マイクロサテライト不安定性(MSI-H)とは何か
マイクロサテライト不安定性(MSI-H)とは、DNA内のマイクロサテライトと呼ばれる短い配列の繰り返し部分が正常とは異なる状態になっている現象を指します。
2025年現在、この遺伝子検査はがん治療における重要な診断指標として位置づけられており、特に免疫チェックポイント阻害薬の効果予測において注目を集めています。
私たちの体内では、細胞分裂の際にDNAが複製されますが、この過程で時々コピーミスが発生します。通常、ミスマッチ修復機構と呼ばれるシステムがこれらのエラーを修正しますが、この修復機能に異常があると、マイクロサテライトの繰り返し回数に変化が生じます。この変化が一定以上認められる場合を「高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)」と呼びます。
MSI-Hが発生するメカニズム
MSI-Hが発生する背景には、DNA修復システムの機能低下があります。正常な細胞では、DNA複製時のエラーをミスマッチ修復(MMR)タンパク質複合体が修復しますが、この機能が欠損すると、エラーが修復されずに蓄積されてしまいます。
このような状態では、がん抑制遺伝子や細胞増殖に関わる遺伝子のコーディング領域にある反復配列に変化が起こりやすくなり、これらの遺伝子異常の蓄積により細胞のがん化が促進されると考えられています。
MSI-Hが発見される主ながん種
2025年現在の最新研究によると、MSI-Hは多岐にわたるがん種で確認されています。32種類のがん患者12,019例を対象とした大規模解析では、24種類のがんにおいてMSI-H固形がんが確認されました。
頻度が高い順に以下のようながん種で認められます:
がん種 | MSI-H頻度 |
---|---|
子宮内膜がん | 最も高頻度 |
胃がん | 高頻度 |
小腸がん | 高頻度 |
結腸・直腸がん | 約2-7% |
卵巣がん | 中等度 |
腎盂・尿管がん | 中等度 |
MSI-H遺伝子検査の方法と進歩
MSI-Hの検査方法は、2025年現在において複数のアプローチが確立されています。主要な検査法として以下があります。
MSI検査キット(FALCO)
MSI検査キット(FALCO)は、5種類のマイクロサテライトマーカー(BAT-26、NR-21、BAT-25、MONO-27、NR-24)を用いて解析します。この検査の特徴は、遺伝的多様性の影響を受けにくい1塩基繰り返しマーカーを使用し、腫瘍組織のみでMSI-High検出を実現している点です。
検査では、各マーカーについてMSI陽性(+)または陰性(-)を判定し、MSI陽性マーカーの数により総合判定を行います。腫瘍細胞含有割合は50%以上が推奨されており、検査には採取から3年以内のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)ブロックが使用されます。
免疫組織化学染色(IHC)検査
ミスマッチ修復機能欠損検出キット(ロシュ・ダイアグノスティックス)は、4種類のMMRタンパク質(MLH1、PMS2、MSH2、MSH6)の発現を免疫組織化学染色により解析する手法です。この検査では、タンパク質が正常に発現しているかどうかを直接確認することができます。
がん遺伝子パネル検査
2021年以降、FoundationOne® CDxがんゲノムプロファイリングやGuardant360 CDx がん遺伝子パネルなど、次世代シーケンサー(NGS)を用いた包括的な遺伝子解析によってもMSI-Hの判定が可能となりました。これらの検査では、1回の検査で多数の遺伝子を同時に調べることができます。
リンチ症候群とMSI-Hの関係
リンチ症候群は、遺伝性大腸がんの代表的な疾患で、MSI-Hと密接な関係があります。この症候群では、ミスマッチ修復遺伝子(MLH1、MSH2、MSH6、PMS2)またはEPCAM遺伝子に生まれつきの変異があるため、がん細胞の90%以上でMSI-Hが観察されます。
リンチ症候群の診断基準
リンチ症候群の診断には、「アムステルダム基準Ⅱ」や「改訂ベセスダガイドライン」が使用されます。アムステルダム基準Ⅱでは、以下の条件をすべて満たす必要があります:
- 少なくとも3人の血縁者が関連腫瘍(大腸がん、子宮内膜がん、腎盂・尿管がん、小腸がん)に罹患している
- 罹患者の1人について他の2人は第1度近親者(子ども、きょうだい、親)である
- 少なくとも連続する2世代に罹患者がいる
- 少なくとも1人のがんは50歳未満で診断されている
- 腫瘍は病理学的にがんであることが確認されている
リンチ症候群の遺伝パターン
リンチ症候群は常染色体優性(顕性)遺伝形式で、両親のどちらかが原因遺伝子の病的バリアントを持っている場合、子どもがこれを受け継ぐ確率は50%です。リンチ症候群と診断された方の大腸がんの平均発症年齢は約45歳で、一般的な大腸がんの好発年齢である65歳前後よりもかなり若い年齢で発症します。
免疫チェックポイント阻害薬による最新治療
