変異の確認方法として、従来の組織採取(肺に気管支鏡を入れて針で採取するなどの方法)より低侵襲な手段として、血液の検査(リキッドバイオプシー)が承認され、遺伝子変異の確認がやりやすくなってきました。
なお、T790M陽性の場合には、プラチナ系抗がん剤+ペメトレキセド(PEM)を使用します。
というわけで、EGFR遺伝子変異陽性例については、分子標的薬であるイレッサ、タルセバ、ジオトリフ、タグリッソなどが主流となる薬になっています。
ただ最近の報告では、再発時にプラチナ系抗がん剤+ペメトレキセド(PEM)などの抗がん剤治療を実施することでも生存期間の延長には寄与するという意見も根強くあります。
2.ALK融合遺伝子変異陽性の例
ALK遺伝子変異が陽性のタイプに対しては、第3相試験において、ザーコリ(クリゾチニブ)がプラチナ系抗がん剤+ペメトレキセド(PEM)に対する有意なPFSの改善を示したことなどにより、ファーストラインの治療薬として承認されました。
その後、日本で実施された第3相試験では、アレセンサ(アレクチニブ)がザーコリよりもPFSが上回ったことから、2016年版の肺がん診療ガイドライン(日本肺癌学会による)では、ALK遺伝子変異例に対するファーストラインはアレセンサ、ザーコリとも投与することが推奨されています。
ただ、推奨度はアレセンサがA、ザーコリがB(Aのほうが推奨度が強い)となっています。
なお、ザーコリ投与後に増悪した場合はジカディア(セリチニブ)、アレセンサともに高い有効性が分かっており、投与が推奨されています。
ただ、アレセンサ投与後の増悪例に対するザーコリ、ジカディアの効果は明確ではなく、また現時点ではジカディアはザーコリ投与後にしか適応症がない、という状態です。
このためALK遺伝子陽性例に対しては、フォーストラインにアレセンサを投与するか、ザーコリを投与するかによってその後の治療戦略に大きな違いが生じています。(ザーコリを先に使ったほうが、後の手段が明確で多い)
また、ALK遺伝子陽性例にはペメトレキセド(PEM)の効果が高いことも示唆されており、プラチナ系抗がん剤+ペメトレキセドに関しても治療手段として重要視されています。
3.ROS1融合遺伝子変異陽性の例
ROS1遺伝子変異陽性の患者さんに限定した第3相試験は実施されていません(肺腺がんのうち数%と患者数が少ないことも理由)。
このタイプに対しては、ザーコリの第2相試験が実施されており、ALK陽性患者さんに対するザーコリの効果よりも高い有効性が示されました(mPFS=無増悪生存期間中央値が19,2か月、奏効率72%)。
日本を含むアジア諸国で同様の試験が行われ、同じような有効性が再現されています。