
乳がん治療にかかる費用の全体像
こんにちは。がん専門のアドバイザー、本村ユウジです。
乳がんと診断されたとき、治療の内容とともに気になるのが医療費の問題です。手術、放射線療法、薬物療法といった治療を組み合わせると、想像以上の費用がかかることがあります。
しかし、日本には高額療養費制度をはじめとする公的な助成制度が整備されており、これらを適切に活用することで経済的な負担を軽減できます。治療に専念するためにも、治療費の目安と利用できる制度について正しく理解しておくことが大切です。
ここでは、乳がん治療で発生する費用の全てと、患者さんが知っておくべき助成制度について詳しく説明します。
乳がん治療で発生する費用の種類
乳がんの治療では、診断から治療、経過観察まで様々な段階で費用が発生します。主な費用としては、検査費、手術費、入院費、放射線治療費、薬物療法費があり、これらは治療方針や病状の進行度によって大きく異なります。
初期治療の段階では、手術と入院費用が中心となります。その後の追加治療として放射線療法や薬物療法が必要になる場合は、治療期間が数年に及ぶこともあり、長期的な費用計画が必要になります。
また、治療費以外にも通院交通費、ウィッグや補整具の購入費、セカンドオピニオンの費用なども考慮しておく必要があります。セカンドオピニオンは保険適用外となり、1回あたり2万円から3万円程度の費用がかかります。
乳房再建を希望する場合は、その費用も加わります。2013年から人工乳房による乳房再建に保険が適用されるようになり、以前と比べて経済的負担は軽減されています。
手術および入院にかかる治療費
乳がんの手術費用は、手術の種類、リンパ節郭清の有無、乳房再建の有無などによって変わります。
手術方法による費用の違い
乳房部分切除術の場合、手術費のみで30万円から40万円程度となります。一方、乳房全切除術では20万円から50万円程度が目安です。これらは健康保険適用前の金額であり、実際の窓口負担は3割負担の患者さんで、この金額の約3割となります。
手術にはセンチネルリンパ節生検や腋窩リンパ節郭清といった追加処置が必要になることがあります。センチネルリンパ節生検では、乳がん細胞が最初に到達するリンパ節を摘出して転移の有無を調べます。腋窩リンパ節郭清が必要な場合は、転移の可能性が高い腋窩のリンパ節を周囲の脂肪組織とともに切除します。
入院期間と費用の目安
| 手術内容 | 入院期間 | 総費用(概算) | 3割負担時の自己負担額 |
|---|---|---|---|
| 乳房部分切除+センチネルリンパ生検 | 約1週間 | 約75万円~80万円 | 約23万円~25万円 |
| 乳房全摘出+腋窩リンパ節郭清 | 約2週間 | 約100万円 | 約30万円 |
入院中の食事代や差額ベッド代は健康保険が適用されないため、これらの費用は全額自己負担となります。差額ベッド代は病院や部屋のタイプによって異なりますが、1日あたり数千円から数万円かかることがあります。
放射線療法にかかる治療費
放射線療法は、主に乳房温存手術後の局所再発を予防する目的で行われます。通常、週5日の照射を5週間程度続ける治療計画が一般的です。
放射線治療の費用内訳
初回の照射時には、治療計画の作成や管理費などが含まれるため、1万円から1万6千円程度の費用がかかります。2回目以降は1回あたり5千円から8千円程度となります。
標準的な治療として25回の照射を行った場合、総額で約14万円から18万円程度の自己負担が発生します。これは3割負担の場合の金額です。
放射線治療は外来通院で行われることが多く、入院費用はかかりませんが、治療期間中の通院交通費も考慮しておく必要があります。
ホルモン療法にかかる治療費
ホルモン受容体陽性の乳がんでは、手術後の再発予防としてホルモン療法が行われます。この治療は長期間継続する必要があり、2年から10年にわたることもあります。
閉経前のホルモン療法
閉経前の患者さんには、抗エストロゲン薬やLH-RHアゴニスト製剤が使用されます。
抗エストロゲン薬(タモキシフェンなど)の場合、1か月あたり2,500円から4,000円程度の費用がかかります。これを原則として5年間継続します。5年間の総額では、3割負担で約15万円から24万円程度になります。
LH-RHアゴニスト製剤(ゴセレリンなど)では、4週に1回の投与で約1万5千円程度がかかります。2年から3年間継続した場合、総額で約40万円から65万円程度の費用となります。
閉経後のホルモン療法
閉経後の患者さんには、主にアロマターゼ阻害薬が使用されます。アロマターゼ阻害薬の費用は薬剤によって異なりますが、1か月あたり3,000円から6,000円程度です。
なお、抗エストロゲン薬や一部のアロマターゼ阻害薬にはジェネリック医薬品が存在します。ジェネリック医薬品を選択することで、さらに費用を抑えることができます。
