
こんにちは。がん治療専門アドバイザー、本村ユウジです。
咽頭がんや喉頭がんは、ノドという重要な部位に発生するため、治療による後遺症が患者さんの生活に与える影響は小さくありません。
歌手として活躍していたつんくさんが喉頭がんの治療で声帯を切除し、声を失ったことは多くの方が記憶されていると思います。このように、咽頭がんや喉頭がんの治療では、がんを治すことと同時に、嚥下機能(飲み込む機能)や発声機能をいかに温存するかが重要な課題となっています。
従来は頸部を切開する外科手術や放射線治療が標準的でしたが、これらの治療では後遺症が残る可能性があります。そこで開発され、2022年4月に保険適用となったのが、手術支援ロボット「ダビンチ」を使った経口的ロボット支援手術です。
咽頭がん・喉頭がんにおけるロボット手術とは
咽頭がんや喉頭がんに対するロボット手術は、正式には「経口的ロボット支援手術(TORS: Transoral Robotic Surgery)」と呼ばれています。
この手術では、患者さんの口からロボットのアームを挿入し、がん腫瘍を切除します。医師は数メートル離れたコンソール(操作席)に座り、3D画像を見ながら遠隔操作でロボットアームを動かします。
最も広く使用されているのは、米国インテュイティブサージカル社が開発した手術支援ロボット「ダビンチ(da Vinci)」です。日本では2011年頃から臨床研究が始まり、2015年から先進医療として3施設(東京医科大学病院、京都大学医学部附属病院、鳥取大学医学部附属病院)で実施されていました。
そして2022年4月、中咽頭がん、下咽頭がん、喉頭がん(声門上がん)に対するロボット手術が健康保険の適用となりました。これにより全国の医療機関で実施が可能となり、実施施設数と手術件数は急速に増加しています。
ロボット手術の仕組みとダビンチの特徴
ダビンチは、カメラ1本とアーム2本を患者さんの口から挿入して手術を行います。従来の内視鏡手術と同様に口からアプローチしますが、以下のような特徴があります。
| 特徴 | 詳細 |
|---|---|
| 3D拡大視野 | 高解像度の3D内視鏡により、術野を10倍以上に拡大して立体的に観察できる |
| 多関節鉗子 | 360度自由に動く多関節鉗子により、人間の手以上の自由な動きが可能 |
| 手ぶれ補正 | 医師の手の震えが伝わらず、精密な操作が可能 |
| スケール変換 | 医師の手の動きを縮小してロボットに伝えることで、繊細な操作が実現 |
これらの特徴により、従来の内視鏡手術では操作が困難だった部位でも、より安全で正確な切除が可能となっています。
また、2024年4月には国立がん研究センター中央病院が、より新しい機種である「ダビンチSP」を導入し、中咽頭がん手術を実施しました。ダビンチSPは従来機種よりもアームが少なく、より狭い術野での操作に適しているとされています。
ロボット手術の適応条件
咽頭がん・喉頭がんのロボット手術は、すべての患者さんが受けられるわけではありません。保険適用となる条件は以下のとおりです。
| 項目 | 条件 |
|---|---|
| 対象となるがん | 中咽頭がん、下咽頭がん、喉頭がん(声門上がん) |
| 腫瘍の大きさ | 4センチ以下の早期がん(T1またはT2) |
| リンパ節転移 | 節外浸潤を伴うリンパ節転移がないこと |
| 放射線治療歴 | 同部位への放射線治療を受けていないこと |
| 年齢 | 概ね85歳未満 |
| 口腔の状態 | 口を十分に開くことができること |
| 全身状態 | 全身麻酔に耐えられる状態であること |
これらの条件を満たす場合でも、がんの発生部位や形状によっては適応とならない場合があります。詳細な適応条件については、担当医との相談が必要です。
なお、リンパ節転移がある場合は、ロボット手術とは別に頸部郭清術(首のリンパ節を切除する手術)を受ける必要があります。
ロボット手術の実際の流れ
ロボット手術は以下のような流れで実施されます。
まず、手術前にCT検査、MRI、超音波検査などを行い、がん腫瘍の正確な位置と大きさを把握します。手術では全身麻酔を行い、特殊な開口器で口を大きく開けた状態にします。
