肝臓がん(肝細胞がん)放射線治療の効果と現状
肝臓がん(肝細胞がん)のほとんどはB型肝炎ウイルス、またはC型肝炎ウイルスによって発症するといわれています。現在利用可能な治療法には、切除術、動脈塞栓術、経皮的エタノール注入療法、ラジオ波焼灼術、動注化学療法、放射線治療などさまざまな方法があります。
日本では現時点でも肝細胞がんの治療法として肝切除術が第1選択となっています。しかし、2025年現在の状況は従来とは大きく変化しており、肝がんの放射線治療は、まだ標準治療として確立されていませんが、手術や穿刺局所療法が難しい場合や骨や脈管内に広がったがんに対する治療として、放射線治療が行われることが増えています。
近年の放射線技術の進歩により、がんのある場所に高線量の放射線でピンポイントで照射できるようになり、肝がん治療の新たな選択肢となりつつあります。定位放射線治療(SRT)や粒子線治療(陽子線・重粒子線)は、手術や穿刺局所療法が難しい場合に行われる治療法として注目されています。
肝臓がん(肝細胞がん)放射線治療の技術的進歩
従来の放射線治療の課題と技術革新
従来の放射線治療では、肝臓に対する放射線の影響が強いと考えられていたため、肝がんの治療にはあまり用いられてきませんでした。肝臓自体は血流が豊富で放射線感受性が高く、リスクを受けやすい臓器とされていました。従来の考え方では、肝臓の耐容線量は30グレイとされており、あまりたくさんの線量を当てることができないため、治療効果も限定的になってしまうという問題がありました。
しかし、現在では技術の進歩により状況は劇的に変化しています。コンピュータ技術やテクノロジーの進歩により、標的腫瘍に対して正確に高線量を照射しつつ、周囲正常臓器の線量を急峻に低下させることが可能になりました。これにより、高い局所制御率と低い障害頻度の両立が可能となっています。
定位放射線治療(SBRT)の登場と効果
体幹部定位放射線治療(SBRT)は、体幹部腫瘍を対象とした、いわゆる「ピンポイントの放射線治療」と呼ばれている治療法です。2024年11月現在、SBRTの保険適用は、原発病巣が直径5cm以下であり転移病巣のない原発性肝癌にも適用されています。
SBRTの治療成績は良好で、肝細胞がんでは2年で90%程度のがんの進行を抑える効果が確認されています。特に腫瘍の大きさがおおむね2cm以下と小型の肝臓がんにおいては、長期的にも優れた成績が報告されています。
現在の日本のガイドラインでは、SBRTについて「切除・穿刺局所療法が施行困難な場合、体幹部定位照射を行ってよい」とされています。手術やRFA(ラジオ波焼灼術)が適応にならない場合、それらを希望しない場合の重要な選択肢として位置づけられています。
肝臓がん(肝細胞がん)放射線治療の具体的な効果と成績
局所制御率と生存率のデータ
肝細胞がんに対するSBRTの具体的な治療成績をみると、非常に良好な結果が報告されています。3cm以下のサイズであれば3年局所制御割合は90%以上を見込むことができます。これは従来の他の治療法と比較しても優秀な成績です。
例えば、早期肝臓がんにて手術やRFAが行えない場合に多くの施設で行われているTACE(肝動脈化学塞栓術)と比較すると、TACEの治療部位の再発率は、治療がうまくいってしっかり詰められた場合でも再発率が18%と高率であるのに対し、SBRTははるかに良好な局所制御を示しています。
一部の施設では累積患者数は約700例に達し、世界で最も多い治療経験数を持つ医療機関も存在します。このような豊富な経験により、適応の選択や治療技術の向上が図られています。
RFAとの比較研究結果
2019年の重要な研究報告では、RFAとSBRTの比較が行われました。全症例の3年局所再発率の解析結果では、RFAが12.9%、SBRTが5.3%で有意差が認められました。また、患者背景や腫瘍因子を調整したマッチング解析では、3年全生存率、がん関連死ともにRFAとSBRTでほぼ一致する結果となりました。
この研究では、SBRT群の方がよりステージが進行しており、全身状態も不良、腫瘍径が大きく、約8割の患者さんの腫瘍が脈管に近い位置にあったにも関わらず、良好な局所制御を示したことは特筆すべき点です。
粒子線治療の保険適用拡大と効果
重粒子線治療と陽子線治療の特徴
2022年4月から、4cmを超える肝内局所病変に対しては、粒子線(陽子線や重粒子線)治療が保険適用されるようになりました。これは肝細胞がん治療における大きな進歩です。粒子線治療はがん病巣へ線量を集中させることが可能な治療ですが、消化管に近接する場合など、がんの部位によっては治療できないこともあります。
