がん治療において、患者さんの全身状態を正確に把握することは、適切な治療方針を決定するために欠かせません。その中でも「パフォーマンスステータス」(ECOG PS)は、がん専門医が最も重要視する評価指標の一つです。
ECOG PSの基本から2025年の最新研究成果まで、わかりやすく解説します。
パフォーマンスステータス(ECOG PS)とは何か
パフォーマンスステータス(Performance Status、PS)とは、患者さんの全身状態を客観的に評価するための医学的指標です。特にがん治療においては、ECOGパフォーマンスステータスが世界的に標準として採用されています。
ECOG(Eastern Cooperative Oncology Group:米国東海岸がん臨床試験グループ)が1982年に開発したこの指標は、患者さんの日常生活動作能力を0から4の5段階で評価します。この評価により、医師は患者さんがどの程度の治療に耐えられるかを判断し、最適な治療計画を立てることができます。
ECOG PS の全身状態評価基準
ECOG PSは、以下の5段階で患者さんの全身状態を評価します(日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)による日本語訳):
グレード | 全身状態の説明 | 日常生活への影響 |
---|---|---|
0 | まったく問題なく活動できる | 発症前と同じ日常生活が制限なく行える |
1 | 肉体的に激しい活動は制限される | 歩行可能で、軽作業や座っての作業は行える(軽い家事、事務作業など) |
2 | 歩行可能で、身の回りのことはすべて可能 | 作業はできない。日中の50%以上はベッド外で過ごす |
3 | 限られた身の回りのことしかできない | 日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす |
4 | 全く身の回りのことができない | 終日ベッドか椅子で過ごす |
この評価システムは、Karnofskyパフォーマンスステータス(KPS)と並んで、がん治療における重要な評価ツールとして位置づけられています。ECOGスケールの方がより簡潔で使いやすいため、多くの医療現場で採用されています。
がん治療におけるパフォーマンスステータスの重要性
治療方針決定への影響
パフォーマンスステータスは、がん治療の方針を決定する上で極めて重要な役割を果たします。一般的に、ECOG PS 0~2の患者さんは積極的な治療(手術、化学療法、放射線療法)に耐えられると考えられています。一方、ECOG PS 3~4の患者さんでは、治療による身体的負担が大きく、慎重な検討が必要となります。
予後予測における価値
2025年に発表された最新の研究によると、ECOG PSは単なる治療適応の指標にとどまらず、患者さんの予後を予測する独立した因子であることが確認されています。上部尿路がん患者2,473例を対象とした大規模な研究では、ECOG PS 2以上の患者さんは、ECOG PS 0-1の患者さんと比較して、全生存率、がん特異的生存率、無病生存率すべてにおいて有意に予後が不良であることが示されました。
2025年最新研究から見るパフォーマンスステータスの臨床的意義
大規模研究による予後予測能力の確認
2025年3月に発表された台湾の多施設共同研究では、ECOG PSの予後予測能力について重要な知見が得られています。この研究では、根治的腎尿管摘除術を受けた上部尿路がん患者において、ECOG PS 2以上の患者さんは以下のリスクが高いことが明らかになりました:
- 全生存率のハザード比:2.53倍(95% CI: 2.01-3.18)
- がん特異的生存率のハザード比:2.02倍(95% CI: 1.49-2.74)
- 無病生存率のハザード比:1.50倍(95% CI: 1.13-2.00)
周術期合併症リスクとの関連
同研究では、ECOG PSが周術期の重篤な合併症リスクとも関連していることが示されました。ECOG PS 2以上の患者さんは、ECOG PS 0-1の患者さんと比較して、重篤な周術期合併症のオッズ比が2.46倍(95% CI: 1.50-4.03)と有意に高いことが確認されています。
多様ながん種における全身状態評価の現状
肺がん治療での活用
肺がん治療においては、ECOG PSが治療選択の基準として広く用いられています。特に高齢者や他臓器機能が低下している患者さんでは、外科治療や薬物療法による身体的負担を避けるため、放射線療法が選択されることがあります。このような治療選択において、ECOG PSは客観的な判断材料となります。
免疫療法時代における意義
近年のがん治療において免疫療法が重要な位置を占めていますが、2025年の研究では免疫療法の効果とECOG PSとの関連についても検討されています。免疫療法および免疫療法併用治療において、ECOG PSが治療効果に与える影響について、さらなる研究が進められています。
パフォーマンスステータス評価における課題と改善点
評価者間の一致性
ECOG PSの評価において、医師と看護師、または医師間での評価にばらつきが生じることが知られています。2024年から2025年にかけての研究では、より一貫性のある評価方法について検討が進められており、評価の標準化に向けた取り組みが行われています。
主観的評価の限界
ECOG PSは医療従事者による主観的な評価に依存する側面があります。患者さん自身の身体的状況や社会的背景を十分に反映できない場合があるため、補完的な評価指標の開発も進められています。