次に、歯や口腔粘膜を傷つけないよう慎重にロボットのカメラとアームを口から挿入します。医師はコンソールから3D画像を見ながら、多関節鉗子を操作してがん腫瘍を切除していきます。
手術時間は症例により異なりますが、一般的には30分から120分程度です。切除後は、術後の痛みの軽減と出血予防のため、フィブリン糊と生体吸収膜で傷口をカバーします。
腫瘍の大きさや部位によっては、術後の気道確保のために一時的な気管切開が必要となる場合があります。この場合、手術時間や術後の状態、入院期間が変わってきます。
ロボット手術のメリットと効果
ロボット手術には、従来の治療法と比べて以下のようなメリットがあります。
身体への負担が少ない
首を切開する外科手術と異なり、口からのアプローチのため体表に傷が残りません。また、咽頭外の筋肉の切断が最小限となるため、手術による身体的ダメージが軽減されます。
機能温存の可能性が高い
従来の外科手術では、嚥下に必要な筋肉を切断するリスクがありました。ロボット手術では必要最小限の切除で済むため、飲み込む機能や発声機能を温存できる可能性が高まります。
放射線治療と比較しても、ロボット手術は嚥下機能の温存に優れています。放射線治療では唾液分泌障害や味覚異常などの長期的な副作用が問題となることがあります。研究では、放射線治療を受けた患者さんの9から39パーセントが長期にわたり口から食事ができなくなり、胃瘻を設置せざるを得なくなることが報告されています。
回復が早い
術後の回復が早く、多くの患者さんは手術後3日から7日程度で口から食事がとれるようになります。入院期間も約12日前後と比較的短期間で退院できます。
放射線治療の温存
放射線治療は同じ部位に照射できる線量に限度があります。ロボット手術を選択することで、将来的に他の部位にがんが発生した場合に備えて、放射線治療という治療選択肢を温存できるというメリットもあります。
治療精度の向上
3D拡大視野と多関節鉗子により、がんの周囲に適切な安全域をつけて確実に切除することができます。これにより断端陰性率(がん細胞を完全に取り切れる確率)が向上し、術後の追加治療が必要となる可能性が低下します。
ロボット手術のリスクと注意点
ロボット手術は低侵襲な治療法ですが、リスクがないわけではありません。
術中・術後の合併症
手術に伴う一般的なリスクとして、出血、感染、疼痛などがあります。また、開口器の使用により歯や口腔粘膜を損傷する可能性があります。
術後の主な合併症としては、術後出血、嚥下障害、一時的な発声困難などがあります。ただし、臨床試験のデータでは重篤な合併症の発生は少なく、多くの患者さんで良好な経過が報告されています。
切除範囲による機能障害
がんの切除範囲が広い場合、声を出す機能や飲み込む機能が一時的あるいは永続的に低下する可能性があります。この場合、手術後早期からリハビリテーションを行うことで、機能の回復を図ります。
リンパ節郭清の影響
リンパ節転移がある場合に実施する頸部郭清術では、顔のむくみや肩の動かしにくさなどの後遺症が現れることがあります。
ロボット手術と他の治療法の比較
咽頭がん・喉頭がんの主な治療法を比較すると、以下のようになります。
| 治療法 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| ロボット手術 | ・体表に傷が残らない ・機能温存の可能性が高い ・回復が早い ・治療期間が短い |
・早期がんのみが対象 ・実施施設が限られる ・手術のリスクがある |
| 放射線治療 | ・手術をしなくて済む ・外来通院で可能 |
・治療期間が長い(6から7週間) ・唾液分泌障害 ・味覚異常 ・嚥下機能の低下リスク |
| 開腹手術 | ・進行がんにも対応 ・確実な切除が可能 |
・首に傷が残る ・機能障害のリスクが高い ・回復に時間がかかる |
どの治療法を選択するかは、がんの進行度、患者さんの年齢や全身状態、希望などを総合的に考慮して決定します。
ロボット手術の費用と保険適用
2022年4月の保険適用により、ロボット手術は通常の健康保険の対象となりました。手術費用は従来の内視鏡手術と同程度です。
3割負担の場合、手術と入院を含めた医療費の自己負担額は40万円から50万円程度が見込まれます。ただし、高額療養費制度を利用することで、実際の負担額は所得に応じて軽減されます。
