オリゴメタシスとは何か?転移があっても根治を目指せる状態
がんの治療において「転移」という言葉を聞くと、多くの方は末期の状態を想像されるかもしれません。
しかし近年、転移があってもその数が限られている場合には、根治を目指せる可能性があることがわかってきました。この状態を「オリゴメタシス(oligometastasis)」または「寡転移」と呼びます。
オリゴメタシスとは、遠隔転移があってもその数が少数個に限られている状態を指します。「オリゴ(oligo)」はギリシャ語で「少ない」という意味です。一般的には転移巣が1個から5個以内の状態とされています。
がんは通常、発生した臓器から徐々に全身に広がっていくと考えられてきました。
しかし実際には、すべての転移がんが同じように広がるわけではありません。オリゴメタシスの患者さんは、広範囲に転移する能力をまだ獲得しておらず、少数個の転移のみが存在する状態にあると考えられています。これは、転移のない限局したがんと、広範囲に転移した状態の中間的な段階と位置付けられます。
オリゴメタシスの定義と転移の個数
オリゴメタシスの定義については、医学界でも議論が続いています。転移の個数については、多くの研究や臨床試験で1個から5個以内とされていますが、厳密な基準が確立されているわけではありません。
欧米の医学会では、オリゴメタシスをさらに詳しく分類しています。例えば、原発巣(最初にがんが発生した場所)が制御されている状態で転移が見つかった場合を「オリゴ-リカランス(oligo-recurrence)」と呼びます。一方、原発巣が制御されていない状態で同時に少数の転移が見つかった場合は「シンク-オリゴメタスタシス(sync-oligometastasis)」と呼ばれます。
一般的には、以下のような状態がオリゴメタシスと考えられています。
項目 | 基準 |
---|---|
転移の個数 | 1個から5個以内(研究によっては10個以内も含む) |
転移の部位 | 限局的な臓器に限られている |
原発巣の状態 | 制御されている(または制御可能) |
全身状態 | 良好(日常生活に支障がない程度) |
転移の個数だけでなく、それぞれの転移巣の大きさや部位、患者さんの全身状態なども、治療方針を決める上で重要な要素となります。
オリゴメタシスに対する局所療法の意義
従来、転移があるがんの治療は全身療法(化学療法やホルモン療法など)が中心でした。
転移は全身にがん細胞が広がった証拠と考えられていたためです。しかしオリゴメタシスの概念が確立されてからは、少数の転移巣に対して局所療法を行うことで、生存期間の延長や場合によっては治癒も期待できることがわかってきました。
局所療法とは、転移巣そのものに直接アプローチする治療法です。手術による切除、放射線治療、ラジオ波焼灼療法などが含まれます。これらの治療は、見える転移巣を根治的に制御することを目的としています。
オリゴメタシスに対する局所療法の重要性を示す研究として、SABR-COMET試験があります。この国際的なランダム化比較試験(フェーズ2)では、原発巣が制御されており1個から5個の転移がある患者さんを対象に、標準治療のみを行う群と、標準治療に加えて体幹部定位放射線治療(SBRT)を行う群を比較しました。
2020年に発表された長期追跡結果では、SBRTを追加した群の生存期間中央値は50ヶ月であったのに対し、標準治療のみの群では22ヶ月でした。つまり、SBRTを追加することで22ヶ月の生存期間延長が認められたのです。5年生存率も、標準治療のみの群が17.7%であったのに対し、SBRT追加群では42.3%と、2倍以上の改善が見られました。
根治照射としての体幹部定位放射線治療(SBRT)
オリゴメタシスに対する局所療法の中で、近年特に注目されているのが体幹部定位放射線治療(SBRT: Stereotactic Body Radiation Therapy)です。SBRTは、高精度の放射線治療技術を用いて、転移巣に高線量の放射線を集中的に照射する治療法です。