重粒子線治療では、炭素イオンを加速させてできる重粒子線で、がんを破壊します。正常細胞への影響が少なく、治療期間も短いため、体に負担がかかりません。重粒子線とほかの放射線との最大の違いは破壊力で、重粒子線が放つ細胞に対する破壊力は陽子線の2~3倍にも上ります。
粒子線治療の治療スケジュールと成績
肝臓がんの重粒子線治療では、2日間で2回、1回22.5グレイ、合計45グレイの線量を照射する方法が一般的です。線量比率はがんの大きさや部位によって調整されます。治療は水平方向と垂直方向の2方向から行われ、3泊4日程度のスケジュールで実施されます。
肝細胞がんに対する重粒子線治療は、1995年から臨床試験として開始され、これまでに500例以上行われています。成績については2年で90~95%程度の局所制御率が得られており、他の局所療法に近い結果が得られています。
肝臓がん(肝細胞がん)放射線治療の適応基準と選択指針
SBRT適応基準
SBRTの適応基準は以下のように定められています:
・原発病巣が直径5cm以下であること
・転移病巣のない原発性肝癌であること
・肝臓の障害度が中等度以下(Child-Pugh 9点以下)であること
・多発ではない症例(治療が必要な病巣が3個以下を目安)
・病変の部位が正常臓器に近接していないこと
特に、種々の理由で手術ができず、また主要血管に近い、腫瘍が大きいなどでラジオ波焼灼術(RFA)が難しいケースは良い適応になります。SBRTは、脈管に近い腫瘍、ドーム直下腫瘍などRFAが困難な腫瘍でも、低侵襲で治療が可能です。
粒子線治療の適応
粒子線治療については、2022年より肝細胞がんの一部が保険適応になりました。特に治療効果が高く癌治療に最適とされており、約20年前から肝細胞がんに対する有効性が報告されています。現在も兵庫県立粒子線医療センターや神戸陽子線センターなどと緊密に連携し、集学的治療の一翼として施行されています。
肝臓がん(肝細胞がん)放射線治療の副作用と安全性
急性期の副作用
放射線治療の副作用は、急性期には倦怠感、嘔気や食欲不振が懸念されますが、治療終了とともに改善していきます。5日間の治療中はほぼ無症状で、高度に肝機能が低下していなければ疲労感もほとんどありません。
体外からの放射線治療では、治療中には痛みや熱さを感じることはありません。広範囲の照射を行ったり、まれに放射線感受性の高い患者では、放射線治療中に疲労感が生じることがあり、これを放射線宿酔と呼びます。
晩期の副作用と注意点
治療終了後、通常数ヶ月以降に現れる晩期の副作用として、胆道系の狭窄による黄疸、肝機能障害などがあげられます。肝臓がんに対する放射線治療の副作用で最も重大なものは肝機能低下です。
元々肝機能が低い患者さんに広い範囲に照射を行うと、予備能が低いうえにさらに肝機能が低下するので、足がむくんだり、腹水が生じてしまい、いわゆる非代償性肝硬変を生じてしまう可能性があります。そのため、現在の治療では、このようなことが起こらないよう慎重に計画して治療が行われています。
また、肋骨にも高線量があたる場合、肋骨骨折は高頻度に生じますが、多くの場合痛みはなく、保存的に経過をみることができます。肝臓がんが消化管に近接している場合には、治療終了後から数ヶ月の間に潰瘍が起きることがあります。
肝臓がん(肝細胞がん)放射線治療の技術的詳細
呼吸同期照射と位置精度の向上
肝臓は呼吸によって上下するため、照射範囲にズレが生じないよう、照射のタイミングを決める設定を行う「呼吸同期照射法」が用いられます。患者さんの体表面に赤外線発光装置を設置しておき、呼吸に伴う体の動きをモニターし、波形が一定のラインより下がったとき(息を吐ききったとき)のタイミングで照射を行います。
体位固定には、頭部から下肢におよぶ患者さん専用固定具を作成し、治療計画CTから治療まで専用固定具に寝た状態で実施します。これにより肝がんに対する高精度な治療を実現しています。
最新の照射技術
最新の施設では、Flattening Filter Free(FFF)を用いた照射時間の短縮が可能で、1回線量の大きいSBRTにおいてより顕著な効果を発揮します。FFFによる1門ごとの照射時間の減少により、呼気呼吸停止時間が大幅に短縮され、高齢者に対しても苦痛なく照射可能となりました。
また、消化管に近接する肝臓がんに対しては、volumetric modulated arc therapy(VMAT)を用いて、消化管への線量低減を図ることが可能になっています。
他の治療法との比較と集学的治療における位置づけ
手術・RFAとの使い分け
早期肝臓がん患者に対する標準治療は手術とRFAですが、早期であっても43%の患者さんには標準治療が行えないと報告されています。SBRTは、これら2つの治療法の欠点を補う特徴を持っています。