2025年現在、MSI-H固形がんに対する治療で最も注目されているのが免疫チェックポイント阻害薬です。MSI-H固形がんでは、MMR機能の欠損により正常な細胞と比べて多くの体細胞遺伝子変異を持っており、平均1,782の変異が報告されています。これは、MSI-Highではないがんの平均73変異と比較して極めて高い数値です。
治療効果のメカニズム
多数の遺伝子変異により、腫瘍特異抗原(ネオアンチゲン)の発現が高くなり、T細胞による認識を受けやすくなります。免疫チェックポイント阻害薬はPD-1に結合してがん細胞との結合を阻害することで、T細胞を再活性化し、抗腫瘍効果を発揮します。
承認されている薬剤と治療成績
2025年5月現在、遺伝子検査でMSI-Highが確認されれば、血液がん以外のどの臓器のがんでも効果を示す可能性があるペムブロリズマブ(キイトルーダ®)が保険適用となっています。
最新の臨床試験成績では以下のような結果が報告されています:
- MSI-H大腸がんでは奏効率27.9%、12か月無増悪率34.3%
- MSI-H胃がんでは奏効率62.1%、無増悪生存期間中央値13.8か月
- 直腸がんでは、放射線治療と免疫チェックポイント阻害薬の併用により、MSI-H患者さんで60%の完全奏効
検査を受ける際の注意点と配慮
MSI検査は遺伝性腫瘍をスクリーニングする検査であるため、実施にあたっては慎重な配慮が必要です。検査前には以下の点について十分な説明が求められます:
- リンチ症候群の可能性について
- 検査結果が陽性(MSI-H)であった場合の遺伝カウンセリングの必要性
- ご家族への影響の可能性
- 血縁者のがんの早期発見・早期治療への活用
検査費用と保険適用
2025年現在、MSI検査は以下の目的で保険適用となっています:
- リンチ症候群の診断補助を目的とする場合
- 固形がんの抗悪性腫瘍剤による治療法の選択を目的とする場合
同一患者さんに対して、一方の目的で検査を実施した後、もう一方の目的で検査を実施する場合にも、別に1回に限り算定可能です。
今後のMSI-H研究の展望
MSI-H固形がんに対する研究は急速に発展しており、2025年現在、複数の新しいアプローチが検討されています。
組み合わせ療法の開発
ニボルマブとイピリムマブの併用療法は、MSI-H/dMMR進行大腸がんに対してアジア人サブグループでも有効性が示されており、化学療法と比較して無増悪生存期間の改善が報告されています。
治療効果予測法の向上
PET画像診断を用いた治療効果予測技術の開発も進んでおり、免疫チェックポイント阻害薬の個別化医療実現に向けた研究が活発化しています。
患者さんとご家族への実践的アドバイス
MSI-H検査やリンチ症候群の可能性を指摘された場合、以下の点を考慮することが重要です:
家族歴の整理
血縁者のがん発症状況を整理し、発症年齢や部位を記録しておくことで、遺伝カウンセリング時により適切な判断が可能になります。特に以下の情報が重要です:
- 50歳未満での大腸がん発症
- 同時性または異時性の複数がん
- リンチ症候群関連腫瘍(大腸がん、子宮内膜がん、胃がん、卵巣がん、膵がん、胆道がん、小腸がん、腎盂・尿管がん)の家族歴
定期検査の重要性
MSI-Hやリンチ症候群が確認された場合、通常のがん検診とは異なる計画的なサーベイランス(定期検査)が推奨されます。がん種や年齢、性別に応じた検査スケジュールを医療機関と相談して設定することが大切です。
まとめ
マイクロサテライト不安定性(MSI-H)は、2025年現在において、がんの診断と治療選択において極めて重要な指標となっています。遺伝子検査技術の進歩により、より正確で迅速な診断が可能となり、免疫チェックポイント阻害薬による治療選択肢も拡がっています。
リンチ症候群との関連性や遺伝的要因についても理解が深まり、患者さんとご家族への適切な情報提供と遺伝カウンセリングの体制も整備されてきました。今後もMSI-H固形がんに対する研究は発展を続け、より多くの患者さんにとって有効な治療選択肢が提供されることが期待されます。
参考文献・出典情報
- 日本遺伝性腫瘍学会「マイクロサテライト不安定性検査」
- がんゲノム医療「高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)とは」
- MSD オンコロジー「MSI検査について」
- プロメガ「DNAミスマッチ修復機構マイクロサテライト不安定性(MSI)検査」
- 日本癌治療学会「成人・小児進行固形がんにおける臓器横断的ゲノム診療のガイドライン」
- 国立がん研究センター東病院「直腸がんにおいて術前の免疫チェックポイント阻害薬の効果が得られる症例の抽出に成功」
- 東北大学「MSI-H進行胃がんに新たな治療選択肢の可能性」
- 遺伝性疾患プラス「リンチ症候群」
- ケアネット「MSI-H/dMMR進行大腸がんにおけるニボルマブ+イピリムマブ、アジア人にも有用」
- MSDマニュアル プロフェッショナル版「リンチ症候群」