抗がん剤治療にかかる治療費
化学療法では、複数の抗がん剤を組み合わせて使用します。抗がん剤そのものの費用に加えて、副作用を予防する薬や外来化学療法の管理費などが必要になります。
主な抗がん剤レジメンと費用
身長160cm、体重55kgの患者さんを想定した場合の費用目安は以下のとおりです。
| 治療レジメン | 使用薬剤 | 3割負担時の費用 |
|---|---|---|
| AC療法 | ドキソルビシン+シクロホスファミド | 4サイクル分で約3万4千円 |
| EC療法 | エピルビシン+シクロホスファミド | 4サイクル分で約4万円 |
| FEC療法 | エピルビシン+シクロホスファミド+フルオロウラシル | 4サイクル分で約5万円 |
| パクリタキセル | タキサン系抗がん剤 | 1回あたり約7千円 |
| ドセタキセル | タキサン系抗がん剤 | 1回あたり約1万2千円 |
これらの費用は、診察費や検査費、処置費などを含まない薬剤費と外来化学療法料の目安です。実際には、血液検査や画像検査などの費用も別途かかります。
分子標的薬と新規治療薬の費用
近年、乳がん治療では分子標的薬の使用が増えています。これらの薬剤は治療効果が高い一方で、費用も高額になる傾向があります。
HER2陽性乳がんの治療薬
HER2陽性の乳がんでは、トラスツズマブ(ハーセプチン)やペルツズマブ(パージェタ)といった分子標的薬が使用されます。これらの薬剤は、通常1年間継続して投与されます。投与量は体重や体表面積によって異なりますが、高額な治療費となることが多く、高額療養費制度の活用が重要になります。
CDK4/6阻害薬の費用
ホルモン受容体陽性でHER2陰性の進行・再発乳がんでは、CDK4/6阻害薬とホルモン療法の併用が標準治療となっています。日本で使用できるCDK4/6阻害薬には、パルボシクリブ(イブランス)とアベマシクリブ(ベージニオ)があります。
アベマシクリブは、進行・再発乳がんだけでなく、再発高リスクの早期乳がんに対する術後薬物療法としても保険適用されています。
CDK4/6阻害薬は費用が高額で、薬剤費だけで月額15万円程度かかることがあります。3割負担の場合でも月4万5千円程度の費用となり、高額療養費制度を利用することで実際の負担額は所得に応じた上限額までとなります。
高額療養費制度の仕組みと活用方法
医療費が高額になった場合に利用できる公的制度が高額療養費制度です。この制度を利用することで、1か月の医療費自己負担額が一定の上限を超えた場合、超過分が払い戻されます。
高額療養費制度の基本
高額療養費制度は、公的医療保険に加入している全ての人が利用できます。自己負担の上限額は、年齢と所得によって異なります。
2026年1月現在、70歳未満の一般的な所得区分(年収約370万円から約770万円)の方の自己負担上限額は、「80,100円+(医療費総額−267,000円)×1%」となっています。
ただし、高額療養費制度については、2024年12月に見直しが決定され、2026年夏以降に段階的な引き上げが実施される予定となっています。引き上げの具体的な時期や金額については、今後の動向を注視する必要があります。
限度額適用認定証の活用
あらかじめ加入している医療保険の窓口で「限度額適用認定証」の交付を受けておくと、医療機関の窓口での支払いを最初から自己負担限度額までに抑えることができます。この手続きをしておくことで、一時的な高額支払いの負担を避けることができます。
限度額適用認定証は、入院や高額な外来治療が予定されている場合に特に有用です。手続きには数日かかることがあるため、治療開始前に早めに申請することをおすすめします。
世帯合算と多数回該当
複数の医療機関を受診した場合や、同一世帯の家族が医療機関を受診した場合、それぞれの自己負担額を合算して上限額を超えた分が支給されます。これを「世帯合算」といいます。
また、過去12か月以内に3回以上、自己負担限度額に達した場合、4回目からは「多数回該当」として限度額がさらに引き下げられます。長期的な治療が必要な場合は、この制度により経済的負担が軽減されます。
その他の公的助成・支援制度
高額療養費制度以外にも、患者さんの経済的負担を軽減するための公的制度があります。
医療費控除
1年間に支払った医療費が10万円を超えた場合、確定申告をすることで所得税の一部が還付されます。医療費控除の対象には、治療費だけでなく、通院のための交通費や処方された医薬品の費用も含まれます。
医療費控除を受けるためには、医療費の領収書や交通費の記録を保管しておく必要があります。年間を通じて記録をつけておくことが大切です。
傷病手当金
会社員や公務員など、健康保険に加入している方が病気で仕事を休み、給料が支払われない場合に支給される制度です。連続して3日間休んだ後、4日目から最長1年6か月間、標準報酬日額の約3分の2が支給されます。