手術では、予測残肝機能が保たれないリスクがある場合や、患者さんの全身状態により手術が困難な場合があります。RFAでは、脈管近傍の腫瘍や針の到達が困難な部位では実施が困難です。SBRTは外来通院(5日間)でも行えるほど、患者さんに優しい治療法として位置づけられています。
TACE併用療法
現時点で放射線治療の使い道として最も期待できると考えられているのは「カテーテル技術を用いた動脈塞栓術の後に定位放射線治療を追加する」という方法です。TACEとSBRTの併用により、より高い治療効果が期待できる可能性があります。
HCCにおけるSBRTの位置づけは、標準治療である肝切除、同じ局所治療であるラジオ波焼灼術の適応がない場合に施行され、肝動脈化学塞栓術(TACE)と併用することが多いとされています。
治療効果判定と経過観察
効果判定の時期と方法
SBRT後の治療効果判定は、通常modified RECISTに準じてダイナミックCT/MRIでの動脈相早期濃染の有無により判定しますが、SBRT後3か月以上にわたり持続した早期濃染を認める場合があります。このため、治療後早期(特に3か月以内)での効果判定は早計で、6か月程度での効果判定が適切と考えられています。
治療1ヶ月後、その後3ヶ月おきに採血と画像検査を行います。1ヶ月後には肝臓がんの腫瘍マーカーであるAFPやPIVKA-IIの値が多少減っていることがありますが、変化ないこともしばしばあります。がんは平均で6ヶ月後に消失しますが、なかには徐々に小さくなりながら3年かけて消失することもあります。
長期成績と再発パターン
放射線治療後の画像評価では、がんが大きくならない場合を「無増悪」と考えて、制御されていると判断します。長期的なデータは貴重で、手術やRFAが困難な肝臓がんに対する有効な治療方法として確立されています。
今後の展望と課題
エビデンスレベルの向上
現在報告されている良好な成績は、ほとんど後顧的研究による結果のため、いまだエビデンスレベルは低く、今後前向き試験における検証が必要とされています。全国の大学病院を含めた多施設共同の臨床試験も行われており、より確実なエビデンスの構築が進められています。
適応拡大と技術革新
粒子線治療については、現在も兵庫県立粒子線医療センターや神戸陽子線センターと緊密に連携し、最近ではスペーサー留置術を施行して、粒子線治療の適応拡大につなげるなどオリジナルの治療も積極的に進められています。
また、施設の小型化が進み、新しい設備では従来の3分の1以下まで規模を縮小することができており、さらに低コスト化、効率化などが図られれば、もっと費用も下がり、治療が受けやすくなる可能性があります。
まとめ
2025年現在、肝臓がん(肝細胞がん)に対する放射線治療の効果は、技術の進歩とともに大幅に向上しています。従来は「どうすることもできない肝細胞がんの治療には、放射線をしてもよいが効果は保証できません」という位置づけでしたが、現在では定位放射線治療(SBRT)や粒子線治療により、90%以上の高い局所制御率を達成できる有効な治療選択肢となっています。
特に手術やRFAが困難な症例に対して、SBRTは外来通院での治療が可能で、患者さんに優しい低侵襲治療として確立されています。また、2022年から粒子線治療の保険適用が拡大されたことにより、より多くの患者さんが高精度な放射線治療を受けられるようになりました。
ただし、肝細胞がんの全てに放射線治療が最適というわけではありません。それぞれの治療法には得手不得手があり、患者さんの状態、腫瘍の特性、肝機能などを総合的に判断して、最適な治療法を選択することが重要です。
参考文献・出典情報
- 肝がんの治療について|国立がん研究センター
- 肝臓がん|がんの種類について|がん研有明病院
- 肝臓がん(肝細胞がん) 治療:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]
- 体幹部定位放射線治療 | 京都大学医学部附属病院 放射線治療科
- 肝臓がん|診療内容|神戸大学医学部附属病院 肝胆膵外科
- 肝がん|牧島弘和|専門医の解説 - QST病院(旧放射線医学総合研究所病院)|重粒子線治療(がん治療)
- 肝臓がん|広島大学大学院医系学研究科 放射線腫瘍学 広島大学病院 放射線治療科
- 早期肝細胞がんに対する治療選択―手術、ラジオ波焼灼法、体幹部定位放射線治療(SBRT)
- 肝癌に対する定位放射線治療の適応と注意点|Web医事新報|日本医事新報社
- 日本の放射線治療を展望する。「体幹部定位放射線治療(SBRT)への期待」 | 再発転移がん治療情報