日本では毎年約9万人の女性が乳がんと診断されており、早期発見・早期治療により多くの方が元気な生活を送っています。乳がんの治療において、切除可能なステージの場合は「手術」が治療の中心となります。手術を行うかどうかの判断は、治療方針を決める重要なポイントです。
乳がん手術方法には主に乳房温存手術と胸筋温存乳房切除術(乳房全摘出術)の2つがあり、これらが現在の標準的な治療法となっています。患者さんの病状や希望に応じて最適な手術方法を選択することが大切です。
乳がんの標準的手術方法:温存術と全摘術の特徴
乳がん手術方法は、この十数年間で大きく進歩しました。現在の標準的な手術は乳房温存手術または胸筋温存乳房切除術(全摘術)のいずれかを選択します。
胸筋温存乳房切除術には、大胸筋・小胸筋の両方を残す術式と、大胸筋のみを残す術式の2種類があります。一般的には大胸筋・小胸筋の両方を残す方法が採用されており、この術式により術後の機能回復と生活の質の向上が期待できます。
日本における乳がん手術方法の選択割合は、乳房温存手術と胸筋温存乳房切除術がほぼ半々となっています。しかし、近年は乳房温存手術の割合が増加傾向にあり、これは早期発見技術の向上と手術技術の進歩によるものです。
医師は通常、まず乳房温存手術の適応を検討します。乳房温存手術は患者さんの身体的・精神的負担を軽減し、術後の生活の質を向上させる効果があるためです。
手術方法の選択基準:どちらを選ぶべきか
乳がん手術方法の選択は、複数の要因を総合的に判断して決定されます。乳房温存手術が困難とされるケースには以下のような状況があります。
複数のがんのしこりが同じ側の乳房内の離れた部位に認められる多発性乳がんの場合、乳房温存手術では十分な切除が困難になります。また、がんの広がりが大きく、温存手術では美容的な結果が期待できない場合も全摘術を選択することが多くなります。
手術方法を決定する際には、以下の要素を慎重に検討する必要があります。まず、病状の正確な把握が重要です。がんのステージ、しこりの大きさや位置、リンパ節への転移の有無などを詳しく調べます。
次に、選択可能な治療法を理解することが大切です。それぞれの治療法の利点と欠点を十分に理解し、患者さん自身の希望や生活スタイルを考慮して医師と相談します。セカンドオピニオンを求めることも有効な選択肢の一つです。
乳房皮膚温存乳房切除術:新しい選択肢
乳房温存手術と胸筋温存乳房切除術の中間に位置する新しい乳がん手術方法として、乳房皮膚温存乳房切除術があります。この術式では乳房の皮膚を残して内部の組織のみを切除し、同時に乳房再建を行うことで美容性を保つことができます。
この手術の対象となるのは、がんの広がりが大きい非浸潤性乳管がんや、複数のがんが離れた部位にある多発性乳がんなど、乳房温存手術が適応とならない症例です。ただし、乳頭・乳輪は原則として切除する必要があります。
乳頭を温存する方法も開発されていますが、安全性について統一された見解はまだ確立されていません。この点については今後の研究結果を待つ必要があります。
乳房皮膚温存乳房切除術は、標準的な術式と比較して生存率や再発率に差がないことを証明する大規模な臨床試験の結果がまだ不足しており、標準的な術式とは位置づけられていません。この術式を希望する場合は、実施施設での治療成績を確認し、担当医と十分に相談することが重要です。
乳がんの内視鏡手術:低侵襲治療の現状
乳がんの内視鏡手術は、皮膚を数か所小さく(数センチ程度)切開し、そこから先端にレンズや手術器具のついた管を挿入して行う手術です。従来の大きな切開による手術と比較して、患者さんの身体への負担を軽減できる利点があります。
内視鏡手術は主に腹部や胸部の手術で広く採用されており、乳がん治療においても一部の施設で導入され、保険診療として実施されています。
しかし、乳房は身体の表面にある臓器であり、乳房温存手術の場合は従来の手術でも身体への負担がそれほど大きくありません。また、内視鏡手術は通常の手術よりも時間がかかるという課題もあり、広く普及するには至っていません。
さらに、リンパ節郭清の確実性や長期的な再発リスクに関するデータがまだ不足しており、統一された手術方法も確立されていないのが現状です。この分野では継続的な研究と技術開発が進められています。
最新の低侵襲治療:メスを使わない乳がん治療
2025年現在、患部にメスを使用せずに乳がんを治療する革新的な方法の研究が進んでいます。これらの治療法は「低侵襲治療」と呼ばれ、患者さんの負担を大幅に軽減する可能性があります。
MRガイド下集束超音波手術(FUS)
MRガイド下集束超音波手術(FUS)は、MRI検査でがんの位置を正確に特定し、虫眼鏡で太陽光を集めるのと同じ原理で超音波エネルギーをがん細胞に集中させ、熱でがん組織を破壊する治療法です。
この治療法の利点は、皮膚を切開する必要がなく、術後の痛みや傷跡が最小限に抑えられることです。また、入院期間の短縮や早期の社会復帰が期待できます。
ラジオ波熱凝固療法
ラジオ波熱凝固療法は、がん組織に細い針を刺し、その先端からラジオ波を放出してがん細胞を熱で死滅させる方法です。局所麻酔で実施でき、治療時間も比較的短時間で済みます。
これらの低侵襲治療は一部の専門施設で導入され、患者さんの同意を得て臨床試験として実施されています。しかし現時点では、治療効果や安全性に関する十分なデータが蓄積されておらず、標準治療としては確立されていません。
標準治療でない治療法は保険診療の対象とならないため、これらの治療を希望する場合は、標準治療を受けないことのリスクや費用面での負担についても十分に検討する必要があります。
乳がん手術後の生活と予後
乳がん手術方法の選択は、術後の生活の質に大きく影響します。乳房温存手術では乳房の形状が保たれるため、患者さんの心理的負担が軽減される傾向があります。一方、胸筋温存乳房切除術では、乳房再建術を組み合わせることで外見の回復を図ることができます。
術後のリハビリテーションも重要な要素です。適切なリハビリテーションにより、肩関節の可動域制限やリンパ浮腫などの合併症を予防し、日常生活への早期復帰を促進できます。
最新の研究によると、適切な手術方法の選択と術後の管理により、乳がん患者さんの5年生存率は90%を超えており、多くの方が元気な生活を送っています。
乳がん手術を受ける前に知っておくべきこと
乳がん手術方法を決定する前に、セカンドオピニオンを求めることも大切です。複数の専門医の意見を聞くことで、より適切な治療選択ができます。
また、手術前の検査では、CT検査、MRI検査、骨シンチグラフィーなどにより、がんの進行度や他の臓器への転移の有無を詳しく調べます。これらの検査結果に基づいて、最適な手術方法が決定されます。
手術に関する疑問や不安があれば、遠慮せずに医療チームに相談することが重要です。十分な情報提供を受け、納得のいく治療選択をすることが、良好な治療結果につながります。
乳がん手術方法の選択は、患者さん一人一人の状況に応じて慎重に決定される重要な判断です。標準的な治療法から最新の低侵襲治療まで、様々な選択肢があることを理解し最適な治療法を見つけることが大切です。