高額療養費制度では、月あたりの医療費の自己負担額に上限が設けられており、上限を超えた分は払い戻されます。多くの場合、実質的な負担額は10万円程度となります。
事前に「限度額適用認定証」を取得しておけば、医療機関の窓口での支払いを自己負担限度額内に抑えることができます。詳しくは、加入している健康保険の窓口に確認してください。
ロボット手術を実施している医療機関
2026年1月現在、全国で咽頭がん・喉頭がんのロボット手術を実施できる施設は増加しています。日本頭頸部外科学会による実施施設認定を受けた医療機関のリストが公開されています。
主な実施施設には以下のような医療機関があります。
・東京医科大学病院(東京都)
・京都大学医学部附属病院(京都府)
・鳥取大学医学部附属病院(鳥取県)
・国立がん研究センター中央病院(東京都)
・がん研有明病院(東京都)
・NTT東日本関東病院(東京都)
・上尾中央総合病院(埼玉県)
・東京大学医学部附属病院(東京都)
・藤田医科大学病院(愛知県)
ロボット手術を受けるためには、実施施設での診察を受け、適応条件を満たしているかどうかの評価を受ける必要があります。主治医と相談のうえ、適応があると考えられる場合は、実施施設に問い合わせてみてください。
ロボット手術を検討する際のポイント
咽頭がん・喉頭がんと診断された患者さんが、ロボット手術を検討する際のポイントをまとめます。
早期発見が重要
ロボット手術の適応は早期がん(4センチ以下)に限られます。そのため、早期発見・早期診断が重要です。のどの痛みが続く、飲み込むときに違和感がある、首にしこりがある、声がかすれるなどの症状がある場合は、早めに耳鼻咽喉科を受診してください。
複数の治療選択肢を検討する
咽頭がん・喉頭がんの治療には、ロボット手術のほかに放射線治療や従来の外科手術など複数の選択肢があります。それぞれのメリット・デメリットを理解したうえで、患者さん自身の価値観や生活スタイルに合った治療法を選択することが大切です。
実施施設の経験を確認する
ロボット手術は高度な技術を要する手術です。実施施設の手術経験や治療成績を確認することも重要です。多くの症例を経験している施設では、より安全で確実な手術が期待できます。
術後のフォローアップ
手術後は、がんの再発や転移の有無を確認するため、定期的な通院と検査が必要です。治療後2年以内は1から2か月に1回の受診が目安とされています。
咽頭がん・喉頭がんの治療を取り巻く状況
近年、中咽頭がんの発生にヒトパピローマウイルス(HPV)感染が関与していることが明らかになってきました。HPV関連の中咽頭がんは、従来の喫煙や飲酒が原因のがんとは異なり、40代などの比較的若い世代にも発生します。
HPV関連中咽頭がんを防ぐ最善の方法はHPVワクチンの接種です。また、頭頸部がん全般のリスクとなる多量飲酒や喫煙には、若い世代の方も十分注意が必要です。
一方で、高齢化社会において社会で活躍する高齢者も増えています。こうした方々が、がんを患った際に1日でも早く社会復帰できるよう、低侵襲で機能温存が可能なロボット手術の役割は今後さらに重要になっていくと考えられます。
まとめ:ロボット手術という新しい選択肢
咽頭がん・喉頭がんに対するロボット手術(TORS)は、2022年の保険適用により、標準的な治療選択肢の一つとなりました。
体表に傷を残さず、嚥下機能や発声機能を温存しながらがんを切除できるこの治療法は、従来の手術や放射線治療と比べて患者さんの生活の質を保ちやすいという特徴があります。
ただし、適応となるのは早期がんに限られること、実施施設が限られていることなどの制約もあります。
咽頭がん・喉頭がんと診断された場合は、ロボット手術を含む複数の治療選択肢について、担当医とよく相談することが大切です。それぞれの治療法のメリットとデメリットを理解したうえで、患者さん自身にとって最適な治療法を選択してください。
参考文献・出典情報:
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「頭頸部がんに対する経口的ロボット支援手術」
東京医科大学病院「耳鼻咽喉科・頭頸部外科|手術支援ロボット」
東京大学医学部附属病院耳鼻咽喉科「経口的ロボット支援手術(TORS)」