臨床試験登録における全身状態の役割
登録基準としての重要性
がんの臨床試験では、ECOG PSが患者さんの登録基準として用いられることが多くあります。しかし、2025年の腎細胞がん研究では、ECOG PS 2以上の患者さんの臨床試験参加率が低いことが問題として指摘されています。13の臨床試験のうち、ECOG PS 2の患者さんを含むのは3試験のみで、参加率は1%未満という状況でした。
治療機会の公平性
このような状況は、全身状態の不良な患者さんが新しい治療選択肢から除外される可能性を示しており、治療機会の公平性という観点から重要な課題となっています。
医療従事者にとってのパフォーマンスステータス活用法
治療計画立案における活用
ECOG PSは、単に治療の可否を決めるだけでなく、治療強度の調整や支持療法の必要性を判断する際にも活用されます。PS 1-2の患者さんでは、通常より緩やかな治療スケジュールや追加的な支持療法が検討される場合があります。
経過観察での重要性
治療開始後のECOG PSの変化は、治療効果や病状進行の指標としても重要です。PSの改善は治療効果を示す可能性があり、逆に悪化は病状の進行や治療関連毒性を示唆する可能性があります。
患者さんとご家族が知っておくべきポイント
評価の透明性
患者さんとご家族は、担当医からECOG PSについて説明を受け、現在の評価がどの程度なのかを理解することが大切です。この評価は治療方針決定の重要な要素であり、患者さん自身の状況を客観的に把握するツールとなります。
改善に向けた取り組み
ECOG PSは固定的なものではありません。適切な栄養管理、リハビリテーション、症状緩和などにより改善する可能性があります。医療チームと連携しながら、全身状態の改善に向けた取り組みを行うことが重要です。
カルノフスキーパフォーマンスステータスとの比較
ECOG PSとよく比較される指標として、カルノフスキーパフォーマンスステータス(KPS)があります。KPSは100から0の101段階で評価を行いますが、ECOG PSの方がより簡潔で実用的であるため、多くの医療現場で採用されています。
ECOG PS | 対応するKPS |
---|---|
0 | 100-90 |
1 | 80-70 |
2 | 60-50 |
3 | 40-30 |
4 | 20-10 |
今後の展望と課題
新しい評価指標の開発
2025年現在、ECOG PSを補完する新しい評価指標の開発が進められています。栄養状態を評価するCONUT(Controlling Nutritional Status)スコアや、筋力低下を評価するサルコペニア指標などが注目されています。これらの指標を組み合わせることで、より精密な予後予測が可能になると期待されています。
デジタル技術の活用
ウェアラブルデバイスや人工知能技術を活用して、より客観的で継続的なパフォーマンスステータス評価を行う研究も進んでいます。これにより、従来の主観的評価の限界を克服できる可能性があります。
2025年における臨床応用の実際
個別化医療への貢献
現在のがん治療では、患者さん一人一人に最適な治療を提供する個別化医療が重視されています。ECOG PSは、遺伝子情報や腫瘍特性と並んで、個別化治療戦略を立てる上で重要な情報を提供します。
まとめ
パフォーマンスステータス(ECOG PS)は、がん治療において患者さんの全身状態を評価し、最適な治療方針を決定するための重要な指標です。2025年の最新研究により、その予後予測能力と臨床的価値がさらに確認されています。
患者さんとご家族においては、この評価指標について理解を深め、医療チームとの円滑なコミュニケーションを図ることが重要です。今後も新しい評価指標の開発やデジタル技術の活用により、より精密で客観的な全身状態評価が可能になると期待されます。
参考文献・出典情報
本記事は以下の信頼できる学術文献および公的機関の情報に基づいて作成されています:
- ECOG Performance Status Scale - ECOG-ACRIN Cancer Research Group
- Preoperative ECOG performance status as a predictor of outcomes in upper tract urothelial cancer surgery. Scientific Reports (2025)
- Revisiting the Association of ECOG Performance Status With Clinical Outcomes in Diverse Patients With Cancer. PubMed (2024)
- パフォーマンスステータス - がん情報サービス
- ECOG のPerformance Status(PS)の日本語訳 - 日本臨床腫瘍研究グループ
- ECOG PS 計算ツール - HOKUTO
- ECOG performance status - Radiopaedia
- Inclusion of patients with reduced performance status in FDA registrational trials for renal cell carcinoma. Journal of Clinical Oncology (2025)
- 肺がんの治療方針を決める因子 PS(パフォーマンスステータス)について - 中外製薬
- がん治療の指標PSとは? - 医療と健康の用語がよく分かる