腎盂がん抗がん剤・尿管がん抗がん剤の基本的な位置づけ
腎盂がんと尿管がんは、膀胱がんと同じ「尿路上皮がん」として分類され、化学療法(抗がん剤などの薬物を使った薬物療法)においては膀胱がんと同様の治療が行われます。腎盂は腎臓の一部ですが、「腎臓がん」とは大きく性質が異なるため、腎臓がんで使用される薬剤は用いられません。
2025年現在、腎盂がん抗がん剤・尿管がん抗がん剤の治療は大きく進歩しており、従来のGC療法に加えて、免疫チェックポイント阻害薬と抗体薬物複合体を組み合わせた最新の治療法が利用可能になっています。特に2024年9月24日に、根治切除不能な尿路上皮がんに対する1次治療として、抗PD-1抗体ペムブロリズマブ(商品名:キイトルーダ)とネクチン-4を標的とする抗体薬物複合体(ADC)エンホルツマブ ベドチン(商品名:パドセブ)の併用療法が、本邦で適応追加に関する承認を取得しました。これは尿路上皮がんの標準1次治療の更新としては30年ぶりとなる画期的な出来事です。
腎盂がん・尿管がん抗がん剤治療が行われる状況
厳密には、腎盂がんと尿管がんは膀胱がんより悪性度が高いことが多く、膀胱がんとは異なる性質を持っています。しかし、同じ尿路上皮にできるがんであることと、症例数が少ないため十分な標準化が困難であることから、膀胱がんと同じ薬物療法が行われています。
今後、細胞の分析や遺伝子の解析技術がさらに進歩すれば、膀胱がんとは異なる治療法が確立される可能性がありますが、2025年時点では基本的に同じ治療薬が使用されています。
化学療法(薬物療法)が使われるケース
腎盂がん・尿管がんにおいても、他のがんと同様に遠隔転移(他の臓器への転移)が認められない場合は「手術が第一選択」となります。化学療法が行われる主なケースは以下の通りです:
・転移があって切除不能な場合
・手術を行ったが再発・転移をした場合
・手術前の補助療法として効果を高める場合
・手術後の再発予防として行う場合
特に、がんが腎盂・尿管を越えて周囲の臓器や脂肪組織、リンパ節へ広がっていたり、再発をしている場合は、全身薬物療法を行います。また、がんが広がっている可能性があるときには、手術前(または、手術後)に抗がん剤を投与する「術前(術後)化学療法」を行うことがあります。
2025年最新の腎盂がん・尿管がん抗がん剤治療法
一次治療:最新の併用療法
2025年現在、腎盂がん抗がん剤・尿管がん抗がん剤の一次治療は大きく変化しています。未治療・根治切除不能な局所進行または転移を有する尿路上皮がん患者に対して、最も推奨される治療法は以下の通りです:
ペムブロリズマブ+エンホルツマブベドチン併用療法
2024年9月に承認されたペムブロリズマブ(キイトルーダ)とエンホルツマブベドチン(パドセブ)の併用療法は、現在最も期待される一次治療です。KEYNOTE-A39/EV-302試験では、886例(日本人40例を含む)を対象とした国際共同第III相試験で、従来の化学療法と比較して驚くべき結果が得られました。
主な治療効果:
・無増悪生存期間中央値:併用療法12.5ヶ月 vs 化学療法6.3ヶ月
・全生存期間中央値:併用療法31.5ヶ月 vs 化学療法16.1ヶ月
・完全奏効率:併用療法29.1% vs 化学療法12.5%
・進行率:併用療法8.7% vs 化学療法13.6%
この結果は、10人に3人で完全奏効が達成され、進行は10%未満という非常に魅力的なデータとなっています。
従来のGC療法
GC療法は、ジェムザール(ジェムシタビン)とシスプラチンの2剤併用療法で、長年にわたって尿路上皮がんの標準治療として使用されてきました。以前主流だったM-VAC療法(メトトレキサート、ビンブラスチン、ドキソルビシン、シスプラチンの4剤併用)と比較して、効果は同等でありながら副作用が少ないことから、現在でも重要な治療選択肢です。
患者さんの状態によっては、シスプラチンを改良したカルボプラチンを代わりに使用するケースが増えています。そのため、実際の治療では「ジェムザール+カルボプラチン」という組み合わせで行われることも多くなっています。
二次治療:免疫チェックポイント阻害薬と抗体薬物複合体
一次治療であるGC療法や併用療法の効果がなくなったり、一時は効いたものの効果が薄れて病気が進行した場合は、二次治療に移行します。
ペムブロリズマブ(キイトルーダ)単独療法
ペムブロリズマブは、免疫チェックポイント阻害剤として2017年12月に二次治療薬として承認されました。がん細胞が免疫細胞(T細胞)に対して自らを攻撃しないようにブレーキをかける際に利用されるPD-1という分子を抑える薬剤です。
KEYNOTE-045試験の結果:
・死亡リスク:ペムブロリズマブのほうが27%低い
・全生存期間中央値:ペムブロリズマブ10.3ヶ月 vs 従来の抗がん剤7.4ヶ月
・12ヶ月全生存率:ペムブロリズマブ43.9% vs 従来の抗がん剤30.7%
・奏効率:ペムブロリズマブ21.1% vs 従来の抗がん剤11.4%
・副作用:ペムブロリズマブ60.9% vs 従来の抗がん剤90.2%
エンホルツマブベドチン(パドセブ)単独療法
エンホルツマブベドチンは、尿路上皮がん細胞の表面に存在するネクチン-4を標的とする抗体薬物複合体(ADC)です。がん細胞上のネクチン-4に結合することでがん細胞内に取り込まれ、細胞内でモノメチルアウリスタチンE(MMAE)が放出され、チューブリン重合を阻害し、細胞周期を停止させてがん細胞の死滅を引き起こします。
EV-301試験では、治療歴のある進行尿路上皮がん患者608例を対象とした国際共同第3相試験において、エンホルツマブベドチンが従来の化学療法よりも優れた結果を示しました。全生存期間中央値は12.88ヶ月 vs 8.97ヶ月、無増悪生存期間中央値は5.55ヶ月 vs 3.71ヶ月という結果でした。
2025年の腎盂がん・尿管がん抗がん剤治療の特徴
治療効果の持続性
最新の免疫療法と抗体薬物複合体の組み合わせ治療では、奏効率はそれほど高くない(20-30%程度)ものの、一度効果を示すと持続する期間が非常に長いという特徴があります。従来の化学療法と比較して、奏効した患者さんにおける効果の持続期間が大幅に延長されています。
奏効期間の比較:
・6ヶ月以上持続:ペムブロリズマブ78% vs 従来の抗がん剤40%
・12ヶ月以上持続:ペムブロリズマブ68% vs 従来の抗がん剤35%
簡単に言えば、効果が現れれば長期間持続し、副作用も従来の抗がん剤のような厳しいものではないため、長期間の治療継続が可能になっています。
副作用の特徴と管理
ペムブロリズマブの副作用
ペムブロリズマブの主な副作用は、免疫系の活性化による自己免疫反応が中心となります:
・甲状腺機能低下症(10.7%)- ホルモン補充により管理可能
・肺炎(9.5%)- 定期的なモニタリングが必要
・皮膚障害、腸炎、肝障害、内分泌障害など
エンホルツマブベドチンの副作用
エンホルツマブベドチンによる有害事象としては以下が報告されています:
・皮膚反応(69.1%)- 発疹などの皮膚症状
・末梢性ニューロパチー(66.6%)- 手足のしびれ
・消化器症状(64.8%)- 悪心・嘔吐、下痢
・肺炎(10.2%)- 定期的なモニタリングが必要
これらの副作用は、発現時期や重篤度が様々であり、治療中の継続的なモニタリングと患者さんおよびご家族の理解が重要です。
治療選択における最新の考え方
プラチナ製剤適格性に基づく治療選択
2025年現在、腎盂がん抗がん剤・尿管がん抗がん剤治療の選択は、患者さんのプラチナ製剤(シスプラチン)への適格性に基づいて決定されます。以下の基準に1つ以上該当する場合、シスプラチン不適格とみなされます:
・腎機能:30≦GFR<60mL/分
・全身状態:ECOG PSまたはWHO PSが2
・聴力・神経障害:Grade2以上の聴力低下、末梢神経障害
・心疾患:NYHAクラスIIIの心不全
個別化医療の進歩
2025年の治療では、患者さんの状態に応じた個別化医療が重視されています。例えば、非常に高齢であったり、合併症があったりして全身状態が著しく悪い場合には、治療法の調整が行われます。また、腎機能が悪い場合にはシスプラチンをカルボプラチンに変更したり、間質性肺炎の既往がある場合にはジェムザールの使用を慎重に検討するなど、患者さんの状態に合わせた治療選択が行われています。
今後の展望と注意点
長期的な安全性への配慮
新しい免疫療法や抗体薬物複合体治療では、長期的には予期しない免疫機能の問題が発生する可能性があります。臨床試験では分からない長期的な影響については、今後の動向を慎重に見ていく必要があります。
治療アクセスの向上
最新の併用療法は非常に有効である一方、高額な治療費がかかることも事実です。患者さんが必要な治療を受けられるよう、医療費助成制度や高額療養費制度の活用について、医療チームと相談することが重要です。
継続的な研究開発
現在も多くの臨床試験が進行中であり、さらに効果的で副作用の少ない治療法の開発が期待されています。特に、どのような患者さんに最も効果があるのかを見極める研究や、他の薬剤との新しい組み合わせの開発が活発に行われています。
まとめ
2025年現在の腎盂がん抗がん剤・尿管がん抗がん剤治療は、従来のGC療法から大きく進歩し、ペムブロリズマブとエンホルツマブベドチンの併用療法が一次治療の新しい標準となっています。この組み合わせにより、従来の治療法では得られなかった長期生存と高い完全奏効率が実現されています。
治療選択は患者さんの全身状態、腎機能、既往歴などを総合的に評価して決定され、個別化医療の考え方が重視されています。副作用については、従来の化学療法とは異なる特徴があるため、適切なモニタリングと管理が重要です。
今後もさらなる治療法の改良と新薬の開発が期待されており、腎盂がん・尿管がん患者さんの予後改善に向けた取り組みが続いています。治療に関する疑問や不安がある場合は、担当医や医療チームと十分に相談し、最適な治療選択を行うことが重要です。
参考文献・出典情報
- 腎盂尿管がん|がんに関する情報|がん研有明病院
- 腎盂・尿管がん 治療 - がん情報サービス
- 治療(化学療法、転移など)| 腎盂・尿管がん| MSD oncology がんを生きる
- 尿路上皮がん1次治療の更新は30年ぶり、ペムブロリズマブ+EV併用療法とは/MSD|医師向け医療ニュースはケアネット
- 尿路上皮がん(膀胱がん、腎盂がん、尿管がん、尿道がん)適応にて、キイトルーダ承認
- パドセブ(エンホルツマブベドチン)の作用機序【尿路上皮がん】 - 新薬情報オンライン
- 治療歴のある進行尿路上皮癌に対するエンホルツマブ ベドチン | 日本語アブストラクト | The New England Journal of Medicine(日本国内版)
- 未治療の進行尿路上皮癌に対するエンホルツマブ ベドチンとペムブロリズマブの併用 | 日本語アブストラクト | The New England Journal of Medicine(日本国内版)
- 転移性尿路上皮がんにおけるエンホルツマブ ベドチンの治療効果:大規模メタ解析結果
- 腎盂・尿管がんの化学療法(抗がん剤治療)