傷病手当金は、治療のために仕事を休まざるを得ない患者さんにとって、生活を支える重要な制度です。申請には医師の証明が必要となります。
障害年金
乳がんの治療により、日常生活や仕事に制限が生じた場合、障害年金を受給できる可能性があります。障害の程度によって1級から3級に分けられ、それぞれに応じた年金が支給されます。
障害年金の受給には、一定の要件を満たす必要があります。詳しくは、病院の相談窓口や年金事務所で確認することができます。
治療費以外にかかる費用
乳がん治療では、医療費以外にも様々な費用がかかります。
通院交通費
放射線治療や外来化学療法では、数週間から数か月にわたって定期的な通院が必要になります。自宅から病院までの距離や交通手段によっては、交通費も相当な金額になることがあります。
公共交通機関の利用が困難な場合は、タクシーの利用も検討する必要がありますが、その費用も考慮しておくことが大切です。
ウィッグや補整具の費用
抗がん剤治療による脱毛に備えて、ウィッグを購入する患者さんも多くいます。医療用ウィッグの価格は数万円から数十万円まで幅があります。
乳房切除後の補整具や下着も必要になることがあります。これらは健康保険の適用外ですが、一部の自治体では助成制度を設けているところもあります。お住まいの自治体の窓口に確認してみることをおすすめします。
民間医療保険の活用
公的医療保険だけでは賄いきれない費用に備えて、民間の医療保険やがん保険に加入している方も多いでしょう。
民間保険に加入している場合は、診断給付金や入院給付金、手術給付金などが受け取れる可能性があります。保険の契約内容を確認し、必要な手続きを早めに行うことが大切です。
ただし、乳がんと診断された後に新たに保険に加入することは難しくなります。治療が落ち着いた後も、加入条件が厳しくなることがあります。
相談窓口の活用
医療費や生活費に関する不安がある場合は、一人で悩まずに専門家に相談することが大切です。
がん相談支援センター
全国のがん診療連携拠点病院には、がん相談支援センターが設置されています。この窓口では、医療費や利用できる制度について、専門の相談員が無料で相談に応じています。
がん相談支援センターは、その病院に通院していなくても誰でも利用できます。医療費以外にも、治療や生活に関する様々な相談ができます。
医療ソーシャルワーカー
病院には医療ソーシャルワーカーが配置されており、経済的な問題や社会復帰に関する相談に応じています。利用できる制度の紹介や手続きの支援も行っています。
治療開始前に相談しておくことで、経済的な不安を軽減し、治療に専念できる環境を整えることができます。
治療費を抑えるための工夫
医療費の負担を少しでも軽減するために、いくつかの工夫ができます。
ジェネリック医薬品の活用
ホルモン療法で使用する一部の薬剤には、ジェネリック医薬品が存在します。ジェネリック医薬品は、先発医薬品と同等の効果を持ちながら価格が安く設定されています。
医師や薬剤師に相談して、ジェネリック医薬品が使用可能かどうか確認してみることをおすすめします。
高額療養費制度の事前申請
前述の限度額適用認定証を事前に取得しておくことで、窓口での支払い負担を抑えることができます。高額な治療が予定されている場合は、必ず手続きをしておきましょう。
セカンドオピニオンの計画的な利用
セカンドオピニオンは保険適用外ですが、治療方針を決める上で重要です。複数回利用すると費用がかさむため、事前に質問事項を整理し、効率的に利用することが大切です。
長期的な費用計画の重要性
乳がんの治療は、初期治療だけでなく、その後の経過観察や再発予防のための治療が長期間にわたることがあります。
手術や放射線治療などの初期治療では、一時的に高額な費用がかかりますが、高額療養費制度により実際の負担額は抑えられます。一方、ホルモン療法のように長期間継続する治療では、月々の費用は比較的少額でも、総額では相当な金額になることがあります。
治療全体を見通した費用計画を立てることで、経済的な不安を軽減し、治療に専念できる環境を整えることができます。医療費だけでなく、生活費や将来の備えも含めて、総合的に考えることが大切です。
まとめに代えて
乳がんの治療には、様々な費用がかかりますが、日本には充実した公的医療保険制度と助成制度があります。これらの制度を正しく理解し、適切に活用することで、経済的な負担を大きく軽減することができます。
治療方針が決まったら、まずは病院の相談窓口や医療ソーシャルワーカーに相談し、利用できる制度について確認しましょう。また、加入している医療保険の窓口で限度額適用認定証の申請を行うことも忘れないでください。
治療に専念できる環境を整えるためにも、早めに情報を収集し、必要な手続きを進めることが大切です。一人で悩まず、専門家のサポートを受けながら、適切に対処していきましょう。