従来の放射線治療では、1回あたり1.8から2.0グレイ程度の比較的低い線量を、数週間から数ヶ月かけて照射していました。これに対してSBRTでは、1回あたり数グレイから十数グレイという高線量を、通常1回から5回程度の少ない回数で照射します。このような高線量を短期間で照射できるのは、画像誘導技術や呼吸同期システムなどの先進的な技術により、ターゲットとなる腫瘍に正確に放射線を集中させることができるためです。
SBRTの利点は以下の通りです。
第一に、治療期間が短いことです。従来の放射線治療では数週間を要していた治療が、1週間から2週間程度で完了します。これにより、患者さんの負担が軽減され、化学療法などの全身治療を早期に開始または継続することが可能になります。
第二に、腫瘍制御率が高いことです。高線量を集中的に照射することで、転移巣を効果的に制御できます。多くの研究で、2年局所制御率が80%以上と報告されています。
第三に、周囲の正常組織への影響が少ないことです。高精度の照射技術により、腫瘍以外の正常な組織への放射線照射を最小限に抑えることができます。
日本におけるオリゴメタシス治療の保険適用
日本では2020年4月から、オリゴメタシスに対する体幹部定位放射線治療が保険適用となりました。これにより、転移があっても条件を満たせば、保険診療として根治を目指した放射線治療を受けることができるようになりました。
保険適用の対象となるのは、主に以下のような患者さんです。
原発巣が制御されている、または制御可能な状態であること。転移の個数が5個以内であること。全身状態が良好で、積極的な治療に耐えられること。転移巣がすべて放射線治療可能な部位にあること。
ただし、実際の治療適応については、個々の患者さんの状態やがんの種類、転移の部位などを総合的に判断して決定されます。放射線腫瘍医をはじめとする専門医との相談が必要です。
オリゴメタシスの治療成績とがんの種類
オリゴメタシスに対するSBRTの治療成績は、原発がんの種類によって異なります。一般的に、予後が良好とされているのは、乳がん、前立腺がん、腎がんなどです。これらのがん種では、長期生存が期待できる症例も少なくありません。
肺がんや大腸がんからの転移についても、SBRTによる良好な治療成績が報告されています。ただし、大腸がんの転移は比較的放射線に抵抗性があるとされ、他のがん種に比べて局所制御率がやや低い傾向にあります。そのため、大腸がんの転移に対しては、より高い線量での照射が検討されることもあります。
日本で行われた大規模な研究では、1378例の肺に転移したオリゴメタシスの患者さんに対してSBRTが行われ、その有効性が確認されています。この研究は、オリゴメタシスに関する研究としては世界最多の症例数を誇るものです。
転移が見つかったタイミングも、治療成績に影響を与えることがわかっています。原発がんの診断から24ヶ月以上経過してから転移が見つかった場合(晩期転移)は、早期に転移が見つかった場合に比べて予後が良好であることが示されています。これは、晩期転移の患者さんの方が、がん細胞の転移能力が相対的に低い可能性があるためと考えられています。
オリゴメタシス治療における注意点と副作用
SBRTは効果的な治療法ですが、すべての患者さんに適しているわけではありません。また、治療に伴うリスクも存在します。
SABR-COMET試験では、SBRT治療を受けた患者さんの中で、3名(4.5%)に治療関連死が発生したことが報告されています。これらの重篤な副作用は、肺や肋骨、腹部臓器への照射に関連していました。このため、治療を行う際には、安全性を最優先に考慮する必要があります。
SBRTによる一般的な副作用には以下のようなものがあります。
照射部位によって異なりますが、肺への照射では放射線肺炎のリスクがあります。肝臓への照射では肝機能障害、骨への照射では痛みや骨折のリスクがあります。また、照射部位の近くに消化管がある場合は、消化管への影響(潰瘍形成など)に注意が必要です。
これらのリスクを最小限にするため、治療計画では転移巣の位置や大きさ、周囲の正常組織との関係を詳細に評価します。特に重要な臓器(脊髄、消化管など)への線量を制限するよう、慎重に計画が立てられます。
オリゴメタシスと全身療法の併用
オリゴメタシスの治療では、SBRTなどの局所療法と全身療法を組み合わせることが一般的です。化学療法、ホルモン療法、分子標的治療、免疫チェックポイント阻害薬などの全身療法は、見えない微小な転移に対する効果が期待できます。
局所療法と全身療法を組み合わせることで、以下のような相乗効果が期待できます。
局所療法によって転移巣の腫瘍量を減らすことで、全身療法の効果が高まる可能性があります。また、SBRTによる腫瘍細胞の破壊は、免疫系を活性化させる効果があるとされています。これは「アブスコパル効果」と呼ばれ、照射されていない他の部位の腫瘍にも効果が及ぶことがあります。
実際に、SBRTの後に免疫チェックポイント阻害薬を投与すると、その奏功率が2倍以上高まるという報告もあります。このような免疫療法との併用は、オリゴメタシス治療の新たな可能性として期待されています。
オリゴメタシス治療を受けるための準備と検査
オリゴメタシスの診断と治療方針の決定には、詳細な検査が必要です。すべての転移巣を正確に把握することが、適切な治療を行う上で不可欠だからです。
通常、以下のような検査が行われます。
CTやMRI、PET-CTなどの画像検査により、全身の転移の有無と個数、部位、大きさを評価します。特にPET-CTは、小さな転移巣の検出に優れており、オリゴメタシスの診断に重要な役割を果たします。
また、必要に応じて血液検査や腫瘍マーカーの測定も行われます。これらの情報をもとに、放射線腫瘍医、腫瘍内科医、外科医などの複数の専門医が集まるカンファレンス(多職種カンファレンス)で治療方針が検討されます。
患者さんの全身状態、年齢、併存疾患、本人の希望なども考慮され、個々に最適な治療計画が立てられます。
今後の展望と進行中の臨床試験
オリゴメタシス治療は、まだ発展途上の分野です。現在、世界中で複数の大規模な臨床試験が進行中であり、より確実なエビデンスの構築が進められています。
SABR-COMET-3試験は、1個から3個の転移がある患者さんを対象とした第3相試験で、297名の患者さんが参加する予定です。また、SABR-COMET-10試験は、4個から10個の転移がある患者さんを対象としており、159名が参加する計画です。これらの試験結果により、転移の個数に応じた治療効果がより明確になることが期待されています。
また、バイオマーカーの研究も進められています。血液中の循環腫瘍DNA(ctDNA)や循環腫瘍細胞(CTC)を測定することで、どのような患者さんがオリゴメタシス治療の恩恵を受けやすいかを予測できる可能性があります。このような個別化医療の実現により、治療効果の向上と副作用の軽減が期待されています。
さらに、オンライン適応放射線治療(Online Adaptive Radiotherapy)などの新しい技術も開発されています。この技術により、治療当日の身体の状態に合わせて放射線治療計画をリアルタイムで調整することが可能になり、治療の精度と安全性がさらに向上することが期待されています。
参考文献・出典情報
- Palma DA, et al. Stereotactic Ablative Radiotherapy for the Comprehensive Treatment of Oligometastatic Cancers: Long-Term Results of the SABR-COMET Phase II Randomized Trial. J Clin Oncol. 2020.
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- Palma DA, et al. Stereotactic ablative radiotherapy for the comprehensive treatment of 4-10 oligometastatic tumors (SABR-COMET-10): study protocol for a randomized phase III trial. BMC Cancer. 2019.
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- がん研有明病院 オリゴメタスタシス
- がんサポート 5個以内の転移なら治癒の可能性も 乳がんのオリゴメタスタシスに対する体幹部定位放射線療法SBRT
- 日経メディカル オリゴ転移に対する体幹部定位放射線治療は諸刃